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鉄壁のガンズー、帰路

「失敗したようで」

「本当に場当たりな奴」

「いかがされますか?」

「……もう少し遊びたかったけど」

「お館様もそろそろ起きますことかと」

「頃合いかな」

「は」





「今回は泣きませんでしたね」

「男の別れだ。泣くわけにいくか」

「アスター君はもう見てませんよ」

「泣かねってのに」


 睫毛の根元に近い辺りまでジワジワ来ていたが、意地で耐えた。

 面白そうに笑っているフロリカはといえば、目尻に涙の跡があった。くそう、俺は泣かないもんね。


 神殿の外は、どうやら雨音が小さくなり始めていた。日も暮れかけなのではっきりとはわからないが、この分ならば明日にも街を出られそうだ。

 こいつらもいくらかは家に戻るのかな、と思いながら周囲にいる裏街の人々を見回す。


 ふと、アスターの母親が消えていることに気付いた。また群衆の中へ紛れこんでしまったのだろうか。

 彼女は今後どうするのだろう。いや、どうするこうするもないか。

 いつまでも不毛の恨みを抱えて生きていくのだろうか。

 あるいはいつか――アスターは改めて、彼女と向き合うときが来るのかもしれない。


 強くあれ。そう願う。面倒くせぇあれこれなんてぶっ飛ばせるくらいになれ。


 強くなって、偉くなって――お、そうだ。そうなったらノノの旦那になってくんねぇかな。あいつなら歓迎だぞ。きっといい男になるだろうし、ノノの母ちゃんだって文句言わねぇだろ。がはは。

 なんてバカなことを考えていると、フロリカの後ろからその子が半眼を向けていた。な、なぜわかった。


 シーブス神殿騎士はわざわざ神殿の迎賓館を用意してくれた。

 「好きに使え!」などと言ってまたもバタバタとどこかへ走っていき、さらにはノノのために街中から医者まで呼んでいたらしく、かなりとんでもない待遇と言っていい。凄ぇなあいつ。


 ともあれ、そこにはガンズーとノノ、三人の修道女だけが残される。「わたしこんなところ近寄ったこともないわぁ」と太めの修道女が言っていた。

 いちおう今は他に客もおらず、館の職員たちもシーブス及びカウェンサグ男爵の客人、ということだけ聞かされていたようだ。飯と風呂だけあればいいので、あとはほうっておいてもらうよう頼んだ。


 ノノの容態はすっかり回復傾向だという。温かくしてもうひと晩もぐっすり眠れば、十分に復調するだろうとのこと。

 彼女にウィゴールが用意した薬を飲ませてしまったことを心配していたが、あれはごく真っ当な滋養強壮の効果をもたらしたらしい。ガンズーも試しに飲んだが、異常など無い。

 奴の考えていることがわからない。不気味ではあるが、まあ、わざわざ確かめることもなかろう。次に会ったときに向けるのは言葉ではなく斧だ。


「そういやあいつどうした? あの、協会のあいつ」

「彼でしたら、朝出てから戻ってませんでしたね。お会いになったのでは?」

「そこからかなり騒いだからなぁ。こっちの協会と打ち合わせでもしてんのかな」


 協会代表の彼にも連絡をしなければならない。そして戻るならこちらではなく当初滞在した宿になる。

 なんだかちょっと落ち着かないので、とふたりの修道女は伝言代わりにそちらへ帰っていった。

 フロリカも戻らねば、と思ったようなのだが、なにやらふたりに押し切られたようなかたちで残った。念のためノノを看なければ、というのが主なところだが、なにか他にもわちゃわちゃ言われていた気がする。


 実際、彼女がいてくれて助かった。病み上がりのノノはまだちょっとどこかぽんやりしていて、飯をちょいちょいこぼした。そういう状態の子の面倒を見るのに、とても甲斐甲斐しくしてくれる。風呂も同様だったろう。


 部屋まで一緒にされそうになって困ったが。


「では、お子様の寝台は奥様の部屋にご用意いたします」


 などと館の世話役に言われたので、それでいいけどそんなお前バカなこと言ってんじゃねぇがっはっは、と笑い飛ばす。フロリカには凄まじい目を向けられた。悪いのはちゃんと伝えてなかったシーブスだぞ。


