第二幕 第二章 【5】国境門
国境へ向かう馬車は、ベロニアが用意したベルガン家のものだ。
ベロニアとナル、ジーンとシロウが馬車に乗り、その両側をアレクサンダーとリンが馬を歩かせる。
二度目の温泉街は、以前の旅行とは違い、あっさりだ。
旅行ではないし、一泊なので、ほとんど通り過ぎただけである。宿屋は満喫したけれど。
(……本当に何事もなかったなぁ。暗殺云々どころか、殺人事件やポロリもなかったし)
早朝、馬車を引き入れ迎えにきてくれたベロニアとは、挨拶を交わしてからずっと、ほとんど会話がない。
窓もカーテンがしめてあるので、風景を話題にもできないのだ。
馬車のなかで沈黙が続いて、何か話題を出したほうがいいかもしれない。
そんなふうに考えていると、向かい側に座っていたベロニアが顔をあげた。
「ねぇ、ナル。今からでも、行くのを止めないかしら⁉」
突然の言葉に、ナルは弾かれるように顔をあげた。
「ベロニア?」
「国境を越えたら、守ってあげられなくなりますもの。……昨夜、わたくし、思い知りました」
昨夜? と首を傾げたナルは、視線をジーンへ向ける。
ジーンは作り笑顔を浮かべて、頷いた。
「昨夜は、それなりの数の暗殺者が来ましたから」
「えっ」
「なかには、暗殺者まで行かない暴行のみの契約で雇われた者もいたようですが、有名処も多数きていたので、雑魚は驚いて逃げかえっていきました」
物騒な言葉に、昨夜全力過ぎるほど熟睡したナルは、大きく口をひらいた。
「我が君、麗しいお顔が間抜け面になっておりますよ」
「だ、だって。暗殺者が来てたの⁉ シロウは知ってたんだ……私、全然気づかなかった」
「いえ、わたくしも初めて知りました」
にっこり笑顔で言われて、別の意味で驚く。
「冷静ね」
「我が君こそ。もし、『いやぁ、こわぁい』と仰れば、わたくしが胸をかして差し上げましたのに」
「……そこまではさすがに」
驚きはするが、ここまできたのだ。ナルとて腹をくくっている。
もとより、無茶な目標を掲げているのだ。無茶だが、不可能ではないので、諦める気も毛頭ないのだが。
ナルは、ベロニアに視線を戻した。
「守ってくれてたのね。ありがとう」
「あなたを無事に国境まで送り届けるのが、此度のわたくしの役目ですものっ! ですが……それなのに。ごめんなさい、ナル」
なぜ謝られるのか。
ナルはまた、ジーンに視線を向けた。
「昨夜襲来した暗殺者は、ベルガン領を住処とする者たちでした。つまり、王都からついてきたわけではないということです。さらに言うと、王都の貴族が雇ったわけでもない。多くは、ベルガン領で暮らす者によって、あなたに仕向けられた者でしたよ」
ナルは、目を眇めた。
前ベルガン公爵を自害に追い込んだのは、王族だ。
特にベルガン地方では、前ベルガン公爵は濡れ衣を着せられて殺されたという噂も出回っていた。
ベルガン公爵を慕っていた者ならば、シンジュの妻として王族入りした罪人の娘を、快く思わないことくらいわかる。
なぜあいつが生きていて、前ベルガン公爵が――と。
「……申し訳ございません。孤児院でも、まだ前ベルガン公爵への人気は根強くて……彼らの意識を変えるには、時間がかかりそうですわ」
ナルは、微笑むに留めた。
孤児院や福祉関係に関してはベロニアに任せているので、ナルは口を出したくない。ナル個人としては、無理に意識を変えるよりも、自分の目で見て、いずれ真実を知ればそれでよいと考えている。
憎しみや恨みが、生きる糧になることもあるのだ。
もし、暗殺者を雇った者や、暗殺者に紛れて『別の思惑』でやってきた者がいたとすれば、ジーンが突き止めているだろう。
急ぎならば今朝のうちに報告を受けているだろうし、今、ナルが知らないということは、然程大ごとにする案件ではないということだ。
馬車が速度を緩め始めた。
シロウがカーテンの隙間から外を確認して、にっこりと笑う。
「我が君、国境門です。あの門を超えれば、そこは柳花国ですよ」
シロウがぴらりと開いたカーテンの隙間から、外を覗く。
