鉄壁のガンズー、助っ人
「っちゅーわけで、少しの間よろしく頼むわ」
「それはその……願ってもないことですが」
次の日、ガンズーは協会支部を訪れると、受付に向かって依頼を受けるぞとのたまった。
受付嬢がきょとんとしているうち、横からやってきたボンドビー支部長に引っ張られ、応接室にて正式にミラ・オータウス修道院――そういえばそんな名前だったな――の護衛任務を引き受ける。
改めて聞いてみるが、院を探っている者の正体はまだ掴めていない。
ただ、街の所々で虹瞳の子供について話題になることが多い。どうも意図的に話を聞き出そうとしている輩がいる。
これで怪しい人物でもどこかで目撃されていればいいのだが、そういった情報は出てこない。不審を抱かせない技術でも持っているのか、あるいは金でも渡して抱きこんでいるか。
ヴィスクが見咎めた不審者も行方はようとして知れない。最悪の場合、今も院の周辺にいるかもしれないが、そうそう尻尾を掴ませないだろう。
とにかくパウラ、アスター、そしてノノが狙われていると見て間違いない。ガンズーとボンドビーの見解は一致した。
冒険者からもうひとりと、協会からひとり、腕が立って信頼できる者を寄越すという話だったので、ガンズーはノノを伴い、そのまま一足先に院へ向かった。
修道院の護衛には、泊まりこみになる。
期限は未定。とりあえず数日ほど様子を見て、それからは改めて考える。
子供たちを守りながら、院に近寄る不審者がいるようならできれば捕縛してしまいたい。
来ないようなら、それはそれでいい。むしろガンズーたちがいるとわかれば手を出さないかもしれない。
そのあいだに協会の調査も進んでくれるだろうし――どうせヴィスクの野郎も勝手に調べてんだろうな病み上がりっつっといて、とガンズーは思っている。
ともあれ、ノノにとっては単なるお泊まりだ。あまり長引けば帰りたがるかもしれないので、早めに解決するに越したことはない。
ただガンズーは、トルムたちのことも頭にあった。
彼らが帰ってきて、もしこの子と離れることになれば――あまり積極的に考えたくないが――院の環境に慣れておくことは必要だろう。
あー考えたくない。あー。参ったなぁ。俺ふたりに分裂しねぇかな。
などと思いながら歩き修道院までやって来ると、フロリカに出迎えられ、先ほどの挨拶となった。
「院長さんはどこだい? 他の人らにも顔を合わせてぇんだが」
「はい。こちらへどうぞ。実はちょうど他の冒険者の方もいらっしゃいまして、ガンズー様と同じく護衛ということで」
「ありゃ。俺が最初かと思ってたが」
本院に案内されると、ちょうど聖堂の前でハンネ院長が件の冒険者と話をしているところだった。
というか、見覚えのある後ろ姿である。
「む?」
赤毛が振り返ると、丸っこい顔があらわになる。
騎士冒険者エウレーナ。ヴィスクの嫁さんその一だった。
「なんだ。他に引き受けたってなお前さんか」
「おおガンズー殿。貴殿も来たか。いや、だが――」
エウレーナは言いながらノノを見た。
「見たとおりだ。いっそ連れてきちまおうと思ってな」
「なるほど。確かにその子へも目が向かんとは限らんからな。良い手かもしれん」
「そっちはあれか。旦那に言われでもしたか」
「その通りだ。ヴィスク様はまだ十全には動けんからな。シウィーと共に街を探るつもりでおられる」
やっぱな。ガンズーは思った。
青鱗のヴィスクという人間は負けず嫌いなところがある。わざわざ話を持ってきておいて自分は大人しくしているような手合いではないだろう。
とはいえそうなると――
「お待ちしておりましたガンズー様。貴方様とエウレーナ様、なんとも我々の身には余るほどの待遇で、恐縮しております」
ハンネ院長がニコニコとそう言ってきた。
特級以上の冒険者がふたり。アージ・デッソにおいて最上位に位置する者がふたりも集まって見張りにつく。
いち修道院に対する待遇としては破格だろうと思う。相手がどんな連中かはわからないが、もしかしたら過剰戦力かもしれない。
ちょっかい出されるよりゃ警戒されたほうがいいか。ガンズーはそう納得した。
「どうも院長さん。待ってたって、もう聞いてたのかい? 協会に返事してから真っ直ぐ来たんだがな」
「エウレーナ様から。そちらへヴィスク様がお話をされに行ったので、さほど間を置かず来ていただけるでしょう、と」
「野郎、やっぱわかってて話しに来やがったな……それなら素直にそう言やいいじゃねぇかよ」
