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鉄壁のガンズー、若人よ

 トルムは一週間ほどの入院で済むらしい。包帯がとれるまでは杖を突くことになるが、それもひと月はかからないだろうとのこと。

 ふふふまだまだ修行が足りねぇなぁ勇者さんよ、俺は二週間で包帯とれるぜ。白く丸められた左腕を掲げて独りごちる。安静にしていればだからねとオプソン医師には何度も念押しされたが、まあきっと平気だ多分。


 中央広場のベンチはまだほんのり湿っていた。空は曇天。まだ雨は続くかもしれない。

 腸詰めを生地で包んだものを棒に刺して揚げた串――若干貧相なアメリカンドッグ、かなぁ――を屋台で買い、ノノと並んで齧りながら、さてこれからどうするかと考えた。


 正直なところ、ここからガンズーにできることはあまりない。

 バシェットやジェイキンに対しては協会の対応がすべてだし、領主の奥さんについてはセノアとレイスンに任せたほうがいいだろう。修道院の修復はそれこそ大工の仕事なので、手の出しようが無い。

 『蛇』だかなんだかいう黒幕を探す? ミークが参戦した以上、自分がその手伝いになれるか怪しい。マデレックがそうだとしても、ヴィスクたちの行動に合わせるべきだ。


 まずはヴィスクだな。とりあえずそう結論した。彼に会って情報の交換をする。

 と思ったが、あいつ今どこにいるんだろう。街の中にはいるはずだが、そういえば彼らの常宿を知らない。連絡手段を用意するべきだったな、と後悔した。


 空いた串を歯に挟んで転がしていると、雑踏の中に見知った顔を発見した。


 ちょっぴりくすんだ金髪をあどけない顔の上に乗っけている。デイティスだ。

 横にいる者と、楽しそうに話をしながら歩いている。相手は少女だった。


 おお、本当に女連れてやがる。ガンズーは思った。

 ドートンから聞いてはいたものの、実際に目にするとなんだか不思議な感覚になった。やるもんだなぁという感想と、マジかよという感想。

 若いってなぁ良いな、と自然に思ってしまって、だから俺は若いっつってんだろうがよと自分で否定する。ラダにだって若いと言ってもらっただろうが。大丈夫大丈夫。自分に言い聞かせる。


 実に楽しそうなデイティスだが、同様に相手の少女も楽しそうな笑顔を浮かべていた。

 少々キツめの顔立ちだが、歳相応のかわいらしさもある。が、それ以上に髪の色が目立つ。ともすれば隣の金髪より目につく。

 基本的には黒髪なのだろうが、頭頂から腰まで伸びた毛先まで、青みがかったところもあれば、赤みがかっているところもあり、光の加減で銀のような色合いにもなって揺れている。

 天然だろうか染めているのだろうか。虹みたいだな。ガンズーは思った。虹瞳ならぬ、虹髪ってか。


 黒狼に襲われた馬車に乗っていた商人の娘という話だが、そのときはまったく気づかなかった。そもそも顔などろくに見なかったから仕方ないが。

 しかしそんなふたりが歩いていると本当に目につく。ひとつ間違えればどこぞの貴族令息と令嬢だ。実際は元村人の冒険者と旅商人の娘だが。


 西へ抜ける大通りの手前で、ふたりは別れたようだった。手を振っていたデイティスが、どこかウキウキとした表情でこちらへ歩いてくる。目が合った。


「あ、ガンズーさん! こんにちは! ノノちゃんも!」


 はいこんにちは。

 とても元気だった。溌溂(はつらつ)と挨拶を飛ばしてくる彼に、片手を上げて答える。やっぱ若いな、という言葉を頭に浮かべかけたが、断固阻止した。

 ノノもそちらに目を向ける。揚げ物を齧っている最中だったので、「も」とだけ言った。


「元気だなデイティス。今日は仕事はどした?」

「午前中の早いうちに終わっちゃって。木材運搬の護衛だったんですけど、なんか木工所が荒らされてたみたいで」

「……ほ、ほほう」

「片付け優先で今日の伐採は最小限になっちゃったんです。でも次の仕事も約束してくれました。近く木材がたくさん必要になるみたいなんです」


 木工所で大立ち回りをした当人であるガンズーは、自身の瞼を見ながら「へー」とだけ返した。

 そういえば南門の閂も吹っ飛ばした。責任者へ謝罪に赴かねばならない。領主の屋敷の門についてもそうだ。修道院の建材もそうだろうし、たしかに各所で木材の需要が増えている。半分ほどガンズーのせいで。

