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鉄壁のガンズー、こそこそ

 ドートンはどこかの買い物帰りなのか、小さな紙袋を抱えている。


「お前こそこんなとこでなにしてんだ」


 合祀教会の柵に寄りかかり、腕組みをしたままガンズーは彼に言う。


「いえ、俺はちょっとぶらぶらと。昨日は外で仕事してきたんで、今日は休みにしたんすよ」

「おうそうか。まぁ休みも大事だ。しかしひとりってな珍しいな」

「そうでもないすよ、そんな四六時中から三人でいるわけじゃないっす」

「他のはどうしてんだ」

「あー、なんつーか。ダニエは多分どっかで飲んでんじゃないっすかね。んでまぁその、デイティスは……女んとこだと思うっす」

「女ぁ!? あれにか」


 彼の弟の顔が浮かぶ。ぽんやややんと無邪気な笑顔だった。


「女、とまではまだ言わない――んすかね? どうなんすかね? まぁそんな大層なもんじゃないっす。友だち付き合いくらいのもんで」

「えー……いやまぁ、そんな悪いツラじゃねぇとは思うが」

「いやいやマジでそういうんじゃないっすよ。ほら、お師さんに助けてもらったときの馬車。あれ商人さんとその娘さん乗ってたじゃないっすか。あれっすよあれ。お礼してもらったじゃないすか俺ら。それからちょっと仲良くなって」

「……あぁ」


 ガンズーもそれはちらと見かけた。馬車の幌から少しだけ顔を出した商人と娘らしき少女。

 そういえばデイティスと歳が近いくらいだったか。本当にちらとしか見なかったので顔なぞまったく覚えていないが。


「しかしまぁ、デイティスがねぇ。いいんじゃねぇの青春で。意外だけどよ」

「それがっすね、その子、勇者トルムさんがたの話を聞くの好きらしいんすよ」

「あ、そりゃ適任だわ。バッチリじゃねぇか」

「はぁ。なもんだからダニエがここ最近やたら機嫌悪くて。仕事には支障ないんすけど酒臭くてしょうがないんすよ」

「あれは……そりゃそうだろけど、放っとくしかねぇな。どうせいつかは弟離れしなきゃなんねぇんだ。お前にゃそういう相手いねぇのかよ?」

「え。いやー俺はそんなぜんぜん。今は仕事と修行が大事っつーか――」


 ドートンは一瞬その手の紙袋を見て、ちらっとアパートメントの並びを見て、それからあははと笑った。

 そういえば、ここは夜街の近く。

 まだ日は沈んでいないが、営業している店もある。


「お前……もうちょっと稼げるようになってからにせぇよ」

「いや、いやいやいや違うっすよ! 違うんすこれはそういうんじゃなくて! 俺まだ入ったこともねっすから! ただちょっと下見ぐらいっつーか、呼び込まれちゃったらしょーがないかなっつーか、土産くらいあると箔つくかなっつーか!」

「ボられて身包み剥がされろバカたれ」


 ちなみに袋の中身は干しブドウだった。この程度の土産をもらってプロのお姉さんがたが喜ぶかはともかく、いちおう高いものに手は出していなかったのでよしとする。

 少しもらってむちむち齧ると歯にくっつく。

 ドートンも同じく袋に手をつっこみながら、改めて聞いてきた。


「んで、なにしてたんすかお師さん」

「ちょっと野暮用でな」

「成金通りを眺めるのがっすか?」


 成金の入る屋敷が集まる通りは、どうやらそれそのものな名前がついていたらしい。おそらく正式な名は他にあるのだろうが。


「前にちらっと会った商人を探してんだけどな。住んでるならこの辺かと思ったんだけどよ」

「ふーん。なんつー人で?」

「マデレックっつったかな。爺さんなんだがよ」

「へー。知らんっすねー」

「お前にゃ期待してねぇよ」

「そんなことないっすよけっこう情報通なんすよ俺。なんせしょっちゅう街ん中を走り回ってるっすからね」


 走るだけで顔が広くなるなら苦労しない。

 いや、ラダによると彼らはちょっとした有名人にはなっているらしいが、それに金の匂いを感じて近づく商人などいないだろう。


「あ、あそこ! あのゴテゴテした門の家! 最近あそこにエクセンの奴が出入りしてるんすよ。覚えてます? エクセン」

「エク……あぁ、お前らと同郷のガキだろ? ダニエのおっぱい触ってた」

「あいつのおっぱいなんか減るもんじゃないからいいんすよ。でもやっぱ俺ちょっと悔しいんすよねー。あいつもとうとう『黒鉄の矛』の正式メンバーっつーんだから、なかなか差が埋まんなくて」

「べつにお前もそれなりに強くなってきて――」


 ん?


