鉄壁のガンズー、接敵
ブーツ、腰当て、胸当て、鉢金、手甲。
ひととおりの防具を身につけて、それから最後に戦斧を背に負う。
ずいぶんと久々のフル装備に、ガンズーは血の温度が上がっていくような実感があった。
冷たい金属に血管が伸びて、血が通っていく。身体に装備が馴染んで、ひとつの戦士の身体として完成する。
鉄壁のガンズーができあがる。
やっぱこれだな。そう思った。
これまでガンズーは、装備は持参してきてはいたものの使わずにいた。普段着のまま、腰に予備の剣だけを下げていた。
不審者を追いかけるような必要があれば、身軽なほうがいいと思っていたからである。
だがもし、先日のジェイキンのような者が相手であれば、防具があろうが無かろうが変わりが無い。彼でなくとも、ちょっと鍛えた斥候や野伏であればやはり追いつけない。
ならば自分がやるべきは、自身の能力を万全にしておくことだろう。そう考え直した。
逃げる相手は他に任せる。真正面から来る者に対して、真っ向からぶち当たるのがガンズーの仕事だ。
(本当に真っ向から来てくれりゃ、話は早いんだがな)
そんなふうに思いながら装備を整えて外に出ると、吹く風の中にかすかな水気を感じた。小雨とも言えない、微小の水滴。
とうとう降るか。ガンズーは空を見上げる。
夜闇に真っ黒に染まった天は、はたして月がどこかすら知れない。きっと雲でべったりと埋まっている。
昨日からは不審者もおらず、なんとも平穏だった。
平穏すぎたものだから今日は子供たちと遊びたおして、修道女に怒られてしまう始末だ。しかしこれでいい。彼らにはなんの心配もなく過ごしてほしい。
装備を整えたとはいえ、出番は無いのが一番いいのだ。
「豪壮ですね」
いつの間にか近寄っていたラダが言う。
なんかいい景色でもあったか、と周囲を見回したが、いつもどおり消灯を過ぎた修道院の姿しかない。
自分に向けられた言葉だと気づいて、半眼になりながら腰に手を当てた。
「いつもの恰好だぜ」
「そうでしょうか。封じた剣が抜かれたような風情がありますが」
「変なべんちゃら言うなよ。まぁ正直、久々なのになんかやっぱしっくりきてよ。自分でも驚いてんだ」
「左様で。たしかにこれまでは休日の父親のようでした」
「……すっかりそっちの気だったもんでな」
孤児院のほうを眺める。
ノノはもう眠ったろうか。日中にたっぷりはしゃいだのだ。消灯から即座に寝入っていてもおかしくない。
「改めて見ても、立派な斧ですな」
ラダがこちらの背を見ている。
戦斧は胸当ての後ろに吊り具で引っ掛けているだけにすぎない。斧刃の先はガンズーの頭の上にあるし、石突きは地面をこすりそうな位置にある。
改めてとは言うが、改めずともバカみたいな大きさだと自分でも思う。
「……封鉄ですか」
「わかんのかい?」
「なんとなくですが。いやしかしこれほど整った代物は……そもそも封鉄を加工できる職人なぞそうそう聞きませんが」
「いや、それがどこからの出物なのか知らねぇんだ。マーシフラの宝物庫になかば捨てられてたようなもんでよ」
「なるほど。これほどの物ならば古代文明の遺産かもしれませんね」
「かもな。中も外もやたら精巧だし、そのへんだろうと思ってる」
頭の後ろにある斧刃を仰いで、指先で弾く。ご、とその重量を主張するかのような硬い音を鳴らした。
こちらの言う意味がいまいちわからなかったのか、ラダが「ふむ?」と訝しげな目を向けてくる。
それを無視して、ガンズーは手のひらに拳を打ちつけた。
「それより今日の哨戒と行こうぜ。辺りはどうだラダ?」
「おります」
「そうかい。今日もなにごとも――あ?」
いつもどおり顎髭を撫でながら無表情――見慣れてきたせいか、無表情というよりのほほんとした顔に見える――で言う彼に、大きく口を開けた。
おります。おります? つまり、不審者がいると?
