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鉄壁のガンズーとラダと『黒鉄の矛』

 アージ・デッソ西の遺跡群が発見されたのは三十年以上前のこと。

 それまでその一帯は、やけに魔獣が多いだけの岩場と思われていた。


 とはいえ、アージ・デッソの街からほど近い場所に魔物の巣窟があるというのはあまり好ましくない。時々そこからはぐれた魔獣が――ちょっとした大移動という規模で――街に近づいたりもした。

 ただでさえカルドゥメクトリ山脈に近いのだから、周囲の安全はできる限り確保したい。

 だから当時、その岩場の魔獣討伐が冒険者たちの主な仕事だった。


 ふたつ、しのぎを削る有力なパーティがあった。

 ひとつは『黒鉄の矛』。もうひとつが『白炎(びゃくえん)』という。

 人数も年齢も実力も近いふたつのパーティは、競うように魔物を屠り、岩場に安全圏を築いていく。


 ある日。『黒鉄の矛』は巨大な蛇の魔獣と戦っていた。

 苦戦していたところを、『白炎』が助けに入った。互いにライバル視しているものの、これまでに共同戦線を張ることも多かった。

 見事な連携でもって魔獣は倒れた。


 魔獣が倒れこんだ拍子に、大きな岩塊が崩れる。

 その下から、洞窟のような空間がぽっかりと口を開けた。


 ただの洞窟にしては、四方の形状が整っている。

 漂っていた瘴気が散るのを待ち、光の届く範囲で潜ってみれば、壁にはところどころ剥がれているが確かに建材のようなものが残っている。封鉄(アダマンティン)だった。

 遺跡だ。誰かが言った。


 新たな遺跡を発見することは冒険者の本懐のひとつ。皆が狂喜する。

 見る限り手がつけられていない。間違いなく未発見の遺跡。貴重な素材がいくらでも見つかる可能性がある。

 そして遺跡は大抵、いくつかが近い場所に集まっている。

 この岩場は単なる魔物の巣から、最良の採取場になるかもしれない。


 ふたつのパーティはいったんその穴を塞ぎ、他の入口を探すことに注力した。

 数か月かけてみつかったのは五つ。後年、さらに三か所が見つかるが、このときはそれで全部だと思われた。


 いよいよ最初に見つけた遺跡に潜ることとなった。

 踏破し、大量の素材と共に凱旋し、それから報告をすれば栄誉も金もすべてが手に入る。若い冒険者たちはそう思った。


 そしてその栄誉を、『黒鉄の矛』は『白炎』に譲る。

 遺跡を発見できたのは彼らに助けられたことがきっかけだ。なけなしのプライドと友情がそうさせた。

 そして、さっさと逃げ帰ってこいと言った。そしたら今度は俺たちが潜る番だと言った。追い越されても文句言うなよ、順番だからな、そんなふうに言って皆で笑った。


 『白炎』は戻ってこなかった。

 バシェットという最も若いメンバーだけが、ボロボロになって帰還した。


 『黒鉄の矛』のリーダー、ザンブルムスは彼をパーティに迎える。

 そして誓う。あの遺跡は自分たちが攻略する。そして、『白炎』の遺品を見つけだして、必ず連れ帰る。


