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鉄壁のガンズー、でかい/ベニー

 門番の職に就いている元恋人が復縁話を迫ってきたが、なんの手土産も無かったのでそれを一蹴し、適当に菓子なんか買ってベニーは三頭の蛇亭へ帰宅した。


 十五時の鐘と共に裏口ではなく正面から入ってみると、食堂のテーブルには四人の冒険者パーティが座って無駄話をしている。

 ずいぶん前から――勇者のパーティよりも以前から――ここを定宿にしているお得意さんで、上級冒険者だけあり金払いもよく、中でも特にサブリーダーの女戦士メルリはベニーとも仲良くしている。


 彼らから声をかけられたので軽く挨拶して視線を戻すと、カウンターにもひとり客が座っていた。

 そして珍しいことに宿の主人である父親が差し向かいで相手をしていて、ベニーはおや? と思った。


 カウンターにある背中はとても大きい。その後ろ姿だけでもかなりの威圧感がある。


 少し前からこの宿に泊まっている、バシェットという男だとわかった。

 遺跡に潜るということでしばらく留守にしていたが、つい先日に帰ってきて、またここに滞在している。他に二名の冒険者と共に。


 そして父親の――どうも話したがらないが――古い知り合いらしかった。


 昔の冒険者仲間かなと思いもしたが、このアージ・デッソに残る高名な冒険者の中にその名前は見つからない。父親のごくごくわずかな昔話の中にも出てきた記憶は無い。

 とはいえ強そうだし、どこか別の街の出身か、あるいは名が広まらないよう地味に活動してた人かも。ベニーはとりあえずそんなふうに納得している。


「ベェ~ニ~ちゃん」


 唐突に後ろから肩に手を置かれ、同時にしゃらんと金属音が鳴った。

 振り向いてみると、そのバシェットが連れている若い冒険者の顔があった。たしか名前は――エクセンだったかエクソンだったか。


「どしたの? こんなとこで突っ立って。あ、買い物帰り? なんだ~言ってくれたら一緒に行ったのに~」


 へらへらと妙な猫なで声でそういうエクセンに曖昧な笑みで返す。


 滞在し始めた当初からやたらなれなれしいので、正直ベニーは彼があまり好きではない。

 自分よりも年下だがすでに中級冒険者だというので、きっと才能のある男なのだろうと思うが、とにかく軽薄だ。

 そして顔が好みではない。ベニーの好みはもっと厳つくて男らしい男だ。そういう男が自分に頭が上がらなくなる瞬間に喜びを感じる。


「いえいえべつに。ちょっと前の男に会ってきただけで」


 唾付きだよー察してねー、という願いを込めて言ってみるが、目の前の男はニタッと笑うだけだった。


「へぇ~ベニーちゃん彼氏いたんだ? あ、前のってことは別れたの? じゃあ今フリーなんだ。ねぇねぇ、俺なんかどう?」

「どう、って言われてもなぁ……」

「いーじゃんいーじゃん。お買い得だよ俺。もうすぐパーティで正規メンバーにさせてもらえるしさ、凄いとこなんだよウチ。服でもなんでも買ってあげる」

「あー、そうなんですねー……でもなー……」


 いちおうは客なので、あまり無碍にもできない。

 しつこいようなら一発ぐらい殴ってもいいのだが、まだ人となりに詳しくもないので、怒らせた場合にどうなるかわからない。

 暴れても父親に叩きだされるだけだろうが、その知り合いが連れている相手なのでちょっとよろしくない気もする。


「――エクセン。そのへんにしておけ」


 と、バシェットが声を上げた。遅いってばもう。


「いやー気にしないでくださいよバシェットさん。俺もね、ほら、最近けっこう頑張ってるじゃないですか。ちょっとくらいね?」

「……聞こえなかったか?」

「いやいや、勘弁してくださいよ。いいじゃないですかこれくらい。せっかく冒険者やってんだから、女のひとりやふたりくらい欲しいですよ」


 肩に置かれたままだったエクセンの手がちょろちょろと下りてきて、鎖骨の辺りを触る。もう少し下がったら殴ろうと決めた。


 ふと視線を動かすと、テーブルの冒険者たちがこちらを見ていた。

 その中のメルリが言う。


