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鉄壁のガンズーと青鱗のヴィスク

「いやー、話にゃ聞いてたけどさ。改めてガンズーがあんな小さな子と暮らしてるって考えたらすげぇ面白いな」

「なんだお前バカにしに来たのか」

「そんなこと言ったってガンズーだぞお前ガンズー。ガンズーがなんと自分で茶ぁ淹れて客に出してんだぜ。俺きっと明日から『ガンズーの淹れた茶を飲んだ男ヴィスク』って呼ばれるよ」

「おうそりゃいいな。協会に登録してきてやるよ」

「すまん悪かった助けてくれ」


 ヴィスクは茶に少し口をつけると、そのカップの中を見つめてから、改めてずずと啜った。マズイ茶でも想像していたのかもしれない。

 自分の茶も用意して、ガンズーは彼の向かいに座る。


 外ではノノとケーが遊んでいる。扉は開け放しているので、外の様子は見えるままとなっていた。

 ヴィスクがその様子を見ながら、


「……エウレーナから聞いてたけど、ほんっとよかったよなぁ」

「お前ら、案外気にしてたんだな」

「そりゃそうさ。俺は正義の冒険者ヴィスク様だぜ。子供を助けそこねたなんてなっちまったら一生悔やむとこだったさ」

「聞いたこたねぇが。まぁでも、あの依頼に飛びこむくらいだからな」

「正直に言や、そう難しい依頼と思わなかっただけなんだがね。あの魔族、あんたがやったんだって?」

「おかげでこのザマだ」

「このザマはこっちの台詞だっつの見ろよこの腕。しかしねー、やっぱあんたらにゃ敵わねーなー。あー悔し。なぁ、あんたじゃなくて勇者トルムだったらどうなってたかな?」

「どうだろな。ありゃむしろ俺よりトルムのほうが得意な手合いじゃねぇかな」

「ちぇっちぇっ。じゃあ俺にもワンチャンあったか?」

「あったぞ。あの女騎士から聞いてんだろ?」

「エウレーナは話盛るからさぁ。でもまぁ、あんたがそう言ってくれてちょっと救われるよ。あーあ、修行しよ。あ! そうだこの野郎! なんだよ遺跡の攻略手伝ってくれって! めっちゃ面白そうじゃねーか!」

「お、なんだよ乗り気か?」

「いやー行きたいのはやまやまなんだけどなー。まだ俺こんなだしさ。やっぱちょっと力不足な感じがさ。どうしてもってなら考えるけど、トルムと話してみてからにしてくんね?」

「そうかぁ……いやまぁそうだな。勝手に進める話じゃねぇやな。んで、その話しに来ただけか? なんか用事があったんじゃねぇのか?」

「お、そうそう」


 ヴィスクはやおら立ち上がり、懐から取り出したものをガンズーの前に置いた。

 小さな木筒。七曜教の印が入った封がしてある。

 術性定着薬(ポーション)だった。


「あんた入れ物そのまま置いてっちまったろ。ちゃんとあんたの名前で重複が無いように処理してきたから、心配しないでくれ」

「おいおいバカ言ってんじゃねぇ。確か今これ金二十くらいだろ。んなもんあっさり出すんじゃねぇよ」

「鉄壁のガンズー殿」


 テーブルに手をつきだらしなく立っていたヴィスクが急に姿勢を正すので、ガンズーも思わず背筋を伸ばした。


「先立って、我が身ならず妻の身も危ういところ、貴殿の慈心により救われた。心より礼を言う。けして報えるほどの物ではないが、どうか受け取ってほしい。このヴィスク・イースファラ・アドリ、平身して願う」


 ごく自然に、優雅な動作で別人のように振る舞うものだから、ガンズーは威厳すら感じた。

 知らない人だったかもしれない。ガンズーはちょっと不安になった。

 が、


「……平身せぇよ」

「なはは、まぁまぁ。腕吊ってんだから勘弁してくれよ。っちゅーわけでこれで借りは返したってことで。なんせあんた、どこからも報酬もらってねぇんだろ? これくらいバチは当たんねって」