 なにか他にも忘れている気がしたが、挨拶回りをしていれば思い出すだろう。


「ミラ・オータウス修道院、なんだか大変だったみたいですけど、大丈夫だったんですか? ガンズーさんもそこにいたんですよね」

「あー、そうだな。色々ゴタついたけどひと段落はついたかな」

「ガンズーさんがいたなら平気ですよね」

「お、おう。まぁな。おう、お前、昼飯食ったか?」


 強引に話題を変えた。


「あ、はい。いただいてきました」

「いただいて……? もしかしてあれか、彼女のとこでか」

「彼女……? あれ、ガンズーさんも知ってるんでしたっけ。えーと、ヒスクスさんのところです。もちろんアシェリもいますけど」

「ん、ん、ちょっと待て整理する。ヒスクスってのは、あのとき助けた商人か?」

「そうです。凄くよくしてもらって。遊びに行ったら時々ご馳走になるんです」

「すっかり気に入られてんじゃねぇか……」


 にこにこと答えるデイティスの笑顔が眩しい。

 救われたとはいえ、どこの馬の骨とも知れない冒険者に飯を食わせて娘も食わせて――ちょっとオヤジ臭い下品な表現だった。反省する――とまでするとは、ずいぶん厚遇されているようだ。


「んであの娘がアシェリね。おめーのイイやつ」

「イイ……? よくわからないですけど、たしかに彼女はとてもいい人ですよ。それに勇者様のファンなんです。王都で出された詩歌集まで持ってて、僕感動しちゃいました」

「そんなもん出てんのか……」

「ガンズーさんの章もありました」

「いや言わんでいいっての、こっ恥ずかしい。ま、仲いいならそれでいいさ。商人のツテってな貴重なもんだからな」


 駆け出しの冒険者はなにを揃えるにしても足元を見られがちだ。その点、そういったことに目端の利く本職が味方にいれば非常に助かる。


「ていうかそのヒスクスだかいう親父、お前を婿にすりゃ商売を継がせられるとか考えてそうだな」

「えー。僕もっと冒険者やりたいです」

「冗談だよ。いや、割とありえそうだけどよ。娘さんの意向もあるが」

「そうですね。ちょっと考えようかな。僕、アシェリ好きですし」

「お」

「結婚できたらそれは嬉しいですね」

「お……おう、そうか……」


 ドートンよ。弟はお前の想定より何歩も先を行っていたようだぞ。

 しかし、


「お前それ、ダニエには言った?」

「言ってないです。姉ちゃんに言ったら殴りこみに行っちゃいそうで」

「……お前、案外ちゃんとわかってんだな」





 ぷすぷす鼻を鳴らしながら眠るノノに毛布をかけて、ガンズーは外に出た。

 家の前でぐっと背伸びをすると、左腕をはじめとして身体の各所が痛む。大きな負傷はひとつくらいだったが、バシェットとの戦いはかなりの負担を残していた。


 デイティスとの別れ際、修行の予定を飛ばしてしまったことを謝ると、「次を楽しみにしてます!」と元気に去っていった。

 そろそろ彼らに実戦想定の話をしてもいいかもしれない。それぞれの適正を考えれば、トルムやミークに引き合わせるという手もある。デイティスなんかは狂喜乱舞してしまいそうだが。


 とはいえそれまではできるだけ安静にしよう。左腕が不自由なままでは自炊もままならないし、三頭の蛇亭へ習いに行くのも困る。


(……おやっさんにもそろそろ伝わっちまったかなぁ)


 修道院の騒ぎはあっという間に街へ広まっていた。協会がいくら頑張っても、少しずつ人々の知るところになる。

 そもそも『黒鉄の矛』の一員であった彼に、誰ぞ協会員あたりが話を聞きに行っていておかしくない。今回の件には関与していないとしても。


 なんとなく顔を合わせがたい。どちらにせよ来週の木曜には向かうことになるのだから、それまでに話も心もケリがついているといいが。


 頭を振って気を取り直す。林の藪へ足を向けた。

 よさげな枝を探す。釣り竿を作りたいのだ。

 今まで釣りに使っていたものも枝からである。残念ながら乾きすぎて脆くなっていたので、改めて新しいものを用意しなければならない。いっそ鍛冶屋に頼んで金属で作ってしまおうかなどとも思う。


 竹があれば最適なんだけどなぁと思ってしまうが、どうもスエス半島に竹は自生しないようだ。魔王期以前に持ちこまれたらしい竹製の代物は見かけたことがあるので、カルドゥメクトリの向こうには存在するのだろうが。

