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【コミカライズ】死刑が確定した転生令嬢は、二十歳年上の旦那様の妻として三度目の人生を謳歌する【完結済】  作者: 如月あこ


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第二幕 第三章 【13】本当の黒幕②

 神殿につくと、佐梨にお礼を言って一人で門をくぐる。

 見覚えのある男が案内のために出迎えてくれた。

 確か、フェイロンと共にヤコの家にやってきた、瞳がキラキラしていたほうの神官だ。

 歳は、よくわからない見た目をしている。

 二十代後半から三十代後半ほど、笑うと目尻に皴が出来て、それなりの歳に見えた。


 神殿の白い着物を纏った彼は、ナルを伴って神殿の中を案内してくれた。


「ここから見える山々全て、神殿所有の土地でございます。国王であっても、神官長の許可なく立ち入ることは出来ません」

「それは、なんていうか……凄いですね」


 嬉しそうに話してくれる神官の話に、適当に相槌を打つ。

 神殿はナルが想像していたより遥かに大規模な権力を有しているようだ。前世のイメージからか、てっきり『何かの宗教団体』だと思っていたが、違うらしい。


「お待たせいたしました、こちらのお部屋で神官長ヒリュウがお待ちです」


 ふと、ナルは、窓にへばりついた。

 窓の外に四角いコンクリートの建物が見えたのだ。

 建物の手前には、巨大な塀。その向こうに見えるのは、タンクや、プールに設置されているような高台の歩道。

 激しく見覚えのあるソレに、ナルは「まさか」と呟いた。


「あれって……浄水場?」

「そうだ。ひと目でわかるとは、さすがナル。師として誇らしいものだ」


 ぬっ、と背後から現れたフェイロンは窓にへばりついているナルを引きはがして抱えると、部屋に押し込めた。

 案内してくれた神官が、茶を淹れてくれる。


「おかしいと思ったの。全体的に民は不衛生で、満足に身体を清めていなければ、煮沸して水を飲む余裕もない。なのに、生水がぶがぶ当たり前みたいに飲むし!」


 ここ何年も凍死や餓死者が出ても、水による食中毒は発生していない。

 何よりナルが驚いたのは、都の中心部では、手動水洗トイレが実装されていたことだ。

 用を足したあと、水を流す。

 すると、下水のほうへ流れていく。


(まさか、下水が完備されてるなんて)


 下水などの管理も神殿の仕事となれば、国家予算が多く配分されるのも頷ける。


 フェイロンは微笑んで、コップへ口をつけた。相変わらず優雅だ。しかも、今日のフェイロンも神々しいほどに美しい。


「よく来てくれた、ナル。だが、こんなに早い時期でよかったのか? ナルの場合は特例として、諸々落ち着いてからで構わなかったのだが」

「風花国で暮らすことになったので、神殿を知ることが大切だと思ったんですよ。まさか八年も監禁されることになるとは思いませんでしたが」

「ははっ、試験のことだな。問題ない、決められた科目を合格すれば、外出は可能だ。全て合格すれば、自由になれる。ナルならば、八年もかからないさ」


 神殿が定めた科目を、転生者は学ぶことになる。それらの試験にすべて合格すれば、元の生活に戻れるとのことだ。


「師匠、転生者は全員、神殿で預かるんですか?」

「転生者であることが判明次第、強制的だな。理由は、これからナルにも学んでもらう『転生者の危険性』についてにも記載してある」

「ふむふむ。それを学び終えなければ、ここからは出れない……と」


 フェイロンが、眉をひそめた。


「ナル、何か企んでいるな」

「まぁ、少し」

「あまり背負い過ぎるな、早めに相談するように」


 苦笑するフェイロンは、やはり優しい師匠だった。

 以前のように、ナルが一人で背負い一人で行動することを心配しているのだ。


 それから、フェイロンから学ぶ科目について、簡単に説明をうけた。


 いくつもある科目のひとつに、世界を保護するための規約という科目がある。そこに、【持ち込んではならない知識】というものがあるらしい。

 興味を持ったナルに気づいて、冊子をくれた。

 中身を確認すると、冊子には、【あちらの世界で危険であったものを作り出さないこと】と記載され、具体的に『電気』や『銃』が例にあった。これらを作り出した場合、大々的な粛清が行われるという。


