超鉄壁のガンズー
『実績が規定値に到達しました』
『実績が規定値に到達しました』
『実績が規定値に到達しました』
『実績が規定値に到達しました』
さて、今なにが足りないだろう。
なにはともあれ、指が吹っ飛びそうだ。
力だな。
『ちから : 80 → 85』
おっと、そろそろ胸から骨どころか内臓が見えちまいそうになってら。
やっぱ俺っつったらこれよ。いけるかな。
『たいりょく : 99 → 104』
おー、すげぇ。百超えたぜ。限界突破した連中が羨ましかったからなぁ。なんとも感慨深い。
しっかしこの槍はとんでもねぇな。ぐるぐる暴れて捕まえづらいったらありゃしねぇや。
ここはいっちょ器用になっとくか。
『わざ : 41 → 46』
とはいえ目も反応も追いついてねぇんだよな。
やっぱもうちょっと気にしたほうがよかったなぁこれ。
『はやさ : 35 → 40』
実物が飛んできてるし力でぶん投げてそうな気がするけど、この槍もいちおうは魔術なんだよな。
やっぱこっちもあったほうがいいかな。
『せいしん : 25 → 30』
うむ。
押しこまれた足が土を掻き、轍のような跡を作る。
手指は暴れ定まらず、空気が帯電するほどの摩擦に感覚などどこかへ行ってしまったが、それでも形は保っている。胸から血やら肉やら吹き散っているはずだが、すぐに蒸発でもしているのか見当たらない。
ガンズーはただ一点だけ凝視していた。自分の手先だけ。
きゅ、と指先が引っかかり、持っていかれそうな感触があった。気がする。
ここまでは押さえているのかどうかすら定かではなかったが、確かに触った。
「おぉらぁぁぁあああっ!」
指が千切れるのが先か、槍が静止するのが先か。
どっちでもいい。
なぜなら。なぜなら――
「知らねぇぇぇえええ!」
『 れべる : 55/60
ちから : 85
たいりょく: 104
わざ : 46
はやさ : 40
ちりょく : 25
せいしん : 30 』
鉄壁だからだよ! 限界突破の鉄壁様だぞ俺が止めるっつったらなんだって止まるんだ黙って弾かれろ!
でもやっぱちょっと強いねこれ。
「ふんがぁあっ!」
間違いなく、槍の穂先を両手で掴んだ。がっちりと。
回転の方向へ、あっという間に腕ごと巻きこまれそうに――ならない! んな悠長なことしてっかボケ!
腕を思いきり上方へ捩じ上げる。後ろへ倒れながら、さらに足も蹴り上げた。もはや見てもいない。
やたら不細工な姿勢の巴投げ。だが足裏に確かな衝撃と、ブーツの底がじょり、と削げた感触。
槍は――はるか上空へと飛んでいった。と思う。
ガンズーはそのまま後ろに転がり続けたので、行き先を見届けることはできなかった。ただ少なくとも、街の方向へは飛んでいない。
「はっはぁー! さすがだぜ俺! いてっ!」
見たかコンチクショウ! 地面を頭で削りながら、快哉を上げた。
なぜレベルが上がったのかなんて考えてもわからない。自分の能力だというのにつくづく正体不明である。なんか上限自体が上がっていた気がするが、今はどうでもいいことだ。
おかげで助かった。わずか――結構な上昇値だったが、相手から比較すれば少ないもんだ――な底上げ。それでもこれが無ければ自分はとっくに吹っ飛んでいただろう。
べちゃりと尻だけ突き出した体勢で止まり、ガンズーは首を捩じった。胸がちょっと痛い。というか麻痺している。おそらく痛いどころの騒ぎじゃない負傷になっているが、なるべく見ないことにする。
視線の先、ずいぶん離れてしまったが、ガラジェリは指を翳した姿のまま変わらずそこにいた。
心底から驚いているような、あるいは嬉しそうな様子で目を見開いている。
「あ、あらぁ……ホントにやってくれちゃうなんて、ビックリだわ。わたしの十八番なのに……ちょっと自信無くしちゃう」
ちろり。割れた舌先で唇を舐める。
「もっとできちゃうのかしら。どうかしら」
そうだ。槍の一本かそこら止めただけでどうなるものでもない。あんなもの、きっとその気になればまだまだ連発できるのだ。もうこうなったら何発だって止めてやるが、それだけではダメだ。
この女を倒さなければならないのだ。
「星をおふぃふほ」
再度の詠唱をしようとした彼女がかくんと首を後ろに傾けた。口にどこかから伸びたロープがかけられている。
「ひょっほ! はに!?」
「よっしゃー! わざわざ強いのだけ詠唱するからそうだと思った! それ、口に出さなきゃなんないんでしょ!」
いつのまにか復帰していたミークがロープを掴み、ガラジェリの背後から猿轡のように回している。
そういえば普通の練土魔術は詠唱どころか前触れも無しに使っていたのに、なんとかという強力なものはいちいち口に出していた。
