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鉄壁のガンズーと女騎士

「襲われただぁ?」


 ノノが孤児院の子たちと遊ぶのを遠目に、ガンズーは素っ頓狂な声を上げた。


 修道院内の広場は端に木製のベンチがふたつほど並んでおり、日当たりがいい。子供たちの様子を見ながらのんびりするには絶好の場所だ。

 ガンズーはそこで、ボンドビー支部長、ハンネ院長と共に座っていた。


 蛙の粘液粥を平らげた翌日、パウラとアスターに約束したことを思い出し、ガンズーはノノを伴い修道院へ向かった。

 干し杏をひと袋ほど買い、午前中の空き時間と聞いていたころに伺うと、なぜかそこにはボンドビーもいた。


 ガンズーの耳にも入れたい話があるからちょうどいいなどと言うので、少し待ってもらい、孤児院の子たちにもみくちゃにされながらひととおり遊び、ようやく解放されたところで聞かされたのは――


「その辺の野良魔獣でもなく人間にか?」

「人間にです」

「街道強盗かなんかじゃねぇのか?」

「それがなんとも言い難いところで……たしかに見た限りの風体は盗賊のたぐいと思えたのですが、かなりの人数が弩を携えていまして。強盗団がそこまで装備を整えられるものでしょうか」

「護衛につけた者にも確認いたしましたが、弩に限らずずいぶんと良い武装をしておったようです。中には斑鋼(ダマスカス)の剣を持った者もいたそうで」

「それ売りゃ強盗なんざしねぇで済むわな。どこぞの傭兵団が流れてきたとかって話はねぇか?」

「調べさせておりますが、今のところ私の耳には入ってきませんな。ここしばらくはどの国も情勢が落ち着いていますから、無いとは言い切れませんが」

「……まぁ、魔物も大人しいからな今は」

「そうです。ガンズー殿たちのおかげですな」

「近年はボンドビー様たち協会の尽力で、アージ・デッソ周辺の賊は少なくなりました。あれほど大所帯の強盗団がいたならば、我々街の者にも話は聞こえていておかしくありません」

「そういや盗賊退治の依頼もけっこうあったなここ」

「恥ずかしい話ですが、そちらに走る者も多い街です。まぁ、街の外まで落ちるような輩は余程ですが。大抵は、街中でコソ泥まがいにしかなりません」

「なんとも痛ましい話です。この院には、そうした末に親を失った子供もいるのです」

「うーん」


 腕を組んで天を仰ぐ。

 空は明るいが、雲が多く太陽の姿は見えない。雨にならなきゃいいなとガンズーは思った。


 子供たちの輪からパウラが離れ、ちょこちょことこちらに寄ってきた。


「ガンズー、杏もうないの?」

「なんだ食い足りなかったか? 次はもっと多めに用意しねぇとな」

「パウラさん。あまりおねだりしてはいけませんよ」

「はーい」


 ハンネに言われ、少し不満そうにパウラはその虹の眼を遠くへそらす。

 他の子に呼ばれると彼女はまた輪の中へ戻っていった。


「……あれだよなぁ」

「パウラ嬢とアスター少年が狙いと見るのが自然でしょうな」

「恐れていたことですが。金神(オルデーレ)よ彼らをお守りください」


 ハンネが軍神の名を呟きながら祈るのを横目に、子供たちの姿を追っていくとその中にアスターもいた。

 転げてしまった年下の子を助け起こしている。魔物から救い出したときも思ったが、優しいやっちゃなぁと感動する。

 ボンドビーへ向き直り、


「そっちの被害は?」

「何人か手傷は負いましたが、軽微です。子供たちにも教会の方々にもケガが無かったのは幸いでしたな。まぁ、今回から護衛の人数も増やしましたので」

「大正解だったわけか……魔族は関わってると思うか?」

「最終的にはそこへ行きつくかもしれませんが、今回はどうでしょうか。虹瞳の子を保護した話自体はすっかり出回っておりますからな。近隣によからぬ考えを起こした者がいないとも限りません」

