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鉄壁のガンズー、出血

 相手は五人。狭い路地裏の先を塞ぐように並んでいる。


「なんか用かい?」


 ガンズーは一歩前に出て言った。


 この辺りにはカツアゲを生業にしているようなゴロツキも、それを通り越して強盗を趣味にしている輩もちらほらいる。

 が、目の前の彼らはそれらとは少々(おもむき)が違う。

 身に着ける装備が整いすぎている。冒険者だ。しかもなかなかに練度が高い。


「いえ、実は先ほど、そちらの少年が我々の家を覗いているのを発見しまして」


 背後でドートンが小さく「げっ」と呻いた。わざわざ白状すんなバカたれ。


 ガンズーはそれには取り合わず、視線だけ動かして居並ぶ冒険者たちを値踏みしていく。

 左から剣、小斧、細剣、棍。剣は鞘に収まっているから一見でわからないが、斧と棍はどうやら斑鋼(ダマスカス)。上級の冒険者でもそう易々と用意できる代物ではない。

 しかしその持ち主たちは――若干、吊り合ってないように思える。たしかにそこそこ鍛えられているが、まだ足りない。


「それに、そちらのご婦人。件の相手は見つかりましたか? 残念ながら、ウチにおっしゃるような者はおりませんよ」


 ただ、この男。集団の真ん中に立ち言葉を続けるこの男は、強い。

 武装はしていない。革のベストにズボン。ごく普通の出で立ちだ。慇懃無礼なもの言いはオールバックにした髪の印象そのままだ。


 強いのはわかる。が、どれほど強いかはわからない。ガンズーとは分野が違うからだ。ラダがどれほど強いのか読みきれないのと同じ。

 おそらく斥候のたぐいだと思う。もしかしたら魔術も使うかもしれない。

 殴れば倒せる。しかし逃げられれば追いきれない。ちと相性が悪いかもしれねぇなとガンズーは口内で小さく舌打ちをした。


 そして、こいつかな? と思う。というか、これ以上となると下手をすればミークすら超えるような相手が出てきてしまう。こいつだといいな。いやもうこいつしかねぇな。うん。

 ステータスでも覗いてやろうかな、と思っていると、後ろからイフェッタが男に向かって言う。


「さっきも聞いたのよ。暇なところわざわざすいませんね。これから余所でもあたってみるから、どいてくださる?」


 棘の浮いたその言葉に、わざわざ挑発すんなよと言いたくなってしまうが、おそらく結果は変わらないと考え直す。

 連中は、こちらが屋敷を探っていたことなど当然わかった上でここにいる。揃って歩いていたのだから歴然だろう。

 あるいは、目の前の男はこちらの行動をすべて把握していたかもしれない。


「ジェイキンさん。めんどくせぇよ。ガラ攫っちまいましょう」

「男はやっちまってもいいんじゃねぇの」


 細剣の男と斧の男がそんなふうに言うが、ジェイキンと呼ばれたオールバックが片手を上げて制した。


「落ち着けお前ら。相手は鉄壁のガンズーだ」


 当たり前だが、こちらの正体も知られている。己の有名が今はちょっとだけ恨めしい。


「悪かったよ。べつになんかしようってわけじゃねぇんだ。高名な冒険者のヤサだっつーからよ、ちょいと興味があっただけなんだ。見逃してくんねぇか」


 無理があるなと思いながらも、ガンズーはそう言ってみた。

 ジェイキンは半笑いで頭を振ると、


「それを素直に聞くと思いますか? 無闇に腹を探られていい思いをする奴ぁいないでしょう。ガンズーさん、なにをされてたんで?」


 慇懃無礼が崩れだしている。なるほど、体裁を繕ってはいるが、やはり彼も冒険者だ。


「……あんたらさ」

「はい?」

「ずいぶんいい装備してるよな。どっからそんな金が出てくんだ?」


 どうせ向こうはこちらをただで帰す気は無い。こちらも疑念を持っている。

 ここはいっちょう喧嘩になってもしょうがねぇやと、ガンズーは率直に聞いてみることにした。面倒は少なくしたかった。

 さらに面倒が増えるおそれもあったが、そのときはそのときにどうにかしよう。ガンズーは出たとこ勝負の男だった。


「……遺跡探索も請負も精力的にやってますんで」

「無茶なこと言うんじゃねぇよ。俺が誰か知ってんだろ? 自慢じゃねぇがあんたらと同じかそれ以上に金はある。にしたってドえれぇ豪華さだと思うがな」

「協力者もいますので」

「どちらさんだい? どっかの貴族か商人か? あやかりてぇもんだ」

「……それは言う必要がありません」


 ジェイキンはこちらからわずかに視線を外して、少し考える素振りをした。


 実際のところ、トルムたちはそれなりに大金を持っているとはいえ、支出も多いので言うほどではない。それもパーティ全体のものであり、ガンズー自身や仲間たちそれぞれの手持ちはさらに少ない。