 落ちている枝は先日の雨でクタクタになったものばかりなので、立木から失敬した。適度な太さとしなり。


 家の前に座って――ドートンたちの相手をするときに面倒だったので、椅子も自作した――ナイフでしょりしょり削る。

 細かい作業も慣れたなぁと思った。以前であれば大雑把に皮だけ剥いで終わらせていたかもしれない。成長したものだ。


 成長といえば、先ほどのデイティスを思い出す。見ないあいだの精進具合が気になって、ちょっと確認してみた。


『 れべる  : 8/50


  ちから  :   14

  たいりょく:   18

  わざ   :   12

  はやさ  :   14

  ちりょく :   15

  せいしん :   14 』


 とりあえず、傾向について本人とよく話した上で早めに決めなければならない。おそらく走らせまくっているせいだが、せっかくの魔術適性に蓋がされている気がする。トルムかセノアかレイスンか、とにかく誰かに相談してみよう。

 ともあれ、それはいい。


 成長早くね?

 三週間足らずで七つもレベルが上がっている。たしかに低いうちは上がるのも早いし、人にもよるが、それにしても早い。成長期だしもともと優秀な素養をしていたということもあるが、これは相当だ。

 ガンズーが同じくらいのころはもっと時間がかかっていた。トルムと出会ってからは修羅場の連打で、それに応じた練達を重ねたが、それ以前は人並みだった。


 そこまで考えて、そういやトルムもレベル上がんの早かったなと思い出す。

 もしかすると、そういう才能もあるのだろうか。人よりも成長しやすい、といったような。ガンズーにしか確認できないことではあるが。


「トルムいなきゃあいつが勇者になってたりしてな」

「そうなんじゃない?」


 ははは、と笑いと共に出した独り言に答えがあって、ガンズーは眉をひそめた。周囲には誰もいない。

 上を見上げてみると、家の屋根から丸いものが覗いていた。転がり落ちかけているようにしか見えない。


「似てるし」

「なにしてんだお前」

「日向ぼっこがしたかったんだけどちっともお日さまが出てきてくれないんだよ困っちゃうねボク。それならそれで雨が降ってほしいのにお空だんまり。ボクやんなっちゃう。あと降りれない」

「どやって登ったんだよ」

「帰ってきたときにキミの肩から。ばいーん」

「昨日からずっといたのか……」

「そろそろカピカピになっちゃいそうだから降ろしてくれると嬉しいな。でもキミ乱暴そうだし登ったらおうち壊れちゃうね。ちょっとそこに寝そべってよクッションになってあちょっとそんなもので突っつくのやめてやめてあっ」


 削りかけの枝で突っついていると、ケーはころんと屋根から落ちた。ぼよんと地面に当たって跳ねる。

 さして高い屋根ではないが、少なくともガンズーの背よりは高い。そんなところから落ちたが彼はおおむね平気なようだった。ころころ転がって、すちゃ、といつもの前肢を踏ん張った姿勢におさまった。


「改めて思ったけど、ボクけっこう頑丈なんだね。さすがだねこのムチムチ」

「謎生物め……で、似てるってなんだ?」

「だから、あの子が」

「誰が」

「あの子とあの子が。あとあの子」

「自分で言ってて伝わると思ってねぇだろ」

「実はちょっとわかんなくなっちゃった。とにかくあの子だよ。ヘイムに似てるあの子」

「だから誰だよ……あ? なんか前にもそんな名前言ってたな。もしかしてトルムのことか?」

「君の友だちの子だよ。ヘイムに似てるなーって。ボクを追いかけてくれた子のほうはヘイムには似てないけどその子には似てるね」

「あのそのあのそのわかり辛ぇなぁ。まぁでも、デイティスのことか。似てるっつったって、見た目は全然違うぞ」

「せっかく似てるのに人間って面倒くさいね。ボクの同族はみんな同じ姿で同じ鳴き声で同じプリプリ感だよ。模様だけちょっと違うかな。ときどき見分けつかないんだよね。困っちゃう」

「知らんわ」


 ペチンペチンと腹を叩きながら言う蛙をほうって、ガンズーは釣り竿作りに戻った。手元を見ながら言う。


「しかしあいつらが似てるねぇ。自分が勇者に似てるなんて言われたら、デイティスの奴どうにかなっちまうんじゃねぇか」

「同じことはしてるんだから、勇者って呼んであげればいいのに。なんでこの辺はわざわざひとりにしてるんだろうね」

「そりゃお前、一代にひとり――」


 ん?


「ちょっと待てお前今なんつった?」

「呼んであげればいいのに」

「いいんだよもうそのネタはドートンじゃあるまいし。あー、どっちにすっかなどっちも気になるが……まず、同じことってなんだ」


 ケーは近くにいた虫を舌で捕えてから答えた。


「だからおんなじことでしょ。周りの子も一緒に強くなってるじゃない」

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