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鉄壁のガンズー、混迷

 三日が過ぎて、ガンズーは家の前の掃除をしていた。

 釣り竿を作っていたときに気づいたが、数日家を空けただけで落ち葉の散りっぷりがなかなか凄い。秋だなぁ、と思った。

 すぐに掃いてもよかったのだが、ここ数日は小雨が未練たらしく続いたために待つことにした。湿った落ち葉は片しづらい。


 箒は、家に元から落ちていたものである。ただし穂先だけ。そもそも柄が折れていたので、ガンズーが取り回しやすいよう長めの棒を用意して差し替えた。

 なにやらノノも欲しがったので、小さいものも。そちらはベッドに敷いた藁を少し千切って丸ごと作った。家の中の掃除は彼女の仕事だ。


 わっしんわっしんと雑に葉っぱを集める。ノノの両親の墓周辺は丁寧に行った。 ひと山ほどが集まったので、芋でも買ってくるかなと考えた。栗もいい。もしかしたら林を探せば栗の木もあるかもしれない。


 栗かぁ。栗ごはんが食いてぇな。そんなことも思った。

 この国の栗はガンズーの知るものよりちょっとばかりゴツい。普通に焼いてそのまま食べてもうまいが、どちらかといえば加工して粉にしたり菓子なんかにすることが多い。

 そのまま米と炊いてもうまいのだろうか。きっと食えないことはない。どちらかといえば米のほうが問題だ。しかし食いたい。試してみるかな。


 マロンなんとかってあったよな。甘いやつ。ああいうの自分で作れたらノノも喜ぶかな。だとか色々と考えているうちに、どんどん口の中が栗になってきた。

 いよいよ林の中へ探しに向かおうとしたとき、来訪者がいた。


「おーい大将。箒持ってどこ行くんだ?」


 振り返れば、ふたりの嫁を引き連れた青鱗のヴィスクがいた。






「栗ってもう売ってっかな?」

「ちょっと早い気が……まぁ、市場でも探せばもしかしたらあるんじゃね?」

「いいですね~。栗のケーキが食べたいです~」

「私は少し苦手だ。硬いし渋いし虫が混じる」

「お前それ直に齧ってんだろ」


 栗にはまだ少し時期が早かったらしい。落ち葉がいよいよ赤くなってきたらノノと林を散策してみよう。今回は芋で我慢する。

 というわけで、箒を置いて雁首揃えてやってきた彼らに向き直る。


「んで、来たってことはなんかあったか」

「まぁな。ちょっとツラ貸してくれ」

「……急ぎ?」

「ちょい急ぎ。馬引いてきてっからさ」


 ガンズーは困った顔をして黙った。家とヴィスクに視線を行き来させる。


「もしかして~、お昼寝中ですか~?」

「……ノノが起きてからじゃダメか?」

「いや、ちょいっつったけどできれば急いでほしいかな……頼むぜ旦那。ちょっとだから。あんなことあって心配なのはわかるけどさ」

「……今じゃないとダメ?」

「マジかこいつ。勘弁してくれよタイミング悪かったのは謝るから」


 口をへの字にしてもじもじしてみるが、割と火急の用であるのは本当らしい。

 しかしノノを置いて離れるのは嫌だ。お昼寝中ならなおさらだ。起きたときにガンズーがいないとなったら彼女は泣く――とまでは言わないが、不安に思うではないか。

 いや、彼女を言い訳に使うのはやめよう。自分が不安なのだ。不安で泣いちゃいそうなのだ。事件から何日も経ってないんだぞ仕方ねぇだろ。


「ガンズー殿。私とシウィーで留守番をしていよう。いちおうは顔見知りだ。もしノノが起きてきたら私から説明する。それならどうだ?」

「そうね~。わたしもノノちゃんとお話してみたいわ~」


 女性陣からそう提案されてもなかなか踏ん切りがつかない。

 しばらく近くで共に過ごしていたエウレーナはともかく、シウィーの顔をノノはおそらく知らない。知らない人がいたら怖がるかもしんないじゃんかよ。

 さらにぶつぶつ言いそうになったが、さすがにそろそろ怒られるかもしれない。とりあえず用件を聞いてみた。


「なんだよ急ぎの用って」

「マデレックとかいう爺さんが見つかったぞ」





 馬まで用意したというからまさかと思ったが、行き先は街の外だった。


「どこまで行くんだよ」

「行きゃわかるさ」


 目的の相手がどこにいたのか、どうしているのかと聞いてもヴィスクはそれしか答えなかった。三度ほど繰り返して言う気が無いことがわかると、ガンズーは黙ってついて行くしかなくなった。