(あー、なんか違和感があったのよねぇ)


 モーレスロウ王国で過ごしていた頃、人類の歴史に見合った科学の進歩ではないと感じた。それは、神殿が転生者の知識を抑制していたからだったのか。


「でも、この世界で生まれ育った人が、作り出す可能性はありますよね? 数千年の歴史のなかで、電気が作られないって違和感があるかも……」

「これは科学に精通する転生者が残した言葉だが、この世界には『あちら』にあった物質がない、そうだ。ゆえに、あちら以上の研鑽をつまねば、科学の進歩は難しいという。だがそれも現時点での話。今後、ここに禁じているモノも生み出されていくだろう」

(じゃあやっぱり、世界共通で加盟するような機関が必要になるよね……それにしても、随分と都合がいい世界)


 まるで大きな争いを起こさないために、神様が『危険な物質』だけ抜き取って世界を作ったみたいだ。

(まぁ、神様なんていないと思うんだけどね)

 そんなありもしない感想を抱いてから、次の科目の説明を受けた。


 そうして。

 合計、五十八科目あることを知る。

 各科目の教科書、それぞれ漬物石のよう。


(何が一ヶ月なの!)


 フェイロンを恨めしく思いながらも、ナルは神殿で転生者としての教育を受けることになったのだ。



 ☆☆☆



 与えられた部屋は、神殿の広大な敷地の山側だった。

 転生者は、ここで科目試験に受かるまで軟禁されるのだが、ナル個人の感想として、生活そのものは悪くない。

 決められた範囲なら自由に歩き回れるし、庭もある。

 衣食住も保証されているし。

 貧民や平民の生活より、余程快適だ。


 ナルは庭から、ナルが暮らすように宛がわれた屋敷を見上げた。

 二階建ての和風家屋で、二階の左奥がナルの部屋だ。


 かつては複数人の転生者を保護することもあったため、アパートのような住居になっているという。


 ここへ来て、一ヶ月が経っていた。

 風花国の内政については、心配していない。

 シロウをはじめ、皆優秀なのだ。正式な戴冠式も終えているし、ぼちぼち他国からの使者が来る頃だろう。

 新王のお披露目を他国に対して行うことは、風花国としては必須。

 具体的な日時を定め、他国へ書状をしたため済みのはずだ。


(その辺はシンジュ様が中心になってるだろうし、それこそ心配いらないよねぇ)


