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鉄壁のガンズー、説教

「…………」

「…………」


 窓の外をトンボが横切った。

 もうそろそろ大量に飛び交う季節だ。眺める分には風情がいいのだが、あれが魔獣になんてなられるととても厄介だ。中には飛行能力を持ったまま巨大化する個体もいるのでそうなるといよいよ対処に困る。


 さて、現在の状況もガンズーは対処に困る。病室には奇妙な沈黙が流れていた。

 フロリカは若干爆発気味だった髪をわしわしと撫でつけると跳ねを十本から五本までは減らせたし、ベッドで上体を起こしたまま毛布を引き上げたので目のやり場はそれほど困らなくなったが、それで困り度合いが減るわけではない。

 元々、とりあえず様子だけ見て、ちょっと挨拶ができればそれで帰ろうと思っていたのだ。腰を据えて話そうとまでは考えていなかった。


 それをハンネ院長が置いていくものだから、なにか切り出すことも撤退することもなんだかやりづらい。普通に「おう無事だったか。すまんかったな。それじゃあな」でよいはずなのだが。

 どうしたもんかな、とガンズーはスツールに座っていた。ノノがなにしてんだコイツという目で見ていた。


「……あの、すいません、わざわざおいでくださって」

「え? お、おう、いや、あれからどうしたかなって気になってたしよ」

「お見苦しいところを」

「それはあれだ、なんだ、急に来た俺が悪いっつーか……あ、そうだ。これ食ってくれ。その辺で買ってきたもんですまんが」

「あ、りんご。私なんかのためにそんな……じゃ、じゃあせっかくですので、ご一緒に。剥きますので。ノノちゃんも食べるでしょ?」

「くう」


 わたわたと右へ左へ視線やら手やらを彷徨わせたフロリカは、ベッドサイドの棚から小皿とナイフを取り出して土産の果物を剥き始めた。

 それはいいのだが、できれば毛布は被っていてほしい。というか見舞われる側に用意してもらうのもどうなのだろう。とはいえ奪い取ってこちらで切り分けるのも気が引けるのでガンズーは黙って見ていた。


 奇麗に切り揃えられたりんごをノノと並んでしょりしょり齧っていれば、どうにかこの状況にも慣れてきた。


「――パウラが心配してたよ」


 そう言ってみれば、果肉を頬張った口に手を当ててフロリカがこちらに目を向ける。

 話によれば彼女の傷はパウラを庇った際に負ったものだ。目の前でその一部始終を見ていたわけで、心配に思うのも当然だろう。


「パウラちゃん、大丈夫そうでしたか?」

「ちょっと元気なさそうだったな。ま、無事だってことは伝えてある。早いとこ元気な顔を見せてやってくれ」

「そうですね……」


 ハンネ院長や魔療師が言うには、彼女の傷はもうほぼ完治に近い。傷も残らずに済むという。

 ただ、背骨に達していたのは確かで、経過を見なければ影響が残らないとも言い切れなかった。医療魔術も術性定着薬(ポーション)も万能ではない。

 彼女の様子を見る限り、どうやらその心配も解消されたようだ。先ほど自身が言っていたとおり、外に出られるのも近いだろう。


「みんな、無事でよかった……」


 そう。無事だった。

 彼女だけでなく、パウラも、ノノもアスターも、院の子供たちも、同僚である修道女たちも無事だ。建物に被害は出たが、直すことができる。

 院長にもそう言われた。人的被害は出なかった。


 それでめでたしめでたし、などとはけして言えない。

 ガンズーにとっては敗北と言ってもいい結果だった。


「すまんかったな」

「へ?」

「あんたに怪我をさせちまった」


 鉄壁のガンズーとは、味方の前に出て盾となる戦い方をしてきた戦士である。

 誰かが傷を負うというならば、真っ先にそれを守るのが己の役目だった。

 自分が守ると言えば、誰だろうとわずかな被害も受けてはいけない。


 だというのにこのガンズーとかいうバカたれは、最も肝心なときにむざむざ敵の誘いに乗ってその場を離れて、まさか特攻なんてことまではしねぇだろうなんて高を括っていたのだ。

 そしてこのザマである。

 フロリカがここにいなければならないのも、元を辿れば自分がもうちょっとしっかりしていれば、とまで考えている。


「パウラが無事だったのも、ノノやアスターを守ろうとしてくれたのも結局はあんただ。偉そうなこと言っといて、俺は大したことできなかった」

「……彼らを取り戻したのは貴方じゃないですか」

「そんなもんやって当然だ。償いにもならねぇ。そうならないようにするのが役目だったはずなんだがなぁ……」


 話すうちに下がってきた頭を、側頭部を掻くふりをして支える。油断するとがっくり項垂れてしまいそうだ。

 なるべく思い悩まないようにつとめてきたが、改めて言葉にすると落ちこむ。

 仕事に失敗したことなどこれまで何度もあったが、今回の件は相当に堪えた。自分の力はこうも役に立たないものかと思わずにいられなかった。


 正直、院長あたりにはもっと文句を言われてもよかったのだ。優しさのほうが痛いということは往々にしてある。今から考えると、院の修繕を援助しようなどと申し出たことが恥ずかしくなる。

