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鉄壁のガンズー、『鱗』

「おいミークどうした?」

「それがさぁ……」


 三頭の蛇亭を辞し、家に戻ってノノが寝入ったあたりで来客。

 セノアにレイスンだった。家の位置は教えておいたが、こうも早く招くことになるとは思っていなかったのでガンズーは少し焦る。


 彼らには昨日のうちに会いたいところではあったが、やはりというかなんというか、タンバールモースからの帰還タイミングがわからず、少なくとも午前中にうろうろするだけでは合流できなかった。到着は夕方近くだったらしい。

 アノリティはすっかり子供たちのおもちゃになったようで、今日も領主邸の離れへ置いてきたという。

 それはいい。しかし肝心のミークがいない。思わせぶりなことを言ってから別れたっきりになってしまったので、気が逸るのだが。


「気になることがあるだかなんだかで、こっちに着いたと思ったらまた跳ね返ったみたいに街道を走ってっちゃってさ。あんたなんか言った?」

「むしろあいつが妙なこと言ってったんだがなぁ……」


 両手を上げて言うセノアに、こちらも天井を仰ぐ。

 三者テーブルに座って向かい合っているが、目下一番に話を聞きたい相手がいないことでガンズーの用件は霧散していく気配がする。なにかこいつらにも話しときたい用があったはずだけど。

 べつに茶を飲みつつ駄弁るだけでも構いはしないが、ふたりはそのためにやって来たというわけでもなかろう。だいたいレイスンなどはガンズーが出したカップに警戒した目を向け続けているし。俺の出す茶がそんな珍しいか。


「毎度のことだが、あいつぁほんと土壇場まで大事なこと言わねぇんだよな」

「それで何回か面倒なことになってんだけどねぇ。ま、情報秘匿第一で育てられたってんだからもう治らんわあれは」

「おや。私はあまり困った記憶がありませんが」

「なんかわかったフリして思わせぶりなこと言うのが仕事の奴はそーでしょーよ」

「セノアさんの中で私の評価はどうなっているんですか……」


 情報の出し惜しみはガンズーも人のことを言えた立場ではないが、それはそれとして困る。

 たしか彼女は支部長になにごとか確認しに行ったはずだ。ボンドビーのところへ行ってなにを話したのか聞いてみるべきだろうか。


「あの子のことだし、国外に出るでもない限り二、三日で戻ってくるでしょ」

「国外だったら?」

「それでもまぁここからなら、マーシフラなら五日。ダンドリノなら一週間、都市同盟でも十日はかかんないんじゃない?」

「飛ばした馬より早いってやっぱ頭おかしいよなぁ……」

「手紙を出すより彼女に伝言を頼んだほうがよほど早いですからね。マーシフラ公への書状の返事を翌日には持ち帰ってきた彼女を見たときの王の顔が忘れられません」


 夜閃のミーク。スエス半島を十日で縦断する女である。

 どうやっているのかは知らないが、とにかくやたら速いし疲れない歩法があるらしい。絶望的に説明が下手だったので――「腰はグッと落として膝はクイッて浮かせる感じで、こう、シャシャシャーって」――聞いてもわからなかったが。

 超一流の斥候であり野伏であり、探索も隠密もお手の物だが、残念ながら人から情報を集めるのがちょっと苦手なので諜報員としては二流かもしれない。「盗み聞きと暗殺は得意だったよ!」と朗らかに言われたときは少し引いた。


