鉄壁のガンズー、勇者
勇者。
勇気ある者。勇ましい者。勇敢な者。勇猛な者。
魔王がいるなら勇者がいる。最初はゲームみてぇだなと思ったガンズーも、それが結局のところただの呼称にすぎないとわかれば、そう違和感も湧かない。
人は人と呼ぶし、勇者は勇者と呼ぶ。この世界に存在するのだから、呼ぶ。
なにせ一種の栄誉称号のようなものだ。特別な血筋が必要なわけでもないし、特殊な能力を保証するものでもない。
大抵、強くて功績があって人望があり求心力のある者が国から任じられる。冒険者からも出るし、騎士や傭兵からも出る。中には鍛冶師が出自という者もいたらしい。平民からも貴族からも現れた。どこぞの王子なんかもいた。
言ってしまえば、国がスカウトする対魔王の旗頭、そして便利屋である。
鉄砲玉と揶揄する貴族もいるが、それほど間違ってもいない。下手な扱いをすればその弾丸が他の貴族と民心を引き連れて飛んでくるが。
税が無くなる。国家間を自由に行き来できる。国の保有する遺跡や禁所にも簡単に入ることができる。緊急時には軍の統括権すらある。大厚遇だ。ただしあらゆる要請あらゆる嘆願に応えなければならないが。
魔王期――魔王の出現する時代――にのみ適用される超法規的な個人登用。そして優遇と責務。
当然だがその権利を悪用するような者もいたし、結果的にそうなってしまった者もいた。第二の魔王とすら言えるそれは、やはり次の勇者に討たれるのが通例だろう。単純に国と敵対して滅んだ者もいたらしい。
そうして歴史に消える者もいれば、特に記録に残るような活躍をしないまま表舞台から去る者もいる。ただ、やはりいずれも傑物なのは間違いない。
ガンズーとしてはトルムの顔を頭に浮かべ、(傑物……傑物? まぁケツぶたれるの好きそうな奴だが)などと思ってしまうが、おおむね一般的にはそんな認識である。あいつも人好きのする奴なのは確かだし。
王室にはもう少し詳細な規定なんかがあるのだろうが、聞いた試しは無い。レイスンあたりに聞いてみるか、いっそお姫さんに今度会ったら聞いてみようか。
ともあれ、ただの称号だ。その特殊性を意味したりはしない。
言ってしまえば、誰でもなることはできる。少なくとも、なにかしら限定的な条件が設けられているわけではない。神話に由来する血筋だとか、伝説の剣を持っているだとか、謎の紋章が身体にある必要は無い。
と、思われている。
さて、問題がひとつ。
ガンズーは椅子に座り、削りかけの枝を手先で弄りながら聞いた。
「――勇者って、強い奴のことだよな?」
「そうなの? いっこ先だしそりゃそっか。ボクもうちょっと少ないかと思ってたよ。意外と増えてるんだね。困っちゃうね。でもよく考えたらキミのほうがよっぽど珍しいもんね」
「んんん……なんか食い違ってる気がすんぞ」
ケーの言うアレ。こいつは「周りも一緒に強くなってる」と言った。
周囲の人間も共に成長している、なんて意味ではない。こいつがそんな単純なことを言うわけがない。
おそらく、そのままの意味だ。勇者は、その周りの者も強くする。
「……勇者ってなんだ?」
「なんでボクに聞くのさ」
「お前はなんだと思ってんのか聞いてんだよ」
「なんだと思ってるって言われてもなぁ。ボク困っちゃう。でもボク嫌いじゃないよ。ヘイムにはボコボコにしたりされたりしたけど、ちょっと楽しかったね」
「お前の話は……いやちょっと気になるけど、今はいいんだよ」
「ヘイムのお友だちも嫌いじゃないよ。やっぱり第三門を潜った子と一緒にいればみんな頑丈になるからね。遠慮しなくていいんだ。お父上にもノインノールにも叱られずに済んで安心だねボク」
「待て待て待て頼むから情報を増やすなワケわかんなくなる」
「だから、勇者ってそういう子のことでしょ? 門を越えてるからお友だちも引っ張られるんだね。もともとエルフの質量偏差は変動しやすいけど先天的にも因子があるのはちょっと得だしちょっと酷だね」
「……? ……なんて?」
「あ。ごめん忘れて怒られちゃう。ケロケロ」
「無理に決まってんだろ。とりあえず、門ってなんだ」
「ケロリンパーケロリンパッパー」
「野郎……いや、しかし、なんだ? もしかして勇者になるような人間って、やっぱなにかあんのか……違うな、俺が考えてたものとは違うのか?」
ガンズーは勇者というものを、単純に他の人間より強い者だと思っていた。
人望があるだとか人となりだとかはとりあえず置いておく。強くて目立てば勝手に周りもほうっておかないだろうし、強いだけで勇者と呼ばれた奴だってきっといただろうし。
ともかく、そう思っていた。なにせガンズーは人の強さが見える。
そして横にトルムがいたのだから。正にその勇者の例が。
だからガンズーは、まったく違う視点から、勇者とは特別な人間であると思いこんでいた。
別れる直前に見た彼のステータスを思い出す。
『 れべる : 46/60
ちから : 67
たいりょく: 50
わざ : 53
はやさ : 41
ちりょく : 36
せいしん : 44 』
(だってレベル上限違うし!)