半眼を向けてみれば、エウレーナは表情を引き締めたまま目を右上方に寄せている。いたずらがバレた犬のような顔だった。
「まぁいいや。悪いが院長、少しのあいだノノと共々世話んなるぜ」
「こちらこそ、是非とも宜しくお願いいたします。我々のことは気にせず、どうぞアスターさんとパウラさん、そしてノノさんのことをお気にかけください」
「バカ言っちゃいけねぇ。向こうさんがどういうつもりか知らねぇが、他の子も含めてあんたら全員に指一本触れさせねぇよ」
「心強いことです」
それから細かい点をいくらか確認すると、ガンズーはフロリカに案内されて本院の中を進んだ。
本院には司祭と修道士のふたりが住む部屋があり、この院の男手はそれだけだという。客間もあるので、ガンズーはそこに滞在する。
ノノは孤児院のほうで他の子と一緒にいなさいと言うと、彼女はあからさまに不機嫌になった。尖った唇がなかなか引っこまないので、向こうにはパウラがいるぞと言うとようやく納得したようだった。
修道女は七人いて、本院の横に小さな宿舎があり、孤児院と繋がっている。エウレーナはこちらで泊まりこむとのこと。
ちょうど昼食の支度中だったようで、ガンズーはひと通り挨拶を済ませた。てっきりフロリカは修道女たちの中で最年少かと思っていたが、中央教会の修養を終えてすぐの十六になったばかりという修道女もいた。
孤児院に赴くと、もみくちゃにされた。なぜかノノも一緒になってガンズーをバシバシ叩いた。
念のためにイチジクを土産に持ってきていたが、子供達には昼寝が終わってからにしろと言っても聞かないので守るのに苦労した。こっそり一個ずつだけ渡そうとすると、フロリカに怒られた。
孤児院の子供はパウラ、アスターを含めて十四人。下は二歳から上は十一歳。ここにノノが加わるので、十五人の子供の面倒を見ることになる。
こりゃなかなかたいへんな仕事だな、とガンズーは修道女たちを尊敬した。
昼食は食堂に集まる。わざわざ用意してくれたので、ガンズーも共にした。
パウラとアスターはそれが嬉しいようで、子供たちのテーブルから離れてガンズーの元へノノと並んで座りたがった。
修道女に咎められたが、今日だけということで許してもらうことにする。
修道院というくらいだから質素なものかと思っていたが、小ぶりながらも鳥のローストが出てきた。温野菜とスープに、トウモロコシ粉の粥がついている。
そういえば七曜教では鳥肉食が奨励されているとレイスンがいつか言っていた。
七曜教って神の一柱に鳥がいなかったっけか、とガンズーのつたない知識で思い返すが、なんかきっと神の身体をいただくとかそんな感じのことなんだろうと想像しておく。
と思っていたら食前の祈りにやはりそんなような句が出てきた。両手を合わせていただきますをしそうになって、慌てて真似をした。
良い味だったが、ガンズーというか冒険者にはいささか物足りない。最も早く食べ終えて手持無沙汰にしていたのはエウレーナだった。
昼食が終われば六歳以下の子は昼寝をし、それ以上の子は軽く座学を行うのだという。
ノノも寝かせてもらうことにして、ガンズーはその時間を利用して修道院の周囲を回ってみる。
院は位置的にアージ・デッソの北東区画に存在するが、北門に近いので街のほぼ北端にあると言っていい。
住宅街を抜けた先に位置し、近くの建物もほぼ一軒家やアパートメント。比較的富裕層の邸宅が多いように感じる。
ただ、まばらに林を開いた跡なども残っていて、未だ開発地域であると見える。立木がいくらか残っていた。
そういえば院の中の広場も適度に緑が残されている。もしかしたらノノの家周辺の雑木林は、この辺りまで繋がっていたのかもしれない。
裏手に回ってみるとひとつ大きな建物があった。少し覗いてみると、どうやら木工所のようだった。材木がいくらか積まれている。
近場の林は開かれているし、おそらく街から北へ少し行ったところの森から来る木材を扱うのだろう。
ドートンたちに、業者の護衛依頼は新米がやるには手頃であると教えたことを思い出す。
動く人数が多いので害獣や魔物もそうそう襲ってこないし、職人たちは屈強である。最悪の場合は共同戦線を張ればいい。荷物運びを手伝うことも多いが。
ひと通り回ってみて、ガンズーは院の門柱に背を預けて腕を組んだ。
正直なところ、斥候や野伏のたぐいが本気になって隠密しようと思った場合、ガンズーにそれを見つけるのは難しい。それはヴィスクと変わらない。
