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鉄壁のガンズーと魔族

 ガンズーが予備に持ち歩いている剣は、特に珍しいものではない。ごく一般的な鋼鉄製の幅広剣(ブロードソード)である。


 その時に売りに出ていた中で最も刀身が肉厚で、鋼のねばり具合も良さそうなものを選んだ。

 少々雑に扱っても折れたりすることはなかったため、ガンズーは長いことこの剣を使っている。ただし、切れ味はあまり良くない。


 使い所はけっこう多い。街中での護身用、愛用の斧をとり回せない狭い場所、小さかったりすばしっこい獲物と戦う場合。

 しかし困ったことに、ガンズーが本気の全力で振るった場合――数撃で折れるだろうな、と予想している。


 とはいえ、ガンズーに長く付き合ってくれているだけあり頑丈だ。

 異様な大きさの鉈が凄まじい速度で打ちつけられても、なかなか頑張って耐えてくれる。もしかしたら、刀身よりも先に柄が砕けるかもしれない。


 竜巻のごとく振り回される鰐面の大鉈を、ガンズーはどうにかこうにか避け、いなし、弾いてかいくぐる。


 いつの間にか腕や肩には数筋の切り傷ができて、血が滲んでいた。

 ガンズーにとっては出血自体が久しぶりのことである。しばらく忘れていた新鮮な痛みに、緊張とわずかな高揚を感じた。


 ノノはガンズーの胸に頭を押しつけて、ぎゅっとしがみついている。


 彼女を置いて戦うか、あるいは逃がせないかとも思ったが、鰐面と数合ほど打ち合って、そうしなくて正解だったと確信した。


 この魔族に、ガンズーは速度の面で負けている。

 ノノを離せば、即座にそちらへ狙いを定める。どれだけ盾になろうとしても、そのうち出し抜かれていただろうと感じる。

 自分と戦うことを優先させるなら、この子を離してはいけない。


 そして、そうすればこそ勝機もある。


「じっ!」


 ガンズーは噛みしめた歯のあいだから気を吐き、横なぎに首を狙ってきた鉈を下から叩いて、潜るようにかわす。

 叩き上げた剣を、そのまま鰐面の胸元に突き入れた。


 剣は黒光りする鱗に止められたが、切っ先はわずかに鱗と皮膚の内側を削る感触を残して滑った。

 血が――魔族だろうが鰐だろうが、血は出るし赤い――飛ぶ。


 やはり通る!