 なにはともあれ、長い一日が終わる。

 服の中にザラザラとへばりついていた泥の名残りも洗い落せたが、頭の芯のほうにダメージが残っている感触もある。これはもしかしたら、なかなか抜けない。

 よく勝てたものだ。あの人形、トルムたちと共に戦ったとしてもどんな結果になったかわからない。


 アスターだけではない。結局のところ、ガンズーも助けられた。シウィーもコーデッサもシーブスも、この街の人間も。

 格好いいことしやがってあんにゃろう。

 もう少し話をしたかったな。おやっさんやラダにはなんて伝えるかな。


 そんなことを思いながら、泥のように眠る。


 夢を見た。

 戦っている。おそらく遺跡。よく見る蟻の兵隊。連れているのは蛙ではない。トカゲか? 蛇か? ほとんど亜竜だなこりゃ。

 苦戦が続くが、しかし心配は無い。頼もしい仲間がいるからだ。

 自分と遜色ない体躯。自分を凌駕する体捌きで、次々と魔獣を屠る。その手には頑強な手斧。白刃が閃く。

 なんだよお前、生きてんじゃねぇか。一瞬そんなふうに思ったが、少しだけ違った。

 手斧を器用に振りながら、彼は魔術さえ繰って敵を薙ぎ倒していく。鋭い眼光は虹色に瞬く。

 おお、アスターか。やっぱ強いな。凄ぇな。

 彼と共に遺跡の奥地へ辿り着いた。見覚えのある部屋。

 見覚えのある装置。

 嫌な予感がした。

 床がキラリと光って、アスターが先へ進んだ。

 嫌だったが、自分も装置に手を触れる。

 ブー。

 やっぱダメかーい。


 起きて最初に目に入ったのは、前方に伸ばした自分の手。

 そうなんだよなぁ。色々あったが、この問題は解決してねぇんだよな。

 ウィゴールについてトルムたちと相談するつもりだったが、そうなると遺跡の攻略がどんどん先延ばしになってしまう。

 自分たちの目標はもっと先にあるのだ。


 どうしたもんかなぁ。突き出したままの手をにぎにぎさせた。ノノがよくやる仕草に似ていた。





 この長旅を同行した、アージ・デッソ冒険者協会の代表者。

 彼が帰ってこない。

 タンバールモースの協会に聞いてみても、昨日は姿を見ていないという。


 これは悪い流れだ。よくないやつだ。

 修道女たちと合流し、そう結論した。

 幸い、ノノの体調は回復した。雨も止んではいないが、小雨におさまっている。


「ガンズー様はノノちゃんと共に、急ぎアージ・デッソへ戻ってください」


 年長の修道女がそう言い、横のふたりも頷く。


「それから、フロリカもね。院長様に伝えることも多いですから」

「え!? でも――」

「協会の方が戻る可能性もありますから、私は残ります。それと」

「シウィー様とコーデッサ様もいますから、わたしは念のため神殿にね。もしもなにかあれば、教会に掛け合ってみるわ」


 ふくよかな修道女が朗らかに言うものの、その表情には緊張感も漂っている。


「そんな! それなら私が残ったほうが」

「もしも、と言ったけどねフロリカ」


 年長者である彼女は、フロリカたちを統率する役目も負っていた。聞けば、序列としてはハンネ院長の次に当たるのだとか。


「本当にもしもの事態があったときに、最もガンズー様の足を引っ張らずに済むのはあなたなのよ」

「わたしたちなんて走るのも大変ですものねぇ、あはは」


 明るく言うが、協会の人間に何ごとかあったと考えたならば、危険があるのはこの街に残るのも街を出るのも変わらないのではないか。

 度々頼るのもなんだが、またシーブスに頼んで護衛をつけてもらって全員で戻るというのは――


「神殿騎士様は、どうやら昨晩お倒れになって今日は会えないようです」


 あのアホやっぱ無理してやがった。


「それに、我々はあくまでアージ・デッソの人間。この街の方々にあまり無理強いをできる立場ではありません」