見えた光景に、ナルは目を瞬いた。
「国境って、こんなになってたの⁉」
国境というから、塀や格子鉄線で区切られているのだと思っていた。国境を示す境を、兵士が交代で巡回している――そんなイメージだ。
ナルが馬車から見たのは、万里の長城のように聳えた、石造りの防壁だった。
しかもその防壁は、国境に沿ってどこまでも続いている。
国境門は、そんな万里の長城さながらの防壁の一部にあった。
半楕円形にくりぬいたようなトンネルが、城壁の向こうとこちらを繋いでいる。
トンネルのこちら側には、見るからに頑丈な鉄扉が備え付けられており、複数の見張り兵と検閲兵が、行き来する者を確認していた。
(こんな城壁があったら、国境付近で争いなんか起きないわよね。ってことは、ここだけか)
ナルたちが今から出国する「ベルガン地方花国側第二国境門」から出国するためには、必ず兵士の検問を受けねばならない。
ゆえに、国境門を通過した者は比較的穏便に、国内でも受け入れらえるようになっていた。
このような門を兵士たちの目をかいくぐって通り抜けるのは不可能だし、仮に不審な者であれば、すぐに国境門で手続きした書類を確認できる。
他の国境門も、こういった万里の長城のようになっているのかもしれない。
ルルフェウスの戦いは国境付近だと聞いているので、あくまでこの国境門は、『正式な入国手続きを踏むためのもの』であって、門以外の国境は格子鉄線ほどの境になっているのだろう。
門の前で馬車が止まり、ナルたちは順番に降りていく。
兵士長を示す衣類を着た男が駆け寄ってきて、ベロニアと話を始めた。
(ここから先は、柳花国か)
旅に出る前、詰め込めるだけの知識を詰め込んだつもりだ。
言語に関しては盲点だったが、実はナル以外の全員が花国語を話せるので、然程困ることはないと思っている。
当たり前のようにナルに仕えてくれているけれど、優秀な者ばかりなのだ。
(問題は、風花国に入ってからよねぇ)
少しの間考えに沈んでいると、ベロニアが振り返った。
少し寂しそうな表情に、何かあったのかとシロウと顔を見合わせる。
「ベロニア、どうしたの」
「通行の許可がおりましたわ。……兵士の案内で、このまま通れます」
「ありがとう! なんでそんなに悲観的なのよ」
「――っ、ナル! 無事に帰っていらしてねっ」
ベロニアが、ナルを力いっぱい抱きしめた。
ふわん、と香るいい匂いにうっとりしたのは一瞬で、ナルはそっとベロニアの肩に手を置いた。
ベロニアには、療養のために旅行にいくと伝えてある。
なぜ他国へ行くのか、どこへ行くのかなど、具体的なことは言っていない。だが、彼女は何かを察しているようだ。
しかし、ここで情に流されて本当のことを言うわけにはいかない。
「ただの旅行だもの、平気よ」
「そうですわね、旅行……ですものね」
ベロニアは力なく笑って、そっとナルから離れた。
ナルはベロニアにお礼を繰り返し伝えて、兵士について、従者共々国境門をくぐる。
「こちらをお持ちください。決して、なくしたりなさいませんよう。再発行は出来かねます」
トンネルの途中で、兵士が入国許可証である手形を人数分渡してきた。
偽造が出来ない特殊な製法で作られたそれは、正式な手順で入国した証である。
纏めてシロウが預かり、懐にしまった。
これはあとで、各自が持つことになっている。もし――なんらかの事情で別れて行動しなければならなくなった際を見越してのことだ。
兵士が、トンネルを通過する手前まで付き添ってくれた。
ナルたちは案内してくれた兵士を残して、トンネルから出る。
冬の冷たい風が頬を撫でた。
国境を越えても季節に変わりはないのだと、当たり前のことをしみじみ思う。
ナルたちは、柳花国からの入国希望者の列を眺めながら、徒歩で移動を始める。これ以上追跡されないために、馬車も馬もベロニアに返したため、徒歩なのだ。
ふいに。
本当に、ふいに、それはナルの耳に飛び込んできた。
『今年は一層冷えるなぁ』
(……え?)