基本的にレベルの上限は50。これまで見てきた人間はすべてそうだったし、動物でさえそうだったし、魔物ですらそうだった。
トルム以外。
始めて出会った時点でこうだった。ついでにそも最初からステータスも高水準だった。そのときはガンズーも凄ぇなこいつと感じたくらいで、まさか以降、彼のような者など一切いないとは思わなかった。
それからあれよあれよと勇者認定。だからそういうものだと思ったし、それで納得することにした。きっと歴代の勇者も同じようなものだ。そう結論した。
前代の勇者が亡くなっていたのが惜しまれる。もし生きていれば、隅から隅まで眺めまわしてやったのに。女だったらしいけど。
というわけで、ガンズーはもしかしたら間違っていた。いや、あるいは、半分しか正解していなかった。
勇者ってなんだ。先ほど自分が言った台詞を反芻する。
「……考えてみりゃセノアもミークもレイスンも、始めて会った時点でそれなりに完成してた。いくら修羅場が続いたっつったって、そんなほいほいレベル上がんねぇよな」
そしてそれはガンズーも同じことである。
バシェットを思い出す。彼があの高みに辿り着いたのはいつだ。十年前か。二十年前か。若いころは未熟だったと言っていた。どれだけの鍛錬を重ねた。ガンズーは彼の半分ほどしか生きていない。
エウレーナを思い出す。彼女は自分と同年代。それで特級冒険者になっている時点で相当な才の持ち主だ。しかし彼女はおそらく行き詰っている。壁を感じているころのはずだ。
ガンズーはすでにレベル50。上限に到達した。
単なる才能の差、運もあろうと理解していた。勇者が特別ならガンズーはもっと特殊だ。レベルが見れる奴がレベル上がらなくて困るなんてこたねぇだろなどと思っていた。
これほど早くレベルカンストに陥っても、まあいつかは来ることだし、そんなもんだろうと感じた。
が、
「トルムのおかげかぁ……?」
言われてみればそんな気がしてきた。検証することは難しいが、これまでの自分たちと他の者を比べると納得いくものがある。
(いや、あいつらがいるか)
デイティスはトルムに似ていると目の前の蛙は言った。こいつがそう言うということは、その特異性に言及していると考えていい。
ならば、ドートンとダニエがどうなるかだ。成長の早い彼に追随しているようなら、この話の信憑性が大いに増す。
まさかこんなところであいつらが役に立つとは。これは本格的に育成を頑張ってみるべきかもしれない。
「ありゃ? でもデイティスの奴、上限は普通だよな。どういうこった?」
「キミの機能のことなんかそれこそボクにわかるわけないでしょ。逆にボクが聞きたいくらいだよ。調べてっていうなら試してみようか? ちょっと頭がもじょもじょするしきっと無理だと思うけど」
「なんだよもじょもじょって怖ぇな」
「耳から」
「いやいいやめろ」
謎生物から謎の触手が伸びて脳を弄られる想像をし、顔をしかめた。
レベル上限についてはトルムに改めて聞いてみよう。あくまでガンズーから見てそうだというだけなので、自覚のあるものかはわからないが。
しかしこうなると、勇者というものを認可する側――王室がどこまで把握しているのかが少し気になる。
このシステムがいつ構築されたのか知らないが、七曜教では少なくとも三百年ほどは記録をさかのぼれるようなので、それ以前からということになる。
ガンズーのように数値で認識できるわけではないのだから、あくまで称号としての勇者としか把握していない可能性はある。だが逆に、経験則でその異質を了解している可能性だってある。
「お前の知ってる勇者って、なんかいっぱいいたりしたのか?」
「いるときもいないときもあるよ当たり前でしょ。そんなにいっぱいいたらガラジェリやウィックリッカが黙ってないよ」
「うぃ……いや、置いとく。ひとまず置いとく」