 笑いながらどかりと椅子に座り直すヴィスク。知ってる人だった。

 毒気が抜かれてしまい、ガンズーは困る。この返礼まで断ってしまっては、それこそヴィスクの立場が無い。

 渋々ながら、ガンズーは受け取ることにした。


「お前さん、貴族だったんだな」

「とっくにぶっ潰れた家さ。家名は取り上げられなかったけど、領地なんて残っちゃいない。今の俺は一介の冒険者だよ」

「連れのふたりもか?」

「エウレーナはな。シウィーは違う。つっても、昔から対等に育ってきたから関係ねぇけど」

「ふーん……ていうか、妻っつった?」

「言ったぞ」

「どっちが」

「どっちも」

「……まぁ、貴族だもんなぁ」

「いいだろ」

「うるせぇバカ」


 なはは、と笑いながら茶を飲むヴィスクに、ガンズーはどうにも半眼になってしまう。


 この国では貴族に一夫多妻が――どこぞには一妻多夫を実行している貴族もいるらしいが――認められているし、貴族どころか一定以上の甲斐性がある冒険者や商人も同様にしているらしいが、ガンズーはどうも抵抗がある。


 だって無理だよ絶対に大変だもん。ちょっと想像するだけでも恐ろしく感じてしまう。

 そもそもガンズーはひとりの妻を娶ることすら考えたことも無いし、その機会も無かったのだから言える立場ではない。


「んで本題」


 ぱっと右手を上げて、ヴィスクが顔を引き締める。きっと引き締めようとしたのだと思う。ふんにゃりしているが。


「協会か修道院から聞いてるかい?」

「なにを」

「よし聞いてないな。支部長もしばらく会ってないって言ってたもんなぁ」

「だからなにをだよ。修道院に関係ある話か?」

「院っつーか、パウラちゃんにアスター君だっけ? そのふたりかも怖い怖い怖いあんま睨むなって。すげぇなぁもう。あんたそんな子供好きだったの?」

「いいからとっとと話せこんにゃろう」


 院のふたりに関わる話、それもわざわざヴィスクがガンズーに伝えにくる。どうにもあまり良い話とは思えない。

 ガンズーはどうにも気が逸ってしまい、軽く貧乏ゆすりをしてしまった。


「どうも最近、院の周りを嗅ぎまわっている妙な連中がいるらしくてね。べつになにかしら直接どうこうする、ってわけじゃないんだが」

「何者だ」

「だから顔怖ぇっての。それがさぁ、そんな話を聞いたとある冒険者がちょいと院に足を延ばしてみたわけよ。そしたら怪しい奴がいるわけ。こりゃいきなり大当たりかななんて思ったら、相手さんも素早いのこれが。ちょっとその辺のチンピラとは考えられないんだな」

「……冒険者か?」

「この辺はプロの賊も減ってきたし、そうだろうねぇ。それもそこそこ手練れた奴じゃねーかな。ちなみにその院に向かったって冒険者がなんと俺様だ」

「なに逃がしてんだよ青鱗のヴィスクさんよ」

「しょーがねーだろ病み上がりだぞこっちゃ。もし本職の斥候や野伏ならそりゃ追いつけねって」

「つまり、少なくとも中級、下手すりゃ上級以上の斥候と同等の能力を持っている相手ってことか」

「だいたいそんなとこかなぁ。ベテランが本気で隠形(おんぎょう)したら俺でも捉えられないだろうし、中級くらいだと思うけど。アージ・デッソの斥候冒険者を全員知ってるわけじゃないが、そのクラスってなると多少は限られてくる」

「……そうなると」

「支部長は最近この街に来た冒険者を中心に調べてるよ」


 ガンズーは腕を組んでむっすりと黙る。


 アージ・デッソは冒険者の街。他の街に比べても専業冒険者の数は段違いに多いし、その全てが品行方正とはけして言えない。

 虹の眼はうまく扱えば大変な価値がつく。その虹の眼の子供が今この街には三人もいる。金に目がくらんでよからぬ考えを起こす者もいるだろう。協会や修道院が懸念していたのもそこだ。


 しかし子供たちの顛末を知っていて手を出す者がいるだろうか。ノノもパウラもアスターも、冒険者協会の庇護にあり七曜教会の庇護にあり、そして鉄壁のガンズーの庇護にある。

