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鉄壁のガンズーと虹鱗艶蛇

 ガラジェリは妙に愉快そうな――女王サマってか。ある意味正しいな――表情のまま、指先をついとこちらに向けただけだった。


 ぴち、となにかが額に当たり、それからほんのり温かい。出血。

 続けて同じ小さな衝撃が、何百倍もの厚みを持って嵐のように襲い掛かった。咄嗟に顔面を両手で防ぐが、皮膚がガリガリ削られる感触におぞ気が走る。

 土? 礫? いや、もっと小さい。砂? やすりでも押しつけられているみたいだ。痛みも出血も少ないが、目でもやられたらたまったものじゃない。ていうかちょっと待て、服が破けたらどうする情けない絵面になるぞ。


「【鎧王(アル・アルイ)】!」


 慌てたようなレイスンの詠唱。そのおかげで身体に纏わりつく細かな痛痒が和らいだ。ガンズーが防護魔術を施してもらうなどいつぶりだろうか。彼としてもあまり心の準備ができていなかったかもしれない。


「頑丈ね」


 腕を下ろして視界をひらけば、息がかかりそうなほど目の前に女の顔。

 反射的に抱きしめようとした。変な意味ではない。とにかく捕まえれば有利になるのではと考えたのだ。


 撫でるように顎を軽くはたかれた。のだと思う。

 次の瞬間には、仲間たちが眼下にいた。ガンズーは飛んでいる。いや、吹っ飛ばされている。


「んがあああっ!?」


 単純な剛力ならまだいい。首だけを見えないクレーンにでも吊るされたのではと感じるような、物理法則をどこかに忘れてきた異常な荷重。これ俺じゃなかったら首千切れてんじゃねぇか。

 受け身をしそこねて二回転ほどし、どうにか起き上がる。ちょうどトルムが剣を銀色に輝かせ、斬りかかるところだった。ガンズーも戦線復帰に走る。


「ちょっと! なんでぜんぜん通っていかないのよ!?」


 セノアの横を走り抜ける間際、彼女が喚きながら足元の地面を叩いているのが目に入った。


 いつのまにかガラジェリの周囲には、やたら光沢のある掌ほどの岩盤が何枚か浮いている。トルムの銀の剣は本気なら封鉄(アダマンティン)すら断ち切るはずだが、巧妙に切っ先を逸らされていた。

 宙を舞う盾を操りながら目の前の勇者を無視して、蛇の体表を持った女がセノアに言う。


「そりゃあなた、いくら早い者勝ちって言ってもねぇ。椅子に座れたからって、巨人が圧しかかってきても退かないつもり?」


 あの盾も先ほどの砂塵も、おそらく練土魔術の一種だ。詠唱することもなく、事前にマナに働きかけることもなく、それどころかセノアの妨害を意にも介さず発動させているらしい。


 なるほど魔王。魔王ね。そりゃまぁ強いだろうとは思ったさ。

 思いながら、ガンズーは駆けるまま大斧を打ちこんだ。背中から引き上げ、その勢いごと振り下ろす。


 ごちん、と気の抜けた衝突音。

 盾はトルムのほうへ回っている。

 なんということはない。斧刃は、ガラジェリの手に受け止められた。鱗の浮いていない、素肌の手のひら。落ちてきた荷物でも支えるような気楽さだった。


『 れべる  : 99/99


  ちから  :   103(-8)

  たいりょく:   106(-8)

  わざ   :   47(-11)

  はやさ  :   39(-10)

  ちりょく :   118(-21)

  せいしん :   97(-19) 』


 だが戦える! まだまだ相手にできる範囲だぜ! 思ったほどじゃねぇなコンニャロウ! とんでもねぇ奴ばかりに当たって目が慣れたかな!

 気になるのは負荷補正。これは――もしかして、アシェリの影響か? どうやらあの少女は消えたわけではない。同化だか合体だか知らないが、この身体は彼女のものでもあるようだ。

