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鉄壁のガンズー、藪/ケーナズテイアス

 間違いなく骨が砕けた感触。

 だというのに、それと同時にすり抜けていった感覚も手に残り、ガンズーは困惑した。


 大きく後ろへ下がったヒスクスが、左手を掲げて見せる。ぷらりと手首の先が垂れていた。


「折れました」


 知っとるわい。なんであっさり脱出してんだお前は。いっそ引き千切るくらいのつもりだったんだぞこっちは。


「ぐわー俺も折れたー! アバラ今度こそイったなんか腹ん中でカリッて言った死ぬ死ぬ死ぬ!」


 喚きながら転がるドートンを、なにか奇妙な動物でも見るような目で彼は眺めていた。本来ならこいつの奇襲なんて通用しない。もしかしたら反省しているのか、あるいは純粋に不思議がっているのか。

 残念だが考えてもわからんぞ。どうせ考えなんて無かったろうからな。単に突っこんでみたらドンピシャのタイミングだっただけだ。


 ガンズーのすぐ横に火花が走った。どこかから飛んできた球電が近くで破裂したらしい。視界が瞬く。

 細長い胴体を持った人形が視界の端で倒れる。散った欠片と跳ねた雨水が顔に当たった。


「こんな大ケガをしてしまってはもうダメですね。降参です」


 周囲の戦闘に巻き込まれないようドートンをずるずる引っ張っていると、ヒスクスからそんな呑気な言葉が届いた。


「そりゃいいや。お前みたいな危ねぇ奴とこれ以上やり合いたくなかったとこだ。大人しく縄についてくれ」

「いえ、捕まるのは遠慮します。帰らなければなりませんので」

「片腕潰れてて逃げられると思ってんのか?」

「えぇ、まぁ」


 できるだろうなぁ、多分。

 背後のどこかからミークが全力で警戒している気配を感じるが、彼が逃げに徹したとしたら対抗できるのかわからない。


「だったらこっちはあのお嬢ちゃんを追うだけだぜ」

「そこが悩みどころなんです。むざむざ私が貴方がたの追走を許したと知ったら、間違いなくあとでへそを曲げる。機嫌が直るまでどれほどかかるか」


 その口振りは、アシェリ自身に対する身の心配などまったくしていない。こちらがなにをしようと、歯牙にもかけないと言いたいのだろうか。

 ……まさかあの嬢ちゃんまでこいつ並みに強いってんじゃないだろうな。いや、目の前で封鉄(アダマンティン)を人形化して見せたのだ。得体が知れないのは確かだ。しかしこんな奴がそう何人もいてほしくないぞ。


 とはいえ、ここで芋を引くわけにはいかんのだ。


「ずいぶんナメてくれるぜ。機嫌の問題で済みゃいいがな」

「あぁ、勘違いしないでほしいんですが、私としては貴方がたの実力を高く評価しているんです。十分に脅威だと思っていますよ。ただまぁ、なんと言うか……あれは、ちょっと別枠なので」

「別、だぁ?」

「いや、本当に困ってしまうというか、過保護も度を過ぎればよくないというか……おかげでひどく我が儘になってしまった。そういうことをされるとこちらの言うことなど聞かなくなるのです」

「あ、あぁそう……俺はどっちかっつうと過保護にしちまう側だからあれだが、それで育っちまうと困るってのはまぁなんとなく」

「苦労させられます。貴方も、娘さんがもう少し大きくなればわかりますよ。もし伴侶をとるなら是非ご注意を」


 はて。なぜ俺は年ごろの娘を持った父親の愚痴など聞いているのだろう。そしてなぜアドバイスなんぞいただいてるのだろう。

 雷光。それと金属が断たれる甲高い音が周囲から響く。その中で、なにやら飲み屋で並ぶ親父ふたりといった空気になってしまった。


 ごろんごろんと人形の頭が勢いよく転がってくる。ヒスクスは事も無げに足先でそれを止めた。ひと抱え以上はある金属とレンガの塊なのだが。


「まぁ、彼女を追うのもいいでしょう。むしろ頑張っていただければ結構。少しくらい痛い目を見るのも、たまには良いお灸になる」

「お前、頭っから本気じゃなかったろ。今だけじゃねぇ、この街に来るその前からずっとだ」

「子供の遊びに付き合うのも大変なんですよ」


 軽く、ボールでも扱うように足元の瓦礫を彼は蹴った。見事に砕け散ったその礫がガンズーの顔面を叩く。


「では失礼。貴方がたが目的を違えないなら、また会うことになるでしょう」


 目を開けた時には、すでにその姿は無かった。


 なんだかなぁ。空を見上げてぼんやりしてしまった。気付けば霧雨は風に巻き上げられるほど弱くなり、雲間には青が覗く。足元から「お師さんヤバイ口から血ぃ出てきた」とか聞こえてきたがまぁいい。