「お前いまなんつった?」

「は? なかなか差が埋まんなくて」

「その前」

「ダニエのおっぱいっすか?」

「お前わざとかこんにゃろう!」

「えー? 『黒鉄の矛』のことっすか?」

「あのガキが入ったパーティは『黒鉄の矛』って言うのか?」

「そうみたいっすよ。どっかの街で働いてるときに誘われたっつって」

「……あの屋敷を根城にしてんのか? パーティのリーダーは?」

「そりゃ『黒矛のザンブルムス』っす。この人は有名っすから」


 その名前は先日エウレーナから聞いたばかりだ。ラダの同輩でもあるという。

 そいつが最近になってこの街へ戻ってきたという話も聞いた。


 最近。最近? 最近アージ・デッソへ?


「なぁ、そのパーティ、強いのか?」

「強いったらまぁすげぇ強いんじゃないっすかね? なんせ二十人くらいのでかいパーティっす。当然ザンブルムスは特級ですし、他に特級並みの奴がひとりかふたりかいるって言いますし。上級や中級を何人も抱えてるみたいすよ」

「……腕の立つ斥候もいるのか?」

「具体的には知らんっすけど、そりゃもちろんいるんじゃないっすか」


 それはそうだ。実力のあるパーティなら有能な斥候や野伏のひとりくらいは抱えていて当然だ。きっと魔術師もいるだろう。

 ガンズーどころかラダを出し抜けるほどの者もいるかもしれない。


(いや。いやいやいや)


 そもそも、ここへ来たことからして符号がわずかに重なっただけで確かな確証など無いままなのだ。

 今ガンズーが考えていることはただの懸念であり、想像の域を出ない。

 なんか引っかかって怪しいというだけだ。『黒鉄の矛』の面々にもマデレックという老商人にもたいへん失礼な話である。


 しかし、


(どうにも話がぴったり合っちまうんだよなぁ……)


「あのよ、ドートン。そのパーティ、金回りはよさそうか? エクセンだかなんだかから聞いてたりしねぇか?」

「めっちゃくちゃいいらしっすよ。自慢されまくりましたもん。どしたんすかお師さん羨ましいんすかお師さんもかなり金持ちじゃないっすか」


(ここも合っちまったよ……)


 金も持っている。チンピラにばら撒けるほどだろうか。


「ていうかそのザンブルムスがっすね、そこそこ有望なのを集めて鍛えてるらしいんすよ。高い装備とかバンバン揃えてもらえるんですって。ちょっと無理めの遺跡にも行けるくらいらしいんすよ凄いっすよね」

「……ん? 潜れる奴を集めるんじゃなくて、潜れるようにしてるってか?」

「へ? まぁ、そういうことじゃないすか。そんだけ面倒みてもらったらエクセンの奴もそりゃいい気になるっす。どっかの走らせてばっかの師匠とは違いますね」


 手中の干しブドウをドートンの鼻の穴へ詰めてやってから、ガンズーは考える。


 エクセンという若者の姿を思い浮かべる。数秒ほど見ただけだったし興味もあまり無かったので詳細はわからないが、あの鎖帷子も鉄輪のベストもそう気軽に買い揃えられるような物ではない。


