幕間 ひとりたりない勇者パーティ その4
遅くなりました。
基本的に一日一話更新しますが、都合により時間は前後します。
「――レイスン、大丈夫?」
「いや……これは……なかなか……いい訓練です……」
「ほんとごめんね」
レイスンはローブの裾を足先で払いながら、あまり祭服風に飾るのも失敗だったかなと自省した。もう少し動きやすく仕立て直そう。
問いかけには答えられるし、頭の後ろからかかる気遣いも受け入れられる。
その程度の余裕はまだレイスンにもあったが、それはそれとして頬を落ちる汗は減らない。
神官術師といえども冒険者として最上位に並ぶ己である。相応に体力もある自信はあった。
しかし大の男を背負って遺跡を延々歩くとなると、さすがにちょっと疲れる。
「そっちよりこっちだっての問題は! あー重い! ミーク交代!」
「えー、さっき代わったばっかなのにー」
振り返るのに苦労しつつ見てみれば、セノアがロープを背負いながらブーブー文句を垂れている。
ロープの先にはアノリティが括りつけられていて、気をつけの姿勢のまま横たわって引きずられていた。最初は足首を括られていたが見ばえがあまりにもあまりだったので今は腹部を繋いでいる。
「アノリティまだ起きないの?」
「起きてはいるわよさっきからうっせーもん」
「新しい更新プログラムを検索できませんでしたアップデートを確認しています今すぐ更新しますか新しい更新プログラムを検索できませんでしたアップデートを確認しています今すぐこ」
「あ、ほんとだ。さっきまで静かだったのに」
ごんごんと床やら壁やらにぶつけられながら、白い少女は虚ろな声で謎の呪文を繰り返していた。もう数日ほどこんな状態が続いている。
「やっぱり無謀だったかなぁ」
「……どうなんでしょうね」
背におぶさったトルムがそんなふうに言うので、レイスンも虚ろな声音で返すしかなかった。
転移部屋に現れた機械人形は、たっぷり銃弾を吐きつくしたあと勝手に自壊した。
よく見てみれば機体の表面を封鉄で覆っていただけで、セノアの魔術も自身の砲も完全に無効化できていたわけではないらしい。
とりあえず二度と復帰しないようバラバラにして、一行はいざ深層と張り切って転移装置に触れた。
転移した先の通路に、同じものがびっしり並んでいた。
慌てて再転移し事なきを得たが、また向かった際に集中砲火されてはたまったものではない。が、それでは進めない。
レイスンは自身にかけられるだけの防護魔術をかけ、無理そうならもうこの遺跡のことは忘れようと思いながら再び深層への道をひらいた。
機械人形たちは互いの攻撃でボロボロになっていて、もはや通路を塞ぐ鉄くずでしかなかった。おそらくこちらの出現に反応したのだろう。
彼らはもしかしてあまり頭がよくないのでは、とレイスンは思った。それからアノリティのことを考えて、やはりそうだろうと結論した。
ともあれ通路が塞がっていることには変わりない。五人で手分けしてその鉄塊を片付けることになってしまった。
封鉄という物質は頑丈な上に柔軟で、ある程度のマナ阻害効果まであるため非常に優秀な金属だが、とにかく重い。鉄鋼の比ではない。鉛よりも金よりもさらに重い。
それが混ざった鉄の塊である。なかなかの重労働だ。
そしてこういう、戦闘とは別のところに落とし穴というものはある。ガンズーの場合もそうだった。
比較的大型な機械人形の残骸を、トルムとアノリティが両側から持って持ち上げた時だった。
唐突に、アノリティが休眠状態――本人が言うには「情報処理のラグを解消するためのスリープモード」だそうな――に入った。
必然、荷重はすべてトルムのほうへ。「え、ちょ」という彼の声がむなしく聞こえた。
倒れた残骸はさらに横の残骸をひっかけ、辺りの鉄くずが雪崩のように彼らふたりを飲みこんだ。大惨事である。
トルムもガンズーほどではないとはいえ、勇者に任じられたほどの男。ちょっと鉄塊の下敷きになったくらいでは死なない。が、被害が無いわけはない。