唐突に魔王の名前と共に投げつけられたものへ意識が引っ張られそうになる。どうにか抑えて、話を戻す。
メモがしたい。再度聞き直そうとすればこいつは間違いなくケロケロ言い始めて誤魔化すだろう。ああ気になる。魔王と一緒に出てくるって誰なんだそいつ。いやいい、今はこっちだ。
「そうじゃなくてよ、あくまで勇者って認定された奴が同じ時期によ」
「そういえばヘイムのころにはもうひとりでやってたね。よくわかんないけど、べつに呼ばれなくても勇者は勇者なんだからいいんじゃない?」
「ひとりじゃなかった時代もあんのか?」
「時代っていうか、場所? カハン、じゃなかったエンロのほうは勇者なんて呼び方じゃないけどいっぱいいてお互いに喧嘩してるし、イークルハレルじゃ何人も王さまのとこにいるよ。あ、王さまじゃなくて皇帝さんだっけ」
「ん、今のはなんか聞いたことあんな」
イークルハレル。たしかカルドゥメクトリ山脈の向こうにある帝国のはずだ。魔王期以前にはスエス半島側と国交もあったし、戦争をしたこともあるとか。
ともあれ、国によって仕組みが違うのは頷けるところだ。であればスエス半島の四国において勇者認定を当代ひとりと定めているのは、そういう約定がどこかでなされたと考えるべきだろう。理由は……学者にでも聞かなきゃわからんな。
「ちなみにそのヘイムってな何者なんだ」
「人間のあいだじゃけっこう有名なんじゃないの?」
「お前そろそろ自分の感覚じゃ通じないってわかってくれよ」
「うーん難しいね。でも知ってると思うんだけどな、名前だって残ってるんだし。勇者って言ったらやっぱりあの子だよ」
「やっぱ勇者か。何代前だよ。名前言われても俺は二代くらい前までしか知らんけど」
「んー……んー……四百年くらい前?」
「わかるわけねぇだろバカ。王都にだって記録残ってるか怪しいぞ」
「そっかぁ寂しいね。ガラジェリったら張り切りすぎだね。でもまあどこかにいるだろうし大丈夫だよ。ノインノールもいるしね」
「なにが大丈夫なのかわかんねぇけど」
ふと、もうひとつ引っかかっていたことを思い出した。
「そのヘイムにトルムが似てるんだろ?」
「似てるね」
「んでトルムにデイティスが似てる」
「そうだね」
「なんかもうひとりくらい言ってなかったか?」
「そうだっけ?」
「言ったぞ。あの子とあの子と、あとあの子とかなんとか」
「うーん。言ったような言ってないような。言ってなくもなくもなくもなくもないようなそんなような。あれ、わか」
「言ったんじゃねぇか」
「キミ凄いね。ボクちょっと本格的にわかんなくなってたのに。えーとね、あの子だよあの子。ノインノールの友だち」
「へ?」
「キミが追いかけてた子」
ガンズーが追いかけていた子。おそらく昨日の話だ。
バシェット? ザンブルムス? コーデッサ? そんなわけはない。ノノの友達といえば、
「あ、アスターか!? マジで!?」
「マジで」
「あいつ勇者の才能あんのか!?」
「ボクに聞かれても」
凄ぇぞアスター! ガンズーは興奮して立ち上がった。
虹瞳の上に、勇者の才能。これはとんでもないことになる。あの子は将来、どんな凄い男になるのか。
そんなことを考えて――ザンブルムスの言葉を思い出した。彼はアスターを、強くなると言った。
急速に興奮がしぼんでいく。自分はなにを言ってるのだろう。
たしかにそのふたつの才は凄いものだが、それは主に戦闘者の才能だ。争いの中に身を置くことになる宿命だ。彼が戦わなければいけないと、誰が決めた。
これではザンブルムスの妄言と同じだ。ガンズーは落ちこんだ。
そもそも今代の魔王は俺たちで終わらせるのだ。デイティスにもアスターにも負う責務など無い。
そうだ。彼らに才があるというなら、その後に伸び伸びと活かしてくれればいいのだ。
バカな考えを振り切るように、ガンズーは改めてその手に力を込めた。
作りかけの釣り竿は折れた。




