全員揃った勇者パーティ+1
冒険者協会アージ・デッソ支部内に設えられた診療所。
二階の一角を使っているだけなので、当然ながら狭い。なので、入院が必要な患者に提供する宿泊用の部屋も少ない。
なにせ二部屋しかない。ざっくり男性用と女性用。もしも比率が溢れた場合は平気で混合させる。さらに収まりきらなければ軽傷の者から追い出される。
冒険者がちょっとくらい相部屋になったからなんだと言うのだね汚さなけりゃなんでもいいんだよ、とオプソン医師は言っていた。たぶん汚すと思うぞ。
とはいえこれも協会加入者の特権。街の診療所や教会に世話になるよりよほど安く済むので利用者は多い。もっと言えば部屋が埋まるほど入院者が増えることは少ない。
なぜなら冒険者が入院の必要な怪我を負うということは、おおむね帰ってこれないということを意味するからだ。病気の場合は、入院の前に冒険者ではなくなっている。ここには来ない。
というわけで、現在この診療所に入院しているのはひとりだけ。片方の部屋、六つあるベッドのひとつだけが埋まっている。
間取りの都合だろうか、なぜか診察室から廊下をぐるりと回った先にあるその部屋に、ガンズーはノノを伴い向かった。
こっちだっけか、と廊下を曲がると、部屋の前に妙なものが落ちている。
全身が白い、少女のような姿のなにかが、正座のような姿勢で落ちている。
無視したかったが、ノノがそれを見て盛大にビクついたので、安心させるために話しかけた。
「なにしてんだお前」
なにかは後頭部からきゅるーと謎の音を鳴らした。
「……私は」
「おう」
「不徳により主を負傷させてしまいました」
「そうか」
「合わせる顔がありません」
「なんでもいいがここにいたら邪魔だぞ」
もうひとつきゅーんと鳴くと、謎の置物は黙った。よく見れば首から札をかけている。知った女の文字で『わたしはぽんこつです』と書かれていた。けっこう本気で参ってそうだからやめてやれよ。
ノノがその置物を突っつこうとして止め、触ろうとして止め、最終的にファイティングポーズをとりそうになったので、促して部屋の扉を開けた。
「よ」
中には、仲間たちの姿があった。
「いきなり泣きだしたときはなにごとかと思ったよ」
「ガンズーさんの涙腺がゆるいのは今に始まったことじゃないでしょう」
「うるせぇやい」
スツールを引っ張ってきて、ベッドの横へ座る。同様に座っているレイスンの軽口に答えながら、目の前の吊るされた足を眺めた。包帯で巻かれている。
ベッドの上にいるのはトルム。ちょっとした事故で足の骨を折ってしまい、それで帰還と相成ったという。
「しかしやっぱ出たか機械人形」
「予想どおりと言うべきか当然と言うべきか。ただ一種しか確認できなかったのは痛いですね。見知らぬ型が出てくると対応が後手になる」
「アノリティが言う感じだと他にもいそうなんだよね……ガンズー、あとで詳しく聞いてみてよ」
「俺で解読できる言い方ならいいけどな」
遺跡や機械人形など古代文明の代物について機械人形が解説する。そうすると大抵の場合、SFじみた言葉が並んでくる。
これをトルムたちが聞いても前提知識が足りていないので理解できないことが多い。なんとなくのニュアンスで噛み砕き説明するのは、ガンズーの仕事のひとつでもあった。
冷静に考えてみるとどうなってんだ古代文明。よくある超科学が滅んだ的なやつなんだろうか。だがアノリティが言うには普通の土人形と仕組み自体は違わないというし、遺跡の壁材なんか見ても現代との繋がりがちらほらある。
腕を組んで軽く頭を捻るが、これに関してはガンズーが考えても仕方がない気がする。王都あたりには研究者もいるけれど、わざわざ話を聞きに行くには腰が重く感じる。興味が薄い。
「しかしまぁ」
「なんといいますか」
「ね」
トルムとレイスンがなんともいえない表情でこちらを見る。なんだよなんか言いたいことがあるなら言えよ。
ふたりはゆっくりと視線を逸らしていった。その先は部屋の中央あたり。
そちらには、
「かわいい~髪きれいだね~この服どうしたのガンズーに買ってもらったの?」
「人体が実現する軟性の想定値を超えています。計算式を更新します」
ノノがいる。
そして固まって棒立ちする彼女の周りをうろちょろしながら猫なで声を出すミークと、ひたすら頬をむにむに触るアノリティ。おい合わせる顔なかったんじゃないのかお前。
彼女は人見知りをそれほどしないが、だからといっていじくり回される経験は少ない。全力で眉間に皴を寄せて中空を睨んでいた。おそらくそろそろ反撃に出る。その子は噛むぞアノリティ。
「……あらましは協会の方に聞きましたが」
「……まさかガンズーがね」
「成り行きだ成り行き」
「成り行きって言ったってびっくりだよ」
「どうせ面倒に巻きこまれていると思っていましたが、まさかこういう手で来るとは想像もしませんでした」
