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第二幕 第三章 序章

 パチッ、と暖炉の火が音をたてた。

 椅子に座っていたバロックスは、ゆっくりと目を開く。

 広々とした自室に一人、転寝をしていたバロックスはそっと髪をかき上げて窓を見た。

 カーテンの向こうはすでに暗く、暖炉の炎がいつも以上に煌々と感じられる。


 ここ数日の慌ただしさが嘘のように、静まり返っていた。

 そう、暫く多忙な日々が続いた。

 だがここが正念場だと、バロックスは笑顔と余裕を絶やさずにやってきたのだ。


 貴族には貴族の生き方があり、王族には王族の生き方があるため、バロックスにとって己の人生は文字通り茨の道である。

 いつだって王子としてふさわしくあらねばならなかった。

 王子としての役目を全うせねばならなかった。

 自由奔放だった父とは違い、バロックスは幼いころから勉強に励み、ただ『誰もが認める王子』であろうとした。いや、あらねばならなかった。


 バロックスには、望みがあったからだ。

 そっと、己の手を見た。

 剣を扱う男の手だが、武人よりは美しいだろう。

 それでも爪の周りはささくれが目立ち、あちこち荒れている。

 普段は白い手袋を嵌めて隠しているが、王子と呼ぶには美しくない手だろう。


「……最後の仕上げだ」


 ぽつり、と呟く。

 元より、何もかもは計算のうち。

 いくつか誤算があったが、それらを含めても、結局はバロックスが望むままの結果になる。


 風花国へ使節団が出発して、二カ月。

 途中、方々へ寄り道をして挨拶をしながらの旅は、実際より到着に日数がかかるのだ。

 だが、そろそろ使節団は風花国へ到着しているはず。


 ふ、とバロックスは笑う。

 疲労が滲む笑顔で、炎の向こうに叔父の姿を見る。


「……叔父上は、いい妻を娶ったね」


 そう、思えばあの夜、ナルファレアと出会ってから、計画が一気に加速したのだ。

 何より大きかったのは、芋づる式に現れたフェイロンの存在だろう。


 ナルには、彼女が必要になるだろう情報網を与えた。

 フェイロンには、彼が望むべき力を与えた。

 シンジュには――。


「これでやっと、手に入る」


 バロックスが焦がれていたもの。

 欲しかったもの。

 それらが、やっと。


 ふいに、廊下の外が慌ただしくなった。

 ドアをノックする音がして、護衛隊長のジンが「王妃様です」と言う。


 こみ上げる不快感を飲み込んで、「通してくれ」と返した。

 鼻息荒く現れたのは、歳のわりに若々しい王妃だった。

 バロックスとリーロンの母親であり、父王の第一王妃だ。


 自分とよく似た顔をした女だが、今の彼女は、醜く顔を歪めている。


「どうされましたか、母上。悪鬼のような顔をされて」

「……どういうことですの、殿下」

「何がです?」

「とぼけないで!」


 かなぎり声にも、バロックスは悠然とした態度を崩さない。

 椅子をすすめたが、王妃は拒否をしてバロックスに詰め寄った。


「わたくしがこれまで、どれだけ苦労をしたか。あなたを王位につかせるために、どれだけ!」

「ご安心ください母上。私は王になりますよ」

「当然ですわ!」


 支離滅裂だ、何を言いたいのかわからない。

 そういったふうに肩をすくめてみせる。

 叫んだためか、王妃は咳き込んだ。部屋に唯一同行させているジンに水を用意するように言うが、王妃はそれを突っぱねて、息を吸い込むと、力なく首を横に振る。


「あなたは、わかっておられません殿下。地位というものは、確実ではないのです」

「と、おっしゃいますと?」

「殿下の王位継承を確実にするためには、まだ手を打つ必要がございますわ」

「――母上」


 言い聞かせるように、王妃に言う。

 彼女は第一王妃だ。

 地位でいえば、王子であるバロックスのほうが上になる。


「私は、母上を更迭したくはないのです」

「なっ」


 王妃は顔を青くしたあと、すぐに赤くなった。

 怒りを露わに、美しいだろうはずの顔を悪魔のように歪めている。