彼の右足は見事に折れていた。ちなみにアノリティは平気そうなのでしばらく埋めておいた。
骨折は面倒だ。レイスンは本職ではなくとも魔療師なみの医療魔術を行使することができる。しかし医者ではない。
状態もよくわからぬまま折れた骨を外から癒そうとすると、妙な再生の仕方をすることがある。術性定着薬を飲んでも同じ効果になるので、同様に危険は残ってしまう。
我らが勇者に新たな関節を作ってしまうのは気が引ける。
大抵、骨折は外科的な処置をしてから再生するか、あるいはやはり処置をしてから自然治癒に任せる。大きな血管や内臓でも傷つけてない限り。
こんな場所でそれができるほど、レイスンは医療に精通しているわけではない。
「帰るっきゃねーわね」
待ってましたと言わんばかりに、セノアがそう宣言した。
「情けないなぁ」
「まったくまぁ恥ずかしいったら」
「ほんと申し訳ない」
「こんなのが勇者サマだなんてどの口で」
「うう……」
「あの、セノアさん、そのへんで」
けちょんけちょんに貶され続ける勇者を庇って、レイスンは口を挟んだ。
彼を背負っているせいでセノアがこちらに向けて罵倒してくるので、なんだか自分にも言われている気がして嫌だった。疲れであまり口をひらきたくないが、さすがに辛い。
たまにトルムは彼女に罵られることを楽しんでいる節もあるが、今回ばかりは堪えているだろう。わずかに震えている。いやこれはどっちだろうか。きっとおそらく落ち込んでいる。おそらく。
帰還を決めてからは遺跡を逆戻りしてきた。魔物を避けながらなので最短距離とはいかないが、速度的には悪くないだろう。糧食もまだ少し余裕がある。
奇襲の恐れもあるのでトルムは防具を着たままだから、正直レイスンの体力はギリギリのところにあるのだが、弱音を吐いても始まらない。
男手の残りは自分だけであるし、腕力で上とはいえ斥候役もするミークに――レイスンは彼女に腕相撲で負ける――トルムを運ばせるのもいけない。その彼女はアノリティを引きずっているが。
惨敗ですね。口中でレイスンは独りごちた。
進むにせよ帰るにせよ、ガンズーがひとりいるだけで解決することが多すぎる。
トルムだろうとアノリティだろうと彼なら抱えて苦労もしないし、そもそもあの鉄くずを崩すようなこともなかったし、元はといえばこの遺跡に出直す必要もなかった。
そこまで戦力を彼に依存していたろうかと考えて、そういうわけではないと自分で否定する。
彼ひとりの問題ではない。このパーティは役割が各個で完成しすぎているのだ。それぞれがそれぞれに特化しているから、代わりが必要なときに困る。
ずいぶんよくできた共生体だ。バランスが良すぎるのも考え物だな。いい勉強になったとレイスンは思った。
とまれ、もうすぐ出口だ。遠目に地上の光が見える。
「セノアー、代わってー」
「はぁ? ついさっき代わったばっかじゃないの、やーよ」
「そうじゃなくて、索敵」
ミークがロープを引っ張りながら言った。
「上、誰かいる。ていうか多分、戦ってる」
久々に浴びる地上の光は、地下に比べれば明るいという程度でどうもはっきりしない。きっと今は夜明けあたりだろうか。
というのも朝日は雲の向こうに頭を出しているらしく、空はほの白んでいるだけではっきりと時刻の見当がつかなかった。
遺跡群の地表はごろごろと大岩が転がる岩場になっているので、見晴らしが良いというわけでもない。
人なり魔獣なりがいても、岩の陰ならばわからないこともある。
だが、
「やめろ! ここまでする必要は無い!」
地上に近づけば喧騒が聞こえてきたので、すぐにそれはわかった。
どうやらふたつの集団が争っている。
しかしどうも様子がおかしい。
片方は四人ほどの冒険者パーティのようだ。ふたりほど傷を負って倒れ伏し、それを治療しようとする神官か魔療師がひとり。それらを守るようにする槍使いがひとり。ただし彼も負傷している。
相対する者たちが異様だった。
こちらもおそらくは冒険者なのだろう。そんな出で立ちの者が七、八人。破って剥いだような頭巾が、半端に頭や首に引っかかっていた。