 頬を撫でる風が、少しだけ暖かい。

 耐え忍ぶ冬が終わろうとしていた。

 季節が変わる。

 そして、時代も――。


「ナル様」


 呼ばれて振り返ると、子犬のような笑みで駆けてくる男がいた。

 神殿についたとき、ナルを出迎えてくれた男だ。

 彼の名前はターレイという。

 なんと、フェイロンの前の神官長で、今は神官長補佐をしている超高官だった。


「ナル様、本日もご機嫌麗しゅう」


 きらきら、と尊敬を露骨に表した瞳で見つめられて、居た堪れない。


「……どうも。あの、何か」

「はい。前日ナル様より申し込みされた試験の日時が決まりましたので、お知らせに参りました」


 転生者に課された、五十八科目。

 用意された科目のほとんどが、分厚過ぎる本による自学だが、いくつか講義も存在し、疑問点はその際に質問する形式になっていた。

 そして。

 転生者のほうから、試験に挑む準備が出来たら、試験申し込みをする仕組みなのだ。


 かなり面倒だと思ったナルは昨日、まとめて五十八科目すべての試験申し込みをした。

 落ちても再受験できるし、難易度を知る意味でも受けておきたかったのだ。


「明日から、三日にかけて行われることになりました」

「試験は、時間区切りなんですか? 出来た時点でつぎの試験受けれたりします?」

「途中退室は可能ですが、次を受けるのはどうでしょう。確認しておきます」


 翌日。

 出来たから次の試験! という、わんこ蕎麦方式の許可を貰い、五十八科目すべての筆記試験を一日で終わらせたナルだった。


 試験官が複数人いるその場で採点が行われ、五十八科目すべて、合格基準の九十五点以上で受かる。

 教科書を丸暗記し、内容を理解すれば解ける問題ばかりで、応用問題も簡単。勉強すれば合格できる内容だったのが、幸いだ。


 試験官として同席していたほかの神官や巫女たちは、感心した様子でナルを見ていた。

 フェイロンは満足げに頷くと、ひときわ豪奢な試験官用の椅子から立ち上がった。


「筆記試験合格だ。これより最終試験に入る」

「え。最終……聞いてないんですけど」

「今初めて言った」

(ぐぬぅ、不満言いたいけど、どっちみちやらないといけないのよね)


 悪びれも無く堂々と告げたフェイロンは、ナルを伴って廊下を歩き出す。

 これまで立入禁止とだけ伝えられていた『神域』へ向かっている。

 途中まで、他の試験官の者たちもついてきたが、ドーム状の別館へ移動する際、彼らは足を止めた。


 さらに、ドーム状の中へ入る際、ターレイやフェイロンの護衛たちもその場で待機に入る。


「ここからは、私とナルだけしか通れない」


 フェイロンはそう言って、ドアを押し開きながらくぐる。

 ナルも一緒にドームのなかへ入ったが、中は真っ暗だ。


 ドアが閉まると、自分の身体も見えなくなる。


「ここは、あちらと繋がることを前提に造られた建物だ。ドーム状の、桃を半分に割ったような外観をしてる。上から見ると尻のようだから、あとで上階から見てみるといい。笑える」

「こんな神聖っぽい場所を尻って……!」


 だが、ぜひ上から見てみたい。

 でかい尻のような建物とは、貴重である。


「さて、最終試験だ」

「なにをすればいいんですか?」

「ナルはここにいてくれ。何か起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。何にせよ、『終わったな』と思ったら、自ら外へ出てきてくれ。私どもは、決して迎えにこない」

「………はい?」

(試練的なナニかなの? 微妙に怖いんだけど!)


 どうもナルは、ファンタジーな出来事には理解が追い付かない体質らしいと最近気づいた。

 レイヴェンナー家で起きた、摩訶不思議なうんこのときがいい例だ。


「今から、私が『あちらとこちらを繋ぐ』。もし、ナルが選(・)ば(・)れ(・)た(・)転(・)生(・)者(・)であれば、この世界を導く神託が創世神より与えられるだろう」

「……めちゃくちゃファンタジーですね」


 ナルは無神論者なので、神などいないと考える。

 とはいえ、転生というスピリチュアルを体験した現世では、少しだけお堅い考えも緩めねばならないのかもしれない。


 フェイロンは苦笑した。


「これも神殿の役割のひとつなんだ。転生者のなかには、大きな役目を背負って転生してくる者がいる、と考えられている。知識をこの世界に授けるだけでなく、その転生者本人が、世界を大きく動かす場合だ」

「よくわからないんですが」

「過去に、神殿が保護した転生者の一人がここで神託を授かっている。その者は神託通りに行動し、そして、初代モーレスロウ王国国王になった」


 ナルは、驚きに息をつめた。

 柳花国や風花国を見て、モーレスロウ王国が平和だと感じたのは、モーレスロウ王国の国法を定めたのが転生者、つまるところ日本人だったためか。

 ナルが他の国の在り方に違和感を覚えたのも、そのためだったのだ。

 モーレスロウ王国の在り方は、異国風でありながらも、ナルの前世の生活と重なる部分があったのだと、今更ながら気づいた。


「……選ばれた転生者、って……なんか思ってた以上に、選ばれる基準というか、課せられた使命的なものの敷居が高いんですけど」


 そもそも、神託を下すという創世神とは何者なのか。

 人様に命令するなら自分でしたらいいのに、と思うナルだが、自称神様にも事情があるのかもしれない。


(まぁ、なんにせよ、私が選ばれるはずないから、どうでもいいや)


