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鉄壁のガンズー

 空中を横に走る雷を、はたして雷と呼ぶのだろうか。どちらかといえば、それはもう単なる電気の塊だ。どういう仕組みかというのも、考えたって意味が無い。

 ただ、瞼に残った残光は確かに右へ左へ、あるいは上に下にジグザグの軌道を描いていたので、なるほどこれは雷だ。


 衝撃でガンズーの身体さえ押し流されたので、はっきり見えたわけではなかったけれど。


「あ、これは無理ですね」


 前方に防護壁を集中し、雷電の前に立ちはだかったレイスンの口がそう動く。声が聞こえたわけではない。

 転がる瞬間に見えた。背中から落ちるときには、不可視の壁が破裂して吹き飛んだのもわかった。


 ごろりと後転して起き上がれば、盛大に弾かれて転がっていくレイスンと、セノアを突き飛ばして衝撃波の全てを受け、上空に浮いたミークの姿。


「ミーーークッ!」


 セノアが叫ぶ。錐もみして飛んだ彼女は受け身を整えようともしていない。おそらく意識を失って、自由落下に任せていた。


「腕ぐらい動くなアノリティ!」

「エネルギー充填に再計算が必要になりますが可能です」

「なら行けぇ!」


 足元でへにょりと弛緩していた機械人形にジャイアントスイングを仕掛ける。勢いをつけてミークが落ちる先へ投げ飛ばした。

 空中で激突したようにも見えたが、彼女はどうにか柔らかくキャッチしてくれたらしい。地面に落ちる際にも、きちんと下敷きになってくれた。


「……真言?」


 そちらを茫然と眺めながら、セノアがぽつりと呻いた。

 答えたのはその魔術を放った張本人。


「あらまあ。本当によく勉強してるのねぇ。こちらにもまだ伝わってたかしら」


 雷を放った指先を、そのまま自分の頬に当ててガラジェリが呟く。耳に届く前に斧を拾い上げてガンズーは突っこんだ。


「魔族すら使えないって……とっくに失伝したんじゃ」

「そう聞いたの? カンワンアペルかしら。だってわたしもそれなりに長生きだもの。これくらいはねぇ」


 頼むからそのままのんびりしていろ。あのクラスの魔術を連発されたらどうしようもない。そして、それが不可能とはけして思えない。

 接近戦に持ちこめ、それしかない! トルムも同じことを考えたようで、反対側から駆け出している。


「でも、うーん。やっぱりビリビリは苦手だわ」


 たしかに、連発はしなかった。


「【巨人の地団駄(ロデオフレンジ)】」


 斧を振り下ろす瞬間、ごん、と足の裏を叩かれた。

 空中に投げ出される。当然、斧は空を切った。駆けるまま飛ばされたので、視界が半回転している。


 蛇女の後頭部が見えた。それからその向こう、自分が元いた位置に、壁。

 壁? 違う。一角が切り取られたように盛り上がっている。箱? 地面が丸まませり上がった箱は即座に沈んで元に戻った。

 やはりまたごきんと頭をぶっ叩かれた。地面まではまだ離れていたはず。どうやら落ちる先でまた地面が飛び出した。


 どごんどごんと周囲一帯から、巨大ななにかが暴れるような音と土同士がこすれ合う音。

 ガラジェリを中心にして、組み間違えたパズルのように、あるいは勝手に動くピアノの鍵盤のように、地面が浮いては沈み沈んでは浮く。それも、凄まじい勢いでかち上げてくる。

 ガンズーは為す術なく跳ね飛ばされまくった。ピンポン玉の如く宙を転がる。


 あっちこっちを行き来して上下すらわからなくなった中で、どうにか視界に捉えることができた。

 暴れる地面を器用に駆け抜け、蛇に迫る勇者の姿。


「【六揃いの嵐(ファンブルヴィーヴル)】」


 突かれた銀の剣を直に掴んだ蛇が、再びなにか唱えた。途端、地面が元の姿を取り戻し静かになる。

 静かになったのはわずかな間隙だけだった。次に辺りを占めたのは豪風の轟き。


 トルムの足元から彼を巻きこむように発生した竜巻。小さな風の渦が、あっという間に一帯を覆うほどの旋風に変わる。


「トルム!」


 身を浮かせて巻き上げられる寸前だった彼の足をどうにか掴んだ。結局、ガンズーもまとめて吹き上げられただけだったが。


 ガリガリと身体を削られる感触。なにかと思えば、竜巻は自分たちを巻きこんだだけではない。硬く凝縮した土の礫が一緒に回転していた。

 礫はコイン程度の大きさしかないが、牙のような鋭さで襲ってくる。空を飛ぶ魔物に空中で襲われているようなものだ。

 トルムも盾で己を庇っているが、防ぎきれない。ガンズーはなんとか彼を引き寄せ、被弾面積を自分に集中させた。風の中に血が混じり、礫が赤土に変わる。


「ガンズー! 止まった瞬間、僕を投げろ!」

「っつったっていつまで経っても止まんねぇぞこれぇ!」

「必ずやる!」


 赤土の牙が頬を削っていき――多分、耳たぶも少し無くなった――目を開けることすら難しい中で、トルムが叫んだ。

 もしチャンスが来たとしても、空中でガラジェリの方向さえわからない。


「【逆鱗風(シー・ク・ズィー)】!」


 耳を打つ轟音の向こうから、濁ったように聞こえたセノアの詠唱。

 渦巻く旋風が、ほんの少しだけ勢いを失った。

 あれは風の魔術。風に風をぶつけた? 違う、おそらく風の中に逆方向の力だけを発生させた。現に一歩ほど先の空間では礫がまだ荒れ狂っていて、自分たちの周りだけ風の速度が落ちている。周囲と時間がずれたような錯覚。


