第二幕 第三章 【3】 後宮への推薦枠
ナルは、ヤコの部屋にいた。
ジーンもとい、サトミの報告をアレクサンダーたちにも聞いて貰い、今後について話し合うためだ。
(あ、駄目。慣れない……ジーンさんって呼び慣れてるから)
頭を抱えるナルの左右に、アレクサンダーとリン、正面にサトミ、ゆったりと肘をついて座っているのがヤコだ。
紅はいない。
元より、ヤコが聞きたがったので、情報共有の場を彼女の部屋にしたのだ。
危険を冒してまで住処を貸してくれているのだから、ナルとしては当然の配慮だった。
「まず、ピッタですが。彼についてはほとんど情報が掴めませんでしたが、姉については少しわかりました。名は杠葉、彼女は元々王宮に仕える女官だったそうです」
「それはまた、優秀だね」
ヤコが驚いた声をあげる。
ナルも頷いた。
「風花国って、モーレスロウ王国より男女差別が激しいと思ってたんだけど。女性でも官吏になれるの?」
「官吏とはいえ、後宮での仕事が中心です。優秀なごく一部の者が、後宮内の事務仕事に携わるんですよ」
「男性は? 柳花国には宦官がいたと思うけど」
「いますが、宦官として後宮に仕える者は、平民あがりの下官です。貴族で、宦官になってまで後宮で働きたい者はそうそういません」
そうだった。
貴族しか仕事につけないし、その貴族らは偉い役職にしか付きたがらないのだ。
(ここの貴族って、平安時代の貴族っぽいのよね。イメージだけど)
格差が激しいのだ。
そういえば、学生時代に平安時代の庶民について調べたとき、たしか婚姻という概念がないという話を聞いた気がする。
雅だったのは、貴族だけ。
平民は、栄養失調が目立ち、寿命も短かったとか。
ナルは、目を伏せる。
胸の奥がねじれたように不快だった。
風花国に来たナルは、『今の風花国の現状』と、日本で暮らした記憶やモーレスロウ王国での暮らしを、嫌でも比較してしまうのだ。
もっと法が整備され、最下層の者たちの暮らしが底上げ出来ればよいのに。
(……それが出来てたら、誰かがしてるか)
貴族らが絶対的権力を握るこの国で貧民を優遇することになれば、貴族らは危機感を抱くだろう。
「その杠葉ですが、ある日突然、右大臣家に移動となったようです。強引に右大臣が身請けしたようなのですが、身請けされて以後、杠葉の姿を見た者はいないそうです。今から半年ほど前。長らく姿を消していた杠葉が、死体となって運び出されたと聞いています」
「半年って。ピッタが、大胆な行動に出始めた時期と重なるわね」
「無関係ではないでしょう」
サトミは、懐から取り出した紙を広げた。
達筆で屋敷の間取りが書いてある。不明な部分は空白で『未確認』と書いてあった。
「杠葉が幽閉されていたのは、おそらくここです」
メインの屋敷から近めの、倉庫のような場所だった。
中庭の不自然な場所に、ぽつんと小さな家がある。
「牢獄?」
「目の届く場所に置いておきたいのさ。それだけ、その女が大事だったんだろう」
説明をくれたのはヤコだった。
ナルは首を傾げる。
「そんなこと出来るんですか? 幽閉ってことですよね、それって犯罪じゃ……」
「この国はいまや、右大臣の天下だからね。誰も咎めないよ。右大臣を裁けるのは、王命だけだ。だが、右大臣は主上に取り入っている。主上は右大臣を信用し、国政の大部分を任せているんだよ」
「国政の大部分……」
「今の王は、あまり優秀ではないからね。頭のいい右大臣が、代わりに国政を行っているって話だ」
つまり、傀儡の王であり、実権を握っているのは右大臣ということか。
「……じゃあ、右大臣を法的に罰することはできないんですね」
傀儡の王に、右大臣を裁かせるのは難しい。
