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閑話 ひとりたりない勇者パーティ その3

 すん、と音ともいえない響きと、遠く視界の外でも確かに感じる手応え。


 遠くの獲物に矢が通った時のこの感覚を、どう言い表すべきかミークはわからない。

 聞かれても「なんかぐっと来る」としか答えられない。実際にそう答えて、仲間には変な顔をされたものだ。

 だが事実そう感じるのだから仕方がない。そしてその感覚が嘘をついたことも無いし、かといってそれを全面的に信用しているわけでもない。


 硬金(イジャルド)で補強した弓を背に回す。強さよりも携行性を重視したこの弓をミークは気に入っている。威力はそれほど必要ない。通る箇所に矢を当てればいいだけだから。

 素材のおかげで弦の鳴音が小さいのもいい。頑丈なのもいい。いざとなればこれで敵をぶっ叩くこともできる。なにより軽い。艶消しでよく手入れしないとすぐにテラテラ光るのが玉に瑕だが。


 音も無く寄ってみれば、矢は間違いなく蟻の顔面その中央に突き立っていて、倒れ伏す蟻兵は一体。他に気配は感じない。

 ミークが後ろに合図を送ると、残った四人が姿を現した。


「はぐれかな?」


 トルムがそう言うので、適当に答える。


「それかサボりとか? こいつら蟻らしく組織立って動くし」


 蟻の生態にも詳しくなければ、それが大変性(オーガライズ)して知性がどれほどになるのかも詳しくないが、魔獣が変性以前の性質に準拠することは知っている。そしてこの遺跡には蟻の巣のような横穴が複数できているのも知っている。

 遺跡内は剥きだした岩肌も硬ければ金属で補強された壁も硬いし、中にはわざわざ封鉄(アダマンティン)で覆った無駄に豪華な通路まである。

 穴を掘るには向かない場所だと思うのだが、魔獣たちはここのなにが気に入っているのだろう。


「核石はどうします?」

「持って帰るならともかく、虫型のは使い回しに向かないでしょ。パスパス」


 蟻兵の死骸を見下ろしてレイスンとセノアがそんなことを言うので、ミークはちょっと勿体ない気になってしまう。

 ここまで来るのにずいぶんと魔獣を狩ったが、核石を採るのは巨化蛙からばかりで蟻のものは見逃している。かさばるし時間もかかるから仕方ないのだが、もしすべて回収していればひと財産だ。

 すでに十財産くらい貯えた我がパーティとはいえ、稼げる時は稼ぎたいなぁと思ってしまうのは性格だろう。


「さてやっとここまでか。この先だったよね、あの部屋」


 トルムの言うとおり、このまま進めばほどなく転移装置のある部屋に辿り着く。

 前回よりかなり時間がかかってしまった。体力や糧食を考えると、帰還不能点が近い。きっと、今回だけで深層の攻略は無理だろう。


 くそー。ミークは思った。

 五人でさっくり攻略して、ガンズーに吠え面をかかせたかった。やーいやーいと言ってやりたかった。

 しかしそのガンズーが居ないために、攻略はひどく難しいものになってしまっている。おのれー、とミークは思った。

 そして、心配してるかなぁとも思った。


 ガンズーという男は基本的に適当で大雑把で後先考えないデリカシー無し野郎であるが、こと洞察力や戦力分析といった冒険者としての勘はとても鋭い。すてぇたすとかいうのはよくわからないが。


 彼がこの遺跡を五人でも対応できると言ったのだから、きっとその見込みはあるのだと思えるが、それにしたって難しいものは難しい。

 この困難の原因だって思わぬ出来事だったのだ。また思いもよらないなにかが起こらないとも限らない。

 ガンズーだってきっとそれはわかっている。あの男のこと、今ごろは頭も冷えたろうし、後悔しながらやきもきしているかもしれないのだ。


「深層に入ったら、とにかく無理はしないこと。今回で攻略はできないと思って進もう。行ける範囲で探索を進めて、できれば橋頭堡(きょうとうほ)になるような安全な場所を見つけられれば御の字。こんな方針で」