 さらに数年をかけて彼らは力を蓄え、万全の体制を整えて遺跡に挑んだ。

 三人の犠牲を出して、『黒鉄の矛』は逃げ帰った。『白炎』が到達した地点までは、終ぞ辿り着けなかった。


 その遺跡は現在、四番遺跡と呼ばれている。

 未だ、踏破者はいない。





「ザンブルムスは――おそらく今もあの遺跡へ挑むつもりでしょう」


 ぽつり、ぽつりと語って、ラダはそう言い足した。

 カップに注がれた茶はすっかり冷めてしまったが、ミントの風味はまだ残っている。ガンズーは名残惜しく感じながらちびちび飲んだ。


「わかんねぇな。遺跡潜るなら勝手にすりゃいいが、それで虹瞳を狙うのがどう繋がる?」

「彼らの装備を見ましたか?」

「ああ、まぁ、やたら良いもん持ってたな」

「金がかかるでしょうな」

「……まさか、それだけってんじゃねぇだろな」


 良質の装備を揃えれば、たしかに力の底上げにはなる。戦える相手も増えるし生存力も上がるだろう。

 しかし四番遺跡には潜ったことは無いが、六番を基準に考えるなら、それだけで状況が変わるとも思えない。


 大躯(オーガ)の大群に、ちょっと剣を良くした程度で対抗はできない。

 結局は、その者自身の地力が無ければどうしようもない。


「今の『黒鉄の矛』は二十人前後という大人数を揃えていますが……その入れ替わりはとても激しいようですね」

「そうなのか? ずいぶんいい環境みてぇだが」

「若い者を拾っては装備を与え、鍛え。ただ、ある程度の期間を過ぎると追い出されるか、あるいは逃げられるのを繰り返しているようです」

「もったいねぇ」

「そうですね。しかし伝え聞く限り、ザンブルムスは何年もそれを続けている」


 それを聞いて、ガンズーはわかった。

 ザンブルムスという男、年代を考えれば六十を超えているだろうか。いや、もしかしたら七十近いかもしれない。


「自分で潜るのは諦めたか……」

「後進を育てると言えば聞こえはいいでしょうが。どちらかといえば、使える者を拾うまで捨てるを繰り返しているように感じます」

「つったってお前そんなもん、若いのからしたらマヌケな慈善事業じゃねぇか。自分が衰えたっつーんなら依頼でも出したほうが話は早いぜ」

「……彼らは今も」


 ラダがカップにほんの少し口をつけ、唇を湿らせた。


「『黒鉄の矛』を名乗っているのですよ」

「……自分とこで行かねぇと納得しねぇってか?」

「それでもし叶うなら――きっと私も、望外だと思ったのでしょうね」

「んなことのためにクズになってちゃ世話ねぇな」

「…………」


 彼は答える代わりに口の端を歪ませた。笑ったようにも、歯を食いしばったようにも見える。どちらかはわからない。

 ただおそらく、彼が迷っていると言ったのはここなのだと思う。


 金のために身を落とす冒険者はたしかに多い。犯罪紛いに手を出して街の中にいられなくなる者などごまんといる。

 しかし街に残るような名がそうなりましたと言われて、そうですかと納得するには理由が弱い。くだらなすぎる。ガンズーがそう思うのだから、ラダからしてみればなおさらだろう。


