ナル、旅行に行く③
コミカライズ6話、BookLive!様にて更新されました!
他のサイト様でも、5話(もしくは4話)まで更新されている……はず。
シンジュとナルの初夜やデート、初々しい二人の出会いをぜひともご覧頂ければと思います。
めっちゃくちゃ素敵に描いて頂いております…!
よろしくお願いいたします。
「さっきぶりやね。……二人だけ?」
旅館の中居さんに案内してもらい、荒野ツアー参加者集合場所へ行くと、すでにあの男がいた。
「さっきは、他にもお仲間さんいはったと思うんやけど」
そう言って小首を傾げる美丈夫は、着物ではなく探検家のような動きやすい服装だった。
もっともそれはナルとサトミも同じである。密林に行くかのような服装を揃えてきた。
「あの二人は、旅館で待機して貰ってるの。念の為」
「賢明やね」
「……私はナル。あなたは?」
尋ねると、男はふわりと優雅な笑みを浮かべた。
「京志郎」
「……そう」
商会に登録してある相棒の名前は『ジン』。
書類やらのやり取りする際にジンと呼ぶことがあるが、それは偽名だと聞いている。
ナルも偽名で商会登録し、口座名も偽名で統一しているため、彼に本名を名乗ったのは今日が初めてだ。
もっとも、とっくに本人は知っているのだけど。書類も直接屋敷に届くし。
(京志郎って、本名かしら?)
風華国や柳華国で使われる名前で、モーレスロウ王国の者の名前では無い。
もしかしたら、元々モーレスロウ王国の人間ではないのだろうか。
(それとも……前世の名前、とか)
彼――京志郎が、ナルと同じ転生者ではないかと気づいたのは、彼と出会ってすぐのことだ。
年齢にそぐわない聡明さと、会話の端々から感じた『日本人』の思考感。
相棒も、転生者なのかもしれないという考えは、常にあった。
しかしあの頃のナルは、己の目的のみに邁進する日々を過ごしており、前世だとか、転生だとか、そんなことはどうでもよかったのだ。
自分以外に転生者がいたとして、なんだというのか。
仮に同郷だとして、それを理由に絶対的に信用するなんて当然ながら出来ない。
おそらく京志郎もまた、そのように考えていたのだろう。
ナルと京志郎がこれまでお互いにほとんど知らずに『相棒』でいられたのは、各々の目的のために手を組んだ関係だから――。
同郷であろうがなかろうが関係ないし、それ以上でも以下でもない。
静寂が降りたところで、ツアーガイドの男がこほんと咳払いをした。
「皆さん、今回の案内役を務めるトウキと申します。二名様がキャンセルで……三名様ですね。これから無風荒野と呼ばれる場所に向かいます。この時間だと基本的に安全ではありますが、野生動物もいますので、決してはぐれないように。それから、私の言葉に従ってください」
集合場所から徒歩五分ほどの場所に、石壁があった。
町と無風荒野を隔てる石壁に嵌まるように設えた鉄扉の錠前を、トウキが外す。
(あら、結構厳重なのね)
野生動物と言っていたが、ライオンやトラ、ハイエナのようなものがいるのだろうか。
想像して生唾を飲む。
石壁をくぐると、そこにはサバンナさながらの光景が広がっていた。
近くに密林のような一画があり、そこを拠点にする形であちこち見て回るという。
(本格的な荒野だわ……!)
「ううん? 怖じ気づいたん?」
いつの間にかすぐ隣に居た京志郎が耳元で囁く。
「怖かったら僕に縋ってええよ。ナルちゃんのこと、守ってあげる」
「……っていうか、京志郎」
「あはは、いきなり呼び捨てやん」
「あんただって、馴れ馴れしい呼び方してるからおあいこでしょ」
「そやなぁ。それで、どしたん?」
「あんたがここにきた目的って、もしかして」
「し――っ」
人差し指を口元に当てて、そのうえで顔を耳元に近づけてくる。
吐息が耳にかかって、ぞわりとした。
「まだ確信ないんよ。変に騒いで、驚かせたくあらへんから。今は、二人だけの秘密」
「三人ですけどねぇ」
ぐいっ、と京志郎の顔を押しやってサトミが間に割って入る。
「どうも」
「あぁ、ジーンくんやないの。お久しぶりやなぁ」
「……さっき、食事処に居ましたけどね」
「そやった? 見えてへんかったわ」
(あれ、知り合い?)