 とはいえ一介の冒険者が一生手の届かない金額を動かしたりもするので、まるきり嘘というわけでもない。物の価値だって十分に理解している。


 ジェイキンもそれは了解しているだろう。

 ガンズーから見て、彼らの環境がそうそう吊り合わないものだということもわかっているはずだ。


 パトロンや後ろ盾のある冒険者も数は多くないが確かにいる。

 むしろそれらを得られるだけの力があるという証左なのだから、中には喧伝する冒険者だっている。宣伝しろと言いつけているパトロンもいる。当然、内密を約束する者もいるが。


 さて、彼らがその存在を言いたがらないのはどれだろう。

 口止めされているのか、下手に名前を出して迷惑をかけたくないのか、それとも名前を出すには都合が悪い関係なのか。


「もういいってジェイキンさん。やっちまいましょ」

「勇者パーティだろ? いっぺん戦ってみたかったんだ」

「後ろの奴はカスだし、ひとりならどうにでもなるって」

「女は連れて帰ろうぜ。どうせ娼婦だ」


 昨今なかなか聞かないほどの三下台詞を吐いて得物に手をやる冒険者たち。ジェイキンはこめかみに手を当て溜息を吐いている。


 若い冒険者は――と言ってもガンズーとそれほど変わらないが――たいていの場合、血の気が多い。実力に関係なく。ドートンたちは上品すぎるくらいだ。

 街の外で魔獣と追いかけっこする仕事なのだから、それくらいのほうがいい。どうも彼らは街中の待機組だし、フラストレーションも溜まっているだろう。

 元気だね、とガンズーは思った。


「――お師さん」

「下がってろ。イフェッタ頼むぞ」


 後ろから心配そうな声をかけてくるドートンにそう言って、軽く手を振る。

 三下然とした連中だが、れっきとした冒険者。少なくとも中堅程度の力はあるだろう。背後の弟子などあっという間にボコボコにされる。


「念のため言っとくぜ」


 両手を上げながらガンズーは、武器を構えてじりじり近づく連中を無視し、ジェイキンに向かって言った。


「先に失礼したのはこっちだから、最初は手を出さん。が、一発もらったらあとはどうすっかわからんぞ」

「……好きにしろ」


 その返事はおそらくガンズーに向けられたものだが、冒険者たちは己への許可と受け取ったようだ。

 雄叫びなんだか罵声なんだか、めいめい声を上げて襲いかかってくる。


 狭い路地で武器を振り回すのはいささか難しい。しかも四人も並んでいればなおさら。

 だというのに、彼らはなかなか悪くない連携でもって、的確にガンズーへそれぞれの得物を振るった。


 まず細剣が足を狙ってきた。膝の上、腿の骨をこするように突いた。

 それから剣が腹を横薙ぎにしてくる。あばらを外して、内臓だけを掻くように。

 小斧が首に叩きこまれた。袈裟懸け気味に、首を飛ばさずえぐるかたち。

 最後に棍が頭に降った。頭蓋を砕く良い気合いの入った一撃だった。


 どれも殺意に溢れた攻撃だった。街中だぞお前らもうちょっと加減しようぜ。


 ところでガンズーは今、防具のたぐいは着けていない。普段どおりのダブレットにズボン。足元すらブーツではなくモカシンを履いている。

 腰に予備の剣だけ吊っている。が、きっと抜かない。街中だしね。


「一発つったけど四発になっちまったな」


 凶器を身体にめり込ませながら、ガンズーはぼんやり呟いた。

 ちょうど目の前に棍を持った男の顔があって、信じられないといった表情をしている。

 なので、彼の額に手刀を打ちこんだ。


 もちろん、殺すつもりは無い。できれば負傷も少な目に。

 どうするかわからないと言ったものの、ガンズーは細心の注意を払って叩いた。さらに横のふたりも同じように叩いた。


 それぞれ地面に押しつけられたように倒れ伏したが、細剣の男だけは反応が早かった。

 身を翻して大きく後ろへ跳んだので、ガンズーの手刀は空を切る。

 が、うまい具合に動きが噛み合ってしまったのか、額から血を流している。指先で裂いてしまったかもしれない。ほんの一瞬の接触だったのだが、彼は荒い息を吐いていた。


 ガンズーの身体にはわずかの傷も無い。斑鋼は素晴らしい武具の素材だが、彼らの力や技量がちょっと足りていない。


 下がった細剣の男にちょいちょいと指先でかかってくるよう促すが、すっかり腰が引けてしまったようだ。強く睨んでくるが、もう一撃という気概は失せてしまっているように見える。

