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鉄壁のガンズー、痛感

 少し遅めの朝、そろそろ悪くなりそうな根菜を――院へ行く前に処理しきれなかった――片っ端から入れたスープを作りながら、さてドートンたちをどう扱ったもんかと考えていると、家の扉が叩かれた。

 ちょうど鍋を持ち上げたところだったので、ノノに頼む。


 扉の向こうには若い男が立っていた。おそらくガンズーより三つ以上は下。ずいぶんと奇麗に仕立てられた上着を着ている。落ち着いた面持ちを保とうとしているようだが、口元がわずかに強張っている。

 扉がひらいて、竈の前にいるこちらと目が合って面食らったようだが、足元にいる子に気づくとまずその場で礼をした。


「朝早くに失礼したします。我が主ホーフィングンの命によりお迎えに上がりました。鉄壁のガンズー様」


 疲れからかノノと共に寝坊気味だったので、早いということはまったくないのだが、寝ぐせをつけたまま食事の用意をしている様子を見て気を遣われたらしい。


「ああ、領主の使いかい」

「は」

「そうだな……飯だけパッパと食っちまうから、ちょっとだけ待ってもらっていいか」

「これはご無礼を。ゆっくりと準備していただいて結構です」


 お言葉に甘えてスープを片付ける。ノノにはのんびり食えと言いつつ、自分は五分少々で大盛の皿をやっつけると、ガンズーは外出の準備をする。

 使いを寄越すとは言っていたが、あんまり相手の都合を考えていないのは貴族らしいなぁなどと思いながら着替えた。


 というか晩餐なんかではなくこんな時間から、ということはなにか急ぎの用でもできたのだろうか。そういえばセノアとレイスンが向かったはずだ。なにか余計なことでもしたろうか。責任を取らされるのだろうか。


 扉から少し顔を覗かせて、律義に外で待っていた男に言った。


「ノノも連れてくぞ」

「もちろん構いません。ガンズー様とノインノール様の両名を招くよう言いつかって参りました。断られなければ、ですが」

「どうだ? ノノ」

「いいよ」

「だそうだ」

「恐縮です」


 攫われた先に再び赴くことになるのだが、彼女は特に気にしていないようだ。ガンズーが共に向かうから、というよりは単に豪胆なのかもしれない。あるいは泣いてばかりいたからよく覚えていないのかもしれない。


 ノノも行くことが決まったので、もそもそと野菜を齧っている彼女の後ろに立って、適当に寝ぐせを直してやる。素直な髪なので、ちょっと湿らせて撫でつけるだけですぐにおさまった。

 いちおう領主の元へ正式に向かうわけだし、と思い彼女の服の中で最も奇麗なものを選んで取り出す。彼女は空になった皿をタライに沈めると、やはりもそもそと着替えた。まだちょっと眠いのかもしれない。


「待たせたな」

「痛み入ります。雑木林の手前に馬車を用意しておりますので、そちらで」

「そう遠くもねぇのにわざわざ……まぁ、領主のとこなら当然か」

「周りの目もありますので」


 やっぱ面倒な部分が多いなと感じながら歩くと、たしかに小道の先に馬車が待っていた。四人乗りの箱型で扉付き。大きいが窓は吹き抜けで拵えも質素だ。

 マデレックの乗っていたものとどちらが高いだろう。あちらはもう少し小さく精々ふたり乗り程度だったが、装飾の具合は上だった気もする。

 ともすれば下手な貴族よりよほど金を持っているのが商人だ。さらに言えばアージ・デッソ周辺は領地としては弱い部類に入る。家の事情以外にもけっこう苦労してんのかもしれんなあの領主。そんなことを思った。


 こっとんこっとん尻の下から突き上げる揺れに座りが落ち着かない。正直なところガンズーは馬車が苦手だ。良い乗り心地のものに乗ったためしが無いし、多頭引きに頑張って鞭を入れるでもしないと歩いたほうが速い。