「……ベニー、困ってる?」

「まぁ、これくらいはべつに」

「関係ないのは黙っててくんないっすか? あ、それともお姉さんが相手してくれんの? 俺さぁ筋肉女は趣味じゃないんだよね」


 エクセンはベニーの頬に顔を寄せて、テーブルのほうを睥睨(へいげい)するように言った。

 あーあ、と思う。店員相手ならともかく、それは明確に喧嘩を売る態度だ。


 冒険者たちは互いに顔を見合わせると、ふー、と溜息を吐いて立ち上がった。

 おそらく、礼儀を知らない若人に教育をするつもりだ。


 できれば外でやってほしいな、とベニーが思っていると、入り口の扉が勢いよく開かれた。


 そこにいたのは、禿頭の大男だった。父よりもバシェットという男よりも、もしかしたらあの鉄壁のガンズーよりも大きい。

 口髭はもみあげまで繋がっている。頭頂は禿げ上がっているが、側頭から後頭部には豊かに灰色の髪が残っていて、もしかしたらうなじどころか肩までそれが続いている。

 歳はきっとベニーの父親よりずっと上だ。獣のような風貌の男だった。


「ははーあ。いい店だなあ、オーリー」


 その男はひどくのんびりとそう言って、店内に足を進めた。

 父親が――娘の自分から見ても、相変わらず感情の読めない顔で――聞き逃しそうなほど小さく呟く。


「……ザム」

「久あしいなあ。いやあ懐かしい。元気だったかオーリー」

「なんの用だ」

「迎えだあ。なあバス」

「…………」


 顔を向けられたバシェットは特になにも答えない。

 代わりに、エクセンがこちらからぱっと離れて大男のほうへ向かった。


「ざ、ザンブルムスさん。どうしたんですか? 迎えって?」

「おうおう、エクセンくん。そろそろ君たちにも仕事をしてもらおうかと思ってなあ。バスの下でよく学んだだろお?」

「じゃ、じゃあ」

「君も今日から『黒鉄の矛』の一員だよお。頑張りなさい。ほら、もうひとりいるだろお? 呼んでおいで。屋敷に来るといい」

「は、は、はい! ありがとうございます!」


 エクセンが二階に上がろうとしたところ、メルリが口を挟んだ。


「待ちな。そいつはアタイたちに喧嘩売ったんだ。まだ始末がついてないよ」


 ザンブルムスと呼ばれた大男は、彼女を上から下までねめつけると、にっこりと笑ったまま片手を伸ばす。

 パーティの導師の男がその前に出て言った。


「おい、なんだその手は」

「……いやあ」


 ザンブルムスは彼の肩にぽんと手を置き、もう片手で金貨を取り出し、


「うちの若いのが悪いなあ。迷惑料だあ」


 その金貨を渡したと同時、ごぐんと妙な音が響いた。


 おそらく肩の外れた音なのだと思う。

 だが、男導師も上級冒険者だけあり、それだけで騒いだりはしなかった。顔から脂汗が滲みだしたが、そのまま目の前の大男を睨みつける。

 他の仲間も自分の得物に手を伸ばした。

 しかし、ほとんど動作も無く人の肩を外す相手に力量差を感じたのか、下手に身動きをとれなくなっている。


「ほらあエクセンくん。早く荷物をまとめなさい。もうひとりもちゃんと呼んでくるんだよお」

「は……はい」


 その光景を茫然と眺めていたエクセンが、金属音を鳴らしながら二階へ上がっていく。


 誰も動かないうちに、ザンブルムスはベニーの前を通りすぎ、カウンターに寄るとバシェットの横に立った。


「バス、お前はどおする?」

「俺はここでいい」

「そうかそうかあ。好きにするがいいさあ」

「ザム」

「んん~? どおした?」

「……あの爺さんの話を請けたのか」

「はあはは。心配するな。お前にもやってもらう仕事はある」

「…………」


 それからその大男は、カウンターに金貨をジャラジャラと無造作に置いた。おそらく十二、三枚はある。大金だった。


「騒がせたなあオーリー。若いのは連れていくから、これは礼だあ。あとはバスによくしてやってくれえ」

「……釣りはやらんぞ」

「はあはははぁあ。儂らは今、少し仕事をしててなあ。それが落ち着いたらゆっくり酒でも飲みたいなあ。ラダもいるといいなあ。ミシャルやハスファも呼べるといいなあ。ダラドも来ないかなあ」

