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ガンズー

「死ぬのかい」


 おう。死んだわ。


「死んだのかい」


 そうだっつってんだろ。もうダメだ。


「ずいぶんあっさりだね」


 これでも頑張ったんだぞ。


「そうだね」


 おうよ。


「じゃあ、ノインノールには頑張ったけど死んだって伝えるよ」


 待てや。


「なんだい」


 ノノには……待て。


「待てないよ。ノインノールも危ないからね」


 そうだ。ノノが危ない。


「よくわかってるじゃない」


 だが俺は死んだ。


「そうだね」


 もうなにもできねぇ。


「そうかな」


 だから頼む。


「イヤだよ」


 まだなにも言ってねぇ。


「キミのお願いなんか聞かないよ。自分でなんとかするんだね」


 俺はもう動けん。


「死んだのは知ってるよ」


 どうしろってんだ。


「知らないよ。なんでも無理やりどうにかするのがキミなんじゃないの」


 俺はもう。


「一度死んでるんだから、もう一回くらいどうにかしなよ」


 俺は。


「キミは誰だい」





 こんな世界では生きていけない。

 思い返してみれば、最初の最初。今、自分がどこにいるのかと理解したその時、そんなふうに考えた気がする。


 なにせ自分なんて、大した取り柄も無く生きてきた人間だ。まあまあの不自由とそこそこの自由に溢れた現代社会で、ごく普通に生きていただけだ。

 父方の祖父が亡くなったことで初めて人の死に触れて、しかもあまり懇意にしていたわけでもなかったから、葬式の間だって読経をする坊さんの抑揚がやたら豊富だなぁみたいなことしか考えていなかった。


 そんなだから、他のことは少しも覚えていないというのに、いざ自分がこれから死ぬのだというとき、いったいどうなるのか想像もつかなくて情けなく泣き叫んでいたことだけは頭に残っている。


 周りにいた傭兵団の連中は荒くれであっても気のいい奴らだった。でも初めのうちは抵抗がどうしてもあった。運動部にでも所属した経験があったらもう少し違ったのだろうか。

 なぜ自分はこんなところにいるのかとばかり考えていた。


 よく面倒を見てくれた少し年上の見習いが、初戦闘で死んだ。仲間のひとりが気にするふうもなく首だけ持って帰ってきて、適当に埋葬してやれと言われた。

 気が狂いそうになった。

 そして自分の初戦闘ではうまく動けないまま固まっているうちに、庇ってくれた仲間がふたり死んだ。

 団長には、生き残ったかお前やるじゃあねぇか、と言われた。死んだ仲間については特になにも話さなかった。


 生きねばならない。恐ろしくて仕方がない。

 自分は、ガンズーにならねばならなかった。

 死ぬのは嫌だ。そして、周りで誰かが死ぬのも嫌だ。


 人の強さが数値でわかる? なんの意味も無い! 自分が強くなければなんにもならない!


 話し方が変わった。周りを必死で真似した。そうすれば多少は、この世界で生きる自分に近くなる気がした。

 武器の扱い方を学んだ。鎧の着け方を教わった。安心できない。

 以前の自分とは比べ物にならない巨大で頑健な身体に育った。まだ足りない。


 冒険者として生きるのに十分な力が蓄えられたのもあって、生活には然程の不満は無かった。

 確実にこなせる仕事を請け、慎重におこない、働けばその分だけ誰かの命が助かる。素晴らしいと納得していた。

 誰それが魔物に襲われた。どこそこが壊滅した。遠くから聞こえてくる話には可能な限り耳を塞いだ。そんなところまで手は回らねぇ。俺には無理だ。


 この身体が、望む力を与えてくれるのは知っているのに。


 だから旅に出たのは、ただの自己満足だ。

 そこに――どこかはわからないが、そこに向かっている気になれたからだ。


 ただ恩人に報いるため、恩人がそうしてくれたからというだけで、己の命さえ投げ出せるトルムが羨ましい。

 たったひとりで、たったひとりのまま、胸に宿る怒りを誰にも見せずにずっと燃やし続けていたセノアを尊敬する。

 失った人生を取り戻すために、代償に得た力さえ存分に振るい、今の人生を大いに楽しんでいるミークを応援したい。

 妹を見つけ出すために、この社会を、この世界を、全てをひっくり返す覚悟を決めたレイスンの未来を祈る。


 自分には大層な理由など無かった。

 ただただ恐ろしかっただけだ。なにもできずにいるのが。


 必死にやってきた。強くもなった。まだ足りない。

 彼らの横に並ぶには――己の思う、救いの手となるにはまだまだ足りない。


 あるいは、半端に力を得てしまったのが悪かった。

 自分なんかでは、そんなところまでは辿り着けなかったのだ、元々。

 もはや力は飽和して、先は無い。


 自分はここで死に、どこかでまた誰か死ぬ。

 おっかねぇ。嫌だ。考えたくねぇ。


「誰かって誰だい」


 誰ってそりゃお前、その、誰かだよ。いろんな奴だよ。

 そういえばあんまり具体的に考えないようにしてたな。えーとあれだ、さすがに世界の裏っかわまでとは言わんが、国の中のことくらいはどうにかしたいんだよ。

 ありゃ? あんまり具体的じゃねぇな。


 誰か。やっぱり、一番に思いつくのは――

 あの子を危ない目には遭わせたくねぇよな。でも他の奴だって大事なんだぜ。みんなのことを考えたら、やっぱおっかねぇよ。


 でもどうだろう。もっと怖いことがあったような。

 どっちが怖いだろうか。


「早く起きないと、ノインノールに嫌われるよ」


 そいつぁ怖いな。





「――ばほぁっ!?」


 喉になにか詰まっていた。なので、力任せに吹き飛ば――そうとしたのだが、そもそも吹くための空気が肺に無い。

 肺ごと吐いた。残念ながら人間にはそんなことできないので、そういうつもりで喉と横隔膜と、あと全身が跳ねる。とにもかくにもどれかの衝撃で、詰まっていた土だか泥だかを飛ばす。


