閑話 ひとりたりない勇者パーティ その1
大上段から振り下ろした剣は蛙の魔獣の頭を割りはしたが、そのまま顔にくいこんでしまい抜くのに苦労した。
そうこうしているうちに蟻の武装兵が槍を突っついてくるため、トルムはそれをどうにか盾でいなす。引っこ抜いた剣を、いきおい蟻に叩きつけた。
蟻兵と巨大蛙に、すっかり囲まれてしまっている。
「トルムー! ちょっとこっちどうにかしなさい!」
囲いの向こうではセノアが蟻兵に追われつつ、杖で相手の頭をべこんべこんと叩いている。魔術を詠唱する余裕がないようだ。
「ごめんちょっと無理! 自分でなんとかして!」
「あんたあとで覚えときなさいよ!」
「そんなこと言われたって!」
「ミーーーク! 援護! 援護射撃ー!」
「たしけてー」
「あ、これはいけません。ミークさんが蛙に食べられます」
「言ってる場合か! レイスンどこにいんの!? なんとかしなさいよ!」
「私は今ここを降りると槍で穴だらけにされてしまいます」
「それくらいどうにかしなさい男でしょ!」
「たしけもごー」
「あ、食べられたっぽい」
「まぁちょっと食べられたくらいは私の加護で平気でしょう」
「そういう問題じゃない! アノリティはまだ直んないの!?」
「うぃーんがりがりうぃーんがりがりがり」
「まだダメだ! 目が右上と左下向いてて気持ち悪い! とにかく敵をもごー」
「おやトルムさんも食べられましたね」
「あーーーもーーー! 【逆鱗風】!」
混戦や乱戦といった言葉が優しく感じる戦場に、全てを叩き伏せ吹き飛ばす強烈な暴風が奔った。
それほど広くない遺跡内の広場なものだから、もはや風はあらゆる方向から全方位へと走っていくようで、空中の至る所で渦が巻いている。
トルムは風のおかげで頭が蛙の口からスポンと抜けたものの、そのまま中空へ飛ばされ、天井に後頭部を打った。
目の前では蟻兵が複数、同じように吹き上げられていて、中にレイスンも混ざっている。
延々と吹き荒れたように思えた暴風も、実際は一瞬のことだったらしい。
風が収まり、頭の後ろを押さえながらトルムは着地する。
周囲に蟻兵の槍やら蟻兵自身やらがばらばらと落ちてきて、ほどなくレイスンも不格好ながら着地した。
そのレイスンが上空を見上げ、慌てて走っていくのでなにかと思うと、巨大な蛙の腹が降ってくるところだった。
「うわっ」
飛び退ると、大蛙は折り重なっていた蟻兵たちを押し潰して落ちる。その口からぴょこんとミークが飛び出した。
「うえ~ん。もーやだ~……」
どうもすでに体内から蛙を絶命させていたようで、ずるずる口の中から這い出してくるとミークは泣いた。
泣いているのだが目の周りの液体が涙なんだか蛙の粘液なんだかわからない。
「ミーク大丈夫?」
「大丈夫じゃないよも~。ひ~臭い~。ねばねばじゃなくてちょっとサラサラしてるのが余計に気持ち悪い~」
「あの蛙、毒もあるからね。口には入ってない? 早めに洗い流さないと」
「ちょっと入った~。ううう」
ミークも超一流の野伏であるし、多少の毒くらいは平気だろうが、この惨状ではさすがに少し気の毒だった。
トルムは広場を見渡す。出口の方へ生き残ったらしき数体の蟻兵が逃げていくところだった。あとは先ほどの魔術風で戦闘不能になったようだ。
見てみれば、セノアが膝をついて座りこんでいる。
「……あふう」
「セノア!?」
「あー平気平気。核石は吹っ飛んだけど。目から出るほどの反動じゃないから」
そうは言ってもマナの反動は無視できるような負担ではない。いくらセノアが回復しやすい体質だとしても、無理はできないだろう。
三韻の魔術を黙唱もせずに、しかも前唱を飛ばしてぶっ放したのだから、その反動がどれほどか魔術の素養もあるトルムにはよくわかる。
