表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/122

鉄壁のガンズーと弟子

 一夜明け早朝、さて冒険者のなんやかやってなにを教えりゃいいんだろ、などと考えていると、家の外からなにかどたばた聞こえた。

 テーブルに肘を突きぼーっと成り行きを待つと、そのどたばたが近づいてくる。


 窓の外をぽいんと、毬のようなものが跳ねて通り過ぎた。ケーだった。


 その後を、デイティスが待て待てーなどと言いながら行き過ぎる。

 ちょっと間を置いて、ダニエも通った。一瞬こちらに頭を下げた。


 元気だなぁ。ガンズーは思った。


「お師さん! 蛙! でえっけぇ蛙が! 魔獣っすよあれ絶対! 魔獣!」


 最後にドートンが窓の外から身を乗り出して、そう言った。






 ケーはどうにか逃げ切ったようだ。

 ガンズーはちょっぴり残念な気もしたが、ノノの友達が新人連中の経験値になるのも言い訳に困るなと思い、あれはウチのペットだから追うなと三兄弟に言った。


「ていうか、早ぇんだよお前ら。ノノまだ寝てんだから静かにしろ」

「すいませんお師さん!」

「静かにっつってんだろがよ」


 姿勢を正して元気よく答えるドートンに半眼で告げる。

 家の前に三兄弟が並んでいる。男ふたりは朝も早よからやる気満々といった風情だが、長姉は一歩下がって欠伸をしていた。

 ガンズーは、まだ朝飯も食ってなかったので、いったん追い返そうかと考えた。


「とりあえずあれだ。お前ら、次からはもっとゆっくり来い。昼を過ぎたくれぇならだいたい居るから」

「じゃあ明日はそれくらいでいいっすか?」

「毎日来る気かてめぇは勘弁しろ。せめて週一くらいにしてくれ。今日は……土曜か。まぁ土曜なら依頼もそこまで多くねぇだろ。それでいいな」

「わかったっす。じゃあ来週はまたこの時間に」

「昼だっつってんだろーが聞けよおめーはよ。ちゃんと協会は寄れ」

「えぇ!? お師さんのとこ来んのになんで協会行くんすか!?」

「冒険者だろがお前は。来んなとは言わねーけど、ちゃんとその日の依頼は確認しろ。そんでうまい仕事があったらそっちを優先しろ。新人の内はとにかく仕事して経験つむのが一番の修行だ」