 いや、思い返せばあのベスト、硬金(イジャルド)を使っていたような。ほんのり赤みがかっていた気がする。

 そうだとすればあんなもん、それだけでそこらの冒険者のひと財産ふた財産にはなる。新入りに気軽に買い与えるようなものじゃない。

 もちろん単純に、新人へ期待を込めての投資という可能性もあるが、さすがにそれはどうだろう。そこまでするか? うーん。あーわからんくなってきた。


 ともかく、安定して遺跡に潜れるならともかく、育成の片手間にやっているとするなら、そこまで金があり余るのもおかしい。

 長く一線で活動しているならそりゃあ金はできる。三頭の蛇亭の主人だってたっぷりと貯めこんでいる。だがそれにしたって限度はある。


「……パトロンがいるな」

「なんすか?」

「さすがにあの屋敷に一緒ってわけじゃねぇよな……どうしたもんか。せめて中が確認できりゃあな」


 鼻に指を当ててふんふん頑張っているドートンを置いて、ガンズーはすっかり頭を抱えてしまった。

 ただでさえ頭脳労働は苦手だというのに、ずいぶん面倒な話になってきたように思えてしまう。頭が痛い。


 ザンブルムスでもマデレックでもバシェットでも、この際まったく知らないなんか悪い奴でもなんでもいいから、俺が黒幕だと名乗り出てきてくれないだろうか。


 バシェット? そういえば彼もやはり『黒鉄の矛』の一員なのだろうか。


「ていうかさぁ」


 唐突に横から声をかけられて、抱えた頭を上げる。


「人の家の前でウダウダウダウダなにしてんの?」


 ほど近くのアパートメントの入口に、女が立っていた。

 イフェッタだった。だと思う。なんだか前に見たときより顔立ちが少々地味なので別人かと思ったが、どうも化粧をしていないらしい。


「……なにしてんだお前」

「こっちの台詞だっつの。さっきからずーっとさぁ。出かけようとしてたのに出にくいったらありゃしない」

「……家?」


 腕を組んでこちらを睨んでいた彼女が、片手の親指を立てて背後の建物を示す。

 なるほど。彼女の家はこんなところにあったのか。


「お師さん、誰すか?」

「あー、えーとな」

「こんなとこ住んでんだからわかるでしょ」

「え!? なんすかもー、お師さんもなんだかんだ通ってんじゃないっすかやっぱ好きなんすね俺にも教えてくださいよーじゃああれっすかお師さんの女っすかそれともお師さんが貢いでるほうっすか」


