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ナル、旅行に行く②

本日、コミカライズ5話が、BookLive!様にて先行配信開始。

早くも5話です。かっこいいシンジュ様とナルをぜひとも見てほしい……っ!

よろしくお願いいたします。



「美味しいっ!」

 

 地産地消の看板を掲げた食堂で、ナルは慌てて口を押さえた。

 つい大きな声が出てしまった。

 

 四人掛けテーブルの隣に座るカシアが視線で窘めてきて、肩をすくめた。

 正面に座ったサトミはおかしそうに目を細め、佐梨は無表情で黙々と食べている。

 ちなみに、全員、簡易の和服だ。着慣れていないナルとカシアの動きがぎこちないが、そこは愛嬌で乗り切ろう。


 ナルの旅行に同行してくれたのは、この三人だ。

 当然ながら、シンジュが多忙なのだから他の官吏職にいる者たちが休暇など取れるはずがない。

 皆を誘う前に気づいたナルは、結局、最低限のメンバーで行くことにした。

 

 ベティエールから息抜きがてら連れ出すように頼まれていたサトミは確定として、佐梨は護衛として、カシアは侍女として。

 今回の旅行はこのメンバーだが、いずれ皆で集まる機会をもうけようと思う。

 王都のちょっと高い料亭で、慰労会的なアレをするのだ。

 

(……だから、今回私だけ贅沢をして楽しむのを許してほしい……)


 ナルは自分のなかに芽生えていた罪悪感にそう言って、次の瞬間には忘れることにした。

 せっかく来たのだから、まごまごと考えていたら勿体ない。

 楽しむときは、全力で楽しむのだ。


「確かに美味しいですね」


 サトミが同意をくれたので、ナルは一気に機嫌がよくなった。


「川魚と山菜の料理ってこんなにおいしかったのね~って改めて思ったわ」

「おや、奥方はそれなりに豪華な食事を毎日食べてるんじゃないんですか?」

「まぁ、そうなんだけど」


 返事が歯切れ悪くなってしまった。

 サトミが片眉をあげる。


「旦那様がいらっしゃるとき以外は、とても簡素ではございませんか」


 むっと可愛らしく唇を尖らせて、カシアが言う。


「う、まぁ……つい」

 

 最近、仕事が忙しくて、軽食で済ませてしまう日々が続いている。

 書類仕事を片付けて、関わっている施設や王都を見て回ることも大切だし、我が子と触れ合う時間もほしい。

 そうなるとゆっくり食事をする時間すら勿体なく感じてしまうのだ。


「ああ、つい自分の時間を削ってしまうんですよねぇ」

「そうなのよ!」


 サトミの同意に、ナルはここぞとばかりに頷く。


「まぁ、結果として私はへろへろになって体力を取り戻すのに苦労したので、健康は第一に考えたほうがよいかと。……以前、私に健康が大切だと説教をした人がおりまして、確かにその通りだと思うわけです」

「ぐっ」


 彼に健康について言及したのは、ナル自身である。

 言葉を探してもごもごしていると、フッとサトミが笑った。


「奥方が忙しいのは知ってますから、手伝えることがあればなんでもおっしゃってください。あなたには、自ら手を差し伸べたいと思う者が大勢おりますので」

「サトミが優しい……皮肉がない……どうしたの?」

「……あなた、私のこと何だと思ってるんですか?」


 サトミにじと目を向けられたとき、食堂のドアがひらいて客がきた。

 周囲にいた他の客がそちらに視線を向けたので、ナルも何気なくドアのほうを振り返る。

 漆黒の髪を後ろで三つ編みにし、首から前に垂らした男だ。

 歳はナルより三、四歳年上だろうか。

 すらりと背が高く痩せ型だ。質の良い淡茶色の袷の着物と羽織を纏っている。

 

(わぁ、偉い人かな)


 存在感は勿論のこと、高貴な人特有の品の良さを感じる。

 男は人々の視線を独占しながら歩き、ナルたちのすぐ隣のテーブルに座った。

 