 座席にはきちんと綿が敷かれているようだが、残念ながら衝撃を吸収できるような厚みは無い。

 王都や都市同盟には魔王期以前に北の国から輸入したというサスペンションの備わった馬車もあったが、まだその技術は普及しきっていないようだ。

 というかそもそも狭い。どれだけ大きい箱でもガンズーには狭い。


 ノノは当然、馬車に乗るのは初めてだろう。座席に膝立ちしてのんびりと流れる街並みを眺めているが、やはり膝がしっくりいかないのかしきりに位置を変えている。

 あまり乗り出して落っこちないようにな、と注意した。


 向かいに座る男に気になっていたことを聞く。


「あんたそんな恰好してて、ただの小間使いじゃねぇだろ?」

「……改めまして、新たに家令として任じられましたステルマーと申します」

「若ぇな」

「若輩です。本来ならば前任の下でもう数年、学ぶ予定でした」

「あのオッサンか……すまねぇな」

「いえ、ガンズー様には感謝しています。ひとつ間違えれば彼は周囲に多大な被害を出した上で魔物として討伐されるところでした」


 静かに語るが、彼――ステルマーはやはりどこか緊張している雰囲気がある。

 無理もない。修行中の身だったのが先日から急に領主家の監督をしなければならない立場になったのだ。

 しかも上にいるのがあの頼りないケルウェンである。さらに家の中が絶賛混乱中である。こりゃ大変だ。ガンズーは同情した。


「今後は主からガンズー様への繋ぎは私が受け持つこととなりましょう。どうぞよろしくお願いいたします」

「あんま固くなんないでくれ。その辺の冒険者を相手にするつもりでいいんだよ。貴族さんの立場だってあるし、ずっとそんなんじゃ疲れるだろ」

「当家としては、賓客として迎えるようにと。ですが、過分なお言葉、感謝いたします」


 固さがまったくとれない――彫像のように固まった姿勢で座るまま、馬車が揺れても微動だにしない――彼に肩を竦めると、ガンズーはノノが覗く窓の向こうに視線を移した。

 中央広場を過ぎようとしていた。やはり歩くほうが速い。

 思いついて、ちょっとだけ馬車を止めてもらった。市場へ走る。


 果物やら焼き菓子を大量に買いこんで戻ったガンズーに、新人家令はようやく少し表情を崩した。訝しげな顔だったが。





 当のケルウェン子爵は、ガンズーにひととおりの挨拶と先日の謝罪をすると、ステルマーを伴って慌ただしく出ていった。

 呼びつけといてどういうことだ、と言いそうになったが、用件自体はオレイル前領主だけで事足りるのだそうな。


「なにやら思うところあったようでな。張り切って動いておるよ」


 応接間に残されたガンズーとノノは、先日見たときより老けこんだようにも感じるオレイルと差し向って座っている。


「教会の追及がなかなかしつこくてな。我々としてはもはや冒険者協会と足並みを揃える以外に対処のしようが無い。ま、元々それほど立場があるわけではないが」

「名目的にはタンバールモースから別れた領なんだっけかここ」

「別れたというより飛び地に増えたようなものだったらしいがな。あの街の環境を考えれば仕方がないが、伯爵殿は親七曜教だ。こちらに口を挟むことは無いとは思うが……どういったかたちで耳に入るかを考えると、少し悩む」


 領主の上下関係を考えれば、アージ・デッソはタンバールモースの下。そしてタンバールモースは親七曜教――どころか、この国における教会の総本山。

 なるほど、修道院が焼かれたみたいだけど話を詳しく聞かせてくれる? とこられたら領主としてはなんとも難しいことになる。


「苦労してんな」

「あれも――あぁ、ケルウェンだが、肝は小さいかもしれんが、それなりに場数は踏んでいる。悪いようにはするまい」

「心配事は他にもあるしな」

「うむ……些事をさっさと片付けて、メイリの近くにいる腹づもりのようだ。しかし家を任せるにも外を任せるにも、ステルマーはまだまだ手がかかる。必死に顔繫ぎをやらせているよ」