 軽口の多い男が静かなので、そうするしかない。


 南門を通るときにちょっと歪んだ門扉と間に合わせの雑な閂、それから見覚えのある番兵がいたので、あとで改めて謝罪に来ると伝える。

 門を通って少し進むと、目的の場所があった。


 アージ・デッソから出るゴミ収集施設である。

 少し前にガンズーが知らされた街の施設であり、ドートンたちがたいへんお世話になった仕事先だ。

 騎乗したまま入口に近寄ると、兵装をした数人が待ち構えていた。ヴィスクが手を上げると、簡単な敬礼を返してくる。


「馬、頼んでいいかい?」

「は。どうぞ」


 そこでヴィスクが馬を預けたので、ガンズーもそれに倣う。

 周囲をうろつく者たちは兵の姿だが、街の門にいた番兵とは服装が少し違う。この施設の守衛というわけでもない。衛兵だった。

 事務所かなにかの掘立小屋の近くに、施設の労働者だろう人間がこちらを遠巻きにしていた。


 施設の中を歩く。とはいっても、灰というか炭というか生焼けのなにかと砕けた石材のようななにかが積み重なっているばかりで、その山の横を歩くだけだ。


 ゴミ処理施設、とは言っても要は埋立処理所である。集めたゴミは、燃やせるものは燃やしてかさを減らし、埋める。燃えないものはそのまま埋める。場合によっては燃えるものもそのまま埋める。ときどき職員が持って帰るものもある。

 なので、金属の類はほぼ無い。大抵はまずゴミになど出さないし、集めれば金になる。ガンズーは出したが。

 なにはともあれ、穴に埋める。穴の要領が足りなくなったら広げる。さたに足りなくなったら山にする。

 そろそろ敷地自体が足りなくなりそうなので、何度目かの拡張計画が出ているらしい。


 そしてごくまれに、持ちこまれた覚えの無い、捨ててはいけないものがいつの間にか埋まっている。


「――マジでか」


 かなり原型の残った灰の山の中から、それが覗いている。

 長い眉に長い髭。白いそれは灰の色ではなく元々の色だ。良い生地を使っている衣服も汚れてはいるが、表面を払えば元と遜色ないだろう。

 小柄だったせいか、より小さく見える。

 なにせ、肩が半分しかない。


「あんたが言ってた特徴にぴったりだと思うんだけどな」

「あぁ……間違いねぇ。マデレックだ」


 彼はどうも、肩口から斜めへ袈裟懸けに両断されていた。右肩右腕と首だけの死体が目の前にある。

 ふと見れば、崩れた灰の下に足先が見える。残りはそちらにあるようだ。


 ヴィスクを見てみれば、なんともいえない顔――そう見えるという意味でも、彼がそうなっていそうという意味でも――でこちらを見ていた。


「……衛兵、お前が呼んだのか?」

「いんや偶然。ちょうどここの人が街の詰め所に駆けこむの見かけたから便乗させてもらった。現場だけ維持してちょっと待ってもらうようにな」


 これを見張っていたらしい衛兵の男に目を移すと、やはりひとつ礼をしてからこちらへ手にしたものを差し出してきた。


「懐からこんなものが。ゴミに埋まってしまってはと思い、確保させていただきました」


 小さく綴った紙の束と、やはり紙の包み。包みの中になにかカラカラと堅いものが詰まっている。

 なんとなく中身の予想がついて、ガンズーはしかめた顔のままそれをひらいた。


 案の定、『鱗』が出てきた。

 そして紙の束には、細かいことはわからないが、なにかしら薬物の製法と読み取れる書きつけ。十中八九、この薬の製法だろう。


 ガンズーはしかめた顔をさらに渋くした。額に皴が寄る。


「これ、預かってもいいのかい?」

「領主様からは、そちら方へ全面的に協力するよう言われております。正直なところ、我々の手元にあっても持て余すでしょう」

「そっか……あんたらの立場もあるだろうに、悪いな」

「その言葉で救われます」


 なかばガンズーたち冒険者の小間使いのような扱いになっている警吏の皆さんに申し訳なさを感じつつ、しかしその言葉は正しいだろうとも思う。

 これは、ただの遺留品として扱うには少々厄介すぎる。


(ま、こっちだって俺だけなら持て余すけどよ)


 むしろすでに持て余しそうになっている。仲間たちが戻ってきていなかったとしたら、今ごろガンズーは頭が破裂していただろう。


 マデレックの遺体を適切に処理してくれるよう衛兵の彼に頼み、ヴィスクと共にその場を後にした。

 馬の背に揺られながら、ぽつりと言う。


「……どう思う?」

「どうっつったって」


 ヴィスクもぼんやり答えた。


「旦那が考えてるとおりだと思うぜ」


 まあ、そうだよなぁ。普通そう考えるよな。と思った。


「ンな話があっかよ……」


 最近アージ・デッソへやってきた怪しい商人がいました。

 同じくやってきた『黒鉄の矛』の裏に怪しい影がありました。

 時を同じくして領主の元にも怪しい老人がおりました。

 さらに怪しい薬がばら撒かれていました。


 揃って出てきました。死体になって。


 アホか。


「さて、どれだろうなぁ。爺が黒幕、だけどなんかのはずみで殺されました。実はさらに後ろに何者かがいて、そいつに殺されました。はたまた、まったく無関係だけど全部おっ被されて殺されました。どれもひでぇな」