 モーレスロウ王国初代国王クラスの者が『選ばれる』のならば、ナルは無関係に決まっている。


「あ……ちなみに、選ばれた者じゃなかった場合は?」

「何事も起きない。それはそれで構わないんだ。結局神殿は、神託を得たいだけだから。権力を示せるからな」

「師匠、言葉がめちゃくちゃ他人事です」

「ふむ、ナルと一緒だと気が緩むようだ。気をつけないと」


 軽く笑うフェイロンにつられて、ナルも笑う。

 なんだか、気が楽になった。


「それでは始めようか。目を閉じてくれ」


 言われるまま、目を閉じた。

 きっと何も起こらないだろうから、終えたらすぐにドアから出よう。

 ヤコに帰宅を伝えて、シンジュに会って――。

 それから、それから。


「ではナル、術式を展開する。あとで会おう」


 会おう、という言葉が歪んで聞こえ、閉じた瞼の裏に炎のようなものが揺れた。

 意識がぐにゃりと曲がり、立っている場所がわからなくなる。

 足場が消えてしまい、落下しているような感覚に驚いて、ナルはハッと目を開いた。


「……え」


 仄暗い、レトロな映画館内の椅子に座っていた。

 映写機の音に合わせて、スクリーンには東京の街並みが写る。

 スカイツリーがなく、時代背景もやや昔。


――カチカチカチカチ

――ジジジジジジジジ


 映写機の音だけが聞こえ、映像に音はない。

 突如、映像のなかの東京が爆発した。

 映像が引きになり、煙が去ったあと、そこに見えたのは月のクレーターのような更地。


 ナルは背凭れに深く凭れて、考える。

 これは、レイヴェンナー家七不思議のときと同じ、別の場所に行ってしまった系だろうか。

 だが、あのときより現実感がある。

 意識だけではなく、まるで、身体ごと移動してしまったような感覚だ。


 この古めかしい映画館が『あちら』なのだろうか?

 五感まで感じる。だってかび臭いから。


(師匠が、特殊な力を持ってるっていうのは、本当なのねぇ)


 神殿という組織は、ナルやその他大勢の者が思っている以上に、重要なのかもしれない。

 ファンタジーな現状に、少しばかり対応できるようになってきた頭で、ナルは考える。


 本当に『神』を名乗る者がいるのだろうか。

 フェイロンだって、『神』と名乗っても違和感はない。

 美しいし、変な力があるし、頭がいいし。


 でも、神殿が言う『神』、つまるところ『創世神』は、人智を超えた存在のような扱いだった。

 ナルが存在しないと考える、本物の『神』。


【――は、―――れた―――届――】


「ん……」


 ごろん、と寝返りを打とうとして、ナルは椅子に座っていることに思い至る。

 あまりにも単調な映画だったため、途中で寝てしまったようだ。


「……首、痛い」


 完全に寝違えた。

 首をコキコキ言わせてると。


【お前は、選ばれた。我の言葉を皆に届けよ】


 と、どこからともなく聞こえてきた。

 館内放送のようだ。

 寝起きで機嫌の悪いナルは、


「興味ないし、断る」


 と言い捨てた。


「ってか、椅子が古いのよ。最新のリラックス系のリクライニングにしてほしいわ」


 さっさと立ち上がると、映画館の出口を見つけてそちらへ歩き出す。


【…………神託を】


「私無神論者だし、神様とか信じないんで。姿も現さない相手に時間勿体ないから帰る。首も痛いし」


 これは結構ヤッた。

 首がガチめにやばい。

 下手をしたら、数週間は痛むだろう。


 映画館のドアノブを回した瞬間、ナルの目の前にはスクリーンがあった。

 先程と同じ場所に座っている。


「はぁ?」


 ここから出さないつもりか、と苛立たしく立ち上がろうとしたら、なんだか椅子がもふっとした。

 ナルが座っている席だけ、ふかふかリクライニングチェアになっている。


 ナルが驚いていると。


【我の世界は一度壊れた。我は神として、生き残った人々を集め、新たな世界を構築したのだ。人の世の発展に関しては他次元の転生者を呼び込むことで知識を借りることにしたというわけだ】


 今のうちに、という感情が伝わってくるほどの早口で、説明された。

 ナルは無神論者だが、どうやらこの自称神は、ナルが想像していた神のように横暴ではなさそうだ。


(もしかして、ある程度話が通じる相手? 思考あるの? なら、会話する余地はあるか)


