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鉄壁のガンズーに弟子

 玄関扉を開けて外に出ると、ドートンが正座をしていた。


「ガンズーさん! 様! 殿? ん、どれだ? とにかく!」


 ガンズーは、これは多分めんどくせぇパターンだと思った。


「鉄壁のガンズー! 俺を、弟子にしてくれ!」


 一歩下がって屋内に戻ると、ノノは外とこちらを交互に見てから、静かに扉を閉めた。






 黒狼の襲撃事件から三日が経っていた。

 その間、足と肩からなかなか痛みと熱が抜けないため、ナイフなど細々した買い物に出る以外は家でノノとのんびりしていた。時々、ケーがやってきた。


 ガンズーはどうにかその蛙を捕まえてあれやこれやと聞こうとしたが、のらりくらりと――ケロリケロリと――はぐらかされて、聞きたいことの十分の一も話せなかったし、解答はそれこそひとつもまともになかった。

 あまり彼を拘束していると遊び盛りの子が怒るので、じっくり時間をかけるしかないなと結論した。


 ともあれノノは彼と――「ボクがオスかメスかだって? キミ失礼だね。この身体に卵が入ってるように見える?」――と遊ぶことが楽しいようだ。

 家の前の空き地で追いかけっこしたり、木の枝を使って猿回し――蛙回し? ――の真似事をしたり、家の中で毬のようにしていじくり回したりしていた。


 大抵、ケーは日中の、ノノが昼寝から起きたあたりにやってきて、夕方の日が沈みきらないころに出ていく。

 蛙って夜行性じゃなかったか、とガンズーは思ってみたりしたが、この生物にそんな常識は適用されないだろう。


 彼は普段、林の中か川べりの水場をうろうろしているらしい。

 その辺にも蛙を食う動物はいるのではと思ったが、「そんなのよりノインノールの方がよっぽどパワフルだよ。ボク大変」だそうだ。


 ケーのいない時間、ノノは家の前の広場で遊んで過ごしていたが、おもに拾った枝を振り回していたり足元の虫をいじったりくらいのものだった。

 なのでガンズーは柔らかい蔓をいくらか集めてきて丸めた。三個ほど作って彼女と投げ合ったりお手玉を教えたりすると、これがたいそう喜ばれた。


 それから、ほんのためしに聞いてみると、彼女は自分の名前が書けるという。

 メモに使っていた綿ボロ紙と木炭を渡してみると、確かに『ノノ』と書いてみせた。そしてきちんと『ノインノール』とも書いた。ガンズーはこの子は天才なのではと思った。


 アージ・デッソのような大きな街でも識字率はそれほど高くない。ノノの歳で名前を書くことができるのは非常に珍しい。

 おそらく母親の薫陶と思われる。よい考えを持った人だったようだ。

 己の『ガンズー』の書き方を教えたり、いくつか文字の書き方や読み方を教えたりして暇を潰した。


 料理は上達しなかった。

 切ることに苦労はしなくなったが、味つけの具合がわからないし、調理法も煮るか焼くかしかできない。

 結局、素材の味が活きた素材そのものばかりになってしまう。


 そんなわけで、今日は三頭の蛇亭か山羊のひげ亭に頼みこんで、料理のコツでも教えてもらえないかと外に出たところだった。






「――あの、ご迷惑は重々承知なのですが、せめて話だけでも聞いてやっていただけませんか」


 おそるおそる、といったようにダニエが扉から顔を覗かせる。


「……いちおう聞くが、止めたか?」

「止めました。バカなこと言うんじゃない迷惑でしょと叱りました。でもどうしても聞かなくて」

