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鉄壁のガンズー、アージ・デッソ

 よくねぇわ。


 すっきり目覚め、顔面に置かれたノノの足裏を静かに下ろし、他のベッドで死屍累々といった様子に倒れた仲間たちを見まわし、ひとつ伸びをして、窓から快晴の秋空を見上げたガンズーはそう思った。






 よりによって知力だけ上げなかった。

 なに大本の原因を忘れてんだお前は! バカバカガンズー! 結局これじゃまだ遺跡の奥に行けねぇじゃねぇか!

 だってしょうがないじゃん必死だったんだもん! 余計なものまで上げてる余裕なんて無かったんだよ! 余計じゃねぇよアホたれ超大事!

 そもそもあの場でガラジェリ倒せてたら解決したかも。いやしかしあの身体はあくまでアシェリみたいなこと言ってたしなぁ。やっぱ山奥の境界を越える手段が必要なのに変わりないか。


 結論。状況に進展なし。


 いやいや待て待て、結論が早い。少なくともひとつは間違いなく当初と違っている点がある。

 レベル限界ではない。

 なんでか知らんが上限が引き上げられた。ということは、ごく順当な手順でもってこれからまたレベルを上げられるということである。本当になんでかわからないのが怖いが。なんだろうこれ。成長期?


 とにかく、しかして、ならばこそ。

 鍛えりゃいいんだな。うむ。いつもどおりだ。


 都合のいいことに――とか言ったら多分もの凄い顰蹙を買うだろうが――トルムもセノアもレイスンもしばらくは動けまい。当面のあいだ勇者パーティは休業だ。ガンズーのお休みも延長である。

 よーしノノとのんびりしよう。とはいかない。


 ちょっくら鍛えてレベルアップ、とはならないだろう。実際、五十になるまでも相当な時間がかかったのだ。

 じゃあ実戦、と思ってもその辺にほいほいウークヘイグンやバシェットのような強者がいるわけもなく。

 じっくりこつこつ、腰を据えてかからねば。


 そしてなにより――

 ガンズーはノノを起こさぬようこそこそとベッドの横へ屈む。外された道具袋が置かれていた。

 中の貨幣を漁る。金が二。大銀が五。小銀が一。銅が十数枚に卑貨が六。


 金が無くなってきた。しっかり数えて計画を立てようと考えたのはいつのことだったろうか。後で後でとやってきた末の始末である。

 これから冬。金のかかる季節だ。なぜだ。俺の金はどこに行った。無計画に散財するからです。


 働かんとなぁ。やれやれと思いながらベッドに腰を下ろせば、その尻をノノに蹴られた。寝相が悪い。





 数日も経てば、街の混乱も少しは収まってきた。

 しかし至る所、特に通りに面していたような店や住宅は修復の手がまだまだ足りておらず、半壊したままのものが多く目立つ。雑に建てられた立て札だけが所有権を訴えていた。建屋は無事でも機能していない施設も多いようだ。


 特に南東区画が酷い。直近の外壁が薄い――というか途切れてる――この地域は魔獣の侵攻をもろに受けた。混乱の中で火災まで起き、四分の一近くが焼け落ちてしまった。

 中心地から離れていたのが逆に悪かった――もしくは普段の行いか――のか、中でも成金通りは壊滅に近かった。片っ端から荒らされ、中には塀は無事なのに屋敷だけが念入りに損壊されているものもあった。おそらく火事場泥棒もいた。

 でっぷり太った商人だかなんだかが瓦礫だらけの敷地で延々と座りこんでいる姿は、哀愁を通り越して涙を誘う。


 まだ多くの人が中央教会に避難しているが、あぶれた者も少なくない。領主が仮設住居の建設や宿の開放も進めているものの、なかなか。身軽な冒険者にはすでに街を出た者もいるが、住民はそうもいかなかった。

 冬が近い。不安は大きいだろう。


 だが、アージ・デッソの人々は逞しい。


「まぁ壊れたモンはしょうがないからね。ありものでなんとかするのさ」


 山羊のひげ亭は半分が奇麗に崩れている。どうも冒険者に追い立てられた角猪が集団で突っこんだらしく、請負受付所が丸ごと無くなり、食堂が外から丸見えになっている。

 というわけで女将は絶賛、半露店の飯炊き所を解放していた。奥では主人が忙しそうにしている。


「領主もほうぼう回って援助を取りつけたっていうし、勇者サマのおかげで王都の返事も悪くないみたいだしね」

「ほうぼうって……まさかタンバールモースにもか」

「ああ、ちょっと前まできな臭かったけどね。なんかどうやら最近、内部でいろいろあったみたいなんだよ。今回は裏も無く、物資の援助を快く申し出てくれたんだってさ。なんだかんだ言って、この辺で一番頼れる街だしねぇ」

「ほーん」


 ノノと並んでシチューを啜りながら、気の抜けた相槌を打つガンズー。

 タンバールモースについては大騒ぎしたまま抜け出してさらに大騒ぎに巻きこまれてしまったので、政治的なごたごたについてはなんの解決も見れないどころか今の今まで忘れていた。