「逆に言えば賊であって助かったとも思えます。魔族などに襲われてしまえば、護衛の方々や私どもだけで対処できたかどうか。来月は少し考えねばなりませんね」

「タンバールモースとは大して離れてねぇだろ? 向こうにゃ神殿騎士だっているんだ、さすがに魔族なんて出張ってくりゃ気づくだろうさ」

「こちらにはガンズー殿もおられますし」

「頼もしいことです」

「いやまぁ……あんま当てにしすぎねぇでくれよ? 俺の身はひとつだぜ」


 眺める先で、ノノがこけた。

 思わずガンズーは腰を浮かすが、彼女は泣いたりしない。アスターに助け起こしてもらい、また走りだした。

 中腰になった身に、ちょび髭と院長の視線が刺さる。


 この身はひとつだ。ノノを見ていなければならない。だがパウラとアスターのことも心配だった。

 面倒なことにならなきゃいいがなぁ、とガンズーは思った。





 昼食の時間となったので、ガンズーはまた来る約束を入念に交わされた上で院を後にした。ノノを連れて、昼飯のことを考える。


 三頭の蛇亭には、今日は来るなと言われている。狩りへ行った次の日は、仕込みに集中するのだそうだ。二日続けてベニーがひとりで回すため、なるべく泊まり客以外は少ないほうがよいらしい。道楽商売である。

 山羊のひげ亭に行ってもよかったが、中央広場にまで来るとノノの目が屋台の並びへ向いた。


「今日はこの辺で食うかノノ」


 彼女がぶんぶんと頭を縦に振るのでそう決まった。

 とりあえず串餅と、あとは鳥肉と野菜の串にでもしようか、と考えまずは先に肉にしようと屋台へ向かう。


 ぶつ切りにされた鳥肉はごろごろと大ぶりで、ひと串でもなかなか食い応えがありそうだった。一本大銅貨2枚。

 とりあえず四本買って、ノノに多いようなら残りは自分が食べようと代金を店主に渡しかけたところ、横から小銀貨が一枚差し出された。


「あん?」

「こちらに四串。私にひと串だ」


 見れば、美麗な胸当てを着込んだ赤髪の女だった。腰に細剣を下げている。

 戦士か騎士かといった出で立ちをしているが、目尻は垂れ気味で顔も丸っこい。服が違えば田舎の村娘のようだった。


 ガンズーは、この女に見覚えがある。


「お前――」

「ここの串はうまい。もし足りないようなら私が出そう」

「いやそれよりお前よ、身体もういいのか?」


 串を受け取りながら、ガンズーが聞く。

 同様に串をとった女は、姿勢を正すと鷹揚に言った。


「鉄壁のガンズー。此度の助力、誠に感謝いたす。このエウレーナ・アドリ、貴殿への恩を生涯忘れぬ。私にできることあらば、どうかなんでも言ってほしい」


 女――ウークヘイグンから瀕死の重傷を負わされた特級冒険者エウレーナは、深く頭を下げる。


 ガンズーはノノと顔を見合わせてから、


「あぁ、まぁ……とりあえず、座って食おうぜ」


 串を手に持ったまま礼をとる間抜けな姿のエウレーナに言った。






「んじゃなんだ。結局お前が一番先に回復したのか」

「あぁ。貴殿が術性定着薬(ポーション)を使ってくれたおかげだ。あれと、早くに魔療師にかかれたのがよかった。結果的には、私が最も早く復調してしまったな。ヴィスク様もシウィーもまだ入院中だ」

「つったって結構ぱっくりいってたがなぁ」

「勿論、ベッドを出られただけでまだ仕事を始められるような状態ではない。傷を見るたびにうんざりするよ。湯浴みもひと苦労だ。今はまぁ、ヴィスク様の元へ行ったり街をぶらついたりして養生している」


 鳥肉のひと塊を口の中へ詰めこんで、エウレーナは脇腹をぽんぽんと叩いた。

 内臓まで達するような傷だったはずだが、彼女だって特級冒険者にまで辿り着いた者のひとりだ。相応に生命力も高い。というか、そうでもなければきっとあの一撃で即死していてもおかしくない。