ヤコは考える素振りを見せた。
「法が適用されたとしても、然程罪にはならないかもしれない。でも、そうだね。右大臣を罰することが出来るとすれば、主上か神殿だろう」
「神殿は、歴史を護る機関って認識であってますか?」
「在り方としては正解だ。神殿は本来、国政機関の一つでね。神殿の活動資金も国税が収益なんだ。まぁ、風花国そのものが、歴史保護を重要視しているから当然なんだけど」
国の機関ということは、王の権力も生きているはずだ。
なのに、現在の神殿は、王と対立するほどに権力を得ているという。
複雑な歴史の流れを感じたが、細かな部分は然程興味が無い。
沈黙が降りて、サトミが話を続けた。
「杠葉が監禁されていた場所に、ピッタが残したような何かがあるかと思ったんですが、侵入できませんでした。現在、牢獄は空いているようです。杠葉については、右大臣家にきた当初に北辰領へ向けて手紙を送っていたのを、世話係の者が見ていました」
「北辰領っていうと……」
頭の中に描いていた風花国のざっくり地図と照らし合わせていると、「農村が多い地域です」とサトミが説明をくれた。
「実家か、知り合いがいるのか、その辺はわかりませんが、何かしらの所縁があるようです」
「つまり、ピッタと杠葉は、神殿関係者だったということか」
ふむふむ、とリンが言った。
はっ、とそれぞれ驚いた顔で、リンを振り返る。
「貴族関係者しか、仕事につけないんだろう? だが、杠葉は村の出身だという。誰が推薦したか知らないが、右大臣家に移動後、幽閉、死亡。……女官を自宅で幽閉する理由は、人質しかありえない。ピッタを、姉を人質に動かしていたと考えるのが妥当だが、そうなれば、右大臣はピッタが敵陣に潜伏するだけの能力があると知っていたことになる」
ふむふむ、と独り言のように呟くリンに、手が伸びた。
リンの頭を、わしゃわしゃと撫でるのはヤコだ。
「お前は、顔だけじゃないんだね」
「む?」
「思い出したよ。今から四十五年ほど前に、神殿で一波乱あったんだ。そのとき、神殿に所縁のあった者や一族が、幾人も神殿から離れたと聞いている。……その者たちのなかに、貧民や平民に扮した神殿関係者がいたんだ」
神殿とは縁を切ったと、うそぶきながら平民となり、貴族の推薦を受けて役人となる者が現れた。
いわば、神殿側が仕組んだスパイである。
そして、潜入していた刺客に、王は何度か命を狙われた。
疑心暗鬼になった王は、神殿から離れた元神殿関係者たちまでもを屠るという暴挙に出たという。
これが先代の王の話で、その頃から一層、神殿側と王族の関係は悪化した。
「四十五年前について詳しいということは、ヤコ殿は一体いくつなんだゴフッ」
「……リン、それは仕方ないよ」
アッパーを食らって俯いて震えるリンを、アレクサンダーが慰める。
ナルはそんな二人の真ん中から、ヤコへ聞いた。
「王が命を狙われた、って、そんなに対立が激しいの?」
「そうだね。今は比較的表立った動きはないけれど、水面下では何かやりあってるかもしれない」
ヤコは、うんうんと頷いた。
「そう、そうだ、うん。その杠葉という者が、神殿関係者だとすれば、女官になるだけの教養があるのも頷ける。今の神殿は、信用が失墜しているうえに、内部分裂が起きているらしいからね。現状に、王族側が揺さぶりをかけてきたら、地盤が崩れ、権力だけ奪われかねない。それを防ぐためにも、諜報員を忍ばせておきたいのは理解できる」
「……神殿、何かスキャンダルでも起こしたんですか?」
「すきゃんだる?」
「あ、えっと。……醜聞? のような」