「苦労すんなぁ」

「いっそ、そんな暇は無いと一蹴していただければ諦めもつくと思うんです……」


 溜息を吐いて、ノノと顔を見合わせる。不思議そうな顔を返された。


「聞くだけだぞ」

「本当にすいません……」


 再び玄関を開けてみると、ドートンの横にデイティスも正座していた。


「僕もガンズーさんの弟子になりたいです!」


 ガンズーは扉を閉めた。

 ダニエは今度は窓から顔を半分覗かせた。


「あの」

「お前らわざとやってんだろ」

「せめてお話を」

「お前もなかなかいい性格してるじゃねぇか……」


 意を決して外に出れば、金髪兄弟は相変わらず正座してガンズーを待っている。


 改めて見てみれば、ドートンもデイティスも骨格がなかなかしっかりしている。

 筋量はまだ冒険者としては足りていないし、弟なんかは今が成長期だろうから背も伸びきっていないと思えるが、兄を見る限りまだまだ伸びる。

 なぜか家の角に隠れてこちらを窺う姉のほうも、女性としては長身なほうだ。

 多分、農村で暮らしていればその体格を活かして活躍できていたろうと思う。


 が、冒険者となるとまた話は変わってくる。


「ガンズー殿様さん!」

「誰がとのさまだバカやろう。無理に変な呼び方すんな」

「じゃあガンズー!」

「いや……いんだけどなべつに呼び捨てでも」

「俺を弟子に!」


 勿論、ガンズーは弟子などとったことはないし、募集もしていない。

 そもそも、なんの弟子なんだろう。


「当然、冒険者としてのあれとかこれとか!」

「お前、自分でもよくわかってねぇだろ……そんなもん、協会の講習でも申しこめばいいだろが」

「俺はあんたに習いたい!」

「あのなぁ、言っとくけど俺ぁ、冒険者ってくくりならそんな大したあれじゃねぇぞ。下級になったあたりでトルムと旅し始めたからな。想像してる冒険者とはちっと流れが違うんだ」

「それはよく知ってます!」


 今度はデイティスが声を大きくした。


「勇者トルム様とガンズーさんは、バスコー南のエートペグで知り合ったんですよね!? それで、そのときトルム様はまだ協会に登録もしてなくて! それなのに近くで問題になってた大躯(オーガ)を討伐して、大騒ぎになって!」

「待て待て待て待てちょっと待て、なんでそんな細かい話まで知ってんだ」

「村に来る行商や楽師や詩人の人に聞いて回りました! アージ・デッソに来てからも、勇者様たちの逸話や詩歌は勉強してます!」

「ああ、そう……」


 王国は勇者トルムの活躍を国内外に広くふれ回っている。

 だから時々、楽団や吟遊詩人なんかが自分たちのことを歌っていて、なんとも面映ゆい気持ちになったりもしたが、よく聞くのは亜竜退治だとか、ダンドリノ国での大立ち回りだとか、都市同盟での地下教団抗争とかそんなところだった。

 まさか旅立ちのころの話まで伝わっているとは。


 半分だけ顔を出したダニエが呟いた。


「デイティスは勉強家なんです」


 勉強家というか、なんだろうこれは。勇者マニア?


「それからハンメスで角猪のスタンピードを解決したり、ロ・カンノで瘴気が噴出した洞窟を止めたりしたんですよね! 魔石で作られた神像ってそのあとどうしたんですか!? それでそれで、セノア様はロ・カンノ近くの小さい村に居たんですよね! もう誰もいないけど、でもひとりで戦ってたんですよね! 凄い! かっこいい! 虹狩りの護送隊とも戦ったって聞きました! こないだの護送隊も同じ感じだったんですか!?」