 と、ふわふわリクライニングに寝転んだナルは、考える。


「私が、神託とやらを皆に伝えればいいのね?」

【人よ、そなたは選ばれ――】

「あんたの言葉を伝えてあげるから、私の頼みを聞いてくれるわよね」


 足を組んで、ふかふか椅子を堪能していると沈黙が降りた。

 ナルは、よっ、と声をあげて起き上がり、出口へ向かう。

 ドアノブを回した瞬間、また椅子に戻っていた。今度は、手元にドリンクホルダーがついていて、ドリンクがある。


【人よ。そなたがここに滞在できる時間は、限られているのだ】

「で?」

【…………………………頼みを手短に話せ】


 ナルは感動した。

 自称神も捨てたものではない。


「さすが神様、慈悲深いのね!」


 尊敬を込めて言ったのに、【ギリッ】と歯を食いしばるような音が聞こえた。解せぬ。

 ナルはさっさと本題に入った。


「あのね、時次郎と話をさせてほしいの」


 死んだ男だが、自称神ならば可能かもしれない。

 空間捻じ曲げてるっぽいし、世界作ってるらしいし、転生者とやらを世界に呼んでいるらしいし。


 とはいえ、駄目元の頼みである。

 だが。


 目の前のスクリーンが、ぱっと変わった。

 意識していなかったので先程まで写っていたものは覚えていないが、今、スクリーンには儚い印象を受ける青年が、ヤコが暮らすあの家で薬を調合する映像が流れている。

 取り立てて特徴のない青年だったが、儚さと同時に纏う柔らかな雰囲気は、共にいると心地よさそうだ。


「……どう、して。死んだ……はず」


 隣から声がした。

 スクリーンに映る青年が、隣に座っていた。


(さすが自称神様……なんでもありだわ)


「僕は、処刑されたんじゃ。どうして、映画館に……何が、どうなって」

「されたわ、処刑」


 ぎょっとして振り向いた青年――時次郎は、やっと隣に座るナルに気づいたようだ。

 驚愕に目を見張り、ナルを、というよりも、ナルが座る椅子と、ナルが片手に持っている紙コップを見た。


「……なんでリクライニングとドリンク」

「その椅子、座り心地悪いから。それよりも、あなた時次郎でしょ? 話をしたくて、呼んでもらったの」


 時次郎は、猫のように目を細めて微笑んだ。

 変わり身に不気味さを感じたけれど、今更である。


「色々疑問があるんだけど。なぜ映画館なのかとか、僕が主演っぽい映画が流れてたりとか、死んだはずなのに会話できてるとか。……でも、そういうのはひとまず置いておいて、何を話したいの?」

「ねぇ、あんたさ。何が目的なの?」

「ざっくりしすぎてわからないよ」


 くすりと笑う時次郎。

 二十年先を見通す天才で、前世は研究者。武術は、護身程度なら出来ると聞いている。


「あんたの目論見通り、天馬が失脚した。風花国は、分岐点を迎えて、新しく動き始めたの」

「そう。……天馬は今、いくつ?」

「知らない。四十代かしら」

「そっか」


 時次郎は、しみじみと、そっかそっかと繰り返す。

 なんだか未だに死者と会話している実感が持てないけれど、自称神が与えてくれた機会だ。

 

(ヤコさんからの伝言を――)


「あはっ!」


 無邪気な笑い声に、ナルは弾かれるように振り返った。


「きみが知りたいのは、目的だっけ?」

「……そう」

「天馬はね、生きる理由を欲しがってたんだ。だから、僕が与えてあげた」


 儚く優しい笑顔で、時次郎は言う。


「天馬とは親友でね。……でも僕は彼の心の闇に気づいてあげられなかった。僕が正慶様についたことで、天馬の心を傷つけてしまったんだ。僕は、天馬が正慶様を暗殺するまで、そのことに気づかなかった。親友なのに……本当に馬鹿だよ、僕は」