「おおぉ! なるほど! 早速冒険者としてのご教示ありがっざっす! 覚えたかデイティス!」

「うん兄ちゃん!」


 なんだろうこの気合の入りようは。若い子は元気だね、とガンズーは自分が一気に老けこんだような錯覚に陥った。

 目をキラキラさせて次の言葉を待つ兄弟の横から、ダニエがすすすと近寄ってきた。


「ご迷惑かと思いましたので、こちら朝ご飯にでもしていただければ」


 と差し出してきたのは、パンがいくつか入った袋。


「あぁ? おめーあんま変な気ぃ使うなよわざわざこんな、うお、白パンまでありやがる。稼ぎは大切にしろよお前よ」

「あ、いえ。実はちょっと余裕ができましたので。まぁそのせいでふたりもこんな朝っぱらからこちらに来ると言い出しちゃったんですけど」

「余裕っつったって……あぁ、あれか? こないだの騒ぎで謝礼でも出たか?」

「ちょっとびっくりするくらいよくしていただきました」


 ガンズーは袋を片手に少し悩んだ。

 べつに対価を取るつもりで彼らの面倒を見ようと思ったわけではない。ただちょっと留守番がいてくれたら嬉しいなと考えただけだ。

 ただ、朝飯をどうしようかなと思っていたことも事実。作れるようになったからといって、ミルク粥が連続するのもいささか辟易する。


 まぁ、これくらいの差し入れはいいだろう。うん。


「そんじゃあ、まぁ……ありがたくいただくぜ。ノノと食うよ」

「はい是非」


 そそくさと下がると、ダニエはデイティスの耳元で囁く。


「ガンズー様これで断れないからね。ノウハウとか裏技とかガンガン聞くんだよ。身体鍛えるのは適当にドートンにやらせときゃいいから」


 聞こえてんぞ。弟がなんてことをって顔してんじゃねぇか。

 気にしないことにしてガンズーは話題を変えた。


「……ところでお前ら、試用の最終日はどうだった?」

「はい、えっと、ゴミ集積所近くの害獣駆除でした。って言っても、野犬が数匹くらいでしたけど」


 デイティスがそう答えたので、問題は無かったようだ。


 冒険者の試用期間では、最終日にほぼ必ず郊外作業を用意される。依頼が無い場合はわざわざ協会が用意する。

 街の外で活動できない冒険者はいないからだ。逆に言えば、それができなければ冒険者にはなれない。


「丁度いいのでよかったじゃねぇか。たまに小躯(ゴブリン)の群れにぶち当たっちまう運のねぇ新人もいるからな。とりあえず、実戦はこなせたわけだ」

「余裕っした! まぁ俺ら、黒狼からも生き残ったくらいっすし!」

「死にかけたくせに調子乗んなアホ。ただまぁ、確かに経験としちゃ悪くなかったかもな。ただの犬なら弱く感じたろ」

「そうですね。あんまり苦労しませんでした。あ、村にいたころに狩りも少しやってたんで、そのおかげもあるかもです」

「デイティスは十のころから狩りに連れて行ってもらってるんです天才なんです」

「姉ちゃんそれは今いいから。姉ちゃんも兄ちゃんも同じだし」

「親父がそうさせてたんで、基礎ができてたのかもしんないっすね」

「そうだろそうだろ。まぁ大抵そういう新人は早死にするから気ぃつけろよ」


 ガンズーが何気なくそう言うと、三兄弟はぐっと言葉を飲んだ。


 三人は体格も良いし、村の暮らしでそこそこ身体もできているし、狩りもしていたなら多少の経験もあるだろう。

 そういう、ちょっとだけ周りより慣れている、というのが一番危ない。

 自分の力量を見誤り、気づいた時には格下の相手に背後を許し、なんということもない事故で死ぬ。


 ガンズー自身がそうだった。傭兵暮らしですっかり強い気になっていたが、ネズミに足を噛まれただけで死にかけたことがある。ステータスを体力偏重にし始めたのもそのころからだったと思う。

 冒険者なんて稼業は、臆病なくらいでいいのだ。慎重であることが一番の才能だろう。

 なんの経験も無かった浮浪児が、慎重というだけで冒険者として大成した話もある。


 いい感じに緊張してくれたようなので、これはいい機会と思いガンズーはデイティスをじっと見た。


『 れべる  : 1/50


  ちから  :   8

  たいりょく:   8

  わざ   :   5

  はやさ  :   7

  ちりょく :   13

  せいしん :   11 』


 お、知力が高ぇ。ガンズーは思った。

 魔術を学んだことは無いようだが、この段階でこの数値であればとても伸びが期待できる。

 体格のおかげか力も体力もそれなりにあるし、先日のエウレーナのような魔術戦士といった方向を目指せるかもしれない。

 というか全体的に優秀だ。ダニエの天才という言葉もあながち嘘ではないかもしれない。


 次にガンズーは隣のダニエを見た。


『 れべる  : 1/50


  ちから  :   6

  たいりょく:   7

  わざ   :   12

  はやさ  :   11

  ちりょく :   8

  せいしん :   5 』


 分かりやすくていいな。ガンズーは思った。

 斥候のたぐいをやるのにうってつけの数値をしている。もし放っておいたとしてもその才を伸ばしていくだろう。

 技術さえ覚えてしまえばそのまま完成にもっていけると思える。

 性格も向いている気がする。ブラコンは置いておいて。


 そしてドートンだが――


『 れべる  : 1/50


  ちから  :   8

  たいりょく:   9

  わざ   :   8

  はやさ  :   8

  ちりょく :   8

  せいしん :   8 』


 平った! なにこれ平たい!


 ここまで平たいステータスはちょっとなかなかお目にかかれない。誰でも大抵の場合、どこかしら得手不得手があるものだ。

 才覚のある者があえてその才とは反対の道へ進んだ結果、平たいステータスになることはあるかもしれないが、最初でこれは。

 やはり体格からだろう、ほんのり膨らんだ体力がいっそ邪魔臭い。


 だが、よーく考えてからガンズーは、


(どれも低い、わけじゃあねぇんだよな……)


