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鉄壁のガンズー、戦え

 ちょっと土曜の午後にまた来てくれないかと頼むと、セノアには断られた。

 そろそろ一日ほどチャージに費やさなければならないのだという。なにをチャージするかといえばアルコールである。彼女にはあまり期待していなかったのでそれはいい。

 肝心のレイスンからは、可能であれば、という言質をとった。彼がそういう場合はたいてい可能なときだ。どうせさほどの予定も無いはずだ。


 彼ならば魔術の入門指導役として適任だろう。

 デイティスに存在するせっかくの魔術適正に、ガンズーではうまい導入ができないことが気にかかっていた。

 ついでに上の双子にも学ばせたい。魔術を活用できるかどうかはともかく、知識として頭に入れておけば決して無駄にならない。


(色々できるようになっといて損はねぇよな)


 請負冒険者としてだけではない。街の中にも少々不安の影がある。

 特にドートンなんかは、『黒鉄の矛』の連中と接触があったのだ。それでどうこうなるとは言わないが、どこでなにが起こるかなどわからないのだ。付け焼き刃だろうと、少しでも対応力を上げておきたい。


 そんなことを考えながら夕食の準備。朝に釣った魚のうち、小さいものをいくつか残しておいたので、これでどうにかしよう。


 適当に腹をひらきながら、そういえば今日はケーが来なかったと気づいた。どおりでノノが先ほどから窓の外をそわそわと窺っている。

 あの蛙も毎日毎日やってくるわけではない。来ないときもある。今日は来ないほうだった。普段なにをしているのか知らないが、忙しい日もあるのかもしれない。きっと蛙の合唱団でも率いているんだろう。


 たかたかと両手のナイフで叩いて小魚の肉を刻む。ノノに小骨が困るなと考えて思いついた。根菜や香草も細かく刻んで混ぜる。魚ハンバーグだ。

 ムニエルなんてなかなかシャレた代物まで習得したガンズーである。軽く考案しただけだが、これくらいの工夫なら十分に対応できる自信がついた。


 ()()()の概念がすっかり抜け落ちていたせいで中途半端な魚そぼろのようになったが、味は悪くなかったのでノノとふたりでもそもそと掬いながら食べた。米が欲しかった。





「ミーク殿はどうやらジェイキンについて気にかかることがあったようで」


 冒険者協会アージ・デッソ支部。いつもの応接室。

 ちょび髭がなんだか少し細くなった気がするボンドビーは、行方をくらました仲間が聞きに来たことをそう教えてくれた。


 今日はなんとノノの前にはケーキがひと切れ置かれている。

 スポンジ生地の上にチョコレートが塗られただけのシンプルなものだが、三頭の蛇亭のように自前で作るでもない限りそうそう売りに出るものではない。というかよくチョコの出物があったものだ。やはり最近よい仕入れがあったのだろうか。

 聞けばボンドビーが逐一菓子屋に使いを出しているらしい。疲れに効くのだという。じゃあこれお前のかよ。ノノは遠慮なくがっついた。


 仲間による推測であると念押しした上で、『鱗』について新たな情報を伝えたところ、髭がまた一本はらりと落ちた気がしたが見なかったことにした。

 それからミークの動向を確認したところ、返った答えが、


「ジェイキンが?」

「いえ、奴自体というよりは、輸送の予定なんかを。王都までの行程や、輸送隊の人員などを」

「それだけか?」

「はい。それだけ確認するとまた風のように。いや驚きました、私の執務室は上にありますが、まさか窓から来られるとは。いやはや、危うく死を覚悟するところでございました」

「す、すまねぇなあのバカが」


 いくら急いでたからって協会の長の部屋に窓から突撃する奴があるか。なにやってんだあいつは。

 そんなふうに言えばミークは「最初にちょっと驚かすとお話がスムーズにいくんだよ」とか言いそうだ。それは友好的に話せる相手にまですることなのか。


「しかしなんだってんだろな……もしかしてジェイキンから聞き出したいことでもあったか? まさかあいつ追いかけてったんじゃねぇだろな」

「いやぁ、彼女が来た時点で日程の半分ほどは過ぎていましたし、今ごろは王都に着いたあたりでしょう。わざわざ追いかけるでしょうか」

「本当に行ったんならもう追いついたんじゃねぇかな」

「……そういえば彼女は夜閃のミークでしたな」


 さて、彼女がジェイキンに聞くことがあるのはいい。それを追いかけていったとするなら、まあ、それもそれでいい。

 しかし、


「あいつがそのまま聞き取りしたって喋んねぇよなぁ」

「まぁ、少なくとも王都の協会に引き渡しが済まない限りはそうでしょうな。もしかしたら中央監獄まで押しこんでようやくかもしれません。ですがミーク殿なら尋問くらいできるのでは?」