「うーん。ちょっと説明から入るけども。神殿で一番偉い人になるのは、もっとも『あちらとこちらを繋ぐ力が強い者』なんだけど。その一番偉い人を、男なら『神官長』女なら『姫巫女』と呼ぶ。これまで、神殿でもっとも高位のその地位についてきたのは、同じ一族だったんだ」
「それって、独占されていたってことですか?」
「どうだろうね。『力』は一子相伝らしいから、一族といっても、血筋ではなく、流派の違いかもしれない。でもね、四十五年前。当時姫巫女として神殿の頂点に坐していた女が、神殿を捨てた」
ヤコは肩を竦めたが、サトミは厳しい顔つきになった。
「なんでも、男と駆け落ちしたんだって。神殿でもっとも力のあった者が神殿を捨てたんだ。醜聞は勿論だけど、内部の混乱は相当なものだったらしい。今は新しい神官長が就任してるけど、これまでトップに坐していた歴代と比べると、遥かに『力が劣る』って話だ」
「随分と詳しいんですね」
素直な感嘆だったが、嫌味に聞こえてしまったらしい。
ヤコは自嘲すると、「年に二度、陰陽日に儀式が開かれるんだ。当家からの代表として、一度出向いたことがある」と言った。
以前にフェイロンがやった、七不思議のような儀式のことだろうか。
なんだか、風花国の風習や神殿の人たちも大変なんだな、と思った。
(まぁ、私には関係ないんだけど)
一応、知識として頭の端に置いておくとして。
「じゃあ、神殿側が諜報員を忍ばせる可能性は充分にあるんですね」
もし彼らが神殿関係者ゆえに捕らえられ、人質をとって右大臣に操られていたとなると、腑に落ちないことが出てくる。
なぜ右大臣は、ベティエールをじわじわと弱らせるなど回りくどい真似をしたのだろう。
しかも、途中で杠葉を死なせてしまった。
『大切な』人質ではなかったのか。
それどころか、人質の姉が死んだことを、遠方にいたピッタが知ったというのも解せない。ピッタに姉死亡を知らせたのは、別の者――右大臣ではなく、神殿関係者だった、ということか。
(んー、考えるだけじゃわからない)
「調べていくしかないか」
ナルはそう言ったが、どうもいい案が浮かばない。
それに、何かが引っかかる。
見落としていることは、ないだろうか。
「……二日後に、ある話がこちらに入るかもしれない。内容によっては、ナルたちの役にたてるかもしれないよ」
ヤコはそう言うと、ナルの頭を撫でようと手を伸ばす。
だが届かなかったので、近い場所にいたリンの頭をぐりぐり撫でた。視線はナルに向いたままなので、やや奇行に見えなくもない。
「ふふ、きみほど私と合わないものはいないけれど、退屈しないところは悪くないからね」
どうやら、ヤコが手を貸してくれるらしい。
ナルは「ありがとうございます」と言い、それぞれ何かいい案がないか考えておくようにという課題を出して、その場の話し合いを終えた。
拝師が話し合いに参加すると知った紅は、拝師のために茶を入れた。
一応、客人の分も持ってきたが、紅が部屋にたどり着くと同時にドアが開き、拝師以外の者たちが出てきた。
とっさに隠れた紅は、昔馴染みの顔を見つけて、ギリッと歯を食いしばる。
どうやら中庭へ向かったらしいと確認してから、紅は持ってきた茶をお盆ごと拝師の傍へ置く。
「紅? 話し合いは終わったんだ。五人分も茶はいらないよ」
「すべて拝師の分です」
そう言ってドアを閉めると、急いでやつを――実里を追いかけた。
実里は、やはり中庭にいた。
かつて育てていたという薬草畑を見ている。
時次郎が処刑されたあと、この家で拝師が暮らし始めた。
拝師は、貴族側から見た知識、そして、時次郎から得ていた知識を、実里へ教えた。