 その影響が無かったら……ちょっと考えたくねぇな。


「【剣王(ポール・アルイ)】!」


 レイスンの声。そして、ほのかに熱を帯びる身体。

 止められた斧。関係ねぇと言わんばかりに押しこんだ。ほんのかすかに、蛇女の肘が沈む。

 彼女の表情が――なんで嬉しそうにしてんだお前。


「まぁ、もうちょっとじゃない。ほら頑張って」


 言った途端、シーソーのように押し返されてきた斧刃が眼前に迫る。あ、加減が下手ってのは本当なんですね。ぐおお腰が折れる。


「ガンズー!」


 岩盾に打ち据えられ後ろに跳んだトルムが、着地と同時に身を歪ませた。瞬時にガラジェリの側面へ現れ、剣を――


「あなたはダメ」


 空いた片手で、翳されていた彼の盾はぺしんと叩かれた。瞬歩の軌道を逆再生するように吹っ飛んでいく。


「惜しいのだけどねぇ。壁は超えてそうなんだけど、単純に修練が足りてないのかしら。残念ね勇者さん」


 うふふ、と勇者が転がったほうを眺めて笑っていた蛇女は、次に反対方向へ首を捻った。

 二又の舌が伸び、眼前のなにかを巻き取る。数本の矢。


「はら、はひたない」


 適当に矢を放ったかと思えば、ぐんと斧を引かれる。ガンズーが頭上へ一度持ち上げられ、地へ叩きつけられる寸前に見えたのは、視線の先へなにやら指を振る彼女の姿。

 地面に激突したのと、まだ緑の豊かな森の淵が爆散したのは同時だった。木々の隙間から砂煙と、「うぎゃー!」と叫びながら走り帰ってくるミーク。


 しかし、ガンズーの頭上を雷光が走った。凝縮した光を顔面に受けて、ガラジェリが一歩だけ下がる。


「対抗できねぇってんなら正面から焼き払っちゃるわい! 起きなトルム! ガンズー! このババア蒲焼にするわよ!」

「あらまあババアだなんて。肉体年齢はあなたとそんなに変わらないわ」

「一緒にすんな目元に歳が出てんのよ【雷咆(スー・カーン)】ー!」


 頭の上、ごく至近で暴れる雷電から逃れるようにガンズーは転がった。

 起き上がろうとすると、背中になにかぶつかる。

 アノリティだった。この戦いの中で未だに動こうとしていない。後頭部――どころか全身からきょるきょると異様な駆動音を発している。なんだまた故障かこんなときに。


「――解析完了」


 ぽひー、と最後にやはり謎の音を鳴らして、


「第四種位相界面検知。特定変異項及び超過領域項に五つの該当。亜種と認定。敵対行動の意思あり。これより、対ニューマンシンドローム形態に移行します」


 彼女の体表に描かれた幾筋の模様。そこから、一斉に煙が噴き出した。熱い。

 煙の中がこきんぱきんういーんがっちゃんがっちゃんとなにか盛大に騒がしくなる。ていうか本当に熱い。近くにいられなかった。


 その間ほんの一、二秒ほどだろうか。静かになったと同時に煙が引いていった。

 そこにいたのは――まあ、おおむねアノリティである。ただ、ちょっと背が高くなっていた。頭がガンズーと同じ高さにある。

 なぜなら浮いている。地に足をつけることを放棄した尖った足先と、背中から生えた翼――というか、ちょっと角ばったランドセルというか――から謎の粒子が吹き出して、滞空していた。

 手の先は、片方が筒のように変わり、片方は――おいトルム、銀の剣パクられてるぞ。多分こっちのほうが切れ味いいぞ。


「攻撃開始」


 言うやいなや、彼女は左手の筒をガラジェリに向けた。

 想像どおり、あれは砲身だ。そしてたいていの場合、あんなものから飛ばすとしたら弾丸なんかではなく、


「あらぁ」


 楽しそうに雷を弾いていた蛇女は、そこで初めて驚いた顔を見せる。


 奔ったのは赤。いや黄。やっぱり赤かもしれない。

 とにかく太陽に似た色の野太い光が、凄まじい衝撃を伴って線を引いた。周囲の空気がパチパチ鳴っているのだけはわかったが、それ以外の音を拾うには耳の許容量を超えていたらしい。