 反動で一気に空気を吸い込むと、のんびり眠っていた肺と心臓にちょっとタンマと言われる。盛大に咽た。咽すぎて頭がぼんやりする。血が通うのはいいのだが、やはり眠っていた脳も混乱の極みだ。

 痙攣しながらもがき、とにかく全身に血を送る。温まりさえすれば、この身体はちょっとの麻痺くらいものともしない。はずだ。

 目がチカチカした。眼球にも血が戻ってきたらしいが、めっちゃ眩しい。ていうか痛ぇなんだこれ。あ、視界が赤い。


 しばらく我慢していると、身体のそこら中で事故っていた機能がどうにか落ち着いてきた。

 背中と尻に冷たい感覚。こりゃ地面か? 皮膚の感覚も取り戻せたようだ。


 ゆっくり瞼を上げると、やはり曇天。緩い霧雨が気持ちいい。

 それと、逆向きにこちらを見下ろす顎髭の――


「――ラダ、か?」

「いや、これは、また……驚きました」


 彼には珍しく、目を見開いて驚愕をはっきり面に出していた。まるで死人が動いたところでも目撃したようだ。


 ガンズーはまだ若干強張っている手を地面について起き上がろうとしたが、なにか引っかかっている。

 どうも胴体にロープでも巻かれて、引っ張られていたようだ。投げ出していた足の先を見ると、轍のような跡が続いている。横には同じように引きずられてきたらしい大斧。もうちょっと運び方なかったんかい。


「俺、どんだけ寝てた?」

「寝てたというか……死んでました。間違いなく心臓も止まっていましたが」

「そっかぁ……」


 あ、やっぱり。

 まぁ今死んでなけりゃいいや。些細なことだ。

 ていうかなんでラダが俺を運んでんだ。


「帰還の途上で貴方を発見しまして。どうしたものかと思いましたが、置いていくのも忍びなく。準備もありませんでしたから雑になったのはご容赦願いたい」

「なんでもいいや、助かったぜ。ここどの辺だ?」

「悔やまれて仕方ないだとかノノさんにどう伝えようだとか悩んだ時間を返していただきたい気分です」


 なにかぶつぶつ言っている彼をほうって、辺りを見回す。森が近い。いつだったかドートンを助けに入った森だ。ということは、街のすぐそば。


 立ち上がる。膝がちょっとふわふわする。大斧を持ち上げた。うむ、重みでいい感じにしっくりきた。


「先ほどまで死体だったというのにまた元気なことで。いちおう、神殿騎士の使う保護魔術も施されていたようですが、本調子ではないでしょう」

「あん? 心当たりねぇな。周りに誰かいたか?」

「いえ、ひとりでした。戦闘の形跡もありましたが、ガンズーさんのものかと気にしませんで」

「うーん。なんだろうな。まぁいいや、それよりさっさとノノに追いつかねぇと。フロリカに無茶頼んじまったからな」

「それなのですが」


 ラダが鷹揚に振り返り、先を指し示した。

 遠くにうっすら見えるアージ・デッソの南門。おー、やっとこさ帰ってきたぜ。なんかとんでもねぇ目に遭いまくったなぁ。


 門は開いている。というか崩れている。そして街中から煙。


「あんだとぉ!?」

「近くまで来てはっきりわかりました。戦闘の気配がそこかしこから。なにか起きたようです」

「ウィゴールの野郎か! チクショウやっぱ寝てる場合じゃなかった! 行くぞラダ!」

「いや本当に元気ですな」


 あれこれ言っている暇なんて無かった。急がなければ。フロリカは、ノノは無事か? 街の連中は? トルムたちはどうした?

 走る走る。なにか身体が軽い。これはもしかしてまだちょっと死んでるのか。ちょうどいいや、もっと軽くなれ。


「門の内側で誰か戦っています!」

「おう、俺にも見えた! ありゃトルムだ!」


 隙間から覗いたあの影と、ちらちら光る剣閃。

 見間違えようもない。我らが勇者の銀の剣だ。ちゃんと働いてんじゃねぇかなんでこんな有様になってやがんだ寝こけてた俺の言える立場じゃねぇけど!


 外壁の外から、最も門に近い宿屋の煙突はわずかに頭が見える。そこに、誰かが降り立った。

 あの憎たらしい禿げ頭。こちらも見間違えるはずがない。


 なるほど。わざわざその姿をわかりやすい場所に晒してくれたか。なるほど。


 てめぇがノノを盾にしたのも見えたぞこの野郎!


「先に行くぞラダ!」

「元気ですなぁ」


 ひと息に跳んだ。いや飛んだ。

 外壁の淵に足を叩きこむ。突き刺すように。そこを支点に、さらに上へ。

 後ろから斧をぐるりと頭上へ。遠心力は我が身を上空へ飛ばす。


 ウィゴールと目が合った。死体が動いたのを見たような目だった。どいつもこいつも似たような顔しやがって。


 俺とノノと、とにかくみんなの分だ。

 どたまカチ割ってやる!


「くたばれクソ爺!」


 弧を描いた大斧が、トカゲのようになった相貌を真っ二つに叩き割った。

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