「最後のも十分にあり得るんだよな……たしかに怪しいって言ったの俺だけどよ」

「下手すりゃよくある遺棄死体で終わってたなぁこりゃ。いやぁ気づいてよかった捜し回ってたかいがあったもんだははーん」

「自分で偶然っつってたろ」

「いいじゃんよちょっとくらい。今回俺ぜんぜんなんもできてねーもんよ」

「そっかなー。近くとはいえ街の外だし、あんまり気にしてなかったから助かったよ」


 唐突に横から飛んできた女の声に、ヴィスクと揃って振り向いた。

 ミークが馬と並んで歩いている。


「さすがに衛兵の人たちの動き全部はわかんないしねー。ヴィスクくんいい仕事したよ偉い偉い」

「なんだお前いつ来たんだよ」

「さっきかなー。ガンズーが珍しく馬乗ってたから」

「ずっといたんじゃねぇか」

「他に見てる人いてもおっかないし、注意してたんだよ」

「……俺、こいつのほうが怖い」


 どうやら青鱗のヴィスクをもってしても彼女の気配はまったく読めなかったらしく、情けない顔でこちらを見てくる。俺も同じだから心配すんな。


「他にってことはあれか。やっぱお前も怪しいと思うか」

「そりゃーね。あのお爺さんをやっちゃった人――まぁ、直接の相手かはわかんないけど、こっちを見ててもおかしくないしね。遺体が発見されることも見越してるような気もするし」

「妙な奴でもいるのか?」

「わかる範囲ではいない。けどなんか嫌な感じがね。女の勘」


 唇に指先を当ててそんなことを言う――そういう仕草がクッソ似合わねぇなこいつ――ミークに半眼を向ける。


「けっこうマジでこいつが頼りなんだよなぁ」

「なにさーあたしだってせっかくだしちょっとのんびりしたいのに」

「わぁってるよ。ありがたくって涙が出らぁ」

「さんざ泣いたじゃん」

「お前それ言うなよ……」


 彼女と軽口を叩き合っても、いまいち気分が晴れない。

 マデレックには悪いが、彼が死んだこと自体には特に感慨は無い。疑って見ていた立場とはいえ、気の毒には思うし、酷いことをすると感じる。

 が、どうしても宙ぶらりんで放り出されてしまった気持ちになってしまう。どうせ死ぬならその前に会って事情を聞きたかったなどと、自分勝手なことを考えてしまった。


 ガンズーが唇を尖らせたまま、ぽくぽくと低速で馬を進めていると、ミークが少し前方に出て振り向く。


「ねぇ、あのお爺さんの切り口見た?」

「見たは見たけどよ」

「すっごい奇麗だったよね。どう思うヴィスクくん?」

「どうって……相当な腕か、得物が相当いいか、って感じだったけど。ていうかあんた絶対近くにいなかったぞ、どうやって確認したんだ……」

「そうなんだよねー。それか特殊な刃なんだよねー……」


 うーん、と悩む素振りをしてから、次に出てきた話題は変わっていた。


「教会の人たち護衛するの、明日だっけ」

「お? おう、明日が火曜だな。お前らが出張ってくれて助かるけど、他になんか気になることあんのか?」

「んー……戻って明後日、王都まで普通は一週間、追っかけ三日……うわ微妙。ちょっと難しいかな……」

「なんだよ?」

「ちょっとね。待っててもわかることだと思うけど――いちおう、支部長さんに聞いてくる」


 言った途端、ぴう、という音でも残すように――実際は無音――ミークは駆け出した。というか、駆け出す瞬間の姿勢だけは見えた。

 気づいたときには遥か遠く街の方角にその背がある。あると思えば、やはり次の瞬間にはすっかり目に見えなくなっていた。


「おいこらせめてなにが気になるのか言ってけや!」

「……やっぱ怖ぇよ勇者パーティ」


 失礼な。俺なんかなんも怖くないぞ。ちょっと身体が頑丈なだけだ。


 ともあれ、ひとつ手がかりが消えてしまったからには、彼女の調査能力が頼りなのは間違いない。

 まだまだ面倒が残りそうだと、ガンズーは空を見上げる。久々に、雲間に青空が覗いていて、もうちょっと気分に合わせてほしいなと思った。

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