 子供の遊び。ヒスクスはそう言った。

 なるほど。結局のところ彼らは遊んでいたのだ。子供のいたずらに付き合って、この地で遊んでいた。人間を使って。

 そう考えれば、ウィゴールのちぐはぐな動きも納得がいく。ノノを――虹瞳を狙ったのも、ついでに過ぎなかったのかもしれない。自分の身が危なくなれば、あっさりとガンズーたち諸共に始末しようとしたくらいだ。


 たくさん死んだ。いたずらで、いたずらに。


 お尻ペンペンじゃ済まねぇぞ。


 ポコンと後ろから頭を叩かれる。杖だった。


「なに黄昏てんのバカ。サボってんじゃないわよ」


 辺りを見回してみれば、人の形の名残りがある瓦礫がそこら中に転がっていた。どうにか街には被害を広げず片付けられたらしい。


「なぁミーク。あの男、追えるか?」

「えへへー、ぜんぜん無理ー。よーいドンならギリギリだったかな」

「ま、そうだろうな」

「なんかあまり残念そうじゃないねガンズー」


 こちらの顔を覗きこむトルムに、しかし答えなかった。


 また会えるらしいしな。

 ふざけた野郎だ。ガキの付き添いだかなんだか知らないが、ウィゴール同様に俺たちを苦しめてくれたことに違いは無い。

 ぶっ飛ばす。ぶっ飛ばすが、もう少しだけ話をしてみたい気持ちもある。親父仲間のよしみだろうか。いや、単に自分は納得がいっていないのだ。


 だから、決着はその時でいい。


「あ、でもね」


 遠くの空を見ながら、唇に人差し指を当てたミークが言った。


「あの子なら追えるよ。ていうか、ぜんぜん隠れようとしてないみたい。今ちょうど北門を出たくらいだと思う」

「予測距離を計算しますと、あの体格の女性が歩く平均速度で進んでいることになります」


 アノリティの言うことが本当ならば、あのアシェリとかいう小娘は隠れることも急ぐこともなく、優雅に街を抜けていったことになる。

 ほーう。どこまでもナメくさってくれやがんな。


「おい、お前もう来んなよ。内臓やってんぞ」

「いや、行かねっすよ当たり前じゃないっすか。ただ」


 足元からドートンが青い顔で見上げ、その視線を遠くに移す。

 その先には、地面に額を押しつけて蹲るデイティスの姿。


「――よろしく頼んます」

「おう」


 よろよろと彼の元へ向かう弟子と、入れ違うようにレイスンが寄ってきた。


「天下の勇者パーティが揃って、追うのが少女ひとりとは。なかなか焼きが回りましたね」

「油断してたらとんでもねぇモンが出てくるかもしんねぇぞ」

「たしかに。では十分注意して、我々も遊びに付き合うとしましょうか」


 鬼ごっこだ。






 アージ・デッソ北門。さして頑丈な代物ではないが、大きさ自体は南門よりもひと回り巨大な建築となっている。木材などの運搬が多いから。


 それが無い。丸々無い。

 地面まで抉られたように消し飛んでいる。繋がっていたはずの外壁が、斜めに削れていた。

 門衛は街中の対応に連れ出されていたはずだ。おそらく人的被害は無かったと思うが――


「……鬼?」

「追われるほうが、かな」


 ほら見ろやっぱとんでもなさそうだぞ。

 むしろ自分から外へ出てくれて助かった。もし街中で戦闘になっていたら、どんな被害が出ていたかわからない。


「北か……」


 ぽつりと、トルムが呟く。

 アシェリが去っていったと思われる先、遠くには雨上がりの虹と、薄っすらとそびえる山影。


「山に入る前に捕まえるぞ!」


 叫ぶと共に駆け出した。


 アシェリもヒスクスも、「帰る」と言っていた。

 アージ・デッソの北。森を越えれば、山の入口はもう近い。


 カルドゥメクトリ山脈。

 その奥には、魔王がいる。





 こんな身体でも、実を言うと雨はそれほど好きじゃない。

 やっぱり、お日さまに照らされているほうがいい。

 ノインノールと日向ぼっこをしたことを思い出すから。






「――ふ、ひ、ひぃひひ、ふぉおほほっほほほ」


 切り開かれた森の入口には、まだ多くの切り株が残されている。特に最近伐採された辺りは、後処理が追いついていないようでぽこぽこと根や株が未だに張っていた。


 そのひとつの影から、灰色の手が覗いた。

 ぬたりと、小さなトカゲが頭を上げる。