 理由。理由がいる。

 誰よりそれを教えてほしいのは、目の前の男だろうが。昔に思いを馳せてきたからか、さらにひとつ老けたようにすら思える。


「……ラダ、あんたいくつになる?」

「五十四になります。これでもまだ、『黒鉄の矛』では下から二番目の若造だったのですよ」

「一番下は三頭の蛇亭のオヤジか?」

「えぇ。オーリーが最も若手でした。あのころ――遺跡を発見したころは、戦場に出て間もないくらいで」


 当然、ガンズーがオーリーのおやっさんについて知っていることも、彼は了解していたようだ。


 五十四か。この世界は平均寿命が低い。十分に老人の域に入るだろう。とうに隠居していてもおかしくない歳だ。

 それでも彼はそんな気配など見せない。どれほど鍛えているのか。


 意を決して、ラダを見つめた。


『 れべる  : 39/39


  ちから  :   34

  たいりょく:   26

  わざ   :   61

  はやさ  :   56

  ちりょく :   42

  せいしん :   31 』


 老いている……

 ガンズーは深く息を吐いて、強く瞼を閉じた。


 最大レベルまでが下がっている。老境の冒険者に見られるものだったので、ガンズーにもわかってはいた。

 歳を重ねれば、あるところからレベルは勝手に下がっていく。不可逆的に。この能力が見せる老いとはこういうものなのだろう。


 だがラダのそれは、凄まじく高い水準を維持している。間違いなく不断の努力によるものだ。歳に似合わぬ服の下の筋肉が物語っている。

 きっと全盛期ならば、ミークにも匹敵する能力を持っていた。そう考えて、ガンズーはなんだか少し寂しくなった。


 頭を振って、思考を元の位置へ戻す。


「金がかかることをやってんのはわかった。しかし、それにしたってそんなことに手を出すか?」

「不確かな話として聞いてほしいのですが――都市同盟で二度ほど、虹瞳の売買に彼らが関わった痕跡があります」

「クソ、前科ありかよ」

「各国でそれなりに名声を上げたこともあれば、怪しい仕事に手をつけたこともあったのでしょう」

「めぼしい若手を拾いながら、危なくなったら高飛びか……」

「人を育てるだけならひと所に落ち着くこともできるはずです。そうしないということは、そういうことでしょうね」


 流れ流れて、結局はこのアージ・デッソに戻ってきた。目的の場所の、すぐ目の前に。

 準備は整ったのだろうか。そんなわけはないか。もしそうであれば虹瞳に関わっている場合ではない。


 戻ってきた。のか?

 アージ・デッソは彼らにとってある意味で因縁の場所だ。意味も無く訪れる街だろうか。昔馴染みに会いにでも来た? このタイミングで?

 そうだ。今このときにやってきた。虹瞳の子供がいるこのときに。彼らはどこでどうやってそれを嗅ぎつけた?

 嗅ぎつけたとして、それをすぐさま利益とする算段など立てられるか?


 人数が多かろうが、所詮は冒険者のいちパーティ。外の街、あるいは外の国にいたような彼らにそんなことは難しい。

 できるとすれば、ラダのように大きな情報網に属している者だ。例えば冒険者協会だとか――商人協会だとか。


 ならばそんな者がいたとして、彼らが従う理由は。

 金だけ? 本当に? 他になにかそうしなければならなかった理由。汚れ仕事に手を出すほどのっぴきならない理由。


 ラダは老いている。彼らも同じだとすると。

 焦っている? いや、少し違う。焦っ()


 ガンズーは頭から煙を出す己の姿を幻視した。実際にそろそろ熱が出る。


「私は迷っていました」


 ラダが唐突に、先ほど言った言葉を繰り返した。


「かつての仲間のことですから、今でも信じたい部分があるのかと思っておりました。どこか、庇おうとしているのではと。ですが今こうして話してみると、存外冷静に思うものですね。性分かもしれません」

「そうじゃなかったってか? んじゃなにに迷ったってんだ?」

「私の知る彼らと今の姿が繋がらんのです。なにより、バシェットがいる」


 その名が出てきて、ガンズーは我知らず眉を大きく上げた。


 バシェット。あの強そうな男のことがずっと気にかかっていた。『黒鉄の矛』のライバルパーティの生き残りだったという。

 これまで出会った冒険者たちの中でも、上位に入るほどの力を感じた。あれで名が広まっていないというのが不思議だった。


「ザンブルムスは清も濁も吞みこむ豪胆な男でしたが、ひとつのことに固執することもありました。奴が妄執に走れば、金のためにやましい仕事をすることも、あるいはあったのでしょう」

「……そうはならないはず、って聞こえるな」

「バシェットがいるからです。当時の冒険者としては珍しく、なんとも清廉というか、優しい男でした。そして――強かった。時が違えば、勇者に任じられることもあったのではと思っています」