 時次郎がスクリーンを見る。

 そこには、時次郎と若い天馬が対峙するシーンが映っていた。


「これは、正慶様が死んだ翌日かな。天馬に、会いにいったんだ。僕は初めて天馬の闇を知り、天馬を救いたいと思った」

「救う?」

「天馬に使命をあげたんだ。『僕は都を去るけれど、いつの日か、必ず王位を奪う』、そんなことを言って、貧民街へ移住したんだよ。……それから数年経って、僕は天馬に処刑された」

「処刑されるよう、仕向けたんでしょう?」

「そうだよ。天馬は僕を処刑したことで、天啓に等しい使命を覚えたはずだ。これが正義だって。自分は、正義を貫くために、国を守るために、この世に生まれてきたんだって」


 無邪気な子どものように、ただの狂った大人が嬉しそうに話す。

 世の中、狂ったやつばっかりだ、とナルは鼻で笑う。


 天馬は、親友だった者を処刑した瞬間、時次郎のいう通り、『正義』を感じただろう。ナルと話したとき、天馬は己が正しいと言っていたことがその証拠だ。


 ナルは、腹の底からむかつきがこみ上げてくるのを感じた。


 時次郎いわく、天馬は『己の存在理由』を求めていた。

 ただ理由がほしかったわけじゃない。少なからず、己の存在は何か正義を成すためにあるのだと望んでいたとナルは推測する。

 そんな男が、家族や、親友を処刑したのだ。

 自分は正しいことをしているのだと、強引に思い込むしか己を保てなくなる。


 そして、天馬の正義はどんどんねじ曲がっていく――。


「僕が、天馬を救ってあげたんだ。謀反で王座を追われるまで、彼は自分が正しいと思って、幸せに過ごせただろう?」

「で? さっさと目的を話してくれない?」


 強引に話を打ち切ると、時次郎がきょとんとした顔をした。

 こて、と首を傾げる。


「今話したよ?」

「言う気がないなら、当ててあげましょうか」


 今の話を聞いて、これまでの情報と照らし合わせると、自ずと答えは導かれる。

 とはいえ、ほとんどはナルの考え補正が入っているのだけれど。


「あんたと天馬は、親友だった。お互いに掛けがえない存在」

「そうだね」

「だから、正慶側についたあんたを『裏切者だと切り捨てた天馬に腹立たしさを覚えた』」


 時次郎の動きが止まる。


「天馬はもう、あのときには、あんたのことを微塵も信じてなかった。親友だと思っていたからこそ裏切られた反動が大きかったんだろうけど。だからあんたに相談一つせず、正慶を暗殺した。……つまり、立ち直れないほどショックを受けたのは、天馬じゃなくて、あんたのほうだった」


 時次郎が自分の死さえ利用して、天才的な頭脳を使った理由。

 蓋を開けてみれば、なんのこともない、ただの復讐だったのだ。


「あんたの処刑後、天馬はずっと正義感を持って王座にいた。何かするたびに、あんたの顔がちらついたでしょうね。それがあんたの一つ目の目的。さりげなく、天馬の心理に自分の存在を植え付けた。これは達成されたわね、おめでとう」

「……きみは、何者?」


 今更な質問をされて、ナルは笑みを深めた。

 だが答えずに、推測を続ける。


「二つ目の目的は、これから行われる。天馬はあんたの目論見通り、王座を追われた。新王は、正慶やあんたが行おうとした国政に似た政策を取ることになり、あんたたちの『いずれ風花国は滅びる』という予言めいた言葉が真実であったと皆が知る。当時、正慶を馬鹿にした貴族らは勿論、天馬も牢獄かどこかで知るでしょ」


 これも、時次郎が想定していた未来。

 己の死後、いずれ天馬に対して謀反が起きると確信していた。


 放っておいても、愚王である天馬は屠られるだろうが、念には念を入れて、悪の種を飛ばしておく。

 サトミがその一つ。

 ナルが知っているなかでは、ピッタやヤコも、種の一つだろう。

 あらゆる者たちに、『復讐』や『後悔』といった負の感情を植え付けて、風花国へ恨みを抱くように仕向けた。

 そのうち一つでも悪の種が発芽し、成長すれば、謀反はより起こりやすくなるだろう。


 風花国へ行くと決めたナルに、サトミが手を貸してくれたように。

 ヤコが、情報や隠れ家を与えてくれたように。


 時次郎は多くの悪党どもと連絡を取っていたらしいので、多くの芽が育っている可能性がある。


(元ベルガン公爵の武器も、他国へ売買された形跡があったみたいなのよね)