ガンズーがそういう輩を相手取るときは、だいたい勘頼りだった。多少なり気配を読む技術も持っているし、マナの感知も行使することはできる。が、本職にはどうやっても敵わない。
例えばミークがガンズーを出し抜こうと思えば、おそらく手も足も出ない。触るどころか姿を追うこともできないかもしれない。ただし向こうもこちらに傷ひとつ付けられないだろうが。
こちらから追おうとするのならば、まだ万能型であるエウレーナのほうが適任だろう。
ガンズーがここに居るのは、抑止力の意味合いが大きい。改めて何者かが近寄ってきたとしても、追いかけっこになってしまっては不利だなぁと思った。
そんなふうに考えていると、何者かがやって来た。
真正面から歩いてくるので、賊ではないのはわかる。そういえば協会の職員からも誰か寄越すとボンドビーが言っていた。
それだろうかと思いながら待っていれば、正に協会で見たことがある男だった。
「これはどうも。ガンズーさん」
「まさかあんたかい、協会からの助っ人ってな」
「左様で。助力になるかはわかりませんが」
貴族の家令のような優雅な身振りで礼をとる顎髭の男。
ガンズーが家掃除の依頼を出すときに受付に立っていた男だった。
「まぁ、ただの受付じゃねぇなぁとは思っていたが」
「むしろあちらが臨時でした。担当の者が急病をしまして、私も手空きだったものですから」
「普段はなにしてんだ?」
「おもには連絡員のようなことを」
冒険者協会の連絡員。
優秀な行旅冒険者や斥候役がよく協会にスカウトされるらしい。
ばっちりの人選だった。本職が見張りに加わってくれるならこれほど心強いことはない。
協会からやってきた顎髭の協会職員がハンネ院長と話をしている。ガンズーとエウレーナはその様子を遠目にしていた。
「なるほど、あの方がラダ殿。アージ・デッソにいるとは聞いていたが、まさか協会の職員をやっているとはな」
エウレーナがそんなふうに言うので、ガンズーは改めて顎髭――先ほど、ラダと自己紹介をされたが、名前くらいしか言わなかった――に視線を戻す。
服装こそ協会員がよく来ているジャケットだが、首元の黒いタイといい胸ポケットから覗くハンカチといい白い手袋といい、やはりどこぞの宮廷にでも勤めていそうな風体である。
しかしその中はといえば、ぎっしりと密度の高そうな筋肉が服の下からシルエットを作っている。体躯はそれほど大きくないが、その分しっかりと鍛え上げられているのがよくわかる。
受付も合ってんじゃねぇかな、とガンズーは思った。彼が協会の受付に立っていれば、きっと冒険者たちはもっと品行方正になるだろう。
「知ってんのかい?」
「かつての英雄のひとりだ。『黒蜘蛛のラダ』。西の遺跡群を発見し、各遺跡への進入路を構築した偉大なパーティにおられたとか」
「西の遺跡の……もしかしてそりゃ、『黒鉄の矛』とかいうパーティか」
「おお、ガンズー殿も存じているのではないか。アージ・デッソに残る名の中でも上位に来るであろうな」
「……ひょっとしてよ、そのパーティの奴。あのラダの他にもこの街に何人かいたりすんのか?」
「私が知っている限りでならあとひとりだな。『黒煙のオーリー』。ガンズー殿も知っているのではないか? 三頭の蛇亭の主人だ」
「あー……まぁ、な」
「あとは『黒矛のザンブルムス』が最近、この街に戻ってきたと聞いた。当時から生き残っているのはこの三人のはずだ」
「ふぅん。ふぅん? なぁ、よう、バシェットって名前は知らねぇか? そいつは『黒鉄の矛』のメンバーじゃねぇのか?」
「バシェット……? いや、すまないが聞いたことはない。二つ名は?」
「いや、名前しか知らねぇ。あれで二つ名が無いってこたねぇと思うが」
「そうか。少なくとも私は知らんな」
「うーん……いやすまねぇ、忘れてくれ」
ガンズーは腕を組んで天井を睨んだ。バシェットの姿を思い出す。
あれほど力のありそうな冒険者が二つ名――上級以上になると、冒険者は個人の識別名で仕事の指名を取ることができる。それまでは所詮、一山いくらの日雇いでしかない――を持っていないことはあるまい。名が広まっていないのも不思議だ。
ためしにラダに聞いてみようかとも思った。しかしオーリーのおやっさんの反応を思うと、あまり突っこんだ話を聞くのもはばかられる。
機会があればだな。今は修道院の護衛を優先するべきだ。
ガンズーはそう結論した。