「こういう手ってなんだこういう手って。俺をなんだと思ってんだ」
トルムとレイスンは顔を見合わせて、へ、と笑った。だから言いたいことがあるなら言えやこんにゃろう。
ふと、ひとり静かな奴がいることに気づいた。
振り返ってみれば、セノアはトルムから向かいのベッドに腰を引っかけて、ぼんやりしている。その目の先は、どうもノノを見ていた。
好き勝手やっていたガンズーに文句のひとつも――ふたつもみっつも――というかなにもしていなかろうが文句が――来るかと身構えていたのに、どうしたことだろうか。
「どしたおめー」
「……ん」
彼女はちらとこちらに視線を送ってから、また戻した。妙に大人しすぎる。なにか変なものでも食べたのだろうか。あるいは、変な酒でも飲んだのだろうか。
すると、小さく息を吐いてから彼女が近寄ってくる。ガンズーの耳元で言った。
「……親に売られかけたって?」
「あー、まぁな」
「ふぅん……」
それだけ聞くと彼女は不機嫌そうな顔で、やはりその子のほうへ目を向けた。ノノはアノリティの体表にある節目や模様や、耳の位置にある突起をちょっと強めの加減でいじくっている。どうも遠慮しなくていい相手と認識したようだ。
そういえばこいつも親いねぇんだっけ、とガンズーは思い出した。親どころか育った村が全滅したはずだ。その虹の瞳を守るために。
セノアはずかずかとその目の前まで寄ると、腰に手を当てて機械人形をいじる子を見下ろした。なにするつもりだ変なことしたらひっ叩くぞ。
唐突に近づいてきた女の視線を受けて、その子も彼女を見上げた。
しばらく互いに目を合わせていたが、ノノが不意にガンズーへ顔を向ける。自分の目と頭上の顔に指を行き来させながら、
「おんなじ」
と言った。
ふわりと優しく、セノアは彼女を抱きしめた。
急にそんなことをされたものだから、ノノはなんだこいつと言いたそうな表情でもぞもぞしている。
少しだけ静かな時間が流れた。
ガンズーは正直なところ(誰だこいつ)という顔をしてしまったが、とにかく静かだった。他の皆も似たような――(似合わないなぁ)(お酒の臭いしないといいけど)(雪が降りますね)(お腹がすきました)といった――顔だったが、静謐な時間が過ぎた。
ぱっと離れると、セノアはこちらへ振り向く。
「――んでなんだって? ろくでもないヤクがどうしたこうしたって、あんたなにやってんのさ。しち面倒くさい」
ようやく知ってる人が戻ってきたので、ガンズーはなんとなく姿勢を正した。正すタイミングが違った気もするが、まあいい。
「おう、それなんだけどよ」
腰の道具袋をひっくり返す。奥底にしまい込んでいた油紙の包みが転がり出た。
セノアへ見せるようにひらくと、そこには『鱗』が一片。レイスンも身を乗り出して覗く。いつの間にか隣にミークも来ていた。
「話のとおりなら、遺跡で遭遇した彼らは正にそれでしたね」
「あのなんとかってオジサンもそう言ってたんでしょ?」
「バシェットな。まさかお前らとぶつかってたとは思わんかったけどよ」
「薬ねぇ……聞く限りたしかに術性定着薬っぽいけど……」
雁首揃えてむーんと唸る。
ひょいとミークがそれを摘まむ。そして、躊躇することなく舌先でわずかに舐めた。マジかこいつ。
「あ、ダメだ。なんか凄いダメなものが色々入ってる感じがする」
渋い顔で彼女はそう言う。動物性のものから植物性のものまで数十種類の毒をテイスティングできる女はさすがだった。
「――あ、でも核網かなこれ。やっぱり術性定着薬の一種かも」
「わかんのか?」
「どんな術かはわかんないけどね」
魔術の行使に用いられる核石は、大雑把に言えば魔獣の目玉である。では目玉の存在しない魔獣からは、核網が採れる。
例えば歩行する樹だったり、蠢く泥だったり、這いずる水だったり。植物や無形の魔獣がこれに該当する。歩く死体なんかにも発生するが、これはまず採らない。
大抵は血管や神経のように走っていて、筋のようになっている。核石と同様、直にマナを流すこともできるし杖なんかに仕込んだりもする。これを土人形の基幹として扱うこともある。もしかしたらアノリティの中にもあるかもしれない。
ただし核石と比べると効率が悪い。代わりに少々刻んでも機能は変わらない。だから使い切りの触媒としての使い方が最も多いが、なるほど術性定着薬にも使われているのか。
「けったいなモン作ったわねー。ダンドリノとか似たようなの持ってそう」
「近いものはありましたが、さすがにすぐさま死なせて使い潰すような真似はしていませんでしたよ」
「あったんかい。やっぱおっかないわあの国」
「なぁアノリティ。お前こういうの解析とかってできねーの?」
一歩離れていたアノリティが駆動音と共にこちらを向いた。
どうやらノノの相手をしてくれていたらしい。というか表面の質感が気に入られたようで好き放題に叩かれている。