「ば、ば、バァカどもめぇぇぇ。まんまと騙されおったわ、バカども、バカどもめザマぁないわ。ふほ、ほ。あぁまったく、ずいぶん力が抜けてしもうた。口惜しや口惜しや」


 小さい、とはいえ人間の子供くらいの体格をしている。以前まではもっとひょろ長かった気がするが、縮んだようだ。尻尾が半端な長さで断たれていた。


「仕方あるまい。ここはどうにかあの小娘を頼って、島まで戻る手段を整えなければ。おのれ、なぜ儂がこんな目に」


 どうやら彼はこちらにまったく気付いていない。

 なので、ぺちょり。

 その横っ面を舐めた。


「あ?」


 爬虫類らしいぎょろぎょろした目がこちらに向く。

 おそらく小さなカエルの姿が映っただろう。ずっとここにいたっていうのに失礼な奴だねまったく。


「やあ」

「……なんじゃ貴様は?」

「ボク、カエル」

「魔族――か? いや、それにしては……何者じゃ」

「だからカエルだってば」


 どうもピンと来ないようで、しきりに不思議な顔をしていた。会ったこともある気がするんだけどなぁ。ずいぶん前だからボクもあまり覚えてないけど。


「おい、野良か木っ端か知らんが、ちょいと手を貸せ。境界まで行かねばならんのだ。儂は疲れた」

「なんでだい?」

「なんでもクソもあるか。儂は魔王様の元へ戻らねばならんのじゃ。黙って言うことを聞かんと食うてしまうぞ」

「ダメだよ」


 丁重にお断りすると、トカゲは少し瞼を下げると――トカゲの瞼ってなんであんなにぶ厚いんだろう。寝るときによさそうだね――口を大きく開けた。

 こちらを食べるつもりらしい。カエルなんて食べてもマナの足しになんてならないんだけどね。魔族の共食いじゃあるまいし。


「お父上は多分もう君はいらないと思うよ」

「――は?」

「こっちには丁寧に送ってもらったんだね。言っておくけど、お父上は優しいわけじゃないよ。叱るときはちゃんと叱るからね。ボクやピウイートーンみたいに」

「ぴ、う……なぜ貴様が獣魔の一柱なんぞの名を呼ぶ」

「叱られないのは、好きじゃなくなった子だけだよ」


 口をひらいたまま、トカゲはその場で静止した。

 頬についた粘液がわずかに垂れる。


「蛙……蛙? せ、静澱泥蛙(せいでんでいあ)……?」

「喧嘩だけならいいけど、同族を実験台にするのはよくなかったね。お父上だけならともかく、子供たちの友だちもいたからね。ちゃんと怒られればよかったんだけどね。残念だね」

「な、な、なんで貴様、いや、あなた様がここに」

「あなた様じゃないよカエルだよ。改めなくてもいいよ」


 その頬が、どろりと落ちた。肉がこそげたのでも溶けたのでもなく、水のように変じた。うーん、ちょっと加減がよくないね。適当な調整にしちゃったかな。


「君はこっちでもダメだったね。悪いのは三つ。ひとつは無駄に同族紛いを増やそうとしたことだね。あんなのボク嫌い。仲良くなれなさそうだもん」

「き、きひゃま――」

「もうひとつ。人間さんたちの前でお父上を『魔王』って呼んだね。あれはとってもよくないね。お父上にもガラジェリにも迷惑がかかるね」

「け、けへ――」

「最後」


 トカゲの全身がとろとろと崩れた。少しずつ、地面に吸われていく。


「ノインノールを危ない目に遭わせたね。ボク怒った」

「――けーなひゅえいあひゅぅぅぅ!」

「ボクはそんな名前じゃないよ」


 んー、という声でも音でもない唸りを最後に、たしかウィゴールとかいう名前だったトカゲが地面の下に消える。

 くしくし顔を撫でた。お腹空いたな。キャベツの芯が食べたい。


「たぶん運がよければそのうち地表に出てこれるだろうから、ちゃんとしっかり反省してね」


 ケロ、とひとつ鳴く。

 ちょっと大人げなかったかな。ボクも反省しようっと。


「ね」

「好きにすればいいと思いますわ」


 この身体は向きを変えるのにちょっと苦労する。

 転がりそうになりながら、きちんとそちらを正面にした。横を向いたままじゃ失礼だしね。


 虹色の髪をした少女。

 ボク、この子にあんまり好かれてないんだよね。

 困っちゃうな。

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