レイスンがセノアに肩を貸そうとして追い払われ、トルムに近寄って言った。
「今日はここまでにしておきましょう。いささか数が多すぎました。少なくともセノアさんが回復しなければ不安が残ります」
「平気だっつってんじゃない……あダメだわごめん、やっぱしんどい」
「無理しちゃダメだよセノア。しかしあんな大勢だったなんてね」
「ごべんね~。あうー、鼻にも入ってた。けほ」
「いやミークは悪くないよ。待ち伏せがわかってて仕かけたんだ。油断したのは僕だよ。あんなにあとからあとから来るとは」
「アノリティさんがまともなら簡単に捌ける数でしたが……」
レイスンの視線の先を追えば、アノリティが正座していた。
その姿勢でぴくりともしないが、口から謎の煙が上がっている。どうやら復調にはまだかかる。
「彼女も不調ですし、休みましょうトルムさん。ミークさんもこんな状態です。私がどうにか安全な場所を確保しますよ」
「頼むねレイスン。僕は採れるだけでも核石を確保するよ。こんな調子じゃいくらあっても足りないや」
「あだしもでづだえほっえほっ。うえ~ん鼻から変な汁が出てくる」
「あんたもじっとしてなさい……私には近づかないでね」
「うえ~ん」
「システム再起動します……タスクが正常に終了しませんでした……システム再起動します……タスクが正常に」
ボロボロになっている女性陣――約一名、よくわからないが――を振り返りトルムは、やっぱり無理があったかなぁ、と思ってしまう。
パーティは各員、非常に高い能力を持っているので、それこそまだ命の危険を感じるほどではないが、この遺跡が手強いことに変わりはない。
特級冒険者のパーティが複数で組んで、それでも中層までしか攻略されていないのだ。
転移部屋まで辿り着いたのも、トルムたちが初めてである。前にもいたかもしれないが、記録には残っていないし、帰ってこなかったのかもしれない。
先ほど冗談のように死んだ蟻の大躯も巨化蛙も、本来ならば国の討伐隊が出るか中級以上の冒険者パーティが当たる相手だろう。
ひとつ階層を降りるのに、以前の倍近くは時間をかけている。
この調子で行けば、転移部屋まで辿り着くのにさえまだまだ苦労しそうだ。
せめてアノリティが安定していればいいが、彼女を戦略に組みこむのは博打に近かった。
セノアの火力を頼りすぎては、核石がどんどん減っていく。滞在手段に割く核石が無くなれば、時間をかけること自体ができなくなる。
トルムには、突破力が足りない。戦線を維持し、敵をなぎ倒す戦い方をトルムはできない。
「戻るのは時間がかかりそうだよ、ガンズー」
べとついた頭を抱えて我知らず、トルムは独りごちた。
ガンズーが出て行った日の夜、その後にどうやって眠りについたのかトルムはよく覚えていない。
いないが、なぜかレイスンと共に宿の表で倒れていて、明け方になってから起き出してきた主人の娘さんに、迷惑だから部屋に戻れと言われてようやく気がついたことはわかった。
部屋で改めて数時間の睡眠をとると、アノリティが迎えに来た。
セノアとミークは仏頂面ではあったが、特段の遺恨が残っていたわけではないようで、少なくとも娼館通いの放蕩野郎という誤解は解けたらしい。多分。
怖いので改めて聞いたりはしなかった。
全員の意見を確認する――するまでもなかったが――と、ガンズーがいないあいだは仕方ないから五人でなんとかしよう、ということになった。
常に第一線で戦うことを誇りにしてきたガンズーである。
思いもよらない事態に混乱しているだろうから、落ち着くまではそっとしておこう。そういうかたちで意見が一致した。
つくづく人がいい、とレイスンが言うと、当然ペナルティはある、とセノアが答えたので、これはトルムは仕方がないと思った。