 あれからなんかあったのかね。まぁ悪いようにはなっていないようだし、ご近所さんとの関係が修復できたならいいことだ。アスターは元気でやってるかな。


「しかしまぁ、人が多いな」


 周囲には冒険者だけではなく、衛兵やら職人やら人足やら、親子連れやら神官やら娼婦やら、なんだかもう色んな人間がガンズーたちと同じ物を食べていた。


「ちょうど馴染みの商人が仕入れを卸しに来てくれてねぇ。ま、こんな惨状だから仰天してたけどさ。ぼさっとしてるうちにガッツリ値切ってやったよ。だから大盤振る舞いさ」


 あっはっは、と笑う女将。

 そうは言っても宿は崩れ、まともに商売ができるようになるのはまだまだ先のことだ。


 けれども、


「おう、食ったら行くぞ。そろそろ次の()っこも届くんだからよ」

「へい!」

「二班に連絡してくれ、交代は日付変わりで問題ないと」

「班長はダメですよ。二日ぶっとおしでしょう」

「そういうお前たちもそうだろう。もうひと踏ん張りだ」

「親方! 銅積んだ商人が来たってよ!」

「おお待ってたぜ! お前らさっさとかっこめ!」

「へい!」

「ちょっとあんた、ガキ押し退けて横入りしてんじゃないよ」

「ああ? うるせーぞこのアマ」

「ねーねー神官サマー、こういうのって神サマ的にどうなの?」

「……ちょうど陽神(カルエルナス)が真上でご覧になっておいでですね」

「ちっ」

「すいません、ありがとうございます」

「ありがとーおねーちゃん」


 アージ・デッソの人々は、タフだ。





「引退しようかと」


 ちょび髭の艶が戻ったというのに、ボンドビー支部長はそんなことを言った。

 協会支部の応接室――ではない。支部長の執務室である。応接室は今、職員たちの仮眠室になっている。


 当然だが、残念ながら菓子は無い。お茶も無い。そんなものを出す暇も無い。


「……また藪から棒に」

「以前からそろそろかとは考えていたのですがね。いや、今回の件で痛感いたしました。私はこんなにも判断が遅かったかと。よい機会です。状況がひと段落したら本部にも段取りをつけようと思っています」

「まだまだやれそうなもんだがなぁ」


 ボンドビーの顔は寂しそうでもあり、晴れやかでもある。複雑な表情だ。


「後任はどうすんだ? 誰か王都からでも来んのか?」

「王都でのんびりしていた者にここを任せられる者などおりません。まだ権限があるのですから、大いに使わせていただきます。候補はふたりいたのですが――」


 髭を摘まみながら、彼は軽く天井を見た。


「残念ながら、ラダ殿には断られました。柄ではないと」

「あぁ、あいつは断りそうだな」

「自分も引退したクセにずるいと思ったのですがね」

「へ? あいつ連絡員やめたのか?」

「これからは机で仕事をしたいのだそうです。まぁ、今はそんなこと言ってられないので引き続き駆け回ってもらっていますが」

「そうかぁ……まさかそれで自分もって思ったんじゃねぇだろな」

「バレましたか。もう二十年もやりましたので、勘弁いただきたい」

「いや俺は口出せねぇけど……」


 ちらと横目でノノを見た。ぼーっと話を聞き流していたようだが、ん? となにかに気付いた。

 ここで会うのがボンドビーではなくなった場合、好みの菓子が出てくる確率が変わるかもしれない。はたしてそこまで思い至るだろうか。


「それでですね。ガンズー殿には彼をよろしく頼みたいのです」


 彼がひとつ咳払いをすると、執務室の扉がひらく。入ってきたのは、


「ありゃ、お前」

「ご心配をおかけしました」


 タンバールモースで行方をくらましていた、道中を共にした協会代表だった。心配――すっかり忘れていたことは黙っておこう――していたが、無事だったか。


 聞けばガンズーと別れた後、どうも動きを怪しまれたのか七曜教の人間に拘束されてしまったらしい。盗み聞くところ原理派の人間に目をつけられてしまったようで、外が騒ぎになっている間も身動きがとれなかったのだとか。

 それがしばらくすると、使いの者がやってきて開放された。カウェンサグ男爵の手回しだったという。状況に困惑しながらも、残った修道女と合流してこの街に帰還することができた。