 ナルは、時次郎を見据えて、続けた。


「身をもって知ってるだろうけど、風花国の正式な処刑は斬首よ。近々、天馬は新たな王によって斬首に処されるでしょう。そのとき、天馬はきっとこう思うわ。『自分が間違っていた、時次郎は正しかったんだ。それだけじゃない。あいつは頭がよかったから、処刑のことだって、きっと、自分から殺させるように仕組んだのかもしれない。あいつはいつも、俺に優しかったから。時次郎はその命をかけて、せめて俺が王座についている間だけでも、安息をくれたんだ』ってね」


 端的にいえば、時次郎の企み通り『真実の一部』に気づいた天馬は、時次郎に感謝する。

 そして、断頭台の露となるのだ。


「すっごいわね。これだけのことを、自分の虚栄心を満たすためにやるなんて。元ベルガン公爵なんて、足元にも及ばないわ」

「褒めてくれてるの? でも、なんだか嬉しくないな」

「褒めてないわよ、馬鹿にしてるの」


 時次郎は、肩を竦めた。


「なんとでも言えばいいよ。僕は、僕のやりたいことをやったんだ」

「そう」


 沈黙が降りた。


【――もうよかろう】

「まだよ」


 そ(・)の(・)声(・)は、時次郎には聞こえていないようだ。

 立ち上がったナルは、訝るように振り返った時次郎の頬を拳で殴りつけた。


 突然のことに、時次郎は受け身も何もとれず、顔面でストレートを受け止める。


「――ヤコさんから、あんたに会ったら叱ってやってほしいって言われたから。今の、ヤコさんのぶん」


 ぱしっ、と両手を払いながら、ナルは身を痛みで屈める時次郎を見下ろした。


「残念だけど、天馬は処刑されないわ」

「……は?」


 顔を押さえて視線をあげる時次郎に、冷ややかな視線を落とす。


「あれはあれで役に立つし、あくまで処刑はこれまでの法律。今後は、風花国の法律を変えていくからね。これまで通りのはずないじゃない」

「そんなこと、貴族たちが黙って――」


 時次郎の胸倉を掴んだ。


「天馬は、あんたに洗脳されてた。私がその洗脳を解いて、今後の彼の人生、懺悔と幸福で彩らせてあげる」


 ふっ、とナルは憐れんだ瞳を向けた。

 時次郎が、ゆっくりと瞳を見開いていく。


「今後の天馬の人生に、あんたは存在しない。天馬だけじゃないわ。あんたの弟子も、家族も、これからの人生を歩み始めている。……自ら処刑されることを選んだあんたは、忘れ去られるだけなのよ」