どことなく儚く浮世離れしていた時次郎と違い、拝師は実里に厳しく接する。事実、拝師は時次郎が愛弟子としていた実里を、よく思っていなかったのだろう。
実里が盗みを繰り返し、盗賊団を作っても、拝師はそれを咎めることはなかった。
むしろ、素知らぬふりを決め込んでいたに近い。
やがて実里たちが風花国を去り、紅は初めて、実里が人々を惨殺していたことを知る。
それも、ここで作った薬を使って、だ。
時次郎の死後、この家にあまり寄り付かなくなっていた子どもたちは、完全にこの家に関わらなくなった。
すでに拝師のために家で一緒に暮らしていた紅は、拝師の遣いで山を下りるたび、かつて妹や弟と可愛がった者たちから耳をふさぎたくなるような罵詈雑言を吐かれた。
泥をぶつけられ、後ろから蹴りつけられ、人殺しと呼ばれる。
そんな日々が、今も続いていた。
もう十年が過ぎたのに、当時生まれてさえいなかった、現在五、六歳の子たちまで、同じことを言う。
貧しくても、苦しくても、死が近くに迫った生活でも、仲間と呼べる多くの者たちと貧民街で暮らした日々は、とても、優しかったのに。
「触んなよ。今は、その畑は拝師のだ」
押し殺した声で言うと、実里がゆっくりと立ち上がり、振り返る。
十年が過ぎて、少年らしい面影が完全に消えた実里が紅を見た。
だがそれも一瞬で、実里はさっさと踵を返して家に戻ろうとする。
紅は、そんな実里を呼び止めた。
咄嗟だった。
何かを言わなければならないと思いながら、なんと声をかけていいのかわからない。
ずっと、実里を恨んできた。
兄の親友として仲が良かったころの実里は格好よく見えたし、淡い恋心を抱いたこともある。
けれど、実里は兄の信用を裏切った。
必死に子どもたちを養う兄を見ているうちに、恋心どころか、好意すべてが消え去った。兄が自害し、時次郎が処刑されたとき、この手で実里を殺してやろうと思った。
拝師が止めなければ、十年前、殺していただろう。
ギリ、と歯を噛みしめて、実里を睨む。
紅を振り向いた実里の表情は、無表情だ。
かつてのように、鋭利な刃物を思わせる鋭さはない。
「あの女が、好きなのか」
結局、紅の口から出てきたのはそんな言葉だった。
罵ってやったところで、この鉄面皮は崩れないだろうし、ナルという女と殴り合ったあの日、拝師から露骨な敵意を向けるなと釘を刺されたのだ。
実里は、瞳に不機嫌さをありありと浮かべた。
「彼女に何かしたら殺す、次はない」
「ふざけんなよ! 勝手に出て行って、急に帰ってきて。知らない奴ら連れてきて。どこまで勝手なんだお前は!」
「帰ってきたわけじゃない。……ここはもう、私の帰るところじゃない」
「なんだよ、それ。帰るところって、あの女のところか!? 美しくもない、平々凡々じゃないか。どこがいいんだ」
実里は少し考える素振りを見せる。
ふと、その表情が、紅が見たことのない優しいものへ変わる。
「放っておけないんだ」
「はぁ!?」
「自己犠牲なんて、美しくない。彼女を見ていてつくづく思う」
「自分と似てるって!? 馬鹿じゃねぇの。奥方ってことは、相手は既婚者だろ!?」
「なんとでも――ああ」
ふいに、実里が家を振り返った。
「奥方が呼んでいるようなので、戻ります」
「なんでわかんだよ、気持ち悪りぃ! 実里、お前……なんか、変わった」
実里は、ひらひらと手を横に振る。
「実里という名前は捨てたんです。今は、サトミですからそう呼んでください」
「しゃべりかたも気持ち悪っ」
実里――サトミと名を変えたらしい昔馴染みは、紅がこれまで見たことがないほどに清々しく笑う。
そして、機敏な動きで家屋へ入って行った。
「……既婚者相手に、馬鹿じゃねぇの」
紅のなかから、刺々しい気持ちが薄れていることに気づいた。