「まだ若く見えますが、副支部長として教育してきましたので。この男ならばこれまでどおりガンズー殿にもお力になれるかと」


 副支部長だったのかこいつ。けっこう偉い奴を連れてたんだな俺。


「甘党ですし」


 その言葉に、ノノがニヤリと笑った。悪い笑みだった。


 支部を辞してから、「あ、そういえば」と気付く。

 次期支部長と紹介されたというのに、未だに彼の名前を覚えていない。





 アージェ川のほとりに腰を下ろし、ダニエが黄昏ている。

 隣でミークがあれやこれやと話しかけているが、心ここに在らずといった具合で口を半開きにしていた。


 ガンズーはその様子を、ドートンと並んで眺めている。


「どうすんだ?」

「どうするもこうするも――俺ぁ、まぁ、あいつの意思を尊重するっすよ。そりゃ心配は心配っすけど」


 渋々――というには渋すぎる表情で言う彼の言葉はむしろ自分に言い聞かせようとしている響きがあった。


 そりゃまぁ、こいつらからしたらなぁ。

 手元に渡された手紙を、ガンズーは改めて読み返した。


『兄ちゃん、姉ちゃんへ


 勝手に出ていってごめん。

 でも、どうしてもひとりで考えたかったんだ。


 納得できたら必ず帰るから。心配しないで。


                 デイティス』


 バカたれ。デイティスが、ではない。ガンズーが。

 そりゃそうだよ。今回の件で誰が参っちまったかって、あいつだよなぁ。

 しっかり話を聞いてやるべきだったか。いや、それでも彼はひとりで旅立つことを止めなかった気はする。


 こんな時勢だ。心配は尽きないだろう。特にダニエなんかは。

 けど、まぁ、男だもんなぁあいつも。ひとりにならなきゃいけない時もあるってもんだ。


「……お師さん、行くんすよね?」

「あん? ……あぁ、なるほど。まぁな」

「あの、やっぱあの子もいるんすかね?」

「どうなんだろうなぁ」


 魔王ガラジェリの娘たる少女、アシェリ。

 ガンズーたちの最終目的はあの蛇女だ。彼女たちの関係、その詳しいところなど知ったことじゃないが、そこへ向かうならばやはり同じ場所にいると考えるのが自然だ。


「ま、もし出くわしちまったら、なるべく穏便にはしようと思うけどな」


 目的はあくまで魔王の討伐。母親を狙われて黙って見ているとも思えないが、それでもわざわざ人間まで倒すのは仕事じゃない。ヒスクスはぶん殴るけどな。


 とはいえ――ガラジェリが彼女を大事にしているのは本当のようだったし、もし俺たちを待ち構えるつもりなら自分の近くからは離すんじゃねぇかな。

 まったくの勘だが、こちらからは会えないような気もする。


 なんにせよ、その時になったらだな。


「それよりお前、傷はもういいのか?」

「へ? あんなもん、飯食って寝たら治るっすよ。いや、実はまだちょっと痛いんすけどね」


 飯食ってすぐ治るような負傷じゃなかったはずだが。こいつタフさで言ったらマジで俺を越えるんじゃないか。せっかく限界突破したのに自信無くしちゃう。

 悔しいから、俺も頑張ろう。


「デイティス、戻ってきたらとんでもねぇ差をつけられてるかもしんねぇぞ」

「お、俺も旅に出たほうがいいっすかね」

「なんでそうなる。修行だ修行。街が落ち着いたら、とっときの修行法を教えてやるよ。俺もちょっと身体鍛えたいしな」

「お師さんと一緒のって、それ死ぬやつじゃないすか?」

「…………」

「お師さん?」


 後に、コンネオ山の崖を生身で飛び降りる――片方は蹴落とされて――ふたりの冒険者の姿があったとかなかったとか。


 俺も頑張ってるぞデイティース! お前も頑張れよー! あ、やべっ、尖った岩が。あっ。





 獅子影(ししえい)デイティス。


 スエス半島における第六魔王期は多数の勇者を輩出したことで知られるが、特に後期において活躍した者は記録も多い。


 しかし彼に関しては詳細な文献が少なく、一時期は実在も怪しまれていた。

 これは現在、虹鱗艶蛇の勢力下を主な活躍の場とした銀風のトルム、魔王期の終焉に立ち会った白刃のアスター、ふたりの世代のちょうど合間であったことが影響したものと考えられている。


 活動期間の短さもその一因ではあるが、虹鱗艶蛇の撤退以降もスエスは混迷を極めており、間隙期も獣魔に代わる存在が台頭していたことは歴史的にも疑いようが無い。

 この時期に現在のダンドリノ領が大幅に縮小していることを考えれば、その影響は獣魔に劣るものではなかった。

 そうした間隙の時期にスエスが大きな退行をせずに済んだのは、ひとえに彼の活躍によるものだと言えるだろう。


 同様に当時の冒険者についても記録が少なく、アージ・デッソの旧冒険者協会に残る書類が主な文献であり、口伝が多数である。

 彼と行動を共にしていた者が何名かも定かではないが、少なくとも鉄塊のドートン、千里のダニエという名がそれではないかと推測される。バスコー中央部の一地方に、彼らは血の繋がった姉弟であるとする言い伝えもあるが、関連は不明。


 アージ・デッソにある文献の中からひとつ。時期的に、獅子影デイティスが公に確認された最後の記録である。


 彼は知古の冒険者を訪ねにアージ・デッソへ来訪した。相手の名は記載が無いため不明であるが、師にあたる人物ではないかという説がある。


 傍らに、奇妙な髪色をした女性を伴っていたという。

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