 快哉を叫びそうになったガンズーだが、返された大鉈が轟音と共に迫り、慌てて後ろへ跳んだ。


 この剣でも十分に攻撃が通る。最後のポイントを力に振ってよかった。

 剣に残った鱗の感触にちょっと苦労しそうな手応えを感じたが、それでも通用する。ならば十分に勝利の見込みはある。


 いや。ガンズーは思いなおした。


 ノノは少し振り向いて、いらついたように傷ついた鱗をかきむしる鰐面を視界に収め、またガンズーの胸に鼻を押しつけた。


 絶対に勝たなければならないのだ、俺は。

 この子を守りきらねば、それこそトルムたちに合わせる顔がない。


「――おもイ、ダしタ」

「あん?」


 急に喋り出した鰐面に、思わず答えてしまう。


「てっぺキの、ガン、ズー。ユう者トルムの、いちミ」

「なんだよおい、お前みたいなのにまで名前知られてんのか。こりゃ参った。サインでもやろうか?」

「オルルギイ、ベスカンカ、アドー。おまエたちに、やらレタ」


 トルムと共に戦った魔族の名前をあげる鰐面。

 それぞれこの半島の各国で重要な役目を負っていたり、軍を率いていたりと、幹部級の扱いをされていた連中だ。


 この口ぶりは、そいつらと対等なものを感じる。

 魔族という時点でそうではないかと思っていたが、やはりこの鰐面の魔族も、魔王の元でそれなりの立場の者であるらしい。


「ならバ」


 鰐面は片手の鉈を肩に担ぐと、深く腰を下ろした。


「ユだんは、しナい」


 ぱちっ、と頬になにか当たったような錯覚に、ガンズーは剣を高く構えた。ノノが小さく悲鳴を上げる。

 叩きつけるような殺気。というか、実際に叩かれたような感触まである。あるいは、本当になにか飛んでいるのかもしれない。


「ウークヘイグン。じんジョうニ」


 この鰐面は、どうも武人とでもいうような気概の持ち主だったらしい。

 ウークヘイグンというのは名前だろうか。わざわざ戦うにおいて宣言をいれてくる魔族など会ったことがない。

 こんな状況でなければ、真正面から受け止めたいところだったが、


「ハンデ戦で勝っても嬉しくねぇだろ。仕切り直ししようぜ」


 軽口を叩いてみても、鰐面はその身も殺気も微動だにしない。さすがにそういうわけにはいかないようだ。

 ガンズーはひとつ息を吐いて、剣を握りなおした。


「鉄壁のガンズー。この子は渡さねぇ。かかってこい」


 跳ね上がった大鉈が、まさに鰐のあぎとのようにガンズーへ襲いかかった。






 気になっていたことがある。


 暴風のような攻勢がなりを潜め、かわりに渾身の――多分、ガンズーでも直撃したら頭が割れる――気合がこめられた大鉈の斬撃。

 それをどうにかいなしつつ、ガンズーは考えた。


 鰐面の魔族――ウークヘイグンは、確かにとてつもない膂力でもって大鉈を操っているが、ずっと片手で持っている。両手で構えようとしない。

 おかげでなんとか打ち合えているが、本気を出していないというわけではないだろう。


 大仰に宣言しておいて、手心を加えるとは思えない。

 また、そういう構えであるというのも、こんな得物を選んでおいて不自然だ。


 だからガンズーはほんのわずかな隙をついて、だらりと下げられるままの右腕を狙った。ウークヘイグンの右肩口を剣の切っ先で叩く。

 鱗で覆われているはずの肩から、しかし妙に柔らかい感触が届く。そして切り裂いた感触もあったが、出血は少ない。


 月明かりしかない夜、黒い体表のためわからなかった。

 ウークヘイグンの右腕は、表面の鱗がこそげ落ちるほど焼け焦げている。


「なるほど、お互いハンデ戦か!」

「グるるルッ!」


 唸り声を上げて打ち上げるように振るわれる大鉈の、その柄を握る手のあたりを踏むように蹴りつけ、ガンズーは反動で大きく後ろへ下がった。


 ウークヘイグンのあの傷は、おそらくヴィスクたちと戦った時のものだ。そういえば、エウレーナという魔術騎士と相打ちになったと言っていた。

 さすがに特級冒険者。いい援護をしてくれたものだ。

 とはいえ、


(バランスは……どうだろうな。ハンディキャップちゃんと考えてくれ)


 かたや右腕が使いものにならない魔族。

 かたや普段の装備もなく、左手に子供を抱え、その子供を庇い続ける戦士。


 まぁ、俺はほら、強いから。ちょっとくらいね。ガンズーは無理やり自分を納得させるしかない。


 再び唸りを上げて上段から襲いかかる鉈を、そらすように剣で迎える。


 鉈が剣の刀身を滑った時だった。

 みき、と手のひらの中でなにかが悲鳴を上げた。厳密には、悲鳴を上げたような感触が伝わった。

 剣が限界に達しかけている。


(やべぇ!)