「なに平然と言ってんだおめーは」
「いえそれが、どうも妙でして。遠間からこちらを伺っているのはわかったのですが、少し気を向けると離れる。それ以上は近づかない。こんな始末で。以前の木っ端とは様子が異なる」
「それをあっさり把握するのもなんつーか……まぁいいや。とすると?」
「向こうもそれだけの動きをするくらいですから、そもそももっと深く隠れることもできるでしょう。そうはしない。はて、どう思われます?」
「……陽動か?」
「と思われます。しかし我々の誰ぞを誘い出してどうしたいのかがなんとも。いささか不気味です」
相手の意図が読めず不気味なのは今に始まったことではない。ないが、新たなアプローチを仕掛けてきたとなると、その不気味さもひとつ増す。
「んなもん、付き合わなきゃいいだけじゃねぇか」
「そうなのです。近寄るようならいくらでも対応しますが、離れている分には捨て置いてかまいません。挑発するのはいいのですが、私ひとりにわかるようにしてなにがしたいやら」
「うーん」
そして、意図が読めない以上こちらが打てる手が少ないのも初めからだ。
「いちおうそっちも気にかけるが、結局は近づく怪しい奴がいたらぶちのめすだけだ。あんたならどちらも警戒できるだろ?」
「フォークとナイフに、スプーンが増えたようなものでしょうか」
「頼もしいこった」
――かしゃかしゃ からから
聞こえたのは、金属が金属をこするような音だった。
強く押しつけてこするような音ではない。吊るした薄い金物を触れ合わせているような音。
そんな音が聞こえてきたのは、エウレーナが交代のために出てきたころだった。
「先ほどから鼠がうろちょろしているようだが、無論ふたりも気づいておろう」
「そりゃこんだけあからさまに来ればな」
音だけではない。
しばらく前から、相手はもはや気配を隠すこともなく、院のほど近くを徘徊している。ガンズーにすら容易にわかるほど。
「お誘いのようだが、なんとする?」
腕を組み仁王立ちしたエウレーナがそう問いかける。顔はラダのほうを向いていた。その視線を追うようにしてガンズーもそちらを見た。
彼は本院を眺めていた。が、その建物を見ているわけではないようだ。
かしゃ、と再び音。よく気をつけて聞いていれば、本院の裏側、塀の外から響いてくる。
ふいとラダは視線を移した。今度は孤児院のほうへ。やはり建物の向こうからしゃらん、と再度の金属音。
「……眠りを妨げるには、少々音量が小さいですね」
「無視か? どうにも据わりが悪いな。すっきりせん」
顎髭の上からのんびりと出る言葉に、不満をあらわにしてエウレーナが言う。たしかにここまで挑発を繰り返されると気分が悪い。彼女の気持ちもわかる。
丸顔でそう言うものだから、罠の籠の中から唸り声を上げる狸の姿を幻視してしまった。言ったらきっと凄く怒るので黙る。
代わりに、
「どうせ交代だ。俺がパパッと行ってこようか?」
そう提案した。
「向こうがなにする気か知らねぇが、俺ならホイホイおびき出されても痛手にゃならねぇ。こっちにゃ俺より警戒が得意なふたりが残る。どうだ?」
「……まぁ、虎の穴に入っていただくには貴方が最適ですが」
「毛皮でも土産にしてやんよ」
ラダもこれ以上は止める気が無いようだ。ガンズーは両手でひとつ頬を叩いた。
仕事だ。ガンズーの最も得意な仕事は、先陣を切って敵に突っこむことだ。やはり待ちに徹するのは性に合わない。
勇んで門の外へ足を踏み出した。
申し出た理由はもうひとつある。
あの金属音には、覚えがあった。
ガンズーの行く先で導くように鳴っていた音が止まった。
修道院の外周をぐるりと回り、ここは門とは反対側。木工所の構内までやってきていた。