 これがもっと低い水準で平たければ困ったものだったが、ひとつひとつを思うと十分な数値ではある。けして悪くはない。

 ただ、ならばこいつの方針はどうすると考えると――とても悩む。


「ど、どしたんすかお師さん?」


 そのドートンが、頭を抱えてしまったガンズーに声を上げた。

 お前が平たいから悩んでる、と言っても彼らには理解できないだろうし、物理的に尖ろうとされても困る。


 気を取り直してガンズーは、川原から手のひらに乗る程度の大きさの石を拾ってきた。表面が滑らかで白い。おあつらえな代物だった。


「お前ら、体力には自信あるんだよな?」

「そっすねー。農作業もやってたっすし」

「でも黒狼から逃げてるとき、けっこう大変だったろ」

「あのときはそりゃまぁ。俺なんか腕ひっかかれましたし」

「私たちも必死でした……とにかく街の門まで走れればって」

「僕、あのあとちょっと吐きました」

「んだろ。体力はあったほうがいいんだ。とにもかくにもな」


 拾った石に木炭で丸印を描く。小さな麻袋に入れてその袋にも印を描く。それから、アージェ川の向こう岸に放り投げた。

 ノノの家の横を流れるアージェ川は、ざっくり三十歩分ほどの幅がある。そして向かい側は田園地帯で、近くに人の気配は無い。

 向こうへ行くには、街中の橋へぐるりと回る必要がある。ここからだと、歩いたら一時間以上はかかる。


 本日、彼らにさせるのは基礎体力作り。

 冒険者は体力勝負である。一にも二にも体力。三も四も体力だし五も体力ならもはやすべて体力である。最初にやらせるならこれしかない。

 さっき思いついただけだが。


「描いた絵は見たな? あれ拾ってこい。可能な限りのちょっぱやでな」

「え? それだけっすか?」

「違うよ兄ちゃん、きっとなにかテストされてるんだよ」

「ダメよデイティス。こういうのは変な条件が増えないうちに黙ってささっと済ますの」

「拾ってきたときに平気にしてるようなら、気合い入れて戦闘訓練してやるし、トルムたちの話もしてやる」


 そう言うと、ドートンもデイティスも歓声を上げて走り出した。

 ダニエは少し悩んだようで――正直、ガンズーは彼女が参加しなくてもべつにかまわないと思っていた――彼らとこちらに視線を行き来させたが、結局は追いかけていった。


「さて」


 腕組みをして彼らを見送り、ガンズーは背筋を伸ばした。






 パンが手に入ったので、簡単な葉菜のスープだけ温めていると、寝室の扉がひらきノノが起きてきた。


「起きたかノノ。おはようさん」

「おあよ」

「ダニエ姉ちゃんがパンくれたぞ。あとでお礼を言えな」


 と言ってみるが、彼女はぼんやりした顔をしている。ダニエというのが誰かわからなかったのかもしれない。いちおう、あとで教えてあげよう。


 ノノと共にパンを齧っていると、


「お師さん、取ってきました! 楽勝っすよ!」

「兄ちゃんズルい! 僕が先に見つけたのに!」


 窓からドートンが麻袋を手に身を乗り出し、遅れてデイティスとダニエが顔を覗かす。

 予想より早かったなと思いながら、麻袋を受け取り中を確認した。


「おいおい、これじゃあねぇぞ」

「へ?」

「見てみ」


 中の石を取り出して見せる。描かれていたのは三角印だった。


「あ、あ、あれ?」

「姉ちゃん、他に袋に入った石なんてあった?」

「無かったよ絶対。落ちたとこも見てたんだから」

「もっかい探してこい」

「いや、あれ? でもこれ、あれ? お師さん?」

「ほれ行け。昼までに見つけられんかったら村に帰すぞ」


 姉弟たちが走り去っていくと、ガンズーは最後のパンのひと欠けを口に放りこんでから、外に出た。






「こ、今度こそ見つけたっすよ!」

「だから違ぇって」


 中の石は四角印だった。






「ま、まだありました、こ、これですよね」

「惜しいなぁ」


 中の石は渦巻印だった。






「あ、あ、あの、中身、変わ、ってるんで、すけど」

「お、ダニエはやっぱ中見るようになったか。でもダメだちゃんと探せ」


 中の石は星印だった。






「…………」

「こら。石も袋も違うじゃねぇか。ズルすんなバカ野郎」


 中の石は丸印だったが石の形が違ったし、袋も大きかった。






 川の向こうに三人がへろへろと現れて、なかば倒れるように周囲を探し始めた。

 ほどなく石の入った麻袋を見つけたようだが、中身を確認すると寄り集まってしばらくなにごとか相談しているらしい。こちらを見た。


 その様子を眺めていたガンズーは、見えるようにわざとらしく頭を横へ傾ける。

 三人は再び街のほうへ走り出す。が、足取りはもはや牛歩に近い。


 残念ながら彼らがこれから持ってくる袋の中身はバツ印である。

 だがそろそろ次の印が思いつかない。


 昼も近いし、このへんで勘弁してやるか、とガンズーは決めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] まあ冒険者で一番最初に必要なのは丸一日行軍しても大丈夫な足腰、更にその状態から丸一日逃げて倒れない体力って言われたら事実だろうなあと思いつつ。 ゴブリンを相手にするにしても行軍で疲れて、戦…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