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第二章 第二幕 【8】いろいろな約束


(昨夜といい、一昨日といい、実に快眠だったわ)


 ナルは質の良い睡眠のあとの軽快さで、荷馬車に必要な荷物を積むのを手伝っていた。


「嬢ちゃん、こっち頼む」

「はーい」

「これは向こうだね」

「はーい」


 なにせ、先王の娘――つまるところの、現王の妹が国王に会いにいくのだ。

 小屋がくっついたような荷馬車が三台に、引き車が二台(ただの木製ではなく深紅に塗装されている)、主賓が乗るのだとひと目でわかる、精緻な浮彫がされた天蓋のついた四頭立ての馬車が一台。

 ナルの想像以上に豪華かつ物々しい準備が、着々と整っていく。


 最初は窓から何気なく眺めていた。

 だがあまりにも忙しそうなので、ナルも手伝うことにしたのだ。


 風花国へは、ここから馬車で約三日。

 その間、シロウは姫として扱われるため、道すがらの寝床の確保と、警備も万全だという。


 ナルたちは、そんなシロウの荷馬車に忍び込み勝手に風花国へ侵入した――という体で、密入国することになっている。

 さすがに正式な通行許可証は貰うことは出来ない。これから行うことを考えると、柳花国を巻き込むわけにはいかないのだ。

 万が一捕まった場合、柳花国の重鎮が許可した通行許可証など持っていたら、国際問題になってしまう。


「我が君、何をなさっているのです!?」


 慌てたように、屋敷から庭へ降りてきたシロウが、ナルに駆け寄ってきた。

 シロウを見た周囲の者たちが、すぐに跪く。それをシロウが手をふることで、続けろ、と命じた。彼らはすぐに従うが、ちらちらとナルを窺ってくる。

 彼らとは今朝初めて顔を合わせたので、ナルがシロウと知り合いだとは思っていなかったのだろう。

 衣類も、動きやすさを重要視した庶民よりややよいといったものを着ているし。


「早く目が覚めたから、手伝おうと思って」

「護衛の二人は――」

「ジーンさんと密会してる」

「……密談、の間違いでは。いえ、そんなことはどうでもいいのです。我が君、どうか屋敷のなかへ」


 ナルは言われるまま、屋敷に戻った。


「寒さで体力が消耗しますよ。それに、今後過酷な旅になるかもしれません」


 シロウが言いたいことはわかる。

 ナルたちは姿を見せてはいけないので、風花国へ向かう道中、ずっと荷馬車に潜んでいなければならないのだ。トイレや湯浴みなど、どうしても必要な場合は変装しなければならない。

 それが三日続き、無事風花国へ入れたら、頃合いを見計らって荷馬車から脱出。

 ジーンのツテを辿って、安全な場所で休息をとる。だが、その安全な場所というのが、なかなかもって遠いらしい。


 シロウが温かい茶を煎れてくれた。

 急須で煎れる香ばしいお茶の香りに、ほっと安心を覚えた。


「いいわね、お茶って。それにしても、シロウって本当にお姫様なのね」


 先程、荷馬車の準備をしている者たちへ身振りだけで命じていたのを想い出して、苦笑する。シロウは、少しだけ首を傾げてから、ぽつぽつと話した。


「柳花国では珍しいことではありませんよ。叔父上もそうですが、他国の王族や貴族の血を引く者は一定数おります。外交政策の一環だそうです」

「外交政策……ううーん」

「柳花国は、モーレスロウ王国よりも格差があります。国王とその周辺だけが、絶対的な権力を持っており、それ以外の貴族らは一過性の身分に過ぎません。母もそうですね。だからこそ、地位を維持するために働きますし、引退の頃がくれば、次に地位を得る者がおります。母も今から老後を考えて貯蓄しているようですし……それほど、悪い国ではないですよ」

「文化ってそれぞれなのね。でも……なんとなく、シンジュ様が公平にこだわる理由がわかった気がする」


 シンジュは世襲制で胡坐をかく者たちを嫌悪する。

 だからといって平等という考えにも否定的だ。人は努力した分だけの対価を得るべき、という公平な理屈を、シンジュは好む。

 それは、彼が幼少期に育った柳花国の影響を強く受けているからだろう。


「叔父上のこだわりは、もはや病気かと」

(わぁ、身も蓋もない)