サトミに飯屋の男が相棒だと話したときのことを思い返す。
驚いていたのは確かだが、京志郎を知っているような節はなかった気がする。
だが彼は確かに今、サトミをジーンと呼んだ。
こそり、とサトミに「知り合いなの?」と尋ねる。
サトミは「知り合いではないんですけど」と前置きしてから、言う。
「実は、どこかで見たことがあるような気がしてたんですよ。それで、今思い出しました。この方は――」
「なんだこれ!」
先導していたトウキの声に、ハッと三人が振り返る。
愕然と立ち尽くすトウキの視線の先は、拠点にするための密林に向いていた。
「な、なんで、ここが……」
よろよろと密林の樹木に近づこうとするトウキの腕を、京志郎が引いた。
「止まれ。これ以上行ったらあかん」
「は、はい?」
京志郎は別人のように表情を厳しくして、樹木を睨んでいる。
ナルもそこに目を凝らすが、なんの変化もない。
あえていうならば、葉が萎れていることが気がかりか。
京志郎は口元を布巾で覆って頭の後ろでぎゅっと結ぶと、胸ポケットからゴム手袋を取り出した。
しっかりと両手に嵌めて、しんなりとした青い葉をそっと捲り、枝や根までじっくりと観察する。
それからポケットからカップを取り出して水を注ぐと、そこに切った枝をつけた。
「トウキさん、でしたか。どうして驚かはったんです?」
「あ、それは……近隣の畑で同じ症状が出たからです。でも、こんなことはよくあるし、急に暑くなったから水不足だろうって」
「――でも、荒野の樹木に同じ症状が出てるとは思わへんかった、と」
トウキが頷く。
彼が言うには、ツアー参加者は元々あまりおらず農作業の多忙な時期でもあるため、一か月以上無風荒野に来ていなかったという。
「これって、植物病なの?」
え、と振り向いたのはトウキだ。
京志郎は、目をつと細めて、樹木の観察を続けている。
「そう。東側諸国と取引している商人から、青枯れ病らしき症状が出てるって聞いてね。調べててん」
「青枯れ病って?」
「土壌病害。……でもこれは……少し違う。こんなふうに葉の根元が黄色にはならないし、感染する植物にも限りがあるはずや。欠乏症ないしは栄養の過剰っぽいけど、それだけやない。……おそらく、この世界特有の植物病やと思うんやけど……というか」
「――即奪病ですね」
厳しい声で言ったのはサトミだった。
京志郎が頷く。
ナルは、小さく唸った。
「それ、歴史の本で読んだわ。……確か、不作で餓死者がたくさん出たって。ごめんなさい、詳しくは覚えてないんだけど」
「五百年近く前、東側諸国を襲った大飢饉の原因やね。……アイルランドの大飢饉なら知ってる?」
アイルランドという国名が出てくるとは思わずに、目を丸くする。
やはり京志郎も転生者だったのだと確信しながらも、かつて読み漁った本で知った知識を引っ張り出す。
「確か、主食のジャガイモに病気が広がって、約二百万人が餓死したっていう大飢饉よね」
「それと同じようなことが、こっちの世界でも東側諸国で起きたんよ。お偉い方が食糧を貯め込んで平民を餓死させたことまでそっくり同じ」
京志郎は先程コップに刺した枝を持ち上げた。
とろとろとした乳白色の液体が、断面についている。
「こういうとこは青枯れ病っぽいんやけど、いろんな病状が混在してるんよ。土壌消毒で対応できるとは思えへんし、原因を突き止めんと。ナルちゃん、力を貸してくれる?」
「当たり前でしょう。何をすればいい?」
「ソラゴエ地方を完全封鎖、さらに段階的に放射線状に封鎖して。東側諸国との取引もすべて中止。靴裏の土一摘みでも持ち込まんように徹底的に止めて」
「わかったわ。他には?」
京志郎が驚いたようにナルを振り返った。
「……なによ」
「ナルちゃん、権力を持ったなぁって思って。あんなに幼かったのに」
「色々あったの」
「せやね。おかげで僕も……っと。あとは、科学に精通した研究員を沢山と機材を色々借りたいんやけど。さすがに無理やねぇ」
ナルがサトミに視線で尋ねると、細い目をさらに細めた。
「できますよ。緊急時ですから」
それからは慌ただしかった。
一刻も早く封鎖するために、予め待機させておいたカシアたちに狼煙で合図を送り、先にソラゴエ地方を封鎖して貰う。
都にいるシンジュに急ぎの手紙を送り、御璽つきの木札を存分に使って対応に当たる。
突然の封鎖に反発する者も多くいたが、明確な事情説明と生活の保障を約束することで、一時的とはいえ、暴動にならないよう対処した。
(やっぱり、最悪の状況じゃないの)
単騎で馬を走らせながら、ナルはギリッと歯を食いしばる。
本来ならば絶対に護衛をつけるべきだが、それどころではない事態が起きてしまったのだから仕方がない。
ナルと同行していたサトミは京志郎と共に原因究明に当たることになった。
かつて起きたという東側諸国の大飢饉は、起きたという事実と植物の異変状態、それらを即奪病と名付けたことくらいしか情報が残っていないという。
二人はこの即奪病の原因と対処法を調べ、解決するつもりなのだ。
カシアはソラゴエ地方内で各所を巡り、被害がどこまで広がっているのかを確認している。
佐梨は封鎖のために、ナルとは別方向に馬を走らせていた。
(最悪だわ。本当に最悪!)