 そうだ。未だ街の間にある微妙な関係は解決していない。色々あった上に割とよくしてもらったもんだから忘れていたが、あれは大半がシーブス個人の好意によるものだ。

 カウェンサグなら――いや、さすがに昨日の今日でそれは。ていうか追い返されて終わりな気がする。


「今、優先されるべきは、ノノちゃんを無事に帰すこと。そうねフロリカ」


 やはり一番は、とっととアージ・デッソに逃げこむことだ。いくら怪しい気配があろうと、向こうには大勢の協力者がいる。トルムたちがいる。


「あなた方が帰り着きさえすれば、後顧の憂いも消えるでしょう。私たちはそれからのんびりと追わせていただきますよ」

「すまねぇ。三人まとめて守ると自信を持って言えりゃいいんだが」


 もし、ウィゴールがまだ暗躍しているとすれば。

 もしまたあの人形のようなとんでもないものを持ち出してきたならば。

 ちょっと余裕が無さそうだ。ああ、悔しい。


「あらぁガンズー様ったら、らしくないわ。パパッと行ってまた迎えに来るって言ってくださればいいのに」

「私たちのことはお気になさらず。フロリカをよろしくお願いいたします。あなた様とノノちゃんに、月神(ハイテルリ)が微笑みますように」


 旅人を見守る月の神。パウラを送り届ける旅には、きっと微笑んでいた。

 アージ・デッソまであと半日。ほんの半日。


 まだ空は雲に覆われている。





 久々に馬車の御者台に座ったが、この長旅を共にした二頭の馬はとても賢い。慣れない雨の中、慣れない手綱でも意に介さず進む。

 ガンズーはちらと後ろを振り返った。

 緊張した面持ちで辺りを窺っているフロリカ。ノノも真似して周囲をきょろきょろと眺めているが、あまり見るものは無い。


 正午を過ぎた。このまま何ごとも無ければ、日が落ちる前にアージ・デッソの南門が見えてくる。

 もはや懐かしさすら感じるアージ・デッソ。あの街を出るときにはちょっとした旅団のような賑わいだったのが、今は三人。

 ちゃんと報せは届いているだろうか。もし知らずにこの状況を見たら、ボンドビーもハンネ院長も腰を抜かしそうだ。


 三頭の蛇亭で飯を食いたい。広場の屋台で買い食いもいい。

 家の風呂に入りたい。迎賓館の風呂もでかくてよかったが、やはり自分の家に勝るものはない。

 自分の家。そうか、あれはもう、自分の家か。自然とそう思って、自分でも驚いた。

 家の周りの木々は、もう紅葉したかな。この雨でだいぶ落ちてしまったかも。

 そういえばあの林にドートン吹っ飛ばしたな。あいつら元気でやってっかな。

 アージ・デッソの心配はしていない。留守をトルムたちに任せたのだ。あいつらがいる。世界一安全な場所だ。

 もうすぐ帰る。


 馬の足が止まった。なんということもない、街道のど真ん中。

 獣が寄ってきたわけでもなければ、人の気配も無かった。


「おい、どうした?」


 御者台を下りて馬の様子を見る。見た目に変化は無かった。


 ただその場で、時が止まったように静止していた。目も胸も動いていない。


「フロリカっ!」

「は、はい!」


 警戒の声を上げた。それに答えて、馬車の中でフロリカがノノを抱き寄せる。

 周囲を見回した。やはり何者の気配も感じない。ただ細かい霧雨がそぼ降っているだけだ。


 右手。草原。左手。遠くに森の端。馬車の後ろ。街道が続いている。反対側。やはり街道が遠くへ。右手にいくつか水溜り。左手へ首を回す。老人。


「――っ!?」


 アージ・デッソへ続く街道、真正面に、小柄な影。


 ウィゴールだった。


「ほっほ。昨日ぶり。元気かの?」


 老人は雨粒のついた禿げ頭を、ぺちりと叩いた。

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