(美人な人。垂れ目に、口元にホクロって……わぁ、睫毛長っ)


 色香がダダ漏れだ。

 ぽかんと見惚れていると、カシアが呟いた。


「なんといいますか、とても迫力のある方ですね」

「ほんとに。眼福だわ」


 つい本音をこぼしてしまうと、カシアが首を傾げた。

 

「奥様は、美しい男性を見慣れていらっしゃるのでは?」

「え、あ。師匠のこと? 師匠はもう別格でしょ」


 最近、またフェイロンを神として崇める新興宗教ができたという。

 ナルが認識しているだけでも三つ目の宗教団体だ。

 

 フェイロンが神として崇められる存在ならば、隣の席に座った男はファンクラブを持つ俳優といったところか。

 神は完璧に手が届かない一方通行の相手だが、俳優ならばもしかしたらもしかするかもしれない――という、身近さや期待感があるため、より現実的に推せる。

 というのはナル個人の考えだが、つまり、フェイロンとは比べられないということだ。

 

 そんなことを考えていると、ふいに、男がこちらを振り返った。

 ナルと視線が会うなり、柔和に目を細める。


「ええ天気やね」


 そう言って彼は軽く髪を耳にかけた。

 どことなく雅さを感じる彼の動きに、ナルは目をぱちくりとさせる。


(……今の声。……まさか)


 ついジッと男の目を見返すと、彼はフフッとやはり優雅に笑ったのだった。

 その視線が、ナルに『わかったみたいでよかったわ』と言っている気がした。


 ◆


 食事を終えて大通りに出るなり、カシアが首を傾げた。


「さっきの方、変わった口調でしたね。私はまだ風花国語を完璧に理解できていないのですが……どこかの方言でしょうか?」

「自分は風花国内の方言を知っておりますが、聞いたことがございません」


 佐梨が答え、二人で首を傾げている。

 ほどほどに賑わう大通りを、ナルは率先して歩いた。

 それなりに人がいるものの、ベルガン公爵領とは比べものにならない。

 無風荒野は一般受けする観光地ではないためだ。

 

「……なんだか人が減りましたね」


 辺りを見ながらカシアが言う。

 無風荒野を領地に持つソラゴエ地方へナルたちが到着したのは、本日の早朝だ。

 そのときは、道を行くのも苦労するほど人が多くて、すぐに予約してある旅館に向かった。

 そこで荷物を降ろし、部屋で少しだけ休憩してから、観光を開始して――今に至る。


 ちなみに目当ての無風荒野に行くには、ガイドの同伴が義務付けられている。

 このガイドツアーは希望者をまとめて連れて行くタイプの集団ツアーで、今日は午後三時から開始と決まっていた。


「朝市が終わったからよ。ソラゴエ地方は無風荒野以外に穏やかな土地を多く所有している、農業地方なの」

「だから朝市が開かれているのですね」

「そ。採れたての野菜を安く買えるから、近隣の住民がやってくるのよ。週に四日、開かれてるらしいわ」


 商人が大量に仕入れていく場合も多く、朝市はいつも混み合うのだという。


「これからどうなさるのですか? まだ、ツアーまで時間はあるようですが……」

「旅館に戻るわ」

「……かしこまりました」


 カシアは無表情に少しだけ拗ねたような色を覗かせる。

 どうやら、観光が結構気に入っているらしい。


(本当にカシアは可愛いなぁ、癒される)


 ナルは、ごほん、と少し露骨過ぎるほどの咳払いをした。

 