「異議なーし。無理せずさっさと帰ろー」

「セノアさんもう少しやる気を。さすがに可能な限りは進みたいですし」

「やる気まんっまんよわたしゃー。もうやる気に溢れすぎて疲れてきた帰る」

「不完全燃焼で毒っ気が出ちゃってるね」

「まぁアノリティさんが好調ですし放っておきますか……ミークさん? どうかしましたか?」


 トルムたちが取り留めのない会話をしているあいだ、ミークは別のことに気を取られていた。

 けしてガンズーのことではない。


 ……ぉんぉんぉんぉんふぉんふぉんふぉんふぉん


 転移装置部屋に近づくにつれ聞こえる奇妙な音。

 正体はわからないが、これに近い音は聞いたことがある。別の遺跡の、まさにその深層で聞いた。


「……アノリティ」

「レーダーに感あり。皆さまご注意ください」


 ミークの感知にうまく引っかからず、アノリティには知覚できる相手。


 片手を上げて皆を制止すると、ミークは静かに前方へと身を滑らせた。

 音は出ない。足の運びも見る者にはきっと映らない。できることならば、空気すら動かさないまでにしたいと願っているが、まだそこまでは叶わない。


 揺らいだ炎で踊る影かのように進むと、転移部屋がギリギリ視認できる位置でミークは止まる。

 部屋までの通路は曲がり角の先も緩やかにカーブしている。首を伸ばして、部屋の入口を視界に収めた。


「……なにあれ」


 部屋の中になにかがいる。のだが、そのなにかが本当になんなのか不明だった。


 鉄板なんだか鉄箱なんだかが四つほど、縦横に積んで置いてあるようにしか見えない。だがその中央に光る玉があって、先ほどの音に合わせて明滅している。そして下部には申し訳程度に車輪がくっついていた。


 他の遺跡深層でも遭遇した、機械人形(マシン・ゴーレム)のたぐいだろうとはわかる。独特の鳴音やその質感から間違いないとは思う。

 が、あんな奇妙な形状のものは見たことが無い。


 通路の少し先の辺りに、なにかが焦げたような跡が落ちていて、少し嫌な予感がする。

 とりあえず、向こうに見つかっているのかいないのか、どうこうしてくる気配は無かったので皆を呼んだ。


「なにあれ。箱?」

「中心の光球のせいで眼のようにも見えますね……」

「あんなの前はいなかったよね。アノリティ?」

「キューピーオー・ディーエス02型の自己改修機のようです。前回の装置起動で深層にエマージェンシーがかかったものと考えられます」

「えーと、つまり……つまり?」

「深層から送られた防衛用の機械人形……というところでしょうか」

「ちょっとやめてよ~。通るだけなら楽だと思ったのに」


 今のところ鳴っているだけで静かなものだが、あの球体が正面顔だとすれば、ばっちりこちらを見張っていることになる。

 そして、見つかったらどうなるのか予測がつかない。


 もしかしたら自分の理解できない答えが来るかもしれないが、ミークはアノリティに確認してみた。


「ねぇアノリティ、あいつってなにしてくるとかある?」

「従来のディーエス02型であれば武装は径十二機関銃のみですが、あの個体はオーエス03型の鏡面砲口を搭載しておりますので、それに準じた武装をしているかと」

「うん。うーん? よくわかんない」


 機関銃というとアノリティもやる小さな鉄塊を飛ばしまくるやつだ。あれだってアノリティ自身やガンズーでもないと十分な脅威である。

 それに加えてもっと危ない攻撃があると考えるべきなようだ。通路の焦げが気になる。


 やはり思いもよらない事態は起こった。あの邪魔をどうにかしないと深層にすら入れない。


「どうしよっか」

「どうするもこうするも……戦うしかないかなぁ」

「位置がよろしくありませんね。真正面から近づかないといけません」

「いいじゃん向こうだって丸見えなんだから」


 セノアはそう言うと、杖を構えた。


「あいつら雷が通りやすかったからね。一発で仕留められればいいけど」

「届くの?」

「集中すれば多分ね。開け(エーン・)天の檻(セー・ユード)走れ雷霊(ルー・スリト)……」


 目を閉じて前唱を諳んじたセノアは、そのまましばらく沈黙した。杖の先に紫電がちりちりと光る。

 目を開き、彼女は曲がり角の先へ身を乗り出す。先へ杖をかざして、


「【雷咆(スー・カーン)】!」


 一閃。機械人形へ向けて電光が迸る。

 帯を引くように走った雷は、狙い違わず人形――人形とは言い難い形状ではあるが――の鉄身に直撃する。


 ばちちん、と小気味いい音を発して、雷電は霧散した。


「ありゃ?」


 機械人形はなにごともなかったように佇んでいる。痛痒も――感じるものなのか知らないが――無さそうだ。

 が、中心の球体がひとつ大きく光ったように思えた。


 ――ふぉんふぉんふぉんふぉんひゅんひゅんひゅんひゅん!