誰も彼も目は血走り息は荒く、口から涎を垂らしている者までいる。どう見ても尋常の様子ではない。男も女も一様に、暴徒を通り越し狂人のようだ。
そして、双方のあいだに立つ偉丈夫がひとり。
「止まれ! 聞こえないのか! まさかお前たち、あれを使ったのか!?」
その偉丈夫が狂人たちに向かって声を張り上げる。どうも負傷した彼らを庇っているようだが、単純に仲間というわけでもないらしい。
狂人のひとりが大きく跳んだ。
見る限りそれなりには鍛えた冒険者だが、速度も勢いも予測を大きく外れるほどだ。常識外れと言ってもいい。
服薬戦士? レイスンは知識の中から似たものを呼び起こす。
ダンドリノの神殿にいた、複数の薬物を投与された奴隷兵士だ。内海の向こうの国を参考にしたもの。それに似ている気がする。
狂人は偉丈夫に飛びかかり、彼の手斧によって切り捨てられた。
「クソッ!」
毒づく彼に、さらにひとり、ふたりと襲いかかる。同じく撃退されるかと思われたが、狂人たちは驚異的な膂力で跳ねまわり、そう簡単には倒れない。
いや、さらに驚異的なのは彼のほうだ。凄まじい勢いで襲いくる相手に、斧刃の腹で、拳で、蹴りで叩きかえし、寄せつけもしないでいる。
もしかしたら、あれですら手加減をしている。斧の刃を極力立てないようにしているからだ。
レイスンは護身の術を人並み以上には身につけているが、近接戦闘者ではない。そもそも戦闘者でない。しかし人の技術を判断する程度はできる。
あの男は文句なく強い。
ガンズーの力にトルムの身のこなし。そう思えてしまうほどに彼の戦闘力は高く感じる。よく見れば壮年だが、あれほどの力を維持できるものなのだろうか。
「――どうします?」
岩陰からその様子を眺めながら、レイスンはトルムに聞いた。
たとえ戦闘不能の状態であろうと、パーティの行動は彼が決める。
「うーん。どっちも冒険者に見えるけど、どう見てもおかしいよねあれ」
「賊だろうと冒険者だろうとあんなイカレたふうになんないでしょ」
「わー凄い。変な奴らも凄いけど、あの真ん中の人強いねー」
「いちおう申し上げますと、あの負傷しているのはアージ・デッソの冒険者です。教会で専任の仕事を任されている人たちですよ」
「あら、そうなの? なにレイスン知り合い?」
「いえ、話したことはありません。教会へ赴いたときに見かけたことが」
「相手は?」
「知りませんね。アンデッド紛いの知り合いを持った記憶はありません」
狂人の蹴りが腹部に直撃し、手斧の男は少しだけ浮いた。が、それを意に介した様子もなく斧を振ると、相手は大いに吹っ飛んだ。
「よし、助けに入ろう。セノア、ミーク、レイスン。すまないけど頼む」
トルムが言うと同時、ミークの姿が消える。おそらく襲撃者の背後へ回ったのだろう。
「やーれやれ、さっさと帰りたいのに。行くよレイスン」
「はい。ではトルムさん、アノリティさんをお願いします」
言って、負傷者たちの元へ走った。
走りざま、セノアが放った雷撃で狂人のひとりが吹っ飛ぶ。
レイスンは仁王立ちする偉丈夫の背に向けて言った。
「我々は勇者トルム傘下の者。事情はわかりませんが襲撃を受けている模様。手助けいたします」
彼はちらとこちらへ振り向き、
「――勇者?」
「はい。まぁ、その勇者はちょっと向こうにいますが」
「そうか……」
正面へ向き直った。
唐突にどこかから矢が飛来し、狂人ふたりの足を射抜く。ミークの狙撃だろう。
が、彼らはそれを合図にしたようにこちらへ襲いかかってきた。痛痒すら無いのだろうか。どこかで「あれっ!?」と声がした。
前方に立つ男も後ろのセノアや負傷者たちも区別が無いのか、飢えた獣のように見境なく飛びかかってくる。
レイスンは負傷している槍使いを庇って、小杖の底で相手を打ちすえた。こめかみを狙って肘で打ち上げる。
意識を刈り取るつもりだったが、血走った目がこちらをまだ捉えている。仕方なくレイスンは、手加減抜きでその顔面を蹴り抜いた。相手はそれでも踏ん張ったものの、ほどなく膝から崩れ落ちた。