今回の植物病の件は、西側の国で起きた蝗害とは関係がない。
だからこそ、見落とされるところだった。
蝗害が起これば、その対策として東側諸国から食物を輸入することになるはずだ。
病原体に犯された食物を持ち込めば、そこから感染が広がり、国土で育てている食物に広がっていく。
数ヶ月経った頃に、育つはずの食物が不発に終えて、初めて被害に気づくのだ。
そのころには、かつて起きたという大飢饉の再来となる。
そうなれば食物を輸入しようにも、東西どちらも被害にあっているため、高騰どころか食糧不足で輸入すらできない。
――国民が飢える。
飢えて、死に、風花国は崩壊するのだ。
■
「即奪病だと……!?」
シロウは声を上げた。
玉座にある彼女は、朝議の場でその報告を聞いて、つかの間愕然とした。
普段、声を荒らげることがない彼女の様子に、その場にいた臣下たちがギョッとする。
この場にあって、何が起きているのか理解できていない臣下がいる。それは、彼らの表情からわかった。
(即奪病を知らないのですね。五百年前のこととはいえ、知ってしかるべきでしょうに)
これまで家柄で守られてきた風華国は、官吏の質にかなりバラツキがある。
あまりにも害悪となる者は追放し、バランス良く配置を変えたため、機能不全になっている部署はなくなった。
だから、しばらく様子を見ることにしていたのだが――。
無知のままであろうとする者に、安くない給料を払うつもりはない。
今回のことが解決次第、別視点からのテコ入れをしよう。
「主上、いかが致しましょう……?」
臣下の一人が尋ねた。
彼は事の重大さを理解しているようで、真っ青な顔をしている。
「西側諸国で起きている蝗害に関する対策と支援は引き続き継続だ。東側諸国に関しては、現場にいる我がき――こほん、私の信用おける部下に一任させる」
「お、お待ちください! 今回知らせをよこしたのは、官吏でもない女だと……しかも」
声を荒らげた男は、その場に座しているシンジュを睨む。伝令はシンジュの妻からであることは、情報の正確さと伝令開示の関係上、知らせるほかなかったのだ。
(……国家の危機だというのに、身分や立場、面子にこだわるのですか)
シロウが口を開こうとしたとき。
「黙れ! お前はどれほど危機が迫っているかわかっておるのか!」
別の男が叫ぶ。
肯定する者がいて、今度は彼らに対して「見えておらんのはお前たちだ!」と誰かが叫ぶ。
どうやら一部の者達は不満を抱えていたようで、ここで、その不満が爆発した。
彼ら曰く、風華国の政に他国の者が関与することが不満らしい。理由としては、移住してきたばかりの者がこの国を理解できているはずがないから、だという。
(……確かに、その点について不満が生まれるだろうとは思ってましたけど)
しかし今は、一刻を争う。
再考の余地はあるとして、とりあえず――。
「我が国は、女が土足で踏み荒らしてよい場ではない! 女にいっぱしの責任者が務まるわけがなかろうが!」
誰かが叫んだ。
勢いに乗ったその男に、同調の声があがる。
シロウは瞬時に、この場の者たちの態度を把握した。誰が同意し、誰がほくそ笑んでいるのか。
(……我が君を……侮辱するとは……)
シロウ自身も女だが、そんなことはどうでもよかった。
シロウが立ち上がる。
場が、シンと静まり返った。
「朝議とはなんだ?」
誰も答えないので、たまたま視線が合った臣下に「答えよ」と言う。
「ぎ、儀式や報告、国家についての――」
「私が王であると知らしめる場だ」
それほど圧をかけたつもりはなかったが、臣下たちの顔色が変わる。
青くなる者、王としての威厳に何か期待する者、憧れの者を見るよう瞳を細める者――。
「もう一度言う。東側諸国に関することは、私の部下に一任する。王たる私が決めた。不満のあるやつはいるか?」
もっとも、さらに不満をあげて遮るようならば、即刻首を落とす。
法の制定を進めているが、風華国において王は未だに絶対的な存在であり、誰も歯向かうことができない。
どんな法律でも裁けない、至高の存在なのだ。
「ふっ、はは」
つい笑いが漏れた。
皆が顔を上げる。
不思議そうな顔をする者に、侮辱されたと怒りを露わにする者。真剣な表情でこちらを見る者、眉ひとつ動かさない者。
それぞれを、シロウは見渡した。
その後は余計な話をする者はなく、国家の危機に対応すべくそれぞれ知恵を出し合うことになった。
意外なことに、シロウの言葉をある人物たちは激励のように捉え、やる気がマシマシになったのだ。
朝議を終えて、シロウは息をつく。
まだしばらく慌ただしい日々が続きそうだ、と。
コミカライズ6話更新記念。
口調が……京志郎の口調に違和感が……。
彼の正体は次辺りで判明します。
これまでに存在が出てきてるので、お察しの方もいるかもしれません。