「……加減できねぇんだよあいつ」

「は、吐かれる前に台無しにされるのは困りますな」


 ミークに尋問させるくらいなら王都にいるそれ用のプロに任せたほうがはるかにいい。それは彼女自身もわかっているはずだ。

 そもそもジェイキンは安全さえ確保されれば喋ると言っていたのだ。向かうならまずその真偽が判明してからでいい。やっぱりだんまりでした、となってからでよかった。


 やっぱわからん。なにしに行ったんだあいつ。ていうか本当にどこ行ったんだ。


「ま、さすがに無駄足こきに行ったわけじゃねぇか。あいつの足なら無駄踏んでも一瞬だし」

「なにかよい話をお持ち帰りになるのでは」

「いい話なら歓迎なんだけどなぁ」


 こういうときはたいていの場合、面倒な話を持って帰ってくる気がする。そうではなくとも、明るい話は期待できない。

 せめて事態が進展するような材料であればいいのだが。


 結局ミークの目的はわからなかったが、ケーキを食べ終えて満足したノノが暇をし始めたので、そろそろ帰ろうかとガンズーは腰を浮かしかけた。

 ボンドビーが片手を上げて制する。まだ話があったらしい。


「バシェットを解放しようと思います」





 協会支部に設えられた拘置所は、事務所棟の奥の奥、ほぼ裏手の辺りにあった。

 階段を下りたので地下かと思ったが、浅い。壁の上部にある明かり取りの窓からは光がさしているので、半地下のようだ。


 ガンズーに忌避感があるわけではないが、場所的になんだかノノの情操教育によろしくない気がして、彼女は協会事務所にいた女性職員たちに任せてきた。

 今ごろはふたつめのチョコケーキが給されているかもしれない。昼飯が入らなくなるので控えめにしてほしいが。


 日の光が入るので想像よりは明るい。

 それはそうだ。拘置所だろうが牢獄だろうが、街の中で積極的に暗がりを作るわけはない。瘴気溜まりができてしまっては目も当てられないのだから。下水道すら光を取り入れる工夫がなされている。

 それでもやはり、陰が多い。時間帯だろうか。


 最も奥の、ほの薄暗い場所にその男はいた。


「――よう」


 施錠された扉の横には、格子のかかった窓が大きく開いていて、外から中の様子がわかる。

 狭い部屋だ。小さな寝台とテーブル代わりに一枚板を打ちつけただけの書架。便器が見当たらないが、多分あの壺がそうだろう。あとはカンテラくらいしかない。


 バシェットは寝台に座って瞑目していた。これで座禅の姿でもとっていれば、修行僧かなにかにでも見えたかもしれない。

 薄く、目をひらく。


「……君か」

「意外と元気そうじゃねぇか。すっかり参ってんじゃねぇかと思ってたぜ」


 格子の前で仁王立ちしながら腕を組んで彼を眺める。

 当然だがサーコートではなく簡素な衣服に変わっている。おかげでその体躯に損なわれたところなど無いのがよくわかる。

 ほんと五十超えたオッサンの身体じゃねぇよなぁ。ガンズーは思った。ちょっと平穏な生活を送っただけでなまった自分は、その歳になっても同じような力量を維持できるだろうか。あまり自信が無い。


 彼はこちらに目を向けなかった。


「君が聞きたいようなことは、全て話した」

「あぁ。今日はそういうんじゃなくて、なんつーか」


 ひとつ視線を外して、考える。

 すでに彼から得られる情報は協会が把握しているし、こちらにも伝わっている。事件についてはもう聞くことが無い。正直なところ、彼から聞けるものにはそれほど有力なものは無かった。