ずっとあの男を恨んでいた。
紅の生きづらさなど知らず、好きな女連れて帰ってくるとか馬鹿にしくさってるのかと、怒り狂っていたのに。
(あんなふうに、笑えるようになってんじゃねぇよ)
一言もなく出て行って。
好きな女連れて帰ってきて。
物凄い幸せそうに笑うくせに、相手既婚者で。
馬鹿すぎて、怒る気も失せる。
あいつは昔から、底なしの馬鹿だ。
目の前が、涙で歪む。
あんなに恨んでいたのに、これまでにない笑顔を浮かべるあいつを見て、心の底からほっとした。
「本当に馬鹿なやつ。そんなに好きなら、奪えばいいのに」
盗賊だろお前、そう心の中で、毒づいた。
*
二日が過ぎたころ、ヤコに呼ばれて、ナルたちは再び部屋に集まった。
その間、ナルはサトミとヤコから、風花国について学んだ。休憩時間に水を飲みに厨房へ行けば、なぜか紅からも、貧民街における生活諸々を教えられる。
口調は厳しいし、常に見下したような態度だが、紅が貧民街について教えてくれた初日。
そっぽを向いて、「悪かったよ」と謝った姿は、胸がきゅんきゅんした。
紅のような上司もなかなかもって捨てがたい。
姉御肌というか、口は悪いがなんだかんだで面倒見がいいのだ。
「実家のほうから、知らせがきたんだよ。いくつか、王宮で働く者の推薦枠を手に入れたんだ」
推薦枠。
つまり、潜入捜査が出来るということだ。
右大臣を公的に罰することが出来るのは、王か神殿。
神殿側へのツテは現状皆無なので、近づくなら王だ。
「潜入したとして、王様に会えるわけじゃないですよね」
聞くと、ヤコは頷く。
「仮に会えたとしても、右大臣家を罰してくださいなど正直に言えばその場で切り殺されるだけだろう。とはいえ、ここにいるだけじゃ始まらない。右大臣家の警備は厳しいため、えっと、ジーンだったっけ?」
「サトミです。拝師もいい加減覚えてください」
「そう、サトミだった。サトミでも、次はないだろう。何をおしても情報は重要だ。右大臣家を調べるなら、まずは王宮へ潜入するのが今のところ現実的な手段だと思う」
「よくこのタイミングで、推薦枠を手に入れましたねぇ」
サトミが、どこか疑わしい目をヤコへ向けた。
ヤコは、「そうでもないよ」と言った。
「今、この国に主上の妹君が滞在されてるんだ。その妹君の世話係として、後宮から何人も女性が駆り出された。だから、どうしても人不足なんだよ」
「は? 拝師、もしかして推薦枠というのは――」
「勿論、後宮の世話係だよ」
世話係とは、王子や王妃、身分ある者たちの世話をする者だ。
傍で仕える者から、食事作りや洗濯係りまで様々である。美しい娘ならば、世話係だとしても、王のお手付きになって妾妃の位につく者もいるという。
「――というわけだ。ナル、きみが望むのなら、推薦するよ。まぁ、うちは主上からちょっと目をつけられてるから、あまりいい部署へ割り振られない思うんだ。だからむしろ、動きやすいんじゃないかな」
ナルは、頷く。
「後宮へ潜入すれば、杠葉のことや右大臣、王のことも調べられる……確かに、美味しい話ね」
「いいわけないでしょう!」
思いのほか強く叫んだのは、サトミだった。
「後宮に入れば、王のお手付きになる可能性があるんですよ!? 万が一、夜伽に選ばれでもしたらどうするんですか!? 後宮にいるたった千人の女が奥方に叶うはずないでしょう!」
「そうだ、ナルは可愛いんだから、危険すぎる! ナルが後宮になんか入ったら、確実に手籠めにされるぞ!」
「そうだよ。ナルはほどよく可愛いし、すごく気が利くんだ。妻として申し分ないじゃないか。王がほっとくはずがない!」
(言葉の集団リンチ?)