「はぁー! ちょっとちょっとなんでこっち!?」
のんびり全員を麻痺させる程度の雷撃を放とうとしていたセノアは、急に迫ってきた襲撃者に驚いて、その顔面を杖で殴りつけている。
怯む様子も無い相手は、後ろから振られた手斧で顔面を叩かれ飛んでいった。
「――許せ!」
手斧がさらに三人を薙ぎ斬ると、残った狂人の足には矢がひとつ刺さる。さらに二本、三本と矢が突き刺さり、さすがに崩れ落ちる。
が、地を掻くようにしてなおも襲いかかろうとしてくる。もはや人間の思考力が残っているように見えない。
「おお、お、俺、おれ俺おれおれおれおおええ」
「サイモン……」
「ばぁ、ば、バシェ――」
手斧の男が彼に手を伸ばそうとした時だった。
ぱん、と奇妙に小気味のいい音を弾かせて、地を這っていた男の顔から血が吹き出る。口や鼻だけではない。耳から、あるいは目からさえ大量の血が噴出する。
「あーーー! あ! あー!」
「じゅ、ぶしゅ……しゅ……」
レイスンが打ちすえた男も、唐突に悲鳴を上げたかと思えば同じように墳血しだした。逆にセノアへ向かった相手は、静かに、しかし一見で致死量と思える出血を口から垂れ流している。
呆気にとられて見ているうちに、襲撃者たちは絶命してしまった。
「……え。なにこれ?」
ぽつりとセノアが呟いた。
残念ながら、レイスンにもわかるはずがない。自分の知る服薬戦士だってこんな症状を見せる者はいなかった。
「うわーなんじゃこりゃ! これセノアがやったの?」
「あんた私をこんなエグい殺し方する人間だと思ってたんかい……」
ミークがやってきて辺りの惨状に悲鳴を上げる。たしかにセノアなら酷い始末になるような魔術も使えそうだが、そうそう人間には使わないだろう。
「あ、あんたらは――」
槍使いが片膝をつきながら、そこでようやく声を上げた。
「これは失礼。ご無事ですか? 修道院の護衛をなさっている方々ですね?」
「あ、あぁ……しかし勇者パーティがなんで……?」
「我々はただの通りすがりで。しかしそちらは――」
レイスンが顔を上げて振り向けば、手斧の偉丈夫は少し離れたところでこちらの様子を伺っているようだった。
その斧は、まだ手に握られている。
「黙ってないでなんか言いなさいよー。ていうか誰あんた」
セノアがその男に向かって言う。
男は彼女を見て、ミークを見て、レイスンとその後ろの負傷者たちを見て、それから死んだ襲撃者たちを見回した。
ゆっくりと視線を巡らせてから、こちらに向き直り、
「……すまん」
そう言うと、身を翻して駆け出していく。
「え、ちょっと!?」
見る見るうちに男はその背を小さくしていく。
ミークがそちらを指差しながら「追う?」と聞いてきた。
「ミークさんひとりで追っても仕方ないでしょう。しかし彼はいったい……?」
その答えは、後ろの冒険者たちから返ってきた。
「あ、あいつも襲撃してきたひとりだ。だが、連中の様子がおかしくなるとなんだか妙な話になって……」
「なにそれ。仲間割れ?」
彼らの言葉にセノアが疑問を返すが、襲われた冒険者たちにもわからないだろうし、当然レイスンにもわからない。
男が去っていった方向を見る。
彼も襲撃者だったというなら、むしろ仲間割れでもなんでもしてくれていてよかった。トルムもアノリティもガンズーもいない状況でもし彼と戦っていたら、ケガでは済まなかったかもしれない。
「ともかく彼らの治療をします。トルムさんとアノリティさんを連れてきてもらえますか」
「……ミーク」
「セノアもどっちか持ってよ」
なんにせよあと一日もすればアージ・デッソへ帰還できる。
冒険者同士の小競り合い、にしては異様だったこの状況に、妙なことに巻きこまれなければいいがとレイスンは思った。
そして、まさかガンズーは関わっていないだろうかとも思った。
関わっていそうだ。そんな予感がして、レイスンは溜息を吐いた。
◇
一方そのころガンズーは、どうしても頭にフロリカの裸身がちらつき、彼女にどう謝ったものかと溜息を吐いていた。




