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鉄壁のガンズーと蛙

 ドートンに肩を貸し、アージ・デッソの南門まで辿り着くと、門番たちからは敬礼で迎えられた。

 門を潜れば周囲から歓声が上がり、こいつら今まで待ちかまえてたのかとガンズーは思った。門を出てから、一時間近くは経っている。


 誰かが飛びついてきたので思わず殴り倒しそうになったが、デイティスとダニエだった。


「黒狼の爪だから、よくねぇもんがついてるかもしんねぇ。さっさと医者に連れてってやれ」


 ふたりがドートンをもみくちゃにするものだから、とどめになってしまっては困ると思い、彼の負傷を伝えて追い払った。ダニエは彼の肩を抱えながら、バカドートンバカドートンと繰り返し泣いていた。

 デイティスが一歩進んでは振り返って頭を下げ、一歩進んでは振り返りするので早よ行けと手を振る。


 彼らが群衆の向こうに消える寸前、ドートンが少しこちらを振り向いたが、ガンズーは視線を切った。門番の長が寄ってきたからだ。


「鉄壁のガンズー殿。今回のご助力、感謝いたします」

「たいした仕事じゃねぇよ。それより、森の辺りにたぶん護衛だった奴がふたり死んでる。どこの奴か知らんが、回収してやってくんねぇか」

「は、馬車の持ち主より聞き及んでおりますので、隊を組んでいるところであります」

「そうかい。頼むわ」


 言ってその場を去ろうとするが、引き留められた。


「お待ちください。馬車の主がなにかしら礼を、と言っておりまして。冒険者協会にも使いを出していますので少しお時間を――」

「あー、いいって。人待たせてんだ俺ぁ。どうしてもってんなら、さっきの三人にやるよう言ってくれ」

「あっ、お、お待ちを。しかし黒狼ですから、街からの褒賞もっ。領主様からもなにがしかあるやもしれませんのでっ」

「そんならなおさらいいんだよ俺は。いちおう勇者の身内だぞ。いちいち言われなくてもやんのが仕事の内だ」

「いやちょ待っ、ガンズー殿っ、それ私が話して回らなきゃならっ――」


 彼には申し訳ないが、付き合っていられない。部下から呼ばれてしまった現場責任者へ肩越しに手を振り、ガンズーはその場を離れた。

 群衆を退けて進めば、門を望めるギリギリの辺りに彼女たちは居た。


 ノノがぶんぶんと手を振っている。

 その隣で、イフェッタは足を組んでいた。なんだかこちらを睨んでいる気がするので、あまり目を合わせないようにする。


「……お早いお帰りで」

「おかいり」

「おう、ただいま。いやーなんだ、悪かったな」


 わはは、なんて頭を掻きながら言ってみるが、イフェッタは半眼である。


 ふたりは酒場の軒先にあるベンチに座っていた。

 よく見てみれば、彼女の手元には剥かれたサボテンの実があって、小さなナイフと匙もある。どうやらガンズーを待っているあいだにふたりで食べていたようだ。


 いきなり子守りと荷物持ちを頼んでしまったのだから、ご立腹でも仕方がない。なのだが、ガンズーにはなんと言っていいのかわからなかった。


「あー、その……ノノ、サボテンうまかったか?」

「まかった」

「そっかそっか。よかったなぁ」

「食べさしてくれたの」


 ノノがイフェッタの服の裾をくいくい引っ張るので、不機嫌そうな彼女はにっこり笑顔をしてその子の頭を撫で、またガンズーにジト目を向けた。


「アタシ今日はもうゆっくり休もうと思ってたのよね」

「いやその、ほんと悪かったって。なんか埋め合わせするからよ」

「ご指名に来てくれる?」

「そ、それはちょっとな……」