 ま、肉は傷の治りに良いからな、とガンズーは思いながら同じく肉を齧る。


 ふと見ると、ノノが串をじっと睨みつけていた。肉をひとつ平らげ、ピーマンが上に来ている。


「ありゃノノお前、ピーマン苦手か」

「からい」


 ここで言うピーマンは、どちらかといえばシシトウに近い。といってもほぼ味はピーマンだが、時々辛いものが混じる。


「あー、当たりだったかぁ。ほれ、俺のと交換してやる」

「ん」


 ガンズーは彼女の串をとると、自分の玉ねぎと茸が刺さった串と交換した。

 緑の野菜をしゃくると、口に鮮烈な刺激が走る。これはたしかに子供の口には大変だ。

 エウレーナはその様子を眺めていた。


「その子が……あの中にいた」

「おう、そうそう。ノノ、このお姉ちゃんわかるか?」

「……わかんない」

「無理もない。あの場は大乱戦だったからな。他にもいたはずだが――」

「あとのふたりも元気だぜ。さっき会ってきたとこだ。今は院で預かってもらってる。親元探してんのは聞いてるか?」

「ああ、支部長に聞いている。しかし無事に助け出せてなによりだな。我々も報われるというもの」

「あぁ、そういやぁな、お前らがやられた相手」

「む」


 ウークヘイグンについては、彼女はまだ聞いていなかったらしい。

 エウレーナは表情を固くする。のだが、どうも元々の顔つきが柔らかいので締まりがない。

 騎士のような振る舞いをしてくるものの、農家の奥さんでも相手にしているような気になってしまう。失礼な話だが。


「街ん中までノノを追ってきたんだけどな。俺のほうでなんとかした」

「なんと」

「魔族だったよ。それもとんでもねぇ。あんなもん、やられても仕方ねぇや。おかげで俺も肩と足がこんなんだ」

「その包帯はそういうことであったか。いやしかし、あの化け物を相手取ってしまうガンズー殿が凄まじいのか、ガンズー殿にそんな傷を負わせた奴が凄まじいのかこれはわからんな」

「それなんだけどよ、お前さん、あいつに魔術撃ったろ」

「実は私も無我夢中でな。いまいちよく覚えていないのだ。ヴィスク様からそんなふうには言われたのだが」

「そうか。それであれなら、やっぱ大したもんだ。俺もそれで勝てたようなもんだからな」

「むむ」

「というわけで、貸し借りは無しだ」

「しかしガンズー殿」

「ヴィスクの野郎にも言っといてくれ。あんにゃろ、てんで敵わなかったみたいなこと言っといて、奴の鉈ぁぶち折ってくれてんだぜ。あんなひょろひょろでどうやったらそんなことできんだよ、俺が知りてぇくらいだ」


 話は終わり、というようにガンズーは二本目の串に口を開けた。

 エウレーナはしばらくこちらの顔を見たままなにか言いたそうにしていたが、手元の空になった串へ視線を落とした。


「欲が無いな、ガンズー殿」

「そりゃそーよ。勇者の称号いただいちまったからなぁ。俺ばっかり下手なことできねーんだ。けっこう苦労すんだぞ」

「トルム殿や他の者は息災か?」

「今は遺跡群に潜ってる。まぁ、どうにかやってんじゃねーか」

「そうか……いや、ガンズー殿が離れているということは聞いていたが……」

「あー、そこはあんま深く聞かねぇでくんねぇかな。ちょっとややこしくて――」


 そこまで言って、ガンズーはひとつ思い付いた。

 失敬して、エウレーナを少しばかり凝視する。


『 れべる  : 36/50


  ちから  :   47

  たいりょく:   43

  わざ   :   28

  はやさ  :   32

  ちりょく :   45

  せいしん :   34 』


 いける。ガンズーは確信した。ほぼすべての数値が高水準だ。少々平たいが、剣も使う魔術も使うというならこれは仕方がない。

 おそらくヴィスクもシウィーも同じようなレベル帯のはずだ。遺跡の深層でもトルムたちの援護に回ってくれれば十分に戦える。


「もしよかったらよ、お前らちょっとあいつら手伝ってやってくんねーか? 今回で潜りきれるかわかんねーし、もし戻ってきたらよ。お前らなら十分あの遺跡でもやれると思うんだ。俺があいだで話をすっから」

