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鉄壁のガンズー、がんばる

 あの坊主なら結界塔のほうに向かうのを見たぞ。

 という冒険者のひとりが言った言葉に、やはり真っ先に駆け出したのはダニエだった。

 いつのまにやらえらく足が早くなったようだ。ガンズーではもしかしたらもう追いかけるのに苦労するかもしれない。「待ってー危ないよー」なんて言いながらミークも走る。


 ケルウェン領主と、彼が従えていた兵たちにはなるべく離れるように伝えた。

 ウィゴールだけでも厄介だったのだ。はたして、これからまたなにが出てくるかわからない。下手に被害は増やしたくない。

 ラダに彼らと冒険者協会の繋ぎを頼む。あちらも対応に追われているだろうが、街中の趨勢自体はすでに優位だ。魔獣の残党に注力してほしい。


 仲間が次々と彼女たちを追っていく。当然、ガンズーも続こうとした。

 足が止まる。

 そろそろとやってきたイフェッタ。その胸に抱えられたノノの顔が目に入った。


 顎が丸くなっている。が、唇を尖らせているわけではない。

 べつに文句はありませんよ気にしなくていいですよ、と思っているときの顔だ。


 あれに気づかないでいると、二日くらい機嫌が悪くなる。

 ただ今回に関しては、きっぱり我慢するつもりでいるらしい。なぜなら真っ直ぐこちらの目を見ている。右上や足元に視線は向いていない。

 だからこそ、ガンズーの足は止まった。


 ウィゴールの裏にいた者は気になる。捨ておけない。姿を見ていないデイティスも心配だ。

 だがこれ以上、またノノをほうって行かなければならないのか。散々心配させておいて、また行くのか俺は。

 トルムたちに任せるべきでは――


「行きな」


 なにやら呆れたような目をして、イフェッタが言う。


「あんまりこの子バカにすんじゃないよ」


 ねー、と彼女が胸の中に視線を落とすと、その子はその子でむにりと更に唇を上げる。変な顔になっていた。

 思いもしなかった言葉だ。ノノをバカに? 俺が? そんなこと、そんなことお前そんな。

 以前にもこの子を言い訳にあれこれ無用の迷走をしたことを思い出した。なるほど、これは成長してませんね俺。


「彼女たちは私が中央協会まで案内します。ガンズー様はどうか、存分に」


 ふたりを守るようにしていたフロリカが気丈に笑う。足元は修道服の裾がすっかりボロボロで、彼女こそ誰よりも消耗しているはずなのに。

 しかしそもそも街の中も安全を取り戻したわけじゃない。そこの家の陰から魔獣が飛び出してくる可能性だってまだまだある。本当に大丈夫なのか。


 ガンズーは困った。じっくり悩むような時間は無い。


「パパは」


 呟きながらノノは両手の指先を、触れそうで触れないところでもじもじさせる。中になにか包んでいるかのようだ。

 きっと、そこに言いたいことが入っているのだ。


 ノノはけして口数の多い子ではない。むしろあまり口をひらかない。

 もじもじ。むにむに。指が動く。

 だから、彼女がなにかよく考えて言おうとしているのなら、ガンズーは一言一句聞き逃してはならない。


「てっぺきのガンズーだから」


 はて。そういえば、この子の口からはっきりと名を呼ばれたことってあっただろうか。


「行ったほうがいいとおもう」


 鉄壁のガンズー。

 矢も槍も通さない無双の身体を持つ戦士。勇者の守護者。

 その手は、もっと遠くにだって伸びる。


「がんばれ」


 ガンズーはもはや、誰にも負けない。負けてたまるか今の俺は無敵だ。





「お前も休んでろよ足手まといだぞ」

「俺だけっすか? ひでーこと言ってるのお師さんわかってます?」

「顔青いぞ」

「弟ほうって引っこんでられないっすよ」


 そりゃそうだ。言ったって聞かないな。