 もう何合と打ち合えるか分からない。次の一合で剣は砕けるかもしれない。

 勝負を決めなければならない。


 そらした鉈が、右上から袈裟懸けに返ってくる。

 ガンズーは剣ではなく、右腕で受けた。折り畳んだ右腕を、最大限に筋肉を張り詰めさせて盾にする。


「ぐうおあ!」


 肉を斬らせる覚悟だった。しかし骨は斬れるな、と祈る。

 受けた前腕と肩から血しぶきが飛ぶ。

 腕の骨は無事だった。筋肉もどうやら耐えてくれた。

 体力99を宿す自慢の筋肉は、()()の差に耐えてくれた。

 しかし衝撃で、どうも鎖骨のあたりが痛い。罅が入ったかもしれない。

 だが、問題ない。必殺の間合いはこちらにあった。


 至近から、鰐の額を断ち割るために剣を下ろし――


 ウークヘイグンは、身体ごと跳ねるようにして焦げた右腕を振り回し、ガンズーの剣を叩き払った。


 ガンズーの背筋に怖気が走った。

 ノノを抱える手に力が入る。

 目の前にある鰐の目が光ったように見えた。

 ウークヘイグンが開いた身体をひねる。

 鉈が来る。死角から鉈が来る。

 相手の左手は下げられている。

 打ち上げだ。打ち上げが来る。

 ガンズーは再び足で制すために、鉈の来るあたりに蹴りつけた。


 ガンズーは大きく飛ばされた。

 適当に振った右足はなんとか大鉈の勢いが乗る前に踏みつけてくれたが、ノノが小さく悲鳴を上げると同時に、足首からびきりと嫌な感触が届いた。


 なんとか転ばずにすんだが、足の感覚がおかしい。筋肉は頑張ってくれたというのに、だらしのない関節だ。

 ウークヘイグンが鉈を振り上げて迫る。


 立ち回りが難しくなった。そもそもノノを抱えているのだから、最初から難しいことをしている。

 腕にも痺れがきていた。握力が抜けていく気がする。ダメージは鎖骨だけではなかったかもしれない。ステータスの差は正直だった。


 邪魔が多いな、とガンズーは思った。

 足のダメージ、腕のダメージ、鎖骨のダメージ。

 右腕の壊れかけの剣。

 左腕のノノ。


 このままでは、きっと負ける。

 なにかひとつでも解消しないと、このままなぎ斬られて死ぬ。

 ガンズーはほんの一瞬、息を止めた。

 次に息を吐くまでに決める。


 邪魔なのは、


「良い鍛冶屋に持ってってやるからな!」


 ガンズーは無理やり渾身の力をこめて、右手の剣を投擲した。

 剣は回転して、えぐるように鰐の眼球に突き立った。

 ウークヘイグンはたたらを踏んで雄叫びのような悲鳴を上げる。


 ガンズーはしゃがみこみ、その巨体で左腕の中を包むようにする。


「なぁノノ」


 びくりと肩を跳ねさせて、ノノが不思議そうにガンズーの顔を見る。


「昼間によう、お前にあげたお菓子、まだ持ってるか?」


 彼女は数瞬、意味を飲みこめないようにしていたが、ポケットをまさぐると黒い粒をその小さな手のひらに取り出した。


「あげたのに悪いんだがよ、腹ぁ減っちまった。俺が食ってもいいか?」


 うんうん首を振るノノ。

 こんな時にガンズーがなぜそんなことを言い出すのか、きっと意味がわからないだろうし、それ以前に頭が回っていないだろう。


 くしゃと頭を撫でてから、ガンズーは差し出された黒い粒を口に放りこんだ。一気に噛み砕いて飲みこむ。


「――ぐルぅアァッ!」


 大鉈を大上段に掲げて、ウークヘイグンは跳んだ。

 必殺の一撃が、ガンズーの頭上に降る。

 頭を下げてノノを庇う。


 背中に全身の力を集める。鋼鉄と化せと念じながら、背筋を隆起させた。


 ごづん


 鈍い衝撃音と、鈍い金属音と、鈍い破裂音と――とにかくすべての鈍い音が合わさったような――が鳴り響いた。


 それから数拍ほど遅れて、どすん、と遠くに折れた大鉈の刀身が落ちる。


「――さすがだぜ俺!」


 叫んでガンズーは跳ね上がった。

 ウークヘイグンは――見えなかったが、どうやら――半歩さがった。

 目の前の鰐の喉を、ガンズーの拳が突き抜いた。






『 れべる  : 50/50


  ちから  :   80

  たいりょく:   100(+1)

  わざ   :   41

  はやさ  :   35

  ちりょく :   25

  せいしん :   25   』


 吹っ飛び、林の立木を砕き折って倒れたウークヘイグンを遠目に、ガンズーは改めて自分のステータスを確認した。


 ガンズーが口にした黒い粒は、ピアオラの丸薬。

 ピアオラという花の蜜と、糖や香料を合わせて固めたもので、マーシフラ公国のとある街で薬師が作っているものだ。

 曰く、その花には身体を丈夫にする薬効があり、古くから子供に与えるのがよいとされていた。


 ガンズーが試したところ一時的にだがステータス数値というかたちで本当に効果があったので、トルムたちはある程度まとめ買いした。

 他にもこういった薬が各種ある。


 パーティの皆で平等に持ち歩いているので、当然ガンズーも持っていたが、体力を上昇させるこのピアオラに関してはほぼ無意味――カンスト99に1を足さなければならない事態がまずなかった――だったので、時おり口さみしい時にぼりぼりと食べていた。