 暫くして、ジーンが戻ってきた。

 アレクサンダーとリンはドアの前で見張りについたという。それを聞いたシロウは一つ頷いて、侍女頭のハナにこの場を任せて、自らの準備のために出て行った。


 ハナが、ジーンの茶を煎れ始める。


「どうだった?」

「驚きました。まさか、少し護衛たちと話をしている間に、あなたが一人でふらふら荷馬車へ出歩くなんて」


 じと、と睨まれて、ひっと叫ぶ。

 確かに部屋で待っているように的なことを言われた気もするが、窓から荷馬車が見えてしまったのだから――行きたかったのだ。


「ごめんなさい」

「誓ってください」

「これから私は、ジーンさんの言葉を死守します」

「これから、というのはいつでしょう」

「た、たった今から! 風花国へ入る前から!」


 ジーンは、やや考えたのち、頷いた。


「ではそうしてください。今から、ですよ。……この忠告、二度目はないと思ってください。自分から破滅へ向かっていく主に仕える気はありませんから」

「……はい」


 叱られて、準備が終えるまで部屋で待機することになったナルは、窓から荷馬車が準備されていくのを眺めた。


 前世の幼い頃に、毎朝仕事へ行く母の車を見送っていたことを思い出した。なんでもそつなくこなす母のようになりたかったが、ナルは柔軟性に欠ける部分があって、周りに合わせる努力をしたっけ。などと、物思いに耽っていると。


「ナル様」


 ハナに呼ばれた。

 ハナは、微笑を浮かべており、そっと両手を合わせるように袖にくぐらせて、身を屈める。


「準備が整いました。お迎えがくるまで、もう少々お待ちくださいませ」

「ええ、ありがとう」

「これより、シロウ様はもっともよい馬車に乗って頂くことになります。本人であると、お顔を見せる必要もございますので。わたくしは、シロウ様の侍女として風花国へ入国後も、女中を続けさせていただくことになっております。……夫も」

「旦那さまも?」

「はい。昨日、紹介させて頂いた宦官の、背の低いほうです」


 記憶を辿ってから、頷く。

 確か昨日、二人の宦官を護衛にと紹介された。残念ながら、顔まで覚えていないけれど。


「……わたくしの独り言ですが」


 ハナは、そう言ってから、話を続けた。


「自分だけが幸せになってもよいのかと、悩んでおりました。顔も見たことがないとはいえ、幼い頃に決められた婚約者様が、王妃様の都合で他国へ養子に出され、正当な身分も与えられずに独身でおられると聞いていましたから」


 はっ、とナルは目を見張る。

 ハナは優しい微笑を浮かべており、母のように慈愛に満ちた瞳を歪めていた。


「ナル様。……わたくしも、夫も、必ずシロウお嬢様をお守り致します。どうか、ナル様はご自身の目的を優先なさってくださいませ」

「……ええ」


 ナルの返事はかすれていて、思わず苦笑する。

 けれど、ハナは笑みを深めて、さらに深く頭をさげた。


「今度はぜひ、観光で……ご夫婦で柳花国へいらしてくださいませ。精一杯、おもてなしさせていただきます」

「楽しみね」


 ジーン、アレクサンダー、リンと共に、荷馬車のうちの一両に乗り込む。小さな小屋のようなそこには荷物が置かれ、手品のような二重底になっている。

 検問に入ったらここへ隠れなければならないが、それまでは荷馬車のなかでひたすら待機だ。


「ナル、どうした? 浮かない顔をしているが……男のなかに女性一人では、不安だろう」


 荷馬車に乗り込んだあと、リンがそう言って隣に座った。

 リンの向こう側には、アレクサンダーとジーンがいる。


「大丈夫。……今のところ」

「もし、アレクやジーンに何かされたら、私に言うんだぞ。ナルを守るからな」

「リン、どういう意味かなそれ」


 リンはアレクサンダーを振り返って、むぅと子どもっぽく顔をしかめた。


「アレクたちは無自覚だから、たちが悪いと思う」

「何が?」

「やはりここは、私がナルを守るんだ。ふふん」

「だから何が!?」


 リンが気を遣ってくれているが、ナルが不安なのはそこではないのだ。

 むしろ、男と一緒という点でいうのなら、日に日に増してくるだろう匂いが心配だろうか。毎日湯浴みが出来ればいいが、まだ若いナルと違い、男たちは少し――いや、かなり――体臭が気になる。


(今一番心配なのは、ハナさんから投下されたフラグなんだけどね)


 これ、死亡フラグじゃね? と聞きながら考えていたとは、ハナには言えない。

 けれど。

 ハナが、例のシンジュの元婚約者とは驚いた。

 名家に生まれながら、婚約破棄を理由に宵衣へ寄越されたが、哀れに思ったシロウの母が、シロウの女中として取り立てたという。そこで宦官と恋に落ちて、夫婦になったと聞いた。


 人それぞれ幸せの形があるのだ。

 どれだけ理不尽な状況下でも、前を向き続けていれば――そう、思いたい。


 そんな偽善などまかり通らないのが世の中だと、知っていても。



閲覧、評価、誤字脱字報告、ありがとうございますm(__)m


次の更新は明日、久しぶりの旦那様のターンとなります。

宜しくお願い致します。



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