単純だが、効果的な対策かもしれない。とはいえ、
「ふぉんなもの――!」
あっさりとそのロープを引き千切り、蛇はミークへ向き直る。まだまだ長さに余裕のあるそれを振り回す彼女だが、もはや易々と同じことは――
「【乱華鏡】」
途端、ガラジェリの周囲の光景が乱れた。遠近感が狂い、ミークの姿が滲む。瞬きの次には、ロープを操る幾人もの彼女の姿。
「もがー!」
中心にいる蛇女からすれば、その視界は滅茶苦茶になっている。魔導的な感知をするにも相手はミークだ。
再び口にロープをかけられ、どこかあらぬところの地面を爆破したらしい。
「【灼血】」
その攪乱をおこなったレイスンが、こちらに小杖を向けた。ガンズーの身体からしゅうしゅうと煙が上がり、胸や掌の傷が少しだけ癒える。
どうもなにか言いたいことがあったらしい。だが彼はこちらを見たままぱたりと倒れた。身体が焦げっぱなしである。無茶するなぁ。
しかしおかげで動けるようになった。ふらつきながら立ち上がる。
視界の端に、斧があった。大事な相棒。アノリティのほど近くに落ちていた。
大きな地響きと共に、こちらまで砂煙が届く。向こうから「ひゃー」というミークの悲鳴が聞こえた。痺れを切らしたガラジェリに広範囲を吹っ飛ばされたらしいが、少なくとも避難はできたようだ。
「ああもうまったく、ちょこざいなマネを――」
煙の中から不機嫌そうに髪をかきあげる蛇女の姿が現れた。
それと――寝そべったまま、腕だけ彼女に向けるセノア。
「【鼓動を撃て】」
一閃。
ガラジェリが放った先のものよりは光量が足りていない。だが遜色ない威力を伴った雷電が奔った。
慮外からの攻撃に、無防備にしていた蛇が飛ばされていく。
「ふひぇっへっへ……できたでやんの……ザマみろボケぇ……」
黒い靄と共に少々汚すぎる笑い声を絞り出すと、彼女はぐたりと顔を伏せる。今度こそ失神したらしい。
こっちももうちょっと頑張らねぇと。斧を拾い上げた。
「おいアノリティ。まだ動けないか?」
「充填率三十ニパーセント。動くことはできますが、武装が起動できません」
「……それ、そのビーム砲に回せねぇの」
「撃てます。ただし相応の威力にしかなりません」
「だったら――」
即座に体勢を立て直すガラジェリ。身体からパラパラ鱗が剥がれている。
腕を振り上げた。ミークは尚も術を防ごうとしている。彼女の攻撃では決定打が打てない。
振り上げられた腕は攻撃を防ぐために使われた。横から飛んできた、銀を越えてもはや白光に近くなった剣戟にぶつかる。
「トルムなにそれ!? 剣は!?」
「折れた! やってみたらできた!」
トルムが握っているのは剣の柄だけだ。刀身は根こそぎ砕け散った。しかしそこにはこれまでよりはるかに長大で凝縮された刃が形成されている。
ガラジェリは彼の攻撃をさして気にしていなかったはずだが、ここに来てやたら警戒した動きを見せだした。どうやらあの剣は、一矢報いるに足る力を宿すまでに至ったようだ。
やっぱお前は凄いぜトルム! だが俺も忘れんな!
今行く!
「やれアノリティ!」
「撃ちます」
背中に当たる冷たい砲身の感触。構えた大斧。
きゅいん、と背後で準備完了の合図。
背中が爆発した。息が止まった。ちょっと想像したよりも凄い衝撃だった。お前もう少し加減せぇよ。
あっという間に後ろへ流れる景色。ていうか見てる余裕ない。ぶっ飛んでいる。
エネルギーの奔流の先で、ガンズーは飛翔した。
一歩間違えれば、そのまま人体など消滅するだろう。
だが俺だ! ぜんぜん平気! このまま斧だって振れる!
ひと呼吸も無い瞬間。
目の前に迫った蛇女の顔。
ようやく焦りやがったなこのアマ!
叩きつけた斧刃を、ガラジェリは両手で挟みこんだ。ガンズーの背後から押し寄せる力は途切れない。
ごりごりと彼女の足が地を削る。さっきまでと逆になったな! 弾丸は俺自身だが!
「惜しいわね!」
無理やりに体勢を維持しながら、ひたすらガラジェリに対して斧ごと身体を押しつける。
しかしぴったりと閉じられた両手からは尋常ではない膂力を感じる。合わされた掌の中で摩擦により斧刃が赤熱していた。このままでは、押しこんだって刃は届かないだろう。
だがこれでいい。攻撃を当てるのは俺じゃない。
俺の役目は壁だ! 名付けて飛ぶ鉄壁! 今考えた!
オラオラ押されてんぞ! その先にゃなにがある!?
ガラジェリの目が一瞬だけ横へ。後ろを振り向こうとしたか?
遅い。
彼女の背後、ガンズーの正面。
白銀の大剣を大上段に構えたトルム。
剣と、斧と、光線と。
虹の蛇を中心に、全ての力が交差した。