腿やら背中やら尻やら股間まで叩かれているがいいのだろうか。カンチョーまでされているがいいのだろうかちょっと待てノノお前そんなことどこで覚えた院の悪ガキどもかあいつらめ。
「当代の技術で作製されている場合、当機のアーカイブに合致しない可能性が高いと思われます」
無理そうだ。手元に残ったのはひとつだけだし、下手にアノリティへ放りこんでまた故障されても困る。
「ま、問題は出所でしょ。さっさと捕まえちゃえばいいんだよ」
「そうは言ってもなぁ……あぁ、これだけじゃねぇんだよ。領主のとこで同じようなことがあって、そっちは半魔堕を起こすような代物でよ」
「なにそれ。瘴気の中に浸かってたんじゃないの。雨だったし」
「術性定着薬、のマナが汚濁するまで励起させれば……理屈の上では……いやどうなんでしょうか。こればかりは専門職でもなければ」
「あのさ」
それまで黙って聞いていたトルムが声を上げて、全員でそちらを見た。
ベッドの上で手持無沙汰そうに彼が言う。
「それ、同じものじゃない?」
「……どれ?」
「だから、強くなるのも半魔になるのも同じようなものだと思うよ。目や口からやられるのもマナの反動に似てるし」
「…………」
手のひらの『鱗』を見る。
「……あんたなんで気づかないのよ」
「お前だってそんなこと言わなかったろ……」
「ん? ということは? これ使った人って瘴化してんの?」
「単純な瘴化なら倒れるだけです……ですが、そうか。身体強化の上で意識も暴走させれば、無理やりに瘴化を促進できる。十人にひとりが半魔まで陥るというなら、百人にばら撒けば――」
魔族が生まれる。
「……なぁ、街の結界の中で魔族……っていうか魔獣って発生すんのか? したとして平気なのか?」
「その例を見たことが無いので……ですが、あれはかなり指向性というか、条件づけされた術式のはずです。でなければ人にも影響が出る。その半魔となった方はどうでしたか?」
「……平気そうだったわ」
つまり最悪の場合、平気で街の中をうろつく魔族が発生するのか。
まさか最終的な狙いはそれだった? いや、それであれば適当に配って回るだけでも事は済む。『黒鉄の矛』や領主の元にそれがあったのはなぜだ。
どちらかが本命の目的。あるいはどちらも本命である。逆に言えば、どちらかはついで。そして最も考えたくないが、どちらもついで。
「一発ぶん殴ってやる……」
ガンズーは呻いた。しかしそのためには相手を見つけ出す必要がある。
むしゃくしゃした。なんのつもりか知らないが、子供たちを巻きこみやがって。街を巻きこみやがって。そう思った。
「さっきミークも言ったけど、捕まえちゃえばいいんだよ」
「しかしなぁトルム。野郎、なかなか尻尾を出さなくてな」
「きっと大丈夫だって」
「そう言ってもお前」
「だから、ミークが言ったんだからさ」
振り返れば、ミークは良い笑顔でイェイイェイと両手でピースしていた。
そういえばいたわ。こういう仕事が大得意な、この国で最高峰の斥候が。
「しゃーねーなーもー。明日あたり領主んとこ行ってみっかいレイスン。残りふたりの虹瞳ってのも気になるし」
「セノアさんだけ向かわせたらどんな無礼を働くかわかりませんからね。お供しますよ」
なぜかガンの飛ばし合いを始めたふたりは置いておいて、ガンズーは天井を仰いだ。
どうにもすっかり忘れていたが、我らは勇者が一行。自分ひとりが頑張るつもりでいたが、まったく勘違いだ。あんなに手助けしてもらおうと思っていたのに。
昨日の今日でまたも涙腺が緩みだしたが、ギリギリ耐えた。
「あ、あのよ……もうひとつ相談したいことがあって」
耐えたので、おずおずと言いだす。それから、ノノへ視線を向けた。アノリティに肩車をされている。というか、自力で登ったようだ。
「うん。ノノちゃんでしょ。だから、この問題は早くなんとかしないとね」
「ん、ん? そりゃそうなんだが、どういうこった?」
「だからさ」
トルムはなんでもないような顔で、指を一本立て、
「ぱっぱと魔王倒して、ガンズーはこの街に戻ってこなくちゃならないんだから。安心できるようにしておかないとさ」
そう言った。「動けない状態で言うことじゃないけどね」と続けると横からセノアが「まったくそのとおりよ偉そうに」と言って足を叩いたので悶絶した。
こいつは本当、昔から大それたことを平気で言うよなぁと思った。
ぱっぱとってなんだよ足折れてるくせによ。遺跡の攻略だってまだできてねぇくせしてよ。とぼけた顔しやがって。
しかしそうか。自分は彼らと共に行ってもいいのか。
そして、ノノの元に帰ってきてもいいのか。
そう言ってくれたトルムに対して、ガンズーはへらりと笑った。不自然な笑みになった。下手になにか言えばまた目が潤みそうだったので、口は閉じた。
「ところであの蛙はなんなの」
「……ぺ、ペット……?」
「聞かれても」