 イフェッタの目がいたずらそうに変わって、ガンズーは困る。彼女とノノに視線を行き来させていると、彼女は声を上げて笑った。

 立ち上がると、サボテンの実の残りをガンズーの口に押しこんでくる。

 瑞々しい甘さが口に広がる。うまかった。


「ま、いいわ。けっこう楽しかったし。おじさーん、これありがとー」


 イフェッタは酒場の中に顔を覗かせ、ナイフと匙を返した。

 それから戻ってくると、ノノに目線を合わせ、


「じゃ、またねノノちゃん」


 そう言って、雑踏の中を去っていった。

 彼女の背中にノノがふよふよと手を振るので、なんとなくガンズーも真似した。

 結局、彼女には昼飯を奢ってもらい子供を見ててもらってと、世話にばかりなってしまった。最初に会った日もそんな始末だった気がする。


「埋め合わせっつってもなぁ」


 ぼんやり呟くと、ノノは不思議そうな顔をした。






 ぷわわ、ぷわわわ、ぷわわわわと、だんだんノノのあくびが増えてきたので、今日はもう家に帰ることに決めた。

 太陽は南天のど真ん中からいくらか西へ転がり始めていて、気の早い者であればもう仕事を切り上げようとするかもしれない。


 教会支部のほうから何人かの職員が固まって歩いてくるのが見えたので、そそくさと路地へ逃げた。


 適当に北東へ抜けるように歩くと、冒険者の集まる夜街の辺りを通ることになったが、今の時間はすっかり閑散としている。

 とはいえこんな昼間でも営業している店はあって、ノノの教育に悪いなぁなどと思いながら足早に抜けた。


 イフェッタはこの辺りに住んでいるのだろうか。そんなことも思うが、どの建物が店でどの建物がアパートメントなのかいまいちわからない。

 昼からうろつくチンピラなんかもいたのだろうが、鉢合わせなかったのは幸運だった。ノノがぷわとまたひとつあくびをする。


 大通りに出て橋を越え、町の外縁に沿うように雑木林の入り口まで戻った。


 林を抜けると、


「カエルさん」


 家の前に一匹の蛙が鎮座していた。

 姿勢を正し――蛙がするごく自然な四つん這いという意味で――て、こちらにその顔――というか腹――を向けている。

 ぽよっぽよっぽよっと小気味よく喉が動いている。


 これがまたでかい。ガンズーは遠近感が狂ったかと疑った。

 なにせノノの頭くらいの大きさがある蛙だった。

 いっそ人間大ほどもあってくれれば、すわ魔獣かとも思えたが、いかんせん常識の範囲内でとにかくでかいというもので、ガンズーはこんな種類の蛙がこの辺にいたのかと驚いた。


 頭は胴体になかば埋まったようになっていて、手足はその体躯にしては短い。身体の上半分がまだらに茶色く、下半分が白かった。目は半眼なんだか眠いんだか睨んでいるんだか、妙な愛嬌がある。

 なんというか、毬のような蛙だった。巨体な種類かと思ったが、もしかしたらただのデブかもしれない。


 ケピ、とひとつ鳴いた。げっぷのような音だった。


「カエルさん」


 ノノがとことこ近づいて行っても、逃げ出そうとしない。

 蛙はじっとしていて、しゃがみこんだ彼女とにらめっこを始めた。


「ずいぶんでっけぇ蛙だなおい。どしたんだろなこんなとこで」


 すぐそばを川が流れているし、水場があれば蛙がいても不思議はない。

 しかしこんな日差しのいい日にわざわざ人家の前で転がっているものだろうか。


 バスコー王国、というよりスエス半島には蛙の魔獣がよく報告されていて、蛙という生物はあまり縁起の良いものとされていない。

 魔獣自体はどんな生物――生物と呼べないものすら――だろうと変性する可能性はあるが、とにかく蛙の例は数多い。蛇の次に多い。小躯(ゴブリン)といえば蛙頭をまず連想する人間が多いほどだ。