 今はそちらは置いておく。


「あの姉ちゃん、外に出られたんだってな」

「……彼女には悪いことをした」


 コーデッサは数日前に解放されていた。ここにはもういない。

 中級への降格、アージ・デッソでの活動制限、そして各街に滞在する限りは協会への所在届け出。

 自由というには条件が多い。しかし処罰としては最低限だ。できる範囲で酌量がなされたのだろう。

 ただ――おそらく彼女は冒険者を続けないだろう。故郷に帰るようなことを言っていたらしいし。もうアージ・デッソにもいないかもしれない。


「あんたも出られるそうじゃねぇか」

「……あぁ」

「アージ・デッソ、出禁だってな」

「そうだ」


 アージ・デッソからの永久追放。最終的にバシェットへの処分はそう決まった。

 結局のところ、協会は彼の扱いに困ったのだ。かつての『黒鉄の矛』の主要メンバーだが、表に出ていなかったことで彼の名は残っていない。そして今回の件についても幹部ではあるが主要に関わったわけでもない。

 臭いものに蓋、どころかさっさと手放そうと考えた。以降、アージ・デッソは関知しませんよということだ。


 だからといってそれだけで済むというわけではないだろう。当然、他の街にある協会にもある程度の情報共有はされる。

 彼がもし他所で活動をしようと思ったら、かなりの制限が課されることになる。


「これからどうすんだ?」

「……遺跡へ向かう」

「ひとりでか?」

「そうだ」

「……死んじまうんじゃねぇの」

「……そうかもな」


 予想していたことだったが、彼の成すべきことなどもはやそれくらいだろう。

 そしてこれも予想していたことだが――彼はきっと、死に場所を探そうとしている。そんなこったろうと思った。ガンズーは口中で呟く。


 しかし、


「止めねぇぞ」

「うむ」

「気持ちもわからんでもねぇしな」

「そうか」

「あー、まぁ……もし出てこれなかったら、骨ぐらい拾いに行ってやるよ。いつになるかわかんねぇけど」

「……そうか」


 沈黙が落ちて、明かり取りの外からかすかに鳥のさえずりだけが届く。

 なにか色々と言ってやりたいことがあった気がするのだが、どうにも言葉にならない。というか本当に口数の少ないオッサンだ。これと隣同士にされてたコーデッサはどうやって乗り切ったのやら。


 言いたいこと。なんだったか。ラダのことか、オーリーのことか。いや、彼らは当人たちの中でケリをつけたはずだ。ガンズーがなにか言う必要は無い。


「聞いてるかもしんねぇが、ザンブルムスたちは共同墓地に埋葬されたらしいぞ。街を出される前に、行けるんだったら行ったほうがいいんじゃねぇの」

「……そうか。すまない」

「……行かねぇ気だろ」

「あまり、な」


 墓の前にすら顔を出しづらいときたもんだ。

 やはり彼にとってはもう、遺跡に挑んで戦士として散ることしか救いにならないのだろうか。

 ガンズーも戦士だ。その気持ちもわかると言ったのは本当だ。


 だがなんだろう。なにかしっくりこない。


「あー、アスターがな。連れていこうとした虹瞳の子」

「…………」

「あんたのこと、心配してたよ」


 そこで始めてバシェットはこちらを向いた。

 片眉がわずかに歪んでいる。言葉の意味がよくわからなかったのだろう。

 そりゃそうだ。自分を攫った相手を心配するだなんてどういうことだ。まぁでもあれだ、なんせ勇者だからなあいつ。ガンズーは思った。


「会わせるわけにゃいかねぇけどよ」

「……そう、か」

「ま、んな顔してたら子供でも心配するってこったろ」


 彼は俯いて、なにごとか考える。言葉を選んでいる。


「彼に――」


 絞り出したように出てきた言葉は、やはり悔恨がにじみ出ているようで、ガンズーは本当に辛気くせぇオッサンだななどと感じてしまったが、聞き流すつもりはけして無い。

 言うことがあるなら、それくらいは叶えてやるつもりだ。


「彼には……すまない、と」

「あんた一度言ってなかったか?」

「そう……そうだな。いや、それでもやはり、すまないと」


 それから、と彼は続けた。


「ありがとう、と」


 承った。


 彼は死にに行くつもりである。それは止めない。ガンズーの役目ではない。


 だが死ぬにしても、もう少し晴れやかに死ね。戦士なら死ぬために戦うのではなく、戦って死んでくれ。

 そしてもしも生き残ったのならば――そんなもん、もうしょーがねぇから生きてるほうがいいんだよ。当たり前だろ。

 仲間に胸を張ってくれ。そんなことを思った。

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