「そんならわざわざ俺んとこに寄越さなくてもいいだろうに」

「君は繋ぐべき顔の上位にあるからな」


 言葉で返さず、両手をひらいて見せた。

 本音のところでは、領主家などの貴族とは最小限の付き合いにしたいが、さすがにそういうわけにはいかない。

 事件のこともあるし、彼らが親身になってくれるならガンズー自身や仲間たちはもちろん、ノノにも良いことのはずだ。


 そのノノは、お茶の代わりに出てきた冷えた果汁を味わっている。多分りんご。菓子は無いが満足しているらしい。


「セノアとレイスン、来たか?」

「それで君も呼んだ。まさかこれほど早いとは思わなかったがありがたい。感謝する」

「俺もあいつらの帰りが重なるとは思わなかったからなぁ。で、なんかわかったのかい?」

「すぐにどう、とはいかなかったが……何度か通ってくれるようでな」


 直接の答えにはならないことを言って、オレイルは少し視線を外した。

 応接間の入口に端女が控えていた。そちらを見る。目が合うと察したのか、彼女は部屋を出た。


「呪術の痕跡があったそうだ」

「……禁術じゃねぇか」

「それもひどく巧妙な、な。下手な医者や魔療師ではわからん。ふたりの知覚と知識でなければそうそう割れなかったろう」


 呪術。言ってしまえば魔術のひとつの形態である。

 マナに働きかけて特定現象を起こす魔術。行使する際、励起したマナは人体を通るが、そうせずとも普段から微量のマナは体内を通っている。

 それに対して、自然と取り入れられるマナが身体に影響するような仕掛けを施すのが呪術。


 やろうと思えば病原体のような働きをさせることもできるし、逆に身体の機能を向上させることもできるが、栄養を摂っているわけでもないので負荷は大きい。

 暗殺や洗脳に用いることもでき、バスコー王国では何代か前の王がこれで死んでいるのでざっくりすべての呪術が禁術指定をされている。


「ごく小さな影響を与えるものだったらしいな。例えば、わすかに思考を一方向へ誘導するような。なるほど、心の弱ったものには覿面かもしれん」

「治るのか?」

「術の対処は、まぁ、よく考えてやっていくと言うが、そもそもの心のほうはなんとも答えなんだ。だが……」

「あぁ、それで領主さん張り切りだしたか」

「うむ。何者かの意図によるもので、それ自体は消すことができるとはっきりしたのだ。望みが繋がった気分だろう。それと、怒りもあるな」


 メイリ夫人の朦朧が呪術によるものだとすれば、原因自体は解消できる。

 それからは旦那の出番だ。どうもガンズーの言ったとおりになったようだし、ケルウェン領主もそのつもりらしい。

 もしうまく事が進んだなら、まあ、晩餐に呼んでくれりゃ一緒に酒飲むくらいはやってもいいかな、と思う。


「そういや呼びつけた医者だの薬師だのってのはどうだったんだ?」

「やはりこの者、というのはわからん。若い者や女を除外しても十に近い数がいたし、すでに帰らせてしまったからな。協会に任せるしかできん」

「なるほど、やっぱあとは調査次第か」


 それからガンズーは、離れの場所を聞いた。





 わざわざオレイル自身が案内してくれた離れは、屋敷の裏手にあった。敷地の外ではあるが囲いは繋がっていて、直接に向かえる。

 ちょっとした宿よりも大きく、中庭もある。貧乏領主とはいえさすがだなと感想を持った。


 ガンズーの姿を見た子供たちは喜んだ。土産の山を見てさらに喜んだ。

 まだこちらへ移ってひと晩。修道女ともどもいまいち落ち着けてはいないようだが、少しでも慰めになればいい。


 アスターに会って、先日のケーとの会話を思い出す。勇者かぁ、と複雑な顔で見るガンズーに彼は不思議そうな表情をしていたが、それとはまったく別のことを聞いてきた。


「あのおじさんとお姉ちゃんはどうしたの?」


 驚いたことに彼は自分を攫った相手であるバシェットとコーデッサの心配をしていた。たしかに厳密には、あのふたりは彼に直接の危害を加えたわけではない。

 それにしたって怖い思いはしたはずだ。あるいは彼は、相手が敵であるかどうかを違う視点で見ているのかもしれない。

 勇者っていうか優者だな、などと思った。危うささえ感じてしまうが、叶うならそれが彼を良い方向に導いてほしい。


 パウラは少し元気がなかった。フロリカのことが頭にあるのかもしれない。

 そもそも彼女だって危ないところだったのだ。燃える屋敷の中でひとり取り残されて、それでも自分を守ってくれた者を救うために小さい身体で頑張った。

 ガンズーは彼女の頭を全力で優しく撫でた。肩車をした。ノノのために別けておいた菓子を、こっそり多めに渡した。


 見知った年かさの修道女がいたので聞いてみると、ハンネ院長は外出しているところだったようだ。やはり彼女もこのゴタゴタで忙しいらしい。

 そしてやはり、タンバールモースへの遠出は避けられないという。


 護衛を専任している冒険者が襲撃され負傷しているのは聞いていた。心配になったが、修道女は感動したように手を合わせて答えてくれた。

 どうしたものかと考えていたら、正に実力があり信用があって手の空いている冒険者がその場で名乗り出たのだ。レイスンである。


 勇者パーティのうち四人も参加する。これ以上はないという援護だった。院の者たちもそうだが、誰よりもボンドビーが喜んだだろう。

 いい格好しやがって、とガンズーは思った。自分も行きたい。ノノを連れてついていこうか。そう考えて、左腕の包帯に『安静』と書かれているのを幻視した。


 まだすべて解決したわけではないが、心配事が少しずつ解消されている。仲間が帰ってきただけでこれである。

 やっぱ自分ひとりで考えるもんじゃねぇな、と思い知った。

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