 額に汗を浮かせるドートンを横目に、ガンズーも走る。彼は必死の形相をしながらしっかりついてきた。負傷の上で。

 そうか。これくらいは走れるようになったか。まだまだ感心などしてやらないと決めているが、ついつい思ってしまう。


 まあ、死ななきゃいい。死なない程度に無理をしろと言ったのは自分だ。そして自分がいる限り、なにがあっても死にはしない。


 ただ、相手もこれまた危なそうだ。


 くの字になって飛んでくるレイスンの背中。

 術師でありながら、徒手空拳においてはトルムともそれなりに戦える男である。その彼が、あっさり投げ飛ばされた。ついでのように。

 勇者が振るう剣と、ミークの短剣。男は、踊るようにその全てを捌いていた。


「デイティス!」


 ドートンが叫んだ。ガンズーは視線を男から外さずに駆ける。視界の端に膝をつくデイティス。倒れたダニエに呼びかけている。彼女も打ち倒されたか。


 駆ける勢いのまま、男の後頭部に拳を叩きこんだ。

 間違いなく叩きこんだ。どう考えても絶好のタイミングだった。

 空を裂く感触だけが届き、代わりにこちらの腹を相手の拳が叩く。


 軽い。見た目の体格どおり、さほど重みのない一撃。

 だというのに、体内にドリルでも捩じ入れられたような衝撃が響き、思わずガンズーはたたらを踏んだ。意地で踏ん張った。

 トルムがガンズーの横に並ぶ。息は荒くはないものの、深く吐いている。かなり集中しているはずなのに、有効打を与えられていない。


「っ……やるもんじゃねぇかっ」

「――岩山でも叩いている気分ですね」


 細面の男――ヒスクスは、その拳をゆるゆる撫でながらなんということも無いように言った。

 武装など無い。ごく一般的な街商人の恰好だ。武器すら無い。素手。


 勇者パーティを前にして、かすかな緊張も感じられない自然体だった。


「ねぇえ、まだかしら?」


 そして、その向こう。

 瓦礫のひとつに腰かけて姿勢よく、笑顔を向ける少女。

 アシェリは、優雅な風情でそこにいた。


「ですからもっと早く切り上げるべきだったのです。囲まれてしまった」

「だって万が一ってこともあるでしょう? 彼の才能は本物よ。貴方だって気に入っていたじゃないの」

「確かにお館様の目にも適うのではと言いましたが、少々おまけが多すぎたかもしれません。身持ちがよいのはいいですがね」

「子作りでもしておけばよかったかしら」

「はしたないですよ」


 拳が空を切る。横から突かれた剣は弾かれ地を打ち、こちらも剣をと思えばいつのまにやら投げ捨てられ、後ろから飛来した矢は指で摘ままれた。

 挙句の果てに、銀の剣から放たれた剣閃は扉でも開けるような仕草であっさりと軌道を逸らされた。


 ヒスクスは、服にさえ傷ひとつ無い。


「……ガンズー」

「……なんだよ」

「ちょっとシャレにならないくらい自信喪失しそう」

「勇者だろ勇はどこいった勇は諦めんな」


 彼が心折れかける気持ちもわかる。

 なにせ、


「……お前さんよ、人間か?」

「は? あぁ、ウィゴール老と戦ったのでしたね。その疑問はごもっとも。言っておきますが、紛れもなく人間ですよ私は。魔族の変装でも、動物が口から出てきたりもしないのでご心配なく」

「あぁ、そうかい」


『 れべる  : 70/70


  ちから  :   54

  たいりょく:   42

  わざ   :   102

  はやさ  :   70

  ちりょく :   48

  せいしん :   81 』


 嘘こけバカ野郎。お前みたいな人間がいてたまるか。

 ていうかなんだこのレベル。勇者かな? 勇者も超えてんだけど。

 どういう仕組みなんだよクソッ! あの蛙にもっとよく聞いておけばよかった!


 とか思っていたら鼻っ面に掌底が刺さっていた。普通に意識が飛んだ。と同時に意識を戻したのでセーフ。倒れなかったのでセーフ。足元がとてとて言っているがセーフったらセーフ。