 順序が違ったり細部が違ったりするが、おおむね自分たちの行動を把握されていて、ガンズーはちょっとうすら寒くなった。

 セノアはひとりで戦っていたというより、単に人が嫌いで気兼ねなく酒が飲めるからあそこに籠っていただけだったのだが、まぁこれは黙っておく。


「あとバスコーのお姫様がトルム様と仲がいいって本当なんですかトルム様のお相手ってセノア様じゃなかったんですかあとミークさ痛い兄ちゃん痛い!」

「デーイティス! お前ちょっと黙ってろ! 今は俺の話しに来たの! お前の知識自慢しに来たんじゃねんだよ! 今、俺!」


 弟の頭を手刀でぺしぺし叩くと、ドートンは改めてガンズーに向き直った。

 ぐっと腰に手を当て、姿勢を正す。


「あんたがどう思ってるかは知らないが、鉄壁のガンズーはバスコーの国で最上の冒険者のひとりだ。みんなそう言うし、俺もそう思う」

「お、おう……照れるからやめろ」

「あんな恐ろしい魔獣をあっさりやっつけちまって、それで、魔石の採り方なんて秘術まで教えてくれて、俺、すっげぇ感動した。あの魔石は家宝にする」

「いやあれそんな難しいことじゃねぇし、そこまで凄ぇ代物でもないぞ」

「こないだ話をしてくれて、俺はとことん痛感した。やらねぇうちから、俺にはできねぇことばっかりだと思ってた。でもこんな俺にあんたはやれるようになれって言ってくれた。そうなったら助かるって言ってくれた」