 もうひとつブドウを鼻に詰めてやるが、ドートンは慣れたようでプンと即座に吹き飛ばした。

 それから彼はイフェッタに向き直ると、改めてガンズーに言う。


「……意外とあれっすね。お師さんて胸薄いほうが好みなんすか?」

「それであんたなにしてんのさ」


 膝を裏から蹴り抜かれくずおれたところに喉へ手刀を叩きこまれて倒れたドートンは放って、イフェッタにそう聞かれた。


「いや、なにしてるってわけでも、うーん」

「お師さん……この人強ぇ……さすがお師さんの女……」

「あとこれなに」

「知らねぇ。冒険者の端くれのくせしてお前にあっさりやられるようなやつぁ知らねぇ」


 彼女に話すようなことではない。

 しかしご近所さんからこそ聞ける話ということもあるし、娼婦といえば情報の塊である。力を借りる価値はあるかもしれない。

 コンプライアンスという言葉を頭の隅に追いやって、ガンズーはこれまでの経緯を説明した。






「あぁあそこ。しばらく空いてたけど、ちょっと前に買われたんだっけ。ウチの店の子も何回か呼ばれてるけど、別に金持った冒険者のヤサとしちゃ普通なんじゃないの」


 店に出るところだったというイフェッタは、やはりすっぴんだった。出勤の際は二度手間になるので店で化粧をするのだそうだ。


「なんか怪しいとこねぇか。妙な奴が出入りしてるとかわけわかんねぇくらい金持ってるとか」

「知らないよそんなの。なんで知らん連中のこと聞き出さなきゃならんのさ」

「そらそうだわな……」


 困っていると、彼女はコキンと首を鳴らしながら傾けた。


「訪ねてみりゃいいじゃん」

「いやまぁそうなんだが、危ねぇ気もしてよ」

「あんたもし囲まれたってどうにでもなるでしょ」

「さすがに特級までいるとわかんねぇぞ」


 ふへー、とあからさまに横へ引き延ばした口から息を――おそらく溜息――吐き出して、イフェッタはすたすた『黒鉄の矛』の屋敷へ近づいていった。

 くるりと振り向き、隣の屋敷との境にある路地をちょいちょいと指差す。


 おいマジか、と思うが、止める間もない。

 ガンズーは一瞬ばかりドートンと顔を見合わせ、ふたりで路地へ飛びこむ。と同時に、イフェッタが屋敷の門を叩く音が聞こえる。


 塀の角からほんの少し顔を覗かせて伺うと、話し声。門番――代わりのパーティの一員だろう――が覗き窓までやってきたようだった。


「――誰だ?」

「ねぇえ、ここ冒険者いるでしょ。探してる奴がいるんだけど」

「知らん。消えろ」

「待ってよぉ。ねぇ、金払わないで逃げちゃったんだよ。さんざん突っこんだくせしてさぁ。ここに入るの見たって聞いたんだけどさぁ」

「知らんと言ってるだろ。さっさと帰れ」

「ちょっと調べてくれるくらいいーじゃなぁい。ね、今度サービスするから」

「ん……どんな奴だ」

「えっとねぇー、ガキだよガキ。田舎者っぽくてぇー、図体だけでかくてぇー、でもアレはたいしたことないの」

「誰だ……? こないだの新人かな」

「おい、どうした」

「あ、いやー、それがよう」


 話し声が増える。気配を探ってみると門の辺りにふたり。どうやら敷地内にいる見張りはそれだけらしい。

 中を覗くなら今のうち。


「ドートン、持ち上げっからお前が覗け」

「え、お、俺っすか? お師さんが直接見たほうが」

「壁向こうの索敵なんかできねぇだろお前。いや俺も得意じゃねぇけど。いいか絶対に音出すなよ。イフェッタが引きつけてくれるうちだ」

「わ、わか、わかったっすうおおおわ」


 答えを聞かないまま、ドートンの足首を掴んでそのまま持ち上げる。

 肩辺りまで上げればちょうど彼の頭は塀を越えた。


「お、お師さんちょっと痛い。足首痛い。潰れそう」

「潰さねぇから我慢しろ声出すな。どうだ?」


 ドートンがきょろきょろと――せめて多少の索敵や隠密も教えてやんねぇとなぁ――敷地の中を眺めまわす。

 としているあいだに、


「あの新人なら娼館に行く暇なんざ無かったろ。人違いじゃないのか」

「そういうことらしいや。すまんなネエちゃん」

「えーホントにぃ? 匿ってんじゃないのぉ?」

「しつこいぞ、他を当たれ」

「悪いな、もしわかったら報せてやるよ。だからどこの店か教えて――」

「おい」

「ちぇっ」


 そろそろ限界のようだ。

 塀の上に飛び出したドートンの頭が見つからないよう、ガンズーは彼の身体を丸ごと横へ傾ける。


「ちょお師さうおおおお」

「あ、わりぃ」


 勢い余って地面に叩きつけるところだった。

 足首を離してやると彼はそのまま地面にぼとりと落ちる。受け身ぐらいとりやがれ。


 ドートンが呻いているあいだに、路地の入口まで戻ってきたイフェッタがこちらに目配せをする。

 こちらもひとつ頷いた。


「お、お師さん、あのっすね」

「話はあとだ。いったんここを離れるぞ」






 夜街の方面へ裏通りを抜ける。屋敷からもほどほどに離れただろう。


「悪かったな巻きこんじまって」

「べつにいーよ。アタシが勝手にやったんだから」

「そう……そうか? うーん」

「でかい図体して細かいこと気にしないの。で、あんた。どうだったの?」

「あ、はい。姐さん」


 いつの間にかイフェッタはドートンの姐御になったらしい。

 無駄に姿勢を正した彼がこちらへ聞いてきた。


「お師さん、もともとは商人を探してたんすよね」

「おう」

「めっちゃ高そうな豪華な馬車に乗ってたんすよね。箱で窓ついた」

「そうだ」

「ありました」

「あ?」

「あったっす。高そうな馬車。舎に収まってたっす。あんなのちょっと他では見たこと無いっすね」


(繋がっちまったよおい)


 どうやらマデレックもあの屋敷を拠点にしている。

 むしろあそこはその商人のもので、『黒鉄の矛』は間借りをしているだけかもしれない。


 しかしまだ点がふたつ繋がっただけだ。彼らが修道院を狙っているという確たる証拠など無い。

 これ以上となると、さらにガンズーのできることは少なくなる。


 だが指針はできたかもしれない。とりあえず、冒険者協会には彼らを重点的に調べてもらおう。条件的に、協会の選別には含まれているはずなのだ。


 そうして、協会に寄ってから院へ戻ろうと決めて歩いていると――


「お待ちいただけますか」


 数人の冒険者が立ちはだかった。

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