 ただ、少しの逡巡の後、懐へ手を伸ばした。


「やめろ!」


 鋭い一喝。彼はびくりと肩を震わせて動きを止めた。ガンズーの眉間に皴が集まる。なにかしようとしたのだろうか。

 ちらと叫んだジェイキンに視線を移せば、彼は再び大きく息を吐いて、両手を肩の上に掲げた。


「ま、そりゃあこうなるでしょう」

「あんたがやんねぇってなら、見逃してくれるってことでいいのかい?」

「そうですねぇ……」


 ジェイキンはふらりと視線を横へ流し――


 一瞬、上げた右手を翻した。


 反射的に、ガンズーは左目を閉じる。完全に勘。なんの予測もしていないが、とにかく危ない気がした。

 瞼の上に、つん、と感触。

 目を開いてみれば足元にぽろりと、針のような釘のような細い鉄線が落ちた。


「噂どおり、まったく化け物のような身体ですね。おそろしい」

「本気で喧嘩するつもりねぇだろ。手打ちにしてくんねぇか」

「退散しましょう。ロニ、こいつらを叩き起こせ」

「へ、へい」


 細剣の男が倒れた仲間たちを起こしているうちに、ジェイキンは背を向けた。

 去ってしまう前に、ガンズーは声をかける。


「後ろのふたりにちょっかい出したりしねぇでくれよ。次は本気になるぜ」

「約束しましょう。ですがそちらも我々をあまり詮索しませんよう」


 彼が去っていくと、起き上がった連中もふらふらとそれに続く。こちらを何度も振り返ってきたが、ひとつ睨むと慌てて走っていった。


 見えんかったな、とガンズーは思った。今の攻撃をはっきり視認できなかった。

 やはり速い相手は苦手だ。できればもう相手をしたくないな。

 そう思っていると、ドートンが口をぱかんと開けてこちらを見ている。


「お師さん、それ……」

「あん?」


 その視線が左目の辺りに来ていたので、指先で触ってみる。

 ほんのかすかに、血が滲んでいた。


 地面の鉄線を見てみれば、さっきまでは奇麗だった表面に錆が浮き、もはや簡単に折れそうなほど劣化している。

 魔術剣のたぐいだ。普通の金属にマナを流すとこうなる。


 やっぱ二度と相手にしたくねぇ。ガンズーはそう思った。もし次の機会があるならば、誰か他の奴に頑張ってもらおう。






「ほんと大丈夫か?」

「気にすんなって言ってるじゃない」

「でもああいう連中はよ、お礼参りが礼儀と思ってるとこもあるからよ」

「こんな商売よ。アタシだってそれなりに修羅場は慣れてんの」


 ひとりで店に向かうとイフェッタが頑なに言うので、ガンズーはやきもきしてしまう。

 ジェイキンは手を出さないと約束してくれたものの、それが守られるかはわかったものではない。

 やっぱ面倒が増えちまったな、とガンズーは反省する。


「ま、ちょうどすっぴんだったし、ちょっと厚めに化粧しときゃ大丈夫よ。バレないバレない」

「しかしなぁ」

「んじゃなに、あんたずっとついててくれんの」

「む……」

「ノノちゃんのほう気にしなさい」


 いつぶりだかの店の前でガンズーがまごまごしてるうちに、イフェッタは軽く手を振ってその中へと姿を消してしまった。


「……お師さん。結局、姐さんとはどういう関係なんすか?」

「……なんなんだろーね」


 なんとも答えに迷って、間抜けな返答をしてしまう。


 またまた彼女を巻きこんだだけで終わってしまった。

 これまでなんの埋め合わせもできていない。というかそもそも会ったのがこれで三度目でしかない。

 妙な縁だ。次こそはなにか礼でもしたいものだが。


「あー、ドートン。おめーも気ぃつけろよ。連中のいるとこにゃあんま近づくな」

「行かねっすよ。ただでさえエクセンがいるようなとこ」

「そうしてくれ」


 かろーん、と鐘の音が響く。ほど近くの結界塔を見上げた。川向うに立っているものだが、ここからでもその頭が見える。

 十八時。かなり遅くなってしまった。護衛を引き受けている身であまり院を留守にするのもマズい。


 協会に寄る時間が無くなってしまった。と考えて、ラダの顔が浮かんだ。それから、バシェットの顔も。


(……先にあっちだな)


 ラダに伝わればどちらにせよ協会にまで繋がる。

 ならばまず、『黒鉄の矛』について確認しよう。はたして彼らが、虹瞳に手を出すような者たちなのか。卑しい仕事に手を出すような者たちなのか。





 ドートンに次の修行は無しと言い、余裕があれば三頭の蛇亭へ今週は向かえないと伝えてもらうよう頼んだ。

 手伝うっす、などと言ってついてこようとしたので追い払い、院まで急ぐ。彼が来ても足手まといになるだけだ。


 日はすでに雲の向こうで落ちかけているようで、だんだんと辺りも薄暗くなってきた。夕食の時間もすっぽかしてしまったし、ノノはきっと怒っているだろう。ノノだけでなく皆さん怒っているかもしれない。


 叱られるかな、と思いながら院の門前まで辿り着くと、エウレーナがいた。

 その前に女性がひとり。なにやら話しこんでいる。

 と、彼女たちがこちらに気づいた。


「あら~。あらあらあら」


 エウレーナと話していた女がこちらへ振り向き、なんだかその辺のおばちゃんみたいな反応をされた。

 なにがあら、なのかはともかく、ガンズーは彼女に会ったことがある。


 シウィー。青鱗のヴィスクの嫁さんその二だ。

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