 なんにせよ、チャンス。自分がどちらを向いているかはわからない。

 正面、はるか遠くに山影が滲んでいる。陽の光を受けて。

 たしか、あの山を正面。西日を背にして戦っていたような――


 だったら後ろ! あと下! そこからは勘だ!


「行けトルム!」

「おう!」


 中空に浮く中、じたばた暴れるように身を捩じる。無理やり回転。引っ掴んだトルムにどうにかして勢いをつける。物理法則なんぞ知るか! なんとかしやがれ俺の筋肉!

 手を離す瞬間、勇者の剣が一層の輝きを放った。その剣さえここで使い切るつもりかもしれない。


 めくらめっぽう、渾身の力を込めて彼の足先を押し出した。風の壁さえ突き抜けさせる勢いで。

 視界、正面には間違いなく虹色の影。こちらに顔を向けている。


 ?

 俺、普通に下へ落ちてないか?


 風が止んでいた。

 それと、ガラジェリが掲げた腕。

 その先には、なにか、長い槍のようなものが回転して――


「トルム避けろぉ!」


 空中を突進する彼になにをどうしろというのか。しかし叫んだ。

 あれ、なんかヤバイ!


「――【星を落とす(ダイヤオリオン)】」


 トルムが身を捩る。

 矢のように放たれたそのなにかを、逸らすように剣で受けた。


 巨大な質量にぶつかれば、人は吹っ飛ぶ。さらに言えば剣なんて砕ける。

 あっさり視界から消えたトルムが、はたしてどこに飛ばされたのかわからない。なのでガンズーは、その槍の行き先を目で追った。

 勢いを減衰させることもなく飛び続ける槍。カルドゥメクトリ山脈を越えるのではないかという速度で消え去っていった。


 あれがなんという名の山かは知らない。とにかく、山脈のひとつ。

 多分、音で言えばボン、とか、ボ、とかそんな感じだろう。音なんて当然ここまで聞こえてきたりしないが。

 山頂の辺りが、丸く抉れた。間違いなく見た。

 かなり遅れて、地鳴りに近い響き。


 地面に叩きつけられたことも忘れて、ガンズーはその様子を見ていた。


「あらやだ。やっちゃったわ。ウチ大丈夫かしら」


 振り返れば、額に手を翳して同じくそちらを眺めるガラジェリ。ガンズーを見下ろして、てへと舌を出した。似合わねぇぞ。


 斧はどこだ。手には無い。先ほどの竜巻に飛ばされたのは覚えている。見回しても近くには無かった。

 息を整えながら立ち上がった。少し下に、虹色を宿した髪。


「あなたはまだ元気そうねぇ。どうするの?」

「どうするもこうするも」


 拳を振った。受け止められる。反対の拳も。やはり止められた。

 まだまだ。頭突きをしようと頭を上げれば、なぜか彼女も同じ行動をした。こちらが振り下ろす前に、顔面へ額を突き入れられる。


 顎が無くなったかも、と思いながらもんどりうってごろごろ転がった。ステゴロも強いのかぁ。いやこりゃ参ったなおい。


「その子、止めてあげなさいな。まぁ、魔族化したらわたしが引き取ってあげてもいいけど」


 のんびりとしたガラジェリの言葉に顔を上げてみれば、目の前には足を引きずるようにして立ったセノアの姿。先ほどの地面隆起を逃げ切れなかったのだろうか。

 杖に寄りかかっている。換える手間も惜しいのか、左手に真新しい核石。それから、目尻から黒い靄が滲んでいた。


「……あんたのトコなんて死んでもゴメンだね」


 左手を掲げて、彼女は叫んだ。


「【天楽来雷(クシィ・イーヴ)――」

「【星を落とす(ダイヤオリオン)】」


 ガラジェリはこちらではなく、頭上に手を向けた。

 周囲の地面から、キラキラ光る粒子がその指先に集っていく。やはりあれは槍だった。飾りっ気も無い棒のような、白くくすんだ槍が形成された。

 きゅん、と高速で回転する。


「――(ドー)】!」


 セノアが言い切るのと、槍が発射されたのは同時。

 上空、見えないほど遠くで一瞬なにかが光る。

 そして落雷の音だけが響き、空を覆うように雷光が散り散りに拡散した。


「……ちくしょう」


 もはや固形とも思える靄を口から吐き出して、セノアは倒れた。意識を失ってはいないが、動くことは難しいだろう。こちらを睨む目が、どうにかしろと言っていた。


 首を巡らせる。

 半身を焦がして倒れているレイスン。ミークも失神したままだし、その下にいるアノリティも目は向けているがまだ動けないようだ。遠くの木の枝に、トルムが引っかかっていた。