カンテラを軽く掲げると、切り揃えられた木材の並びが照らし出される。木工所の屋内にも人の気配は無いので、警備や住み込みの者なんかはいないようだ。
では目の前に現れた者はなんだといえば、賊でしかない。
「あっはっは! ホントに引っかかってきやがった! すっげ!」
かしゃかしゃと硬金製のベストを震わせて笑う若い男。
ガンズーとしては、できれば人違いであってほしかった。
「なんだよ、鉄壁のガンズーつったってただのマヌケじゃん! あはは、やっぱ大したことねーんじゃね? あいつらもバカだねー、こんなのにくっついててさ」
あいつら、となるとドートンたちのことだろう。まぁ、彼らがバカなのは意見が合うところだ。ここ最近の自分がマヌケ気味なのも正しい。昼間にだって叱られまくったばかりだ。
彼の言うことは正しい。
だからできれば、正しい道を選んでいてほしかった。バカな弟子とはいえ、その同郷の者と敵対するのは気が引ける。
エクセンは、飽きることなく笑い続けている。
参ったなぁ、とガンズーは思った。彼が『黒鉄の矛』に入ったことは聞いていたし、何度か金属音を聞いた時点で彼のことも思い出した。
だが、いざ彼と対峙して、どうするべきかは決めていなかった。
バカなことはやめろ、とでも言おうか迷ったが、この反応を見るに聞く耳を持っているようにも思えない。
仕方ない。ちょっと殴って黙らそう。なんのつもりだったのかはそれから聞き出そう。そう決めた。
と、エクセンの後ろからもうひとり、男が出てきた。
「おい、新人。黙れ」
「いやー、でもロニさん、信じられますぅ? 勇者パーティだかなんだか知らないけど、こんな簡単に引っかかっちゃってさぁ」
「黙れっつったろうが」
その右手にはすでに細剣が抜かれている。それを見て思い出した。先日ガンズーが叩きのめした『黒鉄の矛』のメンバー、そのひとりだ。
「乗ってくれてありがとうよ、鉄壁のガンズー」
「なんだ。わざわざ出てきてやったの、わかってんじゃねぇか」
「賭けだったからな。このガキが会ったことあるっつーから、苦し紛れにやったにすぎねぇ」
「いやいやロニさん、なに言ってんですか。俺がおびき出したんでしょ」
ロニとかいう男は細剣をエクセンの眼前にひとつ振り、黙らせる。
その顔はひどく緊張していた。ガンズーを前にしているからというだけではないように思える。
「……なんか妙だなお前ら。賭けだの苦し紛れだの。いきなり前に出てくるのもどうしたこった。いいのか? お前らが『黒鉄の矛』だってバレちまったぜ?」
カンテラを足元に置きながらそう言っても、彼は表情を動かさなかった。
その代わり、細剣の切っ先をこちらに向けて構え、
「もう時間が無いもんでな……」
そんな呟きが返ってきた。
「待って待ってロニさん、俺にやらせてくれよ!」
「うるせぇよクソガキ……こんな化け物にてめぇなんかが敵うわけねぇだろ――」
言いながら、ロニは空いた片手で懐をまさぐる。
出てきたその指先には――
「こっちも化け物になんなきゃよ」
茶色の欠片が握られている。
それを視認したと同時に、ガンズーは飛び出した。
ロニの目が驚愕に見開く。
指は口元にあるが、まだそれを口内には入れていない。
予備の剣を、鞘ごと引き抜いた。
抜きざま、口元めがけて振る。
夜闇で距離感がいまいちだったか、顔面を強かに叩いた。
吹っ飛んだロニを見送って、横にいたエクセンは「へ?」と間抜けな声を上げていた。
シウィーの持ってきた薬物。もしやとは思ったが、やはり彼らも持っていた。
ヴィスクたちもこの件を調査している最中に行き当たったのだ。その主犯であろう彼らも持っていて不思議ではないと思っていた。