「私はちょっと疲れちゃったから、旅館で休むけど。カシアたちは自由にして貰っていいからね。ツアーまで時間あるし」


 途端にカシアが表情を引き締めた。


「お側におります」

「そう?」

「まぁ、一人だと寂しいわよね。見知らぬ土地だし、不安もある……あ、だったら佐梨と一緒に行ってきたらどう?」


 名前を出された佐梨が、驚いた顔をした。


「自分はあなたの護衛としてここにおります」

「護衛でしたら、私が請け負いますんで。どうぞ、観光に行ってきてください」


 サトミがぽんぽんと佐梨の肩を叩く。

 眉をひそめてサトミを振り返った佐梨だったが、ふと何かに思い至ったように表情を引き締めた。


「……そうですね。お言葉に甘えて、そのように致します。行きましょう、カシア殿」

「はい? あの、私は奥様と……あのっ」


 佐梨が強引にカシアを引きずっていく。

 二人が見えなくなるまで見送ってから、サトミと旅館に向かって歩き出す。


「何かの暗号? 私から言っておいてアレだけど、佐梨があんなにあっさり離れるなんて思わなかったわ」

「周辺の偵察を頼んだんですよ。私は一応、あなたの主護衛ですから」

「なにそれ」

「隊長的な立場のことですね。今回の護衛任務において、私は彼に命令する権限があるんですよ」

「えっ、初耳なんだけど! それじゃあ、サトミだって休めないじゃないの」

「あはは、充分休暇を満喫させて頂いてますんで。……それで、何をすればいいんです?」

「ん?」

「あなた、様子が変ですよ。食堂の辺りから」

「えっ、顔に出てた!?」


 隠していたつもりだったのだが、サトミにはバレバレだったらしい。

 旅館に到着すると、受付で戻ってきたことを伝えてから、部屋に向かう。

 今回の旅では三部屋とっており、ナルとカシアが同室で、男性陣は個室である。

 

 サトミは当然のようにナルたちの部屋にあがると、窓側に座布団を置いて座った。

 この旅館は純和室で、い草の香りがとても心地よい。

 

「さて、と。事情をお聞きしましょうか。あの二人には聞かれて困ることなんですか?」

「困るといえば困るけど……信用が置ける人たちだから、知られても構わないわよ」


 サトミは目を丸くした。


「おや。二人に観光を勧めたのは、てっきり人払いかと思いました」

「時間が勿体ないって思ったの。カシアにも旅行を楽しんで貰いたいし。それに、あの二人、何気に良い雰囲気じゃない?」


 カシアはジザリひと筋を貫いている。

 しかし、ジザリのほうはどうやら恋人を作るつもりもなければ、結婚するつもりもないのだ。

 これは先々月、ナルが直接ジザリに尋ねて聞いたことなので間違いない。

 

 ――私は執事として、なんのしがらみもない状態で生涯お仕えしたいのです。

 

 そう言うジザリの表情は決意に満ちていて、ナルは何も言えなかった。

 カシアがジザリの本心を知っているかはわからないが、少なくともカシアは彼が好きで、女性らしい温かな夢を抱いている。


「私、カシアにはカシアの幸せを掴んでほしいのよ」

「はぁ……彼女は、執事を愛しているんですよね? 側に居るんですから、それでいいんじゃないですか?」

「ずっと片想いなんて、辛いじゃないの」

「人それぞれだと思いますよ」


 サトミはそう言って肩をすくめると、思い出したように微笑んだ。


「佐梨どのは現在独身なので、確かにちょうどよいかもしれませんねぇ。昨年、いわゆる内縁の妻から離縁を望まれて、そのまま応じたと聞いています」

「結婚してたんだ!?」

「結婚という形式は取っていないようですけど、それに等しい女性がいたことは確かですねぇ」


 知らなかった。

 佐梨に関しては、護衛として側に居るから知ったつもりになっていたが、彼の私生活は謎のままである。

 それにしてもサトミは詳しいわねぇ、と感心した。

 

「――話を戻しますけど。食堂で何があったんです?」

「めちゃくちゃ綺麗な男の人、いたでしょう?」

「ああ、あの方ですか。それが何か?」

「もしかしたらあの人、知り合いかもしれないの。というか、あの声から感じる圧は間違いなく『相棒』だと思うんだけど……」


 サトミは首を傾げた。

 ややのち、「ああ」と一人で頷く。


「もしや、グレイシア商会の関係者ですかね?」

「えっ」

 