 さぁどうするガンズー。意地でも負けてやらないが、勝てる気が全然しないぞ。


「まだかしら?」

「あん?」

「うーん。あなた、もうちょっとな気がするんだけど。なにか引っかかってることでもあるのかしら?」

「なに言ってんのかわかんねぇな」

「え? だってあなた異邦人でしょう? ケニーが……あ、ちょっと待って。考えてみればあのバカ蛙なのよね。そうよね。まともに話をしているとは思えないわ。ごめんなさいね」


 蛙がどうした。まさかケーのことか。知り合いとは思っていたが。

 夕食の献立でも考える主婦のような仕草で、ガラジェリは考える素振りをした。


「どうしたものかしらねぇ……この子たちはできれば改めて招待したいし……うーん。ガリィ困っちゃう」


 くね、と肩を捻って傾く魔王。だから似合わねぇっつってんだろ。

 そうしていると、パッと顔を上げて手を打った。


「そうだわ。じゃああちらに頑張ってもらいましょうか。え? なぁにアシェリ。うん。あの彼? 大丈夫よ、あなたが見初めた子でしょう? きっと生き残ってくれるわ。ダメだったらお母さんがまた見つけてあげるから」


 朗らかになにかぶつぶつと呟いて、彼女は指先をついと逸らしてガンズーの後方へと向けた。

 おいまさか。


「【星を落とす(ダイヤオリオン)】」


 ちょっとそこへ、と気軽な様子でガラジェリは三度目の術を発動する。

 絶望的な破壊力を持った槍が生み出され、回転した。


 その先、自分達の後ろ。

 アージ・デッソへ向けて。


「おいやめろ! ウークヘイグンの復讐なら、やるのは俺だろうが!」

「え? あぁウーちゃん? そういえばそうねぇ。この子が言ってたのはそれだったわね。ならこれでいいのよ。だってあなた、逃げられないでしょう?」


 当たり前だ。あの街には皆が、ノノがいる。

 回る切っ先の射線上に、ガンズーは自ら立ちはだかった。


 山の一角を抉り飛ばす威力の術。はっきりした規模などわかっちゃいない。しかし一発でも街にとって致命的なものだとはわかる。

 そして――自分ひとりが壁になって、どうなるものでもないことも。


 だが止めるしかない。自分しかいない。

 守れ。


「わたし、加減が下手なの」


 前にも聞いた台詞を吐いて、ガラジェリは笑った。

 蛇の笑み。


「死んだらごめんなさいね」


 ちり、と鈴鳴りに近い音。

 槍が消えた。

 消えていない。目の前。

 切っ先はまだ届いていないのに、身体が押される。

 軌道はわかっていた。

 わかって間に合うようなものじゃない。

 神よ。神なんていねぇ。会わなかった。

 信じるのは――

 やっぱ勘だ!


 絶対に止める、というつもりで睨みつけていたのに、反応できたのは動体視力ではなく衝撃波が身体を叩いた反射のおかげだった。

 とてつもない速度で回転し続ける槍を抱えるように両手で掴む。掌が削られている。

 掴むだけで止まるわけなかった。身体が押し出される。足が地面を抉る。


 槍の切っ先がわずかに触れて、胸当てが爆散するように砕け散った。鎧下が千切れ飛び、胸が白熱し肉が窪んでいく。


 あ、ダメだこれ。死ぬ。また死ぬ。

 ちょっと気を抜けば手が吹き飛ぶ。そして胸に大穴が開く――どころか、身体が四散する。そしてそれは、気を抜かなくても次の瞬間には起こる。


 覚悟はした。無理かなとも思っていた。

 手も足も出なかった。だが、それはまあいい。相手が強かっただけだ。なにせ魔王だかなんだかだ。もっと力をつけなければならなかった。

 それはまあいい。


 だが――


 爆裂四散した自分を幻視する。槍はそのまま直進し、街へと飛ぶ。どこかへ着弾すると、周囲を消し飛ばす大衝撃。

 そこにはノノが。


 ――守れないのだけは許さねぇ!

 他の誰でもない! 彼女だけは、あの子だけは死んでも守れ! 死んだって守り抜け! そうしたはずだろうが!


 弾かれてしまいそうな両手にありったけの力を込める。

 止まらない。


 関係ねぇバカやろうこのやろうやってやらぁ!

 気合いを入れろ! 硬いのだけが取り柄だろ!


 俺を誰だと思ってんだ!


「俺は!」


 ――パパは。


「鉄壁のガンズーだ!」






『実績が規定値に到達しました』






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― 新着の感想 ―
[良い点] 引きが、ひきがやばい!!!うおおお!!つづきぃ!!!ここ十話ぐらいの流れ好き好きほんと好き
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