 後ろからその衝撃波に煽られたセノアがこけた。なにか喚いている。


 残っていた切り株を地面ごと焼き払い、光線はガラジェリの背後、遠くの森まで丸く削り取っていった。

 光に飲まれる蛇が直前に土で壁を作ったように見えたが、その壁が吹き飛ぶのも見えた。


 轟音の残滓だけ残し、アノリティの砲火が途切れる。砲身の付け根、肘あたりからまた廃熱を噴き出した。熱いってだからなんでお前はこっちに向けるんだ。


 はたしてガラジェリは――少なくとも、姿にそれほど変わりは無い。

 顔の前に翳した腕。それ以外にも体中から煙を上げて、虹色の鱗が大いに燻っている。


「熱ぅい……いやぁねまったく。クウォルデリオン製は安定性を捨てて火力特化、とは聞いていたけど……そう。これは怖いわねぇ」

「対象の生存を確認。近接戦闘に移行します」


 ばしゅん、と戦闘機のような音を鳴らし突っこんでいくアノリティと、右手に石の剣を作り出してそれを迎え撃つ蛇。彼女の剣が火花を飛ばす。


「【灼血(エア・ロー)】! 好機です! 彼女の援護を!」


 細かく傷ついていた身体がみるみる回復し、痛みが消える。

 レイスンの言うとおりだ、まさかアノリティにこんな隠し玉があるとは思わなかった。あの火力なら魔王だろうがなんだろうが十分に通用する。


 宙を跳ね回り斬撃を降らせる人形の攻撃に、さしものガラジェリも余裕が無くなっただろうか。横から差しこまれた銀の剣閃が初めて身体に届いた。

 さらに突撃するトルムが、その剣を直接叩きつける。かすかに血が飛んだのを確かに見た。いける!


 斧を振り上げて追撃に加わったガンズーの後ろからセノアの声。


「あんたたち! でかいの行くから、自力で避けな!」


 打ち合いの中、立ち位置がぐるりと回れば、地面に杖を突き立て、両手で複雑な印を組む彼女の姿。

 あれはそうだ。でかいやつだ。魔族さえ一発で吹っ飛ばした彼女の切り札。


「――天を見上げる(ロー・イーヴ)大空の檻(セー・サイ)極黒の門(アート・オン)


 澄んだ歌声。剣戟が響く中でも届く、虹の魔女の調べ。

 その姿を視界に収め、ガラジェリは「へぇ」と小さく唸った。余裕ぶってられんのも今のうちだ!


雷霊を呼べ(アル・スリト)怒りに満ちた(アル・アン)雷霊を呼べ(・スリト)吠えて祈れ(エルク・ア・レイ)雷火の巫女(・マエン・スール)


 横薙ぎにされた石剣を、トルムを庇って斧で受ける。バカみたいな膂力だが、ギリギリ踏ん張った。


「アノリティ! もっと引っ掻き回せ! まだ動けるんだろ!?」

「稼働時間、残り三秒です」

「――は!?」


 やっぱこいつダメじゃねぇか! そうだよね見たまんまフルパワーだもんね!


降りて来たれ雷霊(メドゥ・スリト)! ここが楽園(アラ・イト)! 怒りの楔を打て(ゲー・アン)!」


 セノアが詠唱を終えるのと、アノリティの剣が光を失うのは同時だった。


「――【天楽来雷降(クシィ・イーヴ・ドー)】」


 遥か頭上、空のどこかで、なにかが鳴いた。

 落ちてきたアノリティを抱えて、急いで離れる。トルムも飛び退った。


 光。

 あとは轟音だとか熱だとか、なにかとにかく凄まじい力が暴れているのを背中に感じて、頭から飛びこむように伏せた。

 ちらと見れば、先ほどアノリティが放った光線をさらにひと回り太くしたような落雷が、途切れることなく降り注ぎ続けていた。


 セノアの杖にある核石がみるみる黒くなっていく。大きさからしてかなり質のいい物のはずだが、五韻の魔術には脆いものである。


「――っぶはぁ! どうだ参ったか!」


 へたり込むように杖に寄りかかったセノアが拳を上げた。

 かーん、かーん。と、目の前で落ちていたはずの雷が残した遠鳴りが山のほうから返ってくる。


 その彼女の拳が、かくっと傾いた。振り向く。


 ガラジェリとは、蛇の鱗を纏ってはいるが、あくまで人間の姿かたちをしていたはずだ。


 そこにいたのは一匹の蛇。鱗を多色に彩った人間大の蛇。色はともかく、この大きさなら密林の奥なんかに普通にいそうだ。


「さすが虹の子と言ったところかしら。凄いわ。()()に匹敵するような術を使える人間なんて、久しく見なかったもの。よく頑張ったのね」


 ぐにゃりとその形が崩れて――元の、女の姿をとった。

 焦げたその鱗がいくつか落ちる。パラパラと落ち葉のように。

 傷は――無い、かな。


「わたしもね、ちょっとくらいは雷が使えるの。ご褒美に見せてあげる」


 気軽な様子でその手を上げた。指先はセノアに向いている。


「【巌塁(イル・エル)】!」


 彼女を庇うようにレイスンが飛び出して――


「――【鼓動を撃て(ハートビートライン)】」


 先の魔術に匹敵するほどの轟雷が、空を裂いた。

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