 詫びたいが、これ以上に詫びる先が無い。ガンズーに残された贖罪先は、もしかしたらもうここだけだ。


 というわけでフロリカにはできれば、この役立たずめ、くらいには言ってほしいと思っている。そんなことを言う彼女ではないとわかっているが、そこをなんとか頼みたい。


「――ガンズー様って」


 心の中だけで思っていた無茶振りなのだが、彼女は割と近いことを言った。


「時々、すごく情けなくなるんですね」


 ちょっとニュアンスが違ったが。

 それと、いざ言われてみればかなり心臓に来たが。


「ま……まぁその、実際に情けなかったからよ」

「いえその、そうではなくて、なんと言うか――」


 フロリカは小皿を置いて、少し考える素振りをする。


「なんだか自罰的というか……悪いことをおひとりでずいぶん抱えこむ方のように感じます」


 そう言われた。

 それはガンズーが最近まさに痛感したことだ。なんでもひとりでどうにかしようとしていた。仲間たちのおかげであっさりと覆された。


 どうも悪い癖が抜けん。そう思った。


「ガンズー様がダメなら、ラダ様もエウレーナ様もダメだったことになってしまいますが、そうなのでしょうか?」

「いやそんなことねぇぞ。ふたりともできる限りのことはしたはずだ」

「じゃあガンズー様もそうですね」

「いや、まぁ、その」

「みんな無事、って素晴らしい結果だと思いますよ」


 でかい背を曲げて相変わらず俯きがちだったガンズーが上目づかいで――情けない気分だと恰好まで情けなくなる――見てみれば、微笑みが待っていた。


「ご自分でどれだけ悪くお受け取りかわかりませんが、それならいくらでも取り返すことができますしね」


 それから「私の言えることじゃありませんが」と付け加えた。「院長から子供のころのやんちゃを指摘されるたびに大変なんです」と照れ臭そうに言った。


「やんちゃ」

「そうだよノノちゃん。昔は悪い子だったんだから私」

「お風呂のぞいた?」

「うーんそれはしなかったっていうか言わないでほしいっていうか」


 ガンズーの小皿に残っているりんごへ手を伸ばしながら言うノノに、彼女が困ったように答える。

 しばらく、しゃりしゃり齧る音だけが響いた。


 そういえば、七曜教にも懺悔室のような仕組みがあるそうだ。

 こいつはそれかもしれんな、と思った。聞き役を修道女がやるものなのかは知らないが。


「頑張るかぁ」


 なんとなくガンズーはそう呟いた。


「頑張るんですか?」

「おうよ」

「えっと……なにを?」

「わかんねぇけど、色々」


 答えると、フロリカは小首を傾げる。おそらく困っている。

 しかしそれも仕方ない。なにせ自分でもなにを頑張るのかわかっていないのだ。なんとなくそうするべきことを呟いた。


 本当になにを頑張るんだろう。彼女と同じように首を傾げた。

 事件の黒幕を探す? 被害者である院や領主への対応? ノノとの生活? それとも仲間たちとの今後だろうか。

 おそらく違う。というより、それ全てをひっくるめて、


「しっかりするぜ」


 ガンズー自身が心を定めなければならない。

 グチグチ考えこむことも情けない姿を見せることも当然ある。きっとまた全力で泣くこともある。

 ただ、抱えたあげくに誰かに介錯を頼もうとするのはよろしくない。いっそ素直に慰めてくれと頼むほうがいくらか健全だ。

 しっかりせぇよ鉄壁のガンズー。まだまだ生活は続くぞ。


 謎の宣言にフロリカの首はまた逆へ傾いたが、とにかく踏ん切りがついたことは伝わったらしい。

 ひとつ頷くと、彼女が言う。


「しっかりしてくださらないとノノちゃんも困りますからね」

「まったくだ。もっと飯作りだって上達しないとなんねぇし」

「ガンズー様が飯作り……?」


 三頭の蛇亭に行ったら、オーリーのおやっさんとはいっちょじっくり話をしてみよう。向こうが嫌だと言ってもだ。一連の出来事を彼がどう受け止めたのかは知らない。だから話をしてみよう。

 それで終いだ。またベニーから手頃なレシピを習って、おやっさんのうまい飯を食うのだ。


 そして、目の前にいる彼女もすでにガンズーの生活の一部だ。

 無事でよかった。そのとおりだ。これからも彼女は子供たちと共にいてもらわなければならない。


「あんたも早く出てきてくれよ。やっぱあの子らのとこにゃあんたもいてくれたほうがいい」

「そ、そうですか?」

「おう。そうだ、あんたが作ってたあのお茶、どうなったかな」

「ど、どうでしょう。部屋が無事なら生き残っているかもしれません」

「そりゃいいや。またご馳走になりたいもんだ」

「は」


 なにか面食らったような表情になった彼女を無視して、ガンズーは続ける。


「次、なんてこたぁ二度と無いようにはするけどよ」


 自信満々に言った。


「でももし、またなにかあったら、あんたは俺が必ず守る。安心してくれ」


 フロリカはぱかんと開けた口を隠すように下を向いた。

 先ほどまでとは変わって、今度は彼女が俯いてしまった。


「……わざとでしょうか」

「? なにが?」


 なにかもごもごと呟かれた言葉があったが、いまいち聞き取れなかった。

 ノノが彼女の顔を下から覗きこんでいるが、どうにも反応が見えない。残っていた髪の跳ねだけがこちらを向いている。


 やはりまた奇妙な沈黙が落ち、扉がノックされた。





 来たときとは反対側の神殿の壁を眺めながら、ハンネ院長と並んで歩く。ノノは目をこすり始めていた。

 教会内に残っていたらしい数少ない修道士に、すれ違いざま訝しげな目を向けられたが、隣にいる老修道女を認めると会釈して去っていった。


「ガンズー様は」


 黙って歩いていたハンネが、前方を向くまま唐突に言う。


「責任というものをどうお考えでしょう」


 質問の意図はよくわからなかった。

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