 自殺行為どころではない。事が露見すれば、冒険者を続けられないどころか、バスコー王国そのものを敵に回すに等しい。


 外から来て、また外へ去る者でもなければ。


 最近になってこの街へやって来た冒険者。

 ガンズーの脳裏に、バジェットの顔が浮かんだ。


 が、頭を振ってその幻影を振り払う。

 彼とは言葉も交わしたことがないが、そんな下らない愚行に手を出すような冒険者とは思えない。勘だ。勘だが、きっと正しいと思う。

 そもそも彼らに限らずこの街へ来る冒険者は多いのだ。ノノたちを救い出してからもうすぐ一か月。何人の冒険者が出入りしたかわかったものではない。


 面倒な話だ。

 そう思って、ふと、前にも面倒な話を聞いたと思い出した。

 修道院の者たちが外から帰る途上、襲われたということがあった。まさかと思うが、繋がっていないとも言い切れない。


「院にゃしばらく見張りをつけようか、なんて話も出てるんだけどさ」


 ヴィスクの言葉で、ガンズーは思考の渦から引き戻された。


「あんまヘタな奴に依頼を出せるようなもんじゃないから、協会も苦労してるみたいだぜ。タンバールモース行きで専属の護衛やってる奴らは、第二火曜が近くないと遺跡から帰ってこねぇらしいし」

「そうか。信用できる手合いとなると、なかなかいねぇからなぁ」

「『雪の篝火(かがりび)』あたりがいればうってつけだったんだがね。あいつら気のいい奴らだったからさ」

「あー……俺ぁあんま詳しくねぇが」


 上級冒険者のパーティ『雪の篝火』。

 ノノたちを虹狩りから救い出すためにヴィスクと組み、結果として全滅してしまった者たち。

 ガンズーは彼らの顔すら知らないでいたが、もしかしたらヴィスクは以前から交流があったのかもしれない。聞こうとは思わなかった。すでに失われた名前だ。


 よし、と言ってヴィスクは勢いよく立ち上がった。


「ま、俺の用件はそんなとこだ。悪かったな忙しいとこに」

「おう。見りゃわかるとおりバリバリに忙しいぞ」

「なはは。次に来るときゃノノちゃんになにか土産でも持ってくるよ。ね?」


 ヴィスクが振り向いてそう言うので、玄関からこそこそとこちらを窺っていたノノはびくっとした。怖がらせんじゃねぇぞこら。

 そのまま彼は外へ向かい、ノノの頭をぽんぽんと撫でる。気軽に触ってんじゃねぇぞこら。


「あ、そうだ」


 ヴィスクは再びガンズーへ向き直ると、


「さっきの『雪の篝火』さ。生き残りがいたの覚えてない? シウィーが気にしててさ。もし見かけたら、そんなふうに伝えてくんないかな。まぁまだアージ・デッソにいるかどうかもわからんけど」


 それだけ言い足して、青鱗のヴィスクは去っていった。


「ケーロケロ」

「もういいだろよ蛙の真似はよ」

「真似じゃないよカエルだよ。キミ、意外と友だちいるんだね。遺跡の子たちだけかと思ってたよ。年の功だね」

「おっさん扱いすんのやめてくんねぇかな」

「しょうがないじゃないか色が白髪の色なんだもの。皴の色にも見えるかな。皴の色ってなんだろう。ほらノインノールと比べてごらんよ酷いねこれはヨボヨボさんだねやめてやめて転がすのはやめてヨボヨボしちゃう」


 両手の間でケーを転がしながら、ガンズーは考える。

 今、自分がやるべきことはなんだろうか。

 このまま静かに待っていればトルムたちが帰ってくる。街の様子が怪しいのであれば、なおさらここでノノを守るべきだろう。


 ガンズーの真似をしてケーを転がし始めた虹瞳の子を見て、思う。

 パウラとアスターは普段どう過ごしているのだろうか。どんな遊びが好きなんだろうか。


「なぁ、ケーよ」

「なんだい? なにか用ならまずノインノールを止めてくれると嬉しいな」

「……少しばかり、この家を留守にするかもしんねぇ」

「おやおや。ノインノールはどうするんだい」

「ノノも一緒だ」

「ふうん」


 ケーは一回転すると姿勢が戻って、ひとつケピと鳴く。


「ノインノールはいろんな経験をするべきだね。いいことだね。ボクが初めて外でお泊まりしたときはひとりで寂しかったからね。ああいうのもいいけど、ノインノールにはちょっと早いね」


 再びころんと転がされながらケーは続けた。


「ボクもついて行こうかな」

「それはダメだ」

「ボク寂しい」

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