「え? いや、それは、どうだろうか。ヴィスク様に聞いてみなければ――」

「おう、勿論そうしてくれ。お前ら、六番遺跡は潜ったことあるか?」

「六番!? また難儀な所を。あるにはあるが、上層をさらった程度だ。なにせあそこは大躯(オーガ)巨化(ビーステッド)の巣窟だろう。私たちでもなかなか……まぁ、四番よりはマシではあるが」


 トルムたちが向かったあの遺跡群には、侵入口が八つほどある。

 中でも四番と六番は全域を踏破されておらず、非常に危険で厄介な場所とされている。

 六番遺跡の転移装置まで辿り着いた者も記録に無い。


 そういえば最初から六番の攻略を目的にしていたので、他の遺跡に潜ったりしたことはなかった。

 アノリティは特になにも言わなかったが、もしかしたら四番にも似たようなものがあるのかもしれない。


「いや、俺が見る限り、十分に戦えると思うぜ。それにウチにはレイスンって身体強化をほいほい使える頭おかしいのがいるからな。深層でもやれると思う」

「し、深層か……私も冒険者の端くれ、興味が惹かれないでもないが」

「い~い経験になると思うがなぁ。それに珍しい素材もかなり分けてやれると思うぜ。深層ってな、鉄鋼やら硬金(イジャルド)やらが固まりでそのまま動いて出てくるからな。もしかしたら月銀(ミスリル)まで出てくるかもしんねぇ」


 むむむ、と考えこんでしまったエウレーナに、いきなり早まったことを言いすぎたかなとガンズーは反省した。

 そもそもトルムたちも戻ってきていない、ヴィスクたちも全快していない、というのだから、性急にすぎた話である。


「まぁすぐの話じゃねぇから、頭に入れといてくれよ」


 そう言って視線を移すと、ノノがちょうど鳥串を食べきったところだった。

 ガンズーも二本目を片付けながら、


「ノノ、まだ食うか? 餅もあるぞ」

「くう」

「おし」


 片手に持った串の中からカボチャ餅の串を渡すと、ノノは大きくかぶりついた。もしかしたら彼女は肉の串より餅のほうが好きなのかもしれない。


 と、広場の北西側からぞろぞろと一団が歩いてくる。

 若い男や中年の女なんかも混じっているが、老人が多い。みな似たようなローブを着ていて、大きな革の鞄を抱えていた。

 広場を横切り、ガンズーたちの前を通り過ぎると、そのまま南側へ抜けていく。


「なんだありゃ?」

「風体からすると、薬師か医者ではないか? おそらく領主の元にいた者たちであろう。各地から呼び集めていたと聞いた」

「ほーん。そりゃまたなんで? 身体でも悪くしたのか?」

「跡取りがな。当代の孫が悪い病気にかかったのだとか」

「跡継ぎかぁ。そりゃまぁ金もかけるか……あ? 待てよ。その跡取り、ちょいと前に亡くなったんじゃなかったか?」


 山羊のひげ亭の女将に聞いた話を思い出す。

 たしか、少し前に領主が跡継ぎを亡くした、というような話をしていた。


「あぁ。私たちも外に出ていたころだから詳しくないが、葬儀も上げたらしいな」

「その医者やらが帰されるにゃ、ずいぶんと間が空いてねぇか?」

「そう言われればそうである。今さら暇を出したのであろうか。長く逗留(とうりゅう)させるにもあの人数は苦労すると思うが」

「わかんねぇけど、お貴族さんのするこったからなぁ。世話になったってんで、接待でもしてたんかね」

「私もいちおうは貴族の名を持っているが、喪があったというにわざわざそんなことをするような者はそうそう聞かんな」


 アージ・デッソに来てすぐのころ、一度だけ領主の館へ顔を出したことがあったのだが、いくら考えてもガンズーは領主の顔を思い出せなかった。

 街の南へ去っていく一団の後ろ姿を眺める。これから地元へ帰る算段をつけるのだろうか。きっと明日は冒険者協会の依頼が増える。


 そこでまたひとつ思い出した。

 今日でドートンたち新人三兄弟の試用期間が終わる。

 明日にはやってくるかもしれんな、とガンズーは気づいて、なにをどう教えるなんてことをまったく考えていなかったことに思い至った。

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