「とりあえずミークはほっといて、あんたなんか変なモン見つけたんでしょ」


 話が途切れたところで、セノアにそう切り出された。


 変なモン。マデレックが持っていたメモのことだろう。ミークからそのあたりは聞いていたらしい。

 取り出して見せる。『鱗』の詰められた包みと共に。


「……妙ですね。間違いなくベルソムやエシコが含まれてると思いましたが、なんの記述も無い。これだけではちょっと興奮作用のある術性定着薬(ポーション)もどきです」

「おう。シウィーも言ってたよ。偽の製法じゃねぇかなって」

「シウィー……? あー、あのナンパ野郎のカキタレの片割れ」

「お前頼むからそれ本人の前で言うなよ」


 レイスンはじっくりとメモを捲り戻りしながら読みこんでいる。出てきたなんらかの名前は、たしか麻薬作用のある植物だったはずだ。

 製薬知識などはあまり無いセノアは、そちらを読んでも意味が無いと思ったのか包みをひらいた。


「なにこれぜんぜん別物じゃん」

「やっぱそうなのか?」

「入ってる魔術が別。ちょっとあんたが持ってるやつ出して」


 そう言われて、ガンズーは道具袋から別個に持っていた『鱗』を取り出した。

 並べてみても、見た目に違いは感じられない。


「ほら違うでしょ」

「……わかんねぇ」

「まぁあんたにわかると思って聞いてないけど。こっちの山のほう、わざわざその偽の製法で作ったのかしらね。マナの定着ってけっこう手間なのに」

「もしこっち使ったらどうなるんだ?」

「あー……どうだろ。レイスンの加護魔術に似てる感じがするけど……なんかいろいろ混じってるしなんか厄介そう」

「申し訳程度にタリュムが含まれるようになっていますから、覚醒作用はありますね。総合すると、あくまで一時的にちょっとした強化がされるといったくらいでしょうか。これはこれで危険ではありますが」

「名前出されてもわかんねぇよ」

「麻薬の一種です」


 要するに、こちらの――便宜上、『偽鱗』と呼ぶが――偽物のほうは、あくまで本物の劣化版といったところか。


「ダンドリノで使われていたものはこちらのほうが近いですね。というか、どんな新薬や術式でも魔族化(ダンライズ)を起こすほどマナも瘴気も含ませられると思えませんし」

「そりゃ術性定着薬(ポーション)飲み過ぎて魔族どころか半魔(オーク)になりましたなんて聞いたことねぇし――」


 話ながら、ふと思い出した。

 ガンズーの目の前で死んだ、『黒鉄の矛』の若者のひとり、ロニ。彼は死ぬ間際に「やっぱりダメか」などと言っていなかったろうか。

 あれはどういう意味だったのだろう。


 バシェットが後に語ったところによれば、若い連中はこの薬が持ちこまれた際、デモンストレーションにどこぞの停滞者が自分たちと互角の力を発揮したのを見てからそれぞれ一度は試したという。

 たしかに身体能力の飛躍的な向上がなされ、中にはバシェットやジェイキンに比する動きを見せる者もいた。大した副作用も無かったために、これは便利だと受け入れたという。


 その上で、ロニはガンズーと相対するときにはすでになにがしかの覚悟を決めていた。あるいは諦観。

 遺跡において連中の仲間は薬による暴走で死んだという。その話は伝わっていたのだから、危険であることはわかっていただろう。

 危険を承知で使った? ならば「やっぱり」ってなんだ。生き残る公算があったのだろうか。いや、それならまず使わなければいい。死んでまであそこでガンズーを足止めしなければならなかった?


 そもそも修道院を襲撃した奴らは全員がもはや死兵のようだった。完全な自爆特攻としか言えなかった。事実、彼らはその場で死ぬこととなったのだ。

 まさか『黒鉄の矛』やザンブルムス、あるいは『蛇』と名乗った黒幕にそこまでの義理を果たす者などいないだろう。あのパーティに集まったのは、適当にうまい汁を吸って適当なところで離れるのが目的な者が多かったという。


 退けなかった理由。なんだろう。


「なぁ、例えばよ、こいつを使った相手を操ったりとか……いや、もしかしたらこう、なんつーか、後からヤバイ効果に変えるとか、そういうことってできるか?」

「言ってる意味がよくわかんないんだけど」

「えーと、だからな――」


 説明に四苦八苦しながら、ガンズーは心に引っかかったことを伝えた。特に、ロニの言動が気にかかる。

 起こった事実を交えて、どうにかひととおりの説明を終えると、解読に苦労し歪んでいたふたりの眉根がだんだんと戻っていく。

 代わりに今度は眉を上げて、セノアとレイスンは顔を見合わせた。


「時限式……いや、どちらかといえばマーキングでしょうか……であればたしかにまずこちら……あるいはどちらも一度目は……いえいえ、ふたつの役割は別だと考えたほうが……そう、まず可能かどうかは置いておいて……」

「えー、ちょっと待ってよ……まず固定化で一韻でしょ、強化に二韻、それからなに、ああ発狂も思考加速だとしたら三韻? そこに条件つけた時限爆弾? それで四、いや五韻はいるんじゃないの……誘発式でも同じくらい……うっげ」


 腕を組んでうんうん唸り始めたふたりがなにを言っているのかわからない。

 とりあえずガンズーは考えていたことをひとまず停止させた。これ以上は頭から煙が出る。疑問を渡すことができたので自分の仕事はいったん休みだ。頭脳労働はふたりの仕事である。