「母上の尽力のおかげで、私の王位継承は確定です。これ以上、やることはないでしょう?」


 言外に、隠居しろ、と伝えてみた。

 これまで、第一王妃であるバロックスの母親は、バロックスを王位につけるために、第二王妃や王の相手になる身分の者を暗殺してきた。

 彼女は若い頃、心から父王に心惹かれて王妃になったが、心から願っていた正妃の座につけなかったことを悔やんだ。

 父王の立場上、第二王妃第三王妃が娶られ、危機感を抱いた第一王妃は、第二王妃を暗殺。

 その頃に、懐妊が発覚し安堵したのもつかの間、男児の双子を産んだことで周囲から冷遇されることになる。


 第一王妃は世継ぎの第一王子――バロックスだけを寵愛し、リーロンを冷遇した。

 いや、冷遇なんてものではない。

 王位継承権を辞退させ、王子でありながらバロックスのためだけに生きる影武者として育てたのだ。リーロンには従者も世話係もつけられず、だが、己の恥にならないように教養だけはつけさせた。


(その癖に、周囲から男児の双子を王族に齎した女と陰口をたたかれれば、その都度リーロンへ刺客を差し向けた)


 リーロンは実の母親から命を狙われ続けた。

 父王やバロックスが庇うたびに、母親はヒステリックに泣き叫び、あることないこと実家を通じて貴族らに吹聴した。

 実家が侯爵家というのは、いかんせん、面倒なものだ。

 なぜならば、第一王妃に迎えたことによって父王が得たのが、侯爵家の後ろ盾だったのだから。

 第一王妃を冷遇すれば、父王に後ろ盾がなくなる。

 なんとも難しい立場で王位についた父王は、周囲が思っているほどの実権はない。


 バロックスは、今でもよく覚えている。

 第三王妃の出産の際、呪術師に呪いをかけさせながら、生まれてくる子の死産を願っていた母の姿を。

 そして、第三王子誕生に激怒して呪術師をその場で殺し、第三王妃が出産の際に命を引き取ったことを聞き、涙を流して喜んでいた姿を。


 殺人は重罪だ。

 だが、第一王妃を処罰すれば、父王は後ろ盾を失う。


(それが恐ろしかったが)


 貴族社会で後ろ盾のない者が地位につけば、どんな悲惨な末路を辿るのか想像に難くない。

 とはいえ、いつまでも後ろ盾がないままの父王ではない。

 それはバロックスも同じこと。


 繰り返し、「ご安心を」と伝えて、無理やり王妃に引き取り願った。

 このまま居座られては、非常に不愉快だ。


「ワインを」


 ジンに注がせて、赤ワインのグラスを口に運ぶ。

 深いため息がこぼれた。


「……もうすぐですね」


 ふいに、ジンが言った。

 無口なこの男から話しかけてくるなど、珍しい。


「何がだ」

「使節団が、風花国へ到着するのが、です」

「ああ。……そうだ」


 近々、風花国は大きく変わるだろう。

 すでにバロックスが「欲していたもの」を手に入れる手筈は整えているため、盤石ではあるが、風花国がどのように動くかで、今後のバロックスの立場も変わる。


「鍵を握るのは、あの娘ですか」

「そうだね。……ナルが、何を望み、どうでるか。それによって、我が国の出方も変わる」


 とはいえ、どう転ぶかはこれからだ。

 確実に言えることは、風花国という国の在り方が大きく変動するということ。

 そして、時代が動く節目になるということだ。


(そうだ。時代が変わる。大きく――)


 ナルという、一人の少女の手によって、それは齎されるだろう。




閲覧ありがとうございます。

ここから、第二幕最終章となります。

一気に更新する予定でしたが、書きつつ出来次第更新していくスタイル(大体前と同じ:汗)になります。

引き続き、ヒーローが前半出てこない話が続きますので、ヒーローでないと嫌、という方は完結後の一気読みを推奨致します。


そしてそして。

めちゃくちゃ遅くなってしまい、申し訳ありません!

まだ「続きを読んでやろう!」という方がおられましたら、ぜひっ、お願い致しますm(__)m


次は、明日の18時過ぎに更新致します(*- -)(*_ _)ペコリ

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