 その横をトルムが放り投げられていった。後ろで状況を窺っていたセノアに激突して罵倒が飛ぶ。


「ああもうなにやってんのよまどろっこしい! ガンズー! 丸ごと吹っ飛ばすから、意地でも止めな!」

「セノア」

「なに!?」

「こいつたぶん魔術もあんま効かねぇ。耐性がお前ら以上だ」

「早く起きなさいトルム! あんたがやらんで誰がやんの!」


 後ろからなにかが首を絞められているような音が聞こえるが、無視する。

 目の前のヒスクスは、自分からは動かない。ただじっと、背後の娘を守るように佇んでいる。

 超絶技量のこの男を、倒す方法が無いわけではない。こういう手合いにガンズーがとれる対策はひとつ。だが、はたして簡単にそれを許してくれるかどうか。

 後ろを守っている分には、まだつけ入る隙が――


「飽きたわ」


 そのアシェリが、唐突に言った。ぴょこんと瓦礫から跳び起き、雨の雫を纏わせた虹の髪を広げる。


「ヒスクス。私帰らせていただくわね」

「そう申されましても。この方たちが許してくれそうにありませんが」

「適当に露払いを置いていってあげるから、貴方もほどほどで帰りなさいな」

「帰り道はおわかりに?」

「子供扱いしないでちょうだい。ひとりで帰れるわよ」

「左様ですか。迷っても拾いに行ったりはしませんからね」

「いーっだ」


 なんだかずいぶんと子供っぽい仕草をして、アシェリはこつんと自分が座っていた瓦礫を蹴った。

 あれは結界塔を構成していた、レンガに封鉄(アダマンティン)を埋めこんだ瓦礫。

 ぐにょんと粘土のように形を変えた。


「またゴーレムかよチクショウが……!」


 源泥人形(アダマ・ゴーレム)の次は封鉄(アダマンティン)人形・ゴーレム。そこら中に転がった大小様々な瓦礫が、同様に次々と変形していく。

 途端、辺りは人形の群れに囲われていた。


 一角、花道のようにひらかれた先へ、アシェリは散歩でもするかの気軽な足取りで歩いていく。


「アシェリ!」


 暴れはじめた人形の向こうから、デイティスの叫び声。彼女は肩越しにそちらへ振り向くと、優しく微笑んだ。あどけない少女の笑みで。


 くるり。改めて彼女は身体をこちらへ向ける。


「それでは皆さま、ごきげんよう」


 柔らかな笑顔が蛇の様相へと変わり――

 殺到する人形の向こうに、その姿を消した。






「トルム!」

「わかってる。僕じゃ完全に力が下だ。周りは任せて。セノア、行ける?」

封鉄(アダマンティン)かー……めんどくさ」

「現着しました」

「アノリティ連れてきたよー」

「なぜ今まで来てなかったのか不思議なのですが」

「ちょっと投げられて転がってた奴が言うんじゃないわよ」


 辺りに散らばる人形を街中に放たぬよう。デイティスたちも守りつつ。

 こんな事態だというのに後ろでごちゃごちゃやかましい仲間たちが、やたら頼もしく思えた。


 自分の仕事に専念できる。


「よろしいでしょうか?」


 守る必要のある者がいなくなればどうなるか。当然、自ら前に出るだろう。

 ヒスクスとかいうこの化け物に対抗できるとしたら、おそらく自分だけだ。きっとこちらの攻撃など当たりやしない。だが俺だけだ。


「なぁ。あれ嘘か?」

「あれとは?」

「あの子、娘なんじゃねぇのか? 拾ってから、ふたりで暮らしてきたとかいう」

「あぁ。そこに嘘はありませんよ。彼女は確かに私の娘です。ただ彼女は、今は大恩ある方の娘でもありまして。私は仕える身。それからは、互いにそういうつもりで生きています」

「なんだか知らんが――」


 ガンズーは深く息を吐いた。

 同じ境遇だと思った。世の中、似たような話があるもんだなぁ、などと感動するものがあったのだ。

 だというのに、


「碌でもねぇ道を選んだことはわかった」

「どうとでも」


 後方から、セノアが放った雷の爆音。

 それを合図にすると、ヒスクスはこちらの手が触れそうな距離まで迫っていた。


 勝負は一瞬。正しくは、一瞬にしか勝機は無い。

 斧は抜かない。剣も抜かない。こちらも無手だ。どちらも当てられる気がしないからだ。


 同じくガンズーも踏みこもうとして、逆にその足を踏みつけられた。想像よりも早すぎてわかっていてもバランスを崩しそうになるが、しかしこれでいい。

 至近距離でなければならない。

 次だ。見ろ。よく見ろ。


 直近にヒスクスの顔。

 残影を残して歪んだ。

 影は下へ。下。身を沈めた!

 この距離。足が重なっている。

 拳? いや肘。膝もあり得る。リスクが高い。肘!

 胸当ての上に添えられたのは掌だった。

 肺が爆発したような衝撃。耐えろ。

 掌は突いたまま。これだ!


 こういう手合いと戦うに、ガンズーのとれる手段はひとつ。

 掴めば勝ちだ!


 手首を掴む瞬間、添えられていた手が伸びて押し出されるような錯覚があった。いや、錯覚ではない。なぜか抵抗できない力で上体を後ろに流される。

 これはなんのどういうアレだ! 昔流行ったような不思議拳法か!? チクショウ、力で押し返せないのは想定してねぇ!


 どしん、とまったく意識していないところから反動があった。ヒスクスも同様だったらしい。なにせその彼から伝わったのだ。眠そうにひらいていた目が、そちらへ向けてわずかに見開く。


 なにも考えていない、ただ力任せの体当たり。ヒスクスの腰へ、ドートンが肩からぶつかっていた。

 彼はそれくらいで揺れる体幹などしていないらしい。ただ、一瞬だけ意識が逸れた。十分だ。


 手助け。手助けかぁ。いや参ったな。こりゃどうすっかな。

 とりあえず、また三頭の蛇亭で飯でも奢ってやるか。


 そんなことを思いながら、ガンズーは胸元に置かれた手首を掴む。

 渾身の力で握り潰した。

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[一言] パワーバカの戦い方が上手い! 剛よく柔を・・・なんだっけ?
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