離脱は不可抗力の結果なので、おそらく暴言についてのことだろう。
多分ガンズーは戻ったらしばらくセノアの奴隷になるが、ちょっと怖いようなちょっと羨ましいような気がして、トルムは自分がなにを考えているかよくわからなくなった。
ともあれ方針も決まったし、体力もそれほど消耗していなかった。ガンズーのためにもさっさと遺跡を攻略しよう。
というわけでトルムたちは宿屋の主人に彼への伝言を頼むと、食料や最低限の備品なんかを補充して、再び遺跡へ向かった。
わかっていたことだが、今まで相当にガンズーを頼りにしていたようだ。
「面目次第もございません」
焚火を前に膝を丸めているアノリティがきゅるーと鳴く。
しばらくして不調から復帰したアノリティは、止まっているあいだも周囲の状況はわかっていたようで、しきりにトルムへ謝罪を繰り返した。
「ここにはアノリティの病気を治しにきたんだからね、しょうがないさ。あんまり気にしちゃダメだよ」
「寛大なお言葉、感謝いたします。ストレージに記録いたしました」
「うん? うん。よくわからないけど」
ときどきアノリティは不思議な言葉を使う。レイスンさえ理解できないことが多いのだが、意外にもガンズーがよく解読してくれた。
ガンズーは昔からときおり浮世離れした感覚を見せることがあった。彼の眼力もむしろ特殊能力の域にある。
考えてみれば不思議な男だと改めてトルムは思った。
「実際、アノリティさんが好調なときは進行も速くなりますからね。ガンズーさんの言はあながち間違いではなかったと認めざるを得ません」
焚火へ干し肉の刺さった串を組みながら、レイスンが言う。
周りは岩肌ばかりの遺跡内なので、薪などは無いし持ちこむには荷物になる。
なので焚火といっても核石から発する灯火だ。先ほど採取したばかりのそれなりに上質な核石をそのまま惜しげもなく使うので、トルムは少し贅沢かなとも思う。
「そうさ、ガンズーも言ってたじゃない。アノリティなら代わりがやれるくらいだって。ときどき調子が悪くなるのはわかってるしね。ほら、ご飯食べよう」
「不甲斐ない身ですので、当機は五本で結構です」
「五本は食べるんだね」
普段なら十串は余裕で食べるアノリティなので、まぁやっぱり落ちこんではいるのかなとトルムは思った。
炙られて柔らかくなった肉を齧りながら言う。
「セノアとミーク遅いね」
「ひどい状態でしたから、念入りに水を浴びているんでしょう。今のセノアさんにやらせるわけにもいきませんから、水を出すにも自力ですしね。苦労しているんではありませんか」
「レイスンやってあげればいいのに」
「貴方は私を殺す気ですか」
「ちょっと遠くからとか後ろ向きながらとか」
「先日のあんな話のあとでなにを言われるか。たまったものではありません」
「あー……なんか僕も遠慮気味になっちゃってさ。参っちゃったね」
「下世話な話ですが、パーティ内での痴情のもつれが原因で散り散りになる冒険者も枚挙にいとまがない。特別うまくいっているほうだと思いますがね、我々は」
「男女が集まれば生殖本能を刺激されるのは生物として正常であると理解します」
「やめてアノリティ、お願いだから彼女らのいるとこで変なふうに言わないでね」
「……どちらかであればよいのでしょうかね」
「レイスン今の嫌味でしょ」
「さて、そのようなことは」
串に残った最後の肉をしゃくって、トルムは溜息を吐きながら咀嚼した。
「早くガンズー戻ってこないかなぁ。なんか気が重いよ」
「不本意ながら同感です」
細々と準備ばかりしていたレイスンがようやく自分の串をとると、
「ガンズー様の代行、奮励いたします」
アノリティはそう言って、六本目の串をとった。
◇
一方そのころガンズーは、ノノと共に屋台で餅なんぞ買って、それはもう平和なひと時を過ごしていた。