リンとアレクサンダーまで、何を言い出すのか。
白けた目をしたナルを、ヤコが生暖かく見守っているのがまた居た堪れない。
「……ねぇ、大丈夫。うん、大丈夫だから、やめて?」
尚口々に言い募る三人を、引きつった顔で止める。
擁護してくれるのは嬉しいけれど、ナルと居過ぎた彼らはセンスがずれてしまったのだろう。
千人もの女がいる後宮で多くの美妃を娶る王は、ナルの存在さえ気づかないに違いないのに。
「ナル、とにかく行くのはやめてくれ。シンジュにも顔向けできないよ」
「大丈夫よ、ちょっと入って探るだけだから」
「大丈夫じゃないからね!?」
アレクサンダーが頭を抱える。
リンは、ふむ、と頷いた。
「ナルは一度言い出したら聞かないからな。よし、私も一緒に後宮へ行こう」
「何言ってるの!?」
リンは、どや顔で頷く。
「私は常にナルの騎士であるのだ」
「まぁ、推薦することもできるけど。きみは男だから、宦官になって後宮の護衛兵にならなきゃならないけど、いいの? 言っておくけど、三人とも長身だから女装は無理だよ」
面白そうに表情を歪めて、ヤコが続ける。
「宦官を雇う際は厳しい身体検査があるから、擬態はできない。だから、ナルと共に後宮に入るなら、宦官になる必要があるんだ」
「わかった!」
リンは迷う素振りなく、真っ直ぐに手をあげた。
「ナルに、ち●こくらいやるぞ!」
「ごめん、いらない」
純粋無垢な乙女のような瞳で志願してくれたところ申し訳ないが、即却下だ。
「三人には、調べてほしいことがあるの」
リンがまだ、「ナルと行く」と言い出しそうだったので、早口で続けた。
「ピッタと杠葉のことを、詳しく調べてほしいの。右大臣を引きずり下ろすには、王か神殿の協力が必要不可欠でしょ。二人が神殿関係者だとしたら、何かしら繋がりが出来るかもしれない。それに、公での処罰が厳しいのなら尚更、証拠がほしいの」
「……証拠、ですか。万が一、公に処罰出来なかった場合に備えて、ということですね」
ナルは頷く。
サトミは、ふむ、と考える。
「動かせる部下が一人いるので、そいつを動かしましょう。一人では厳しいので、彼の指示のもと、アレクサンダーとリンにも手伝ってもらうと効率がよいかもしれません」
「む。では、ジー……サトミはどうするのだ?」
リンの問いに、サトミは苦笑する。
「証拠集めでしたら、私は、『ルルフェウスの戦い』で使われた毒の入手経路を探りましょう。主犯が右大臣で間違いないのならば、どこからか毒を入手した、もしくは作り出した可能性があります。その確たる証拠は、必要不可欠でしょう?」
――黒幕は、他にいる
ふと、ピッタが残した気になる言葉を思い出した。
日本語で残された、あの文字だ。
日本語の本を作っているのは神殿だというし、推測通り、ピッタは神殿関係者なのだろう。
だからこそ利用され、殺害された。
(あ、でも、あの本だけは、違うんだっけ)
拳を掲げた男のイラストが表紙の、あの本だ。
ピッタたちが、あの本を制作した『別の転移者』と関わりある可能性もある。
(……これ以上は、考えても無駄か。実際に調べないと)
「決まったね。じゃあ、今日からぎりぎりまで特訓だ。二分したとはいえ、花国の歴史は深いからね。覚えるしきたりも沢山ある」
なぜか嬉しそうなヤコの言葉に、ナルは背筋を伸ばした。
特訓とは、いわゆる『淑女教育』の風花国バージョンというやつだ。
(頑張る! けど、かなり大変よねぇ)
正直、本を読むだけで学べない事柄はあまり好きではない。
それでも完璧に覚えてやる、とナルは決意した。
やる気に溢れているナルを見て、ヤコが嬉しそうに微笑んだ。
「真っ直ぐで可愛いじゃないか。……そうだ。実は私、前々から孫が欲しいと思ってたんだ。ナル、きみは私の孫に認定しよう。おばあ様って呼んでくれて構わない。さぁ!」
「え? え、おばあさま?」
祖母にしては若すぎない? と思ったが、風花国の女性は早熟であることを思い出した。
「悪くないね。むしろ、いい」
なんだか、デジャブを感じる。
「それから、神殿なんだけど。今、なんだか慌ただしいらしい。詳しくはわからないが、調べるにしても深入りはしないほうがいいだろう」
ヤコの言葉に、皆が頷いた。
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何とか二幕完結まで、たどり着きたいっ!
次は、さくさくスタイルで話が進みます。
そしてついに、あの人と再会!?(予定) →