「……ザム。あの名前をまだ使ってるのか」

「当たり前だろお? 儂は『黒鉄の矛』のザンブルムスだ」


 エクセンがもうひとりの連れである女魔術師を伴い下りてくると、ザンブルムスは朗らかな笑みを浮かべ店内の者を眺めまわし、


「アージ・デッソはいいなあ。いい冒険者が揃っている。はははあ」


 そのまま彼らを引きつれ出ていった。


「――ぐっ!」

「アロン!」


 そこでようやく、顔を青くした導師は肩を押さえて膝をついた。仲間たちが心配そうに駆け寄る。


 と、バシェットが彼に――立ち上がったところは見えなかった――近づくと静かに、垂れさがる腕をとった。

 ぼぐ、と再び鈍い音が響く。


「いってぇ……!」

「戻った。しばらくは安静にしろ」


 導師は痛そうにしていたが、腕が問題なく動くことを確認すると、深く息を吐いた。


「……すまん」


 消え入りそうなほど小さくそう言って、バシェットはそのまま扉に向かい、外へと出ていった。

 導師はその姿を見送ったまま、メルリに肩の具合を聞かれたり仲間に頭を小突かれたりしている。よくある冒険者同士の小競り合いだし、妙な遺恨など残さないとは思うが。


 ベニーが視線をやってみると、父親はカウンターに置かれた金貨を睨みつけたままじっとしていた。


 おそらく娘である自分にしかわからない。

 あの顔は、なにかひどく悲しいときの顔だ。もしかしたら、母親が死んだときと等しいほどに。





 男性用の客間はひとつなので、ガンズーは滞在中、ラダと同室になる。

 とはいえ、夜間はエウレーナを含めた三人で交代しながら休憩となるので、話をする機会はそれほど無いかもしれない。

 荷物をまとめるラダの後ろ姿を見ながら、バシェットのことを聞いてみようかガンズーは迷っていた。


「そういえばガンズーさん。あれから依頼を出したりしていないようですが、街での暮らしには慣れましたかな?」


 不意にラダがこちらを振り向いてそんなことを聞いてきたので、ガンズーは虚を突かれて変な声を出しそうになった。


「あっ? あ、あぁ。それなりにはな。おかげさんで家もすっかり奇麗になってくれたしよ」

「聞いたところによりますと、そのときに仕事をした新人たちがそちらへ通っているとか。冒険者の中には嫉妬する者もおりますよ」

「マジかよ。あいつら言いふらしてんじゃねぇだろな」

「いえ、そんなことはないようです。ただ、耳ざとい者もおりますので。しかし鉄壁のガンズーに師事できるなど、彼らはなんとも恵まれましたな」

「そんな大したこたしてねぇよ。あれこれ教える以前の段階だしよ」

「左様ですか。街を走り回る彼らはちょっとした名物になってきております。どうも妙な因縁をつけられることもあるようですが、自力でどうにかしているようで」

「……聞いてねぇぞ俺」

「余計な心配をさせない師匠思いの弟子ですな。まぁ相手もチンピラ紛いの輩ですので、対人戦の良い練習なのでは」


 詳しすぎない?