 まさかこんなときに役に立ってくれるとは思わなかったが。


 背中はおそらく裂けて出血しているが、骨や内臓に異常はない。

 このガンズーだけが感知できる数値がどう算出され、どう計算されているのかわからないが、ひとつ違うのと同値ではかなりの差があることをガンズーは経験で知っていた。


 折れて地面に刺さった大鉈の半身を眺めて、まさか向こうが折れるとはなぁ、とガンズーは思った。

 そして、ひとつ思い出す。

 そういえば、ヴィスクは敵の武器を制する戦い方が得意だった。

 結局のところ、さんざん助けられての勝利だったな、と思った。


 と、めきめき音を立て、暗闇の中でウークヘイグンが立ち上がる。

 ガンズーは思わず舌打ちをして、ノノを隠すように身構えた。


 足元おぼつかず、さまようように近寄ってくるウークヘイグン。

 喉下から貫いた拳は、顎を砕き頭蓋を砕き、動く度に後頭部から血を噴き出させている。

 鰐面の魔族はガンズーの目の前まで来ると、喉からごぼごぼと音を立て、


「……、……、…………、……ミごと」


 とだけ言って、倒れ伏した。


 身構えたまましばらくガンズーは待つ。どうやら今度こそ絶命したようだ。

 ガンズーは大きく息を吐いた。足と腕が痛い。


 結局この魔族は、最後までこちらの左側を狙わなかったなと気づいた。子供を抱えた半身を。

 ノノを生きて連れ返さねばならないから当然かもしれないが、それでもガンズーの隙を突けたはずだった。


 魔族は人類の敵ではあるが、魔獣より成った魔族は強力であればあるほど人の思考に近づくという。

 ガンズーは心の中でウークヘイグンの冥福を祈る。


 ノノが腕の中から魔族の死体を見ていることに気づいた。

 あまり見せたいもんじゃなかったがなぁ、と思いながら、


「大丈夫かノノ、ケガねぇか」


 と問いかけた。

 ノノはぶん、と大きく頷いて、それから今度は林の向こう側へ目を向けた。


 そちらは彼女の父親が飛ばされていった方向だ。

 ガンズーはなにを言うべきか数秒は悩んでから、聞いた。


「……父ちゃん、好きだったか?」


 彼女は一瞬ほど止まって、首を小さく振った。


「そうか……じゃあ、嫌いだったか?」


 今度は長く悩んで――本当に長いこと悩んで――彼女はことさら小さく首を振った。


 好きではない。しかし、嫌いともいわない。

 なるほどカゼフは、父親としてどうしようもない男だったろう。人間としても酷いたぐいの男だったろう。


 それでも、ノノの父親だったのだ。

 この小さな子の、小さな世界で、確かに一緒にいた父親だったのだ。

 彼のことをどう判断するか、この子にはまだ早すぎた。


「……父ちゃん、弔ってやんねぇとな」


 ガンズーは静かに言った。


「あと、母ちゃんの分もだな。ちゃんとした墓を作ってやる。だから、今日はまず院でゆっくり休むんだ。いいな? あんまり夜更かしすっと怒られんだぞ?」


 ノノはガンズーの顔を見て、また大きく頷いた。

 そして小さく、


「ごめんなさい」


 と言った。

 再びこみ上げるものがありながら、それを隠して、ガンズーは彼女の背中をぽんぽんと叩いた。


 小さな家の広場は、ひどい惨状になっている。

 片づけないとな、と思うが、まずはノノを修道院に送り届けて休ませねばならない。

 ガンズーは街へ足を向けた。


「そういやぁお前、本当はノインノールって言うんだな。そうやって呼んだほうがいいのか?」


 ノノはまた小さく首を振った。

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