 なんだかちょっとニュアンスが大袈裟になっている気がするが、ドートンは真剣な顔をしているのでさすがに口を挟むのはやめる。

 彼は頭を下げた。


「だから頼む! 俺を強くしてくれ! 俺はせめてちょっとでも強くなって、あんたや、家族や、他の色んな連中を助けたい! その子みたいなのを助けたい!」


 この国に土下座の概念は無い。ついでにいえば正座の概念も無い。

 強いていえば、礼拝のときに近い姿をとることはあるかもしれない。神に拝謁しようとする姿。

 だからガンズーは、少なくともドートンが彼の考えつく最大限の敬意の姿を示そうとしているのはわかった。


 ノノを見る。ガンズーの足に隠れて、ぽかーんとドートンを眺めている。


 どうしたもんかなぁ。彼から視線を外し、アージェ川の向こうを見た。田畑には少し空きがあって、もうすぐ次の麦を撒くころだ。


 うーん。ガンズーは考える。

 こうまで熱く語られてしまうと、無下に断るのも気が引ける。


 ドートンの言葉に嘘や誤魔化しは感じられない。冒険者として成功したいというよりは、純粋に強くなって周囲の役に立ちたいのだろう。

 特に、ノノのような子を助けたいというのがガンズーの胸に残った。きっと早逝したという妹の存在が影響している。


 実際、弟子なんかとってなにをどうすればいいのかなどわからないが、付き合えないわけではない。

 なにせガンズーは今、さほど身動きが取れないのだ。トルムたちの状況を待ちながら、ノノとのんびりするばかりである。

 ぶっちゃけ、暇潰しにはなるなぁ、なんて思った。


 ただ。

 ガンズーは人にものを教えるのが苦手なのだ。


「……ちなみにおめーは?」

「兄ちゃんが習うなら僕も習いたいです!」


 デイティスは割と勢いで兄に続いているだけのようだった。

 べつにしっかりした動機を持っていなければならないわけでもないので、特に気にしないことにする。


 と、ノノがガンズーの指をくいくい引っ張った。


「ご飯は?」


 そういえば、誰かしらに料理の仕方を習おうと外に出たのだった。

 考えてみれば、こいつらはいつから家の前で出待ちしていたのだろう。


「多分、日の出くらいだったと思います!」


 元気よくデイティスが答える。俺たちが起きるずっと前からかぁ。ガンズーは嘆息した。

 ダニエに振り返って言った。


「ようこれに付き合ったなぁ」

「言い出したら聞かないんですどっちも。昔から」


 彼女も同じく溜息を吐いて、家の陰から出てきた。


「ほらドートン。気が済んだでしょ。ガンズー様困ってるじゃない。戻って今日の仕事探さなきゃ」

「俺はガンズーから返事を聞くまで動かん」


 爪先で尻を突かれ、頭を下げたまま答えるドートン。

 んもー、と呻いてからダニエは、


「デイティス持ち上げるの手伝って」

「えー、無理だよ兄ちゃん重いもん。それに僕だってガンズーさんの弟子になりたいよ」

「んもー」


 再び牛のような呻き声を上げて、彼女はこちらに向き直った。


「というわけでガンズー様。このバカは責任を持って回収いたしますので、せめてデイティスだけでも見てやっていただけないでしょうか」

「ええ!? 姉ちゃんダメだよ、兄ちゃんが先に言ったのに!」

「だ、ダニエ~……」


 どうもこの姉は弟には甘いが双子の片割れにはやたら渋い。ガンズーには兄弟姉妹がいないので分からないが、そういうものなのだろうか。

 ともあれ、そろそろドートンの姿勢が辛そうだ。


「ノノ、どうする?」

「わかんない」

「だよな」


 ノノはもはや暇をしてガンズーの足をぺーんぺーんと叩く遊びをしていた。

 いつまでこうしていても仕方ない。どうしたものか。

 考えを巡らせているうち、ふと思いついた。


「お前ら、冒険者登録してから何日になる?」

「えっと……あれ? 今日って何日だっけ。一週間経った?」

「経ってないでしょ。登録したの先週の火曜。今日まだ月曜よ」

「む、六日っす……」


 地面に向かって言うドートンに、頭上げりゃいいのにと思いながらガンズーは続けた。

 六日。ならば、


「協会の試用期間はあと四日だな」

「そ、そうっす……」


 彼らも生活がある。多少なりと稼げるようにならなければ弟子だのなんだの言ってる場合ではないだろう。

 そしてそれはガンズーも同じである。貯えはそれなりにあるが、ただ浪費していくだけではよくない。

 トルムたちの時間がかかるようなら、そのうち、仕事をするべきときがくるかもしれないのだ。


 彼らがノノと仲良くなってくれれば、ちょっと留守を頼むこともできる。


「んじゃ、まずそれをこなして初級の冒険者になってこい。それが条件だ」


 というわけで、ガンズーはそう言い放った。

 そう言ってもドートンは動かなかった。


「……ん?」

「え」

「ええっ!?」


 最も驚いた――というか、伝わったのはダニエだった。まさか承諾されるとは思っていなかったのだろう。

 それはそうだ。ガンズー自身も思わなかった。


「先に言っとくけど、こりゃダメだと思ったらやめさせっからな。もっとダメだと思ったら田舎に帰させるぞ」


 唇をめくって、間抜けな顔でこちらを見るドートン。そのままごきごき首を回して、姉弟と顔を見合わせた。

 後ろのふたりも同じ顔をしていた。

 ぷるぷる震えて向き直ると、地面に頭突きする勢いで再び頭を下げた。


「あらっしゃっしゃっす! おぃさー!」


 なんて?


「あ、あの、僕は……?」

「来りゃいいだろせっかくだし。どうせお前ら一緒に行動してんだろ」

「やったー!」


 飛び上がって喜ぶデイティスに、ダニエはなぜか目じりに涙を浮かべて拍手をしていた。地べたにいる双子の片割れはまったく見ていない。

 その姉が唐突に真顔になってガンズーに言った。


「あ、私は特には。ただ、デイティスが来るときは付き添いますね」

「さいですか……」


 過保護気味なブラコンは置いておいて、放心したように座りこむドートンに告げる。


「とにかく試用は終わらせてこい。けっこう最後の三日あたりで音を上げる奴もいんだから、それくらいはこなせ」

「わかったっす! 持参品はなんにしますか、お師さん!」

「いやべつになんもいらねぇよ……まだ師匠でもねぇし。なんなんだよお前のその入りすぎた気合は怖ぇよ」


 話はまとまったので、これでようやく料理の相談に向かえる。

 ノノを促して立ち去ろうとするが、なぜかドートンはその場から動かなかった。返事しただろうが邪魔くせぇぞ。


「なにしてんだお前」

「足が固まって動けないっす! お師さん助けてください!」


 ちょっと蹴ってみるとドートンはそのままころんと転がった。

 ノノも蹴った。踏むのはやめてあげなさい。

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