 お茶を入れよう、と用意しておいた水筒を取り出そうとしたナルは、ぎょっとして彼を振り返った。

 拍子に、ガツンと足を机にぶつけて顔をしかめる。


「痛っ、って、え、な、なんで、知ってるの!? グレイシア商会のこと、誰にも話してないのに!」

「知らないわけないでしょう」


 サトミは心底呆れたような顔をした。


「ちなみに、これは私が独自で調べた情報なので、誰にも報告してませんよ」

「調べたって、どうして」

「あなたを守るためには、あなたを知る必要がありますから」


 ナルは目を瞬いた。

 襲われた時、目の前の敵を倒す――それが護衛だ。

 しかしサトミは違う。

 元々刑部省に潜入していたスパイであり、現在は風花国の研究員。

 そんな彼は、総合的にナルをサポートしてくれる、頼もしい存在なのだ。


「もしや、お怒りですか? 勝手に調べたことに対して」

「驚いてるだけ。……サトミってそうよね。裏で動いてるというか、苦労してる面を見せないで、黙々と守り続けてくれるっていうか……いい男じゃないの」

「どうも。長官だってそうでしょう?」


 確かに。

 しかし、シンジュはナルの夫であり、夫婦関係にある。

 一方サトミとはそういう関係ではないし、なんだか色々と貰いすぎているような気がした。


「話を進めても?」

「あっ、そうだった。グレイシア商会なんだけど、調べたのなら、私ともう一人が共同で立ち上げたことも知ってる?」

「ええ、勿論……ってことは……」

「彼が、そのもう一人よ」


 とはいえ、ナルは『相棒』の素顔を知らない。

 彼の顔を知らないまま、商会立ち上げ当初はよく壁越しに会話をしたものだ。

 その『相棒』の声音が似ていることを、サトミに伝える。

 声だけでは勘違いかもしれないが、実はもう一つ、彼が『相棒』ではないかと感じた理由があった。


「それから、商会の幹部だけが知ってる合図があってね」

「合図、というと?」

「『天気の話をしたあと、髪を掻き上げる』」


 つと、サトミが細めていた目を微かにひらく。


「それは、どんな意味なんです?」

「『異常発生』」


 要連絡。緊急事態。そういった合図は他にある。

 だが、『相棒』が送ってきたのは『異常発生』。

 しかもモーレスロウ王国にいるはずの彼が、こんな場所まで自らやってきたのだ。

 余程のことが起きているに違いない。


「……先日、グレイシア商会からの報告書に物価高騰ってあったの。そこに、シンジュ様から蝗害の話を聞いて……でも、この辺りは蝗害発生地の正反対よね」

「そうですね。……異常発生……そのためにわざわさモーレスロウ王国からここまで足を運んだのなら、ただ事ではないでしょう」

「ええ。何か起きた場合すぐ動けるように、整えておくわ」


『相棒』が、今頃ナルの前に姿を現したのは偶然だろうか。

 彼は頑なに姿を見せなかったのに、どうして。


 嫌な予感がした。

 落ち着かない心地のまま、ナルとサトミは急いでソラゴエ地方の領主の元に向かう。

 何かあったときのためにシロウが持たせてくれた、ナルだけが使える『御璽つきの木札』を携えて。


 道中、長閑な田畑が広がっているのを見て――ふいに、 ハッとした。

 

(……『相棒』って、植物に詳しくなかったっけ)


 かなり昔、彼がぽろりと私生活についてこぼしたことがあった。


 ――植物は、本当におもしろい。好きなだけ研究できればいいのに。


 そうだ。

 確かに、そう言っていた。

 あまり自分を明かさない『相棒』が珍しく自分語りをしたから、よく覚えている。


 ある考えに至り、ゾッ、と背筋に悪寒が走った。

 ナルは嫌な予感が確実に大きくなるのを感じて、拳を強く握りしめた。

短編ではないレベルになってしまう…。

まだ少し続きます。

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