 なんかヤバい。


「セノア下がって!」


 杖を握ってぼっ立ちしていたセノアを引っ張って、倒れるように後ろへ下がる。

 次の瞬間。


 ジ


 はっきり聞こえたのはそれくらいで、後はバリバリというかギャリギャリというかゴーゴーというか、とにかくなにか強い力が通路の壁をこすりまくるようなそんな音が滅茶苦茶に響いた。

 目の前が真っ白に染まる。


 衝撃はほんの一瞬だったようだが、閃光が消え去ったときには周囲の空気がほんのり熱をもっていて、通路の床からは煙が上がっていた。


「せ、セノア、無事?」

「無事だけど……マジかい」

「なに今の」

「雷術……に、近かったと思われますが……」

「オーエス03型の電子砲と同じものですが、出力が高く設定されているようです。ですが代行砲塔の制御が安定しておりません。射程が短くなっております」


 アノリティがなにやら解説してくれているのだが、あまり良い情報とは言えなかった。いくら射程が短かろうが、この通路では意味が無い。


「……どうすんのこれ」

「ねぇ、さっき私の攻撃届いてたよね」

「雷術のようなものを撃つわけですから耐電性も備えていると考えるか……下手をすればあの身体、月銀(ミスリル)ですかね」

「なるほど月銀なら納得……あれ全身が?」

「いやさすがにそれは――ちょっと自信がありませんが。もしそうならこの遺跡の価値はとんでもないことになりますね」

「その前に私たちが消し炭になる心配をしなさいよ。あれどうにかしないと深層がどうこう以前の話よ」

「下手にちょっかい出したらまたビーッだよ。ずっとこっち見てるもん」

「うーん困ったな。真正面から突っこむにはちょっと凄い威力だったし。レイスンあれ防げそう?」

「あまりお勧めはしません。少なくとも私は動けなくなりますし、精々もって数秒ですかね。連発でもされたらそこでお終いです」

「連発……ねぇアノリティ、あれってずっと撃てるの?」

「オーエス03型であればチャージに要する時間は一秒未満です。ですが先ほどの出力と型違いであることを考慮しますと、五秒ほどは見てよろしいかと」


 ということで、先鋒はいつも通りミークとなった。

 これで砲弾でも飛んでくるのならガンズーの仕事だったかもしれないが、今回ばかりは彼がいてもいなくても変わらなかったなとミークは思った。

 曲がり角から身を乗り出す。


 ――ひゅんひゅんひゅんひゅん!


 先ほどと同様、焦燥感を煽るような音を響かせる機械人形。跳んで壁の陰に隠れると、鼻先で閃光と轟音が弾ける。


 これが消えた瞬間が合図である。

 通路はおおよそ百歩に満たない長さ。制限時間は約五秒。

 ミークにとって、なんら難しいことではない。


 閃光がおさまり、通路の床がじりりと熱の残滓を残し、そしてミークは通路の先へ落ちるように駆け出した。


 一秒。機械人形は閃光を撃たない。わずかな鳴動が聞こえる。

 二秒。やはり撃たない。すでに通路の半分を過ぎた。

 三秒。撃たない。鳴動ははっきり聞こえるが、変化は無い。

 四秒。もはや部屋の入口も機械人形も目の前。そして――


 がしゃっ、と大袈裟な駆動音と共に、機械人形の箱が積み重なったような腹部――真ん中辺りだし腹、かなぁ――が開いた。筒のようなものが並んでいる。

 あれはアノリティが背中から出したり他の機械人形が抱えているものだ。

 銃口である。


「うそーっ!」


 並んだ銃口から弾丸がばらまかれる直前、どうにか部屋の中に転がりこんだミークは、そのまま倒れるように方向転換し、円形の部屋の壁に沿って走る。

 その後ろを鉄塊が硬い壁を叩きまくる衝撃が追う。

 機械人形はミークを追うように回転し、致命的な威力の攻撃を放ち続けていた。これこそガンズーが盾をやるべき場面である。


「わーん、ばかー!」


 トルムたちが到着するまでに部屋を十週したミークは、ここには居ない盾役に向かって――結果は変わらなかったことなど知ったことじゃない――届きもしない罵倒を叫んだ。





 一方そのころガンズーは、爪切りに大変な緊張をしながら、どこぞの斥候みたいな器用さが欲しいなぁと思っていた。

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