「てめぇ! やってやる!」
一拍も二拍も遅く、エクセンが叫ぶ。
こいつはとりあえず殴って黙らそう、と考えていたが、しかし彼の動き自体はとても速かった。
しゃらん、という音を残してガンズーの視界から消える。
同じく金属音が横から、後方から、そして前から聞こえたはずなのに、そこの姿は無い。
動きはいい。しかしその音でどうしても位置が割れる。
右方から、がちゃりとひときわ大きな音が響いた。そちらから攻撃が来る。
剣閃は――左から来た。
首に叩かれた衝撃があった。特に痛痒も負傷も無いが、ちょっとびっくりした。
振り向いて、一瞬だけエクセンの姿を視界に捉えたが、また消える。今度は金属音を発さずに。
後ろからかしゃりと音。振り向く。
エクセンは素直にそこにいた。
ほんのかすかに、その姿が横へ動く。
それからまた、後ろで音。
後ろで音はした。なのに彼は前方から動いていない。
そこにいるのだからそのままでいいのだ。だというのに、ガンズーはどうしても一瞬、後ろを振り向きかけた。
その隙を逃さず、彼の長剣が襲いかかる。額を強かに突かれた。
無視して前方を蹴り上げるが、彼はまた消えた。金属音だけを残して。
(こりゃ面白ぇわ)
言っている場合ではないとわかっているが、そんな感想を持ってしまった。
彼はドートンたちとそれほど歳も離れていない。この若さでこれほどの技術を持っているとなると、素晴らしい才能だ。
中級冒険者ということだが、きっとすぐにでも上級へ上がる。あるいは、すでに上級並みの技量は持っている。
(しかし)
しゃらららら、とこちらを囲うように四方から音。エクセンの姿は時々視界に残像を残すだけで、掴みきれない。
首、額、足、腹、また首と衝撃。狙いはいいが、残念ながらガンズーにとってはぺちぺちと叩かれているだけだ。ノノに叩かれるのと意味は変わらない。
「クソが! かてぇ!」
金属音の聞こえる方向とは反対側から彼の怒声が届く。
「なぁ、よう」
どこへ向けるべきかわからないので、ガンズーはそのまま正面に語りかけた。
「お前さん、わざわざここで俺とやり合う必要あんのか? ヤベー仕事だぞこれ。そのパーティにずいぶん義理立てすんだな」
「はぁ!? 知らねぇよあんなとこ! 適当に稼いだらオサラバするに決まってんだろ! 付き合ってられっか耄碌ジジイのいるところなんざ!」
「耄碌……?」
「どうせ近いうちにぶっ潰れるパーティだ! 吸えるだけ吸い尽くすんだよ! 鉄壁のガンズーに勝ったなんて箔がつきゃあそれも必要ねぇかもな!」
「ああそうかい」
たいへん素晴らしい上昇志向だ。嘆息する。
それから、音が消える。それまで煩わしく鳴っていたものが消えて、無音がひときわ耳を狂わせる。
ということは、ここで来る。
喉を突いてきた剣を、ガンズーは無造作に掴んだ。
「な!?」
「ちょっと素直に見せすぎたな」
剣を掴んだまま、エクセンの胸を蹴りつけた。
若干の手心は加えたものの、硬金のベストと鎖帷子に加減がいまいちできなかった。
吹っ飛んで木材の山に頭から突っ込んだ彼は動かない。崩れた木材の下から足だけは覗くが、まぁ死んではいないだろう。きっと多分。
彼の才能はどちらかと言えば野伏の戦い方だろう。しかし得物も剣筋も、おそらく剣士として鍛えてきた代物だ。
もっと早くにその才に気づくか、良い師匠にでも出会えてりゃよかったのになぁなどと考える。さっきも剣を離してりゃなぁとか、木工所の人には悪いことしたなぁとか、余計なこともつらつらと。
ともあれ今ここで考えることではない。彼ともうひとりを連れ帰って、なにがしたかったのか吐かせなければ。
そう思って振り返った目の前に、狂気の形相をしたロニが迫った。