 そんなものだから、たとえ害は無くとも蛙とみれば駆除したがる者も多い。特に都市で育った者はそういう傾向がある。

 そういえば蛙の巨化(ビーステッド)が遺跡の中で虫頭に使われたりしてたなとガンズーは思い出した。そして、虹狩りの護送隊は蛙の大躯(オーガ)だったなとも思い出した。


「いやほんとでけぇなこれ」


 その蛙を上から覗きこむようにすると、プキ、と今度は豚のような甲高い音を鳴らして跳ねてしまった。

 にらめっこはノノの勝利に終わったが、代わりに蛙はぼてんぼてん跳ねて川のほうへ逃げていった。重たそうな身体だが、意外と身軽だった。


「あー」

「この辺にあんなの棲みついてんだなぁ」


 名残惜しそうな子に声をかける。


「今度、ちょっと探してみるか。いっぱいいるかもしんねぇぞ」


 ノノは大きく頷いた。





 あまり遅くなる前に帰ることができたので、ノノは今日こそ寝床で昼寝に入ることができた。すでに少しうとうとしていたので、危ないところだった。


 彼女を寝かしつけ、荷物を整理して、一息つく。

 サボテンの実を買ったときに、隣で茶葉が売っていたので少し買ってみた。飲んでみるかと思い立って、コップのたぐいを探してみたがノノの分しか無い。


 あちゃー、とガンズーは顔に手を当てる。

 他にもあったのだが酒かなにかで腐食していたからゴミと一緒にしたのだ。ここまで自前の水筒でまかなっていたので、買おう買おうと思っていたはずなのに。


 いっそ皿で飲んでみるかな、などと戸棚の前で悩んでいる時だった。


「ノインノールの家は、やはりこちらでいいんだね」


 声に振り向くと、窓にいたのは――窓べりに座っている――先ほどの蛙だった。


 反射的に、戸棚にあったフォークを一本、放る。

 壁に突き刺さるほどの勢いで投げたそれは、蛙に真っ直ぐ飛んだ。

 だが蛙が伏せると柔らかい身体がぺしゃりと半分ほどに潰れて、フォークはそのまま窓の外、林の中へ消えていった。


「危ないよ」

「やっぱ魔獣――いや、魔族か!?」

「どっちでもないよカエルだよ」


 問うて身構える。手の届く範囲にある武器といえば、先日に買ってきたばかりの小鍋くらいだった。

 むに、と蛙が身体を戻す。ひどく危機感の無い仕草だが、ガンズーは視線を外さない。


「……何者だ」

「だからカエルだってば」


 要領を得ない返答に、ガンズーはじりじりと足をすらせるよう移動した。


 静かに寝室の扉を開け、蛙を視界から外さないようにノノの姿を確認する。ノノはふがふが暴れながら眠っていた。おそらく変な夢を見ている。

 他の魔獣が近くにいる気配も無い。

 扉を閉めなおして、蛙に向き直った。


「とっくに場所はバレてたってわけか。まぁ、そりゃそうだな。ウークヘイグンって奴もここに辿り着いたんだ」

「ウークなんだい? ちょっと知らないなぁ。よくわからないけど、ボクは個人的な事情で来たんだよ。あ、個蛙的かな。こあてきって言い辛いね」

「……あんだって?」

「だから、ノインノールがここにいるでしょ」

「やっぱノノが狙いじゃねぇか」

「狙ってないよカエルだよ。あれ、今のはカエルだよはいらないね」


 ケーオ、と蛙は鳴いた。


 ガンズーはとにかく警戒が解けない。蛙の正体がひたすらわからなかった。

 動物が言葉を喋っているのだから、それはもう魔族である。

 動物を操って喋らせる魔術もあるが、あれは対象の動物に核石を持たせなければならない。目の前の蛙はつるりとしていて、どこにも核石など見当たらない。


 そして、魔族であるなら街の結界を通れるほど強力である。ウークヘイグンがそうであったように。

 蛙は、どこからどう見ても普通の蛙だった。ちょっとでかいだけの。


「ちょっとノインノールの様子が見てみたかったんだよ」

「つまり、虹瞳の子を、だろ?」

「わぁ、やっぱりアルヴァイなんだね。そうかぁ嬉しいね。カエルの目だとなんだか見え辛くてさ。困っちゃうよね」

「アル……なに?」

「できればお話もしたいな、ダメかな」

「ふざけんな。もうノノに魔族なんざ近づけさせねぇ」

「だから魔族じゃないよカエルだよ。今のはあってる?」

「知らねぇよ」

「知っててよ」


 蛙がいったいなにを言っているのか――そもそも蛙がなにか言っているということ自体が――さっぱりわからない。

 気が抜けるような問答を続けるうち、ガンズーはだんだんイライラしてきた。


「だから結局お前はなんなんだよ?」

「カエルだって何度も言ってるじゃない」

「……魔族、じゃないのか?」

「そんなに言うなら見てみたらいいのに」


 見てみたら、という言葉は、そのままの意味ではない。

 それに気づいて、ガンズーは戦慄した。


 この蛙は、ガンズーの能力を知っている?


「てめっ――」

「まぁまぁ落ち着いて。ほらじっくりたっぷり見てごらん。いやぁこれは恥ずかしいねボク照れちゃう」


 ケピ、と変な音を出して、蛙は前肢をひらいて立ち上がるようにした。白い腹を突き出すように。


 ガンズーの特殊能力を知る者などこれまで誰もいなかった。まさかこんなところでこんな奴に指摘されるなんて。ガンズーの心は混乱していた。


 そして冒険者としてやってきた経験が、心のどこかから言う。混乱しているのならば、まずできることをやれ。

 できること。

 見ろと言っているのだから、見ればいい。


 ガンズーは蛙を凝視した。


『 れべる  : 0/50


  ちから  :   1

  たいりょく:   1

  わざ   :   1

  はやさ  :   1

  ちりょく :   2

  せいしん :   2 』


 びっくりするぐらい弱かった。クソザコだった。本当にその辺にいる普通の蛙とさして変わらない。

 ノノも幼児なのでおそらくレベルはゼロ――そういえばあの子のステータスは見たことなかったなぁ――だが、人間ならさすがにもう少し強い。

 正真正銘、子供が踏んでも死ぬ一般的な蛙だった。


 だから余計に正体が知れない。


「うわぁ、なんだかもじょもじょする。不思議だね、面白いね。君とも少しお話がしたいね。ねぇねぇ、ノインノールも呼んで、みんなでお話しないかい。あ、ノインノールが起きてからでいいよ。ボク待つから」

「ふざけんな! てめぇ――てめぇ、本当になんだ!?」

「カエルだってば」

「いい加減にしねぇと煮込んで食うぞこんにゃろう!」

「それはイヤだなぁ。きっとボク、あんまり食べられるところ無いんだ。お腹はぷりぷりしてるけどね。でももっとイヤなのは、お尻に空気入れられること――」


 蛙が短い前肢で腹をぺしぺし叩いていると、ガンズーの後ろから物音がした。


「んー……」


 ノノが扉を開けて出てきた。きっとうるさかったのだろう。


「ノノ、来んじゃねぇ――」

「……カエルさん?」


 彼女がそう言うと、蛙は大きく口を開けて、ケコー、と鳴いた。


「やぁやぁノインノール。起こしちゃってゴメンね」


 ノノはしばらく眠気まなこで蛙を見ていたかと思うと、


「……しゃべった!」


 ぴょんと跳びはねた。

 それに合わせて、蛙もぴょんと跳んだ。

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