 大きく息を吐いてラダは天井を見上げた。

 ずっと姿勢を固くしていた彼が、少しだけ緊張を崩した。


「あれが共にいる。ザンブルムスが狂うはずがない」


 多分、彼は本当に迷っていたのだろう。

 それでようやく、己の納得できる解答を見つけたのだ。


「私は、他に何者かの意図を感じます」


 ここで彼との見解が一致し、ガンズーは奇妙な安心感を得た。


 『黒鉄の矛』というパーティ自体に思うところは無い。彼らが降りかかる火の粉だというなら、振り払うだけだ。


 ただ、ガンズーはオーリーという男を知っている。ラダという男を知った。

 西の遺跡群に挑んだ勇敢な先達に、敬意の念を抱ないかといえば嘘になる。


 彼らが犯罪者に堕したというなら、理由が欲しかった。ただ自分が納得したいだけだが、大事なことだった。もしかしたらラダも同じだったのかもしれない。

 誰ぞにそそのかされたというのならば、そうであってほしかった。


「……願望かい?」

「そうです。ですが、断言します」

「んじゃ信じる。パトロンなんかがついて、そいつの指示が入ってると」

「そう考えます。大所帯であれば、ザンブルムスやバシェットの目の届かぬところで動く者もいるでしょう。ガンズーさんは、どうも当てがあるようで」

「ってほどのもんじゃねぇんだけどな……」


 マデレックという老商人がそれであるかはわからない。

 あるいは自分は、その理由を誰かに押しつけたいだけかもしれない。


 真実が知りたい。

 自分は細かいことなど気にしない性質のはずなのに、こればかりは無視できなかった。


 頼むぜヴィスク。ガンズーの脳裏に浮かぶ顔はヘラヘラと笑っていて、なんとも頼りなかった。


「ヴィスクによ、青鱗のヴィスク。知ってんだろ? あいつに『黒鉄の矛』と、もしかしたらそいつらと繋がってるかもしんねぇ商人について調べてもらうように頼んだ。あんたに話を聞いてからとも思ったんだがな」

「良い判断と思います。私も協会に対して調査を注力するよう要請しましょう」

「そうか。まぁ、チンピラ集めてる野郎の尻尾ももう少しで掴めそうだ。もうそうそう時間もかからねぇだろうさ」


 カップに残った僅かな水滴を唇に垂らしてから、「悪かったな、変なこと聞いちまってよ」と言い足した。

 ラダはとうに空になった自分のカップを見つめながら、小さく呟く。


「――ガンズーさんは、もしお仲間が戻ってこられなかったら、どうしますか?」


 以前にドートンから同じようなことを聞かれた。

 あのときはなんと答えたのだったか。思い出せない。

 だからガンズーは、今ここで思う素直な回答をすることにした。


「わかんねぇ」

「……もし、でよろしいのですが」

「いやー、それがマジで想像つかねぇんだよな。まぁ多分どうにかして探しに行ってやるしかねぇんじゃねぇかな」

「そうですか」

「ただ、そうだなぁ」


 んー、と腕組みをして考える。

 最もしっくりくる想像を言うならば。


「あいつらがいよいよヤベェ事態なら、俺もそこにいるよ。意地でもな。そんでなんとかする」


 目の前にいる男は、そうやって仲間を失い、そして仲間たちとは別の道を選んだ男だ。

 ガンズーの言葉をどう受け取るだろうか。現実を見ない夢物語と思うだろうか。それとも、己への侮辱と感じるだろうか。

 でも、率直な思いだ。これを違えるわけにはいかない。


 ラダは小さく――まったく気づかないほど小さく――ふ、と鼻で笑った。


「若いですな。ガンズーさん」

「……久しぶりにそう言ってもらったぜ」





 風呂の時間を慎重に確認して、就寝前にノノの様子を見にいく。

 慎重になりすぎたせいで、彼女の顔を見ることができたのは消灯時間ギリギリのすっかり遅い時間となっていた。


 ノノはたっぷりと不満を溜めていたようで、ガンズーの顔を遠くからしばらく睨んでいたかと思えば、唐突に近寄ってきてこちらの足を何発か正拳突きし、またダッシュで逃げていった。

 それで今日の面会は終わった。

 言葉すら交わせなかった。ガンズーはちょっと自分でびっくりするほど落ちこんだ。


 幸いにもその晩は怪しい者が近寄ることもなかったが、どうにも集中力が欠けていたためラダから遠回しにたしなめられた。交代後にはエウレーナにも叱られた。

だってノノが、と言ったらもっと怒られた。


 明けて次の日、子供たちとこれでもかというほど遊んだ。この強靭な身体は子供の玩具として使うためにあったのではと錯覚するほど遊んだ。

 ノノはすっかり機嫌を直してくれたが、はしゃぎすぎて修道女からガンズーが叱られた。だってこいつらが、と言ったらもっと怒られた。


 なにはともあれ、昨日から特段の異変は無い。もしジェイキンとのやり取りが効いているのだとすればありがたい。

 このまま大人しくなってくれればいいなと考えた。






 そんなふうに考えていたことを、ガンズーは後悔した。

 炎上する孤児院へ走りながら。

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