「な、な、ん……で」


 ぱっ、とスクリーンが変わる。

 そこには、幼い少年が二人、肩を寄せ合って話していた。

 微笑み合って、あちらの世界の話をしたり、今の世界の愚痴を話したり。


 ナルの手にぽたりと水滴が落ちてきた。

 時次郎は、スクリーンを見ながら、静かに泣いている。


「…………あの頃に、戻りたい」


 幼いときの思い出は美しいものだ。

 だが、人生は歩み続けなければならない。


 とどめの一言でもくれてやろうかと思ったナルだったが、やめておいた。

 胸倉を離すと、時次郎はその場で崩れ落ち、スクリーンを見つめたままむせび泣き始めたからだ。


【――時間が迫っておる。我の言葉を聞くがよい】


 存在意義や、存在理由を求めていたのは、時次郎のほうだったのかもしれない。

 前世でどんな過ごしをしたのか知らないが、余程、天馬と過ごした日々が幸福だったのだろう。


【お前をここへ通した理由は――だ。今後――となり、――は】

「まぁ、でも。わたしはあんたのこと、死ぬまで覚えてるから」


 時次郎が、私を睨みつけた。

 軽く笑ってやる。


「きみは、誰?」

「ナル。ナルファレア・レイヴェンナー」

「なにそれ、かっこいい名前」


 かつて天才と言われた我儘な残酷男は、不貞腐れたような顔をして。

 すぅ、と空気に溶けるよう、その場から消えていった。


【聞いているのか、時間が――ゆえに――】


「あ、ごめんなさい。全然聞いてなかった! なんだっけ、神託として伝えればいいのね。わかったわ。なんて伝えればいいの?」


【――神――、―――が―――なく】


 そういえば時間がないと言っていたけれど、まさか、時間切れだろうか。

 先程より、声がぶつぶつしている。


「なんか聞き取れない!」


【――う―――ん――こ】


「うんこ?」


【――で――! な――、――い!】


「うんこでない?」


【――っ、―――っ、――っ!】


「落ち着いて! 怒鳴ったら余計聞き取れないから!」


 完全にブチ切れてる雰囲気がする。

 だって、さっきまで淡々とした声音だったのに、抑揚がすごい。


「『かみがなく、うんこ、でない』まで聞き取れたから、続き教えて!」


【ば――な、――な!!】


「バナナね!」


 ガシャン、とブレイカーが落ちた音がして、辺りが闇に包まれる。

 本能で察した。

 戻ってきたのだ、と。


 手探りで壁を見つけ、そのままドアを探す。

 僅かもしないうちに、ドアノブを見つけた。


「……最後、バナナじゃなくて、『馬鹿な事言うな』って言われた気もしたけど」


 あくまで『気がした』であって、実際に聞こえたのは『ばなな』の三文字だけだ。

 神託を偽造するのは宜しくないので、聞いたままを伝えるのがいいだろう。


 こうしてナルは無事、神殿で受けた『転生者』としての義務学習及び、最後の試験を乗り切った。

 


  ***



 フェイロンとナルは、二人で向かい合って座っていた。

 他には、誰もいない。


 神殿の、神官長室に招かれた状態である。

 ナルはもうじき、神殿を去るのだ。

 その前に、フェイロンといくつか話をつけたのだが、最後に。


「ねぇ、師匠。神託の件なんですけど」

「確か皆の前では、よく聞き取れなかったと言っていたな。だが、過去に神託を受けた者たちと状況も一致している。エイガカンという場所にいた、というところも、すくりーん、というものを見たこともだ。誰も疑っていないから、安心するといい」

「実は、途切れ途切れに聞き取れた部分はあるんです。でも、微妙過ぎて、さっきは言わなかったんですが、やっぱり伝えておいたほうがいいと思って」


 フェイロンの顔色が変わる。

 それはそうだ、神託は重要過ぎるものなのだから。


「わかった。ナルがそう判断したのならば、私の心にのみ留めよう。それで、聞き取れた言葉は?」

「かみがなく、うんこでない、ばなな」

「…………は?」

「ですから。『かみがなく、うんこでない、ばなな』です」

「なるほど。創世神は、紙がなくてトイレから出られない状態ということか」

「違うと思いますけど」

「…………もう少し、聞き取れた部分はないのか」

「ありません。かみがなく、うんこでない、ばなな、以上です」

「ふむ。意味がわからんが、一応、神官長のみが閲覧できる神託記録書に記載しておこう」


 お互いに頷き合った。






 数世紀後。

 神殿がその役割を終え、組織が解体されたとき。


 神殿トップが厳重に管理していた神託記録書より『謎の怪神託』が発見される。

 世界中を騒がせることになるのだが、当然のことながら、フェイロンとナルは知る由もない。


 一話分が長くなってしまいましたが、閲覧ありがとうございます。

 黒幕云々のややこしい話や神様関係の話はここまでです。


 あとはゆったりと、二話もしくは三話で完結予定。

 宜しくお願い致します!


 ブクマや評価、誤字脱字報告なども、ありがとうございます。

 モチベあがります!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ナルちゃんのヒアリング [一言] 感想は最後まで読み切ってからと思ってたのてすが、耐えられず。 この回読むの、帰宅してからで良かった!(大爆笑) 電車の中で耐えれた気がしない。 シリアス…
[良い点] 爆笑しました。神託、 何気に哀れを感じました。気のせいか? [一言] 最後までうんこネタ、ここまでやると清々しいですね。
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