 ずずず、と自分に淹れた茶を飲んで待っていると、先にレイスンが顔を上げた。


「……推測ですが」

「おう」

「その黒鉄なにがしの彼ら、おそらく人質をとられていました」

「んん……? 誰だよ、ザンブルムスか」

「いえ、彼ら自身です」

「……んんん?」

「この――『偽鱗』のほうですが、定着させた魔術が身体の強化だけとは思えません。有余があります。ではなにか。使用者になにかしらの因子を残す目的があるのではないかと」

「あー……つまり、あれか。一回使ったらもうヤベェと」

「すぐさまどう、とはならないと思います。ただ、術者に繋がっていると考えれば末路が見えてきますね。目の前でひとりかふたり頭を爆ぜさせれば――」

「……死にたくなかったら死んでこいくらいは言えるか」

「本物のほう、『鱗』の使用を強要することもできるかもしれませんね。もしかしたらそちらを使えば生き残れるとでも言ったかもしれません。その先が瘴化だとしても、たしかにまるきり嘘ではない」


 今度はガンズーが腕を組んで目を閉じた。

 ロニの姿や、院での戦いで死んだ連中の姿を思い出す。はたして彼らは、もし生き残れたとしてもそれからどうするつもりだったのだろう。


「さて、問題はそんなことが可能かどうかですが……どうなんでしょう?」

「……要するに、魔術と呪術の合わせ技でしょ。理屈の上じゃやってできないこたないでしょーよ。やれって言われたら絶対ヤだけどね。アホみたいに手間かかるわ」

「だそうです」


 その理屈がどういうものなのかはわからないが、本職――それも国で最上位の魔術師が言うのだからそうなのだろう。

 そしてこちらの製法がなかば捨てられた理由もわかった。込める魔術が問題なのであれば、薬自体にはさほどの価値は無い。なるほど目くらましにはちょうどいいかもしれない。


 しかし呪術という言葉が出てきて、ガンズーはもうひとつ頭に引っかかるものがあった。


「領主んトコの家令はどうなんだ? そんなやつがそんな薬なんて使わねぇだろ」

「薬に定着した術式は、元を辿ればそのまま魔術――この場合は呪術ですかね。直接仕掛ければいい。夫人に呪術を仕込むことができるほど潜りこんでいたなら、そちらも難しくはないのでは」

「あぁ、なるほどな。止めのときだけ使うことになっただけか……」


 そして、運なのか意図的なものなのか、あの家令だけが半魔(オーク)に成り果てた。あの場にガンズーがいなければ、あるいはまだしばらく生き残っていたのだろう。本人の望むかたちではないだろうが。


 うんざりした。こんなものが手元にある。下手をすれば、街の中に散らばっている可能性だってある。

 やはりまだ決着はついていないのだ。


「……これ、持ってくか?」

「中身はだいたい覚えましたが」

「こっちの偽物だって渡されても困るわよ。解析できる道具なんて持ってないんだから」

「シウィーさんが調べているならそちらに任せましょう。協会への伝手もガンズーさんのほうがあるようですし、お任せします」

「お前らのほうが自由に動けるだろうがよ」

「……私あのちょび髭、なんか苦手なのよね」

「聖職者がこういったものを持ち歩いているところを知られたくありません」

「足洗ったくせになに言ってやがる」


 なんにせよ、冒険者協会へ情報を提供したほうがいいだろう。ボンドビーには聞きたいこともあるし、明日にでも向かわねばならない。


「呪術といえば、領主の奥さんどうなんだ?」

「えぇ。先ほども伺ってきました。術の解除自体はなんとかなりそうです。ちょっと王都から取り寄せる物がありますので、これからですね。せっかくですしミークさんに頼めばよかった」

「そっから先はわかんないけどねー……」


 さて、と話は終わったとばかりにセノアが立ち上がる。


「お? なんだ帰んのか。ノノに会ってかねぇの?」


 聞いてみるが、彼女は不貞腐れたように視線を逸らすだけだった。

 レイスンを見てみても、肩を竦めるだけである。

 なんだろう。さすがに飯を食っていけなんてことは言わないが、挨拶くらいしていってもいいではないか。ノノと仲良くしてやってくれ。


「……べつにいいわよ。昼寝の邪魔したいわけじゃないし」

「セノアさんは彼女に会うと調子が狂うんですよ。過去の自分を見るようで複雑なんじゃないですか。もしかしたら消滅しかけていた人間性が復活して拒絶反応を起こしているのかもしれません」


 レイスンの脛に腰の入ったトゥキックが突き刺さり、彼は悶絶して椅子からずり落ちた。

 静かにしろよ昼寝の邪魔だぞ。

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