 何十人と存在する新人冒険者のうちドートンたちたった三人の動向を、なぜか当事者であるガンズーよりも詳しいとはどういうことだ。

 しかしそこは協会の職員、さらにその中でも諜報に長けた人材である。ラダにとってはそれくらいの情報を集めることは朝飯前なのかもしれない。


 バジェットについて聞くきっかけを掴めないまま、ラダとひとつふたつ世間話をしていると、修道士がやってきた。

 ガンズーより少し年上で、司祭の助手のような仕事をしている男だ。


「ガンズー殿、ラダ殿。そろそろ夕餉の時間でございます。よろしければ一緒に」

「ありゃ、もうそんな時間かい」


 と言ったと同時に、カラーン、と遠くから小さく鐘の音が聞こえる。

 十八時の鐘に窓の外を見やれば、夕日は薄い雲に翳っていて外は薄暗い。もう秋だな、とガンズーは思った。


「参りましょうかガンズーさん」

「そうだな。司祭さんは後から来んのかい?」

「院長とお話がありましたので、すでに先に」


 夕食は昼のメニューから鳥のローストを抜いて、代わりにシチューになったくらいで、それほど変わり映えはなかった。

 ガンズーとエウレーナはやはりさっさと食べ終えてしまって手持無沙汰になったが、ラダは司祭と歓談しながら優雅に楽しんでいた。

 夜には間違いなく腹が減る。少しだが携帯食を持ちこんでおいてよかった。もしかしたらエウレーナにねだられるかもしれないので、こっそり食うことにする。






 さて日が沈んで、本番はこれからである。

 夜間は三人それぞれ交代で休憩をとりつつ、常時ふたりは周囲の警戒にあたるということで決まった。

 何者かが院に近づくとしたら夜に決まっているだろう。そうガンズーは考えていたが、ラダに否定された。


「わざわざわかりやすく夜に来てくれるならば、与し易い相手と思っていいでしょう。あるいは、使い捨ての駒か。なんにせよ本命とは考え難い」

「にしたって放っとけねぇだろ」

「当然です。露払いは必要ですが、それで解決とはなりませんでしょうね」

「しかしラダ殿、しょせんは虹瞳を狙おうとするような手合いであろう。何人か捕まえてしまえば尻尾も出すのでは」

「昼間にもどうやらこちらを伺っている者がおりまして」

「……あんだって?」

「我々は気づかなんだが」

「三つほど向こうの通りでしたので。私が気を向けたらすぐに退散してしまいましたが」

「相当だなそりゃ」

「まさかヴィスク様が発見したのは」

「様子見か、雇われか、そんなところですかね。まぁあれほどの腕はそうそうおりません。少なくとも相手方にひとりは優秀な者がいると見ましょう」

「……もしそいつが夜に来たとしたら?」

「いささか苦労します。向こうの態勢が万全になったと受け取るべきでしょうか」


 ガンズーは今回の件を少し気軽に受け取っていたが、どうやらなかなか厄介な手合いが相手かもしれない。

 少し気合いを入れ直すために、ノノの様子を見に行こうと決めた。

 孤児院の消灯時間は二十一時。それまでは修道女の許可を得なくても出入りしていいと言われている。


 向かってみると、ちょうどそちらから本院へ戻ろうとする司祭と出会った。

 雲のような白いもこもこの髪や髭が顔中を覆っていて、どこからどこまで頭かわからない。帽子の中にはもしかしたら目に見える以上の毛量が収まっている。


「これはガンズー様。何かご用向きですかな」

「ああ、こりゃ司祭さん。いえね、寝る前にちょっくら子供らの様子でも見ておこうかと」

「それは結構でございますね。夜のあいだ、どうぞよろしくお願いします」

「おう、任しといてくださいよ」


 そう言って司祭と別れ、ガンズーは歩を進めた。

 後方から「おや。そういえば今は……」と聞こえてきたが、特に気にはしなかった。






 孤児院の中は灯りが残っているが、とても静かだ。

 ありゃ? と思い広間や寝所も覗いてみるが、子供たちの姿は無い。うろうろとさまよっていると、宿舎へ繋がる扉が開いている。


 集まってなんかやってんのかな。そう考えて何気なくそちらへ進む。進んで、食堂の辺りまで来た時点でようやく気づいた。

 ここは修道女の宿舎。

 護衛を請けおっているとはいえ、おいそれとガンズーのような男が勝手に出入りしていい場所ではない。

 こりゃいかん、と踵を返そう――逃げよう――とした瞬間だった。


 食堂奥の通路からどたばたと走る音が複数。

 通路の入口、隠しの陰から現れたのは、何人かの幼児だった。全裸で濡れ鼠になっている。

 どうやら風呂上がりのようだ。なにが楽しいのかその姿で走り回っていて、よく見ればその中にノノも混じっていた。


「こら! 待ちなさい!」


 続いて奥からそんな言葉が届いて、隠しが翻った。


 フロリカだった。

 亜麻色の髪で気づいた。ただ他の修道女に同じ髪色の者がいないとも限らないので、多分だった。多分フロリカだった。ちょっと自信が無い。


 なぜならいつもの彼女の特徴がそこくらいしかなかったからだ。

 大きめの布くらいしかその手に持っていない。やっぱり身体が濡れている。


「こ――」


 暴れる子供たちを叱りつけようと手を上げたところで、彼女はようやくガンズーに気づいた。

 振り上げた手に布が握られている。

 他にはなにもない。


 フロリカはその姿で固まった。

 ガンズーも固まった。


 辞世の句を考えたがガンズーにはそんな学は無いので、とりあえず、


「でかっ」


 率直な感想を述べるだけで終わった。

 それから、修道服って着やせして見えるんだなぁと感想を持った。

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