驚いて、呟いた男を――モーレスロウ王国への入国待ちの列に並んでいる商人風の男を見た。
「お知り合いですか?」
「いいえ。でも、今――」
『奥方、シロウ殿。ここからは、花国語でお願いしますよ。他の国にも言えることですが、余所者に対する拒絶を露骨に見せる者もいますから。変に争いを起こさないためにも』
ぽかん、とするナルの前で、シロウが頷く。
『そうですね、ではそうしましょう。我が君、どうでしょうわたくしの花国語は』
にっこり笑顔のシロウに対して。
ナルは、
『初めてきいたけれど、さすが母国語ね。シロウの口調が、これまでよりもずっと優しく感じるわ』
と、日本語で返した。
そう、日本語だ。
ナルは、驚きに目を見張るジーンの背後にそびえる、万里の長城そっくりの防壁を見た。
それから、いくつか発見した日本語で書かれた本。
(柳花国の言語を、これまで字でしか見てこなかったけど)
翻訳の際は、花国語をモーレスロウの言語に訳して意味を理解していた。
ナルにとって、モーレスロウ国の言葉は今や呼吸をするように口からこぼれるので、それが当たり前だったのだ。
ナルは暫しの間、思考に沈んだがすぐに止めた。
言語や文字に関して知るには、建国まで遡って調べる必要がある。歴史に関しては興味がないわけではないが、あくまで興味関心の域を出ない事柄だ。
今しなければならないことは、他にある。
最寄りの街で馬と馬車を借り、宵衣へ向かう道すがら、ナルは途中で見た街の光景を思い出していた。
瓦屋根の民家が、それぞれ石垣に囲まれて、広々と土地を使って人々が暮らしている。
モーレスロウ王国王都や道すがら見てきた街ではアパートのような集合住宅が多くみられたが、柳花国に入るなり、建物自体の造りががらりと変わった。
どうやら柳花国は世帯人数が大きいようで、昭和初期以前の日本を彷彿とさせる。
だが、それはあくまで家屋と家族の在り方だけであって、道行く人々がお辞儀をする仕草や身に着けている服などは、前世で見た韓流歴史ドラマに似ていた。
(モーレスロウ王国もそうだけど、いろんな文化が混ざってるのよねぇ。しかも、それが当たり前のように存在してるから、違和感もないし)
日本語が使われていることや温泉が有名なことからも、和風を想像していたが、微妙なところだ。
到着は、日が落ちた頃となった。
奉行所の門のような場所につくと、シロウが門番と何かを話して、ナルは馬車を降りることなく門のなかへ通される。
美しく選定された松の木や灯篭が絶妙な配置で並ぶ庭を、真っ直ぐに石畳が伸びていた。その上を、ナルの乗った馬車がカタカタといく。
宿を借りるのだから、責任者と挨拶をしなければならないと考えていたが、シロウいわく不要だという。どういった段取りで話が進んでいるのか知らないが、本当にいいのかと思いながら、ナルは言われるまま、馬車に乗ったままだ。
結局ナルが馬車から降りたのは、一つの屋敷の門扉を過ぎて、屋敷の入り口に横づけされたときだった。
門のなかにまた門があって、屋敷がある。
平安時代の偉い人の住まいを彷彿とさせた。
「こちらを借りることになっています」
シロウがそう言って、目の前の屋敷を示した。
ナルは、首を傾げる。
そんなナルの仕草をどう思ったのか、シロウは次に、長い袖の漢服をまとった者たちが、両手を頭より少し上に掲げて身を低くしている姿を示した。
「この者たちは、今夜世話をしてくれる者たちです。――ハナ」
年嵩の女性が、一歩あゆみでた。
彼女の背後には、若い女中が二人と、年配の男が二人いる。
ハナ、という女中はシロウを幼い頃から世話しているという、侍女頭のような者だという。
若い女中は、シロウの母つきの者で、男二人は宦官だそうだ。
簡単な自己紹介のあと、部屋へ案内された。
*
シロウは所用があるとどこかへ行き、騎士二人がドア前を守ってくれている部屋のなか。
ナルは、部屋をくまなく確認しているジーンを眺めながら、天蓋つきのベッドに座っていた。
「……なんでこんなVip待遇なんだろう」
「びっぷ、ですか」
「偉い人みたいじゃない。非公式だし、シロウには諸々内緒にしてほしいってお願いしてあるんだけど」
一通り確認し終えたジーンは、木製の机に肘をつく形で、やはり木製の椅子に座った。
デザインが、どことなく中華っぽい机たちだ。
ジーンは、何かを考えるよう、手を祈るように組んで、机に両肘をついた。
「あなたに止められていても、あなたを最善に入国させることが出来るのなら、事情を話すかもしれません。……ですがその前に」
ジーンは、じと、とナルを見据えた。
「あなた、花国語話せないって言ってませんでした?」
「そう、あ、嘘ついてたわけじゃないから。本当に話せないんだけど、知ってる言語と同じだったから……このままなら、いけそう」
「知ってる言語ってなんです?」
露骨に訝るジーンに、ナルは肩を竦めて答えた。
変に誤魔化して、信頼関係が崩れることほど恐ろしいことはない。特に今は。
「日本語」
「ニホンゴ? ……ニホン」
なぜその日本語とやらを知っているか、と問い詰められることを覚悟していたナルは、考え込んでしまったジーンに、唖然とした。
「もしかして知ってるの? 日本」
「聞いたことがあります」
この世界に来て、シンジュと結婚してから。
こうして時折、何かを探せとでもいうように、もどかしい糸が垂れてくることがある。
なぜこの世界には、様々な国の法律や言葉が混在しているのか。
その謎を、探れとでもいうように。
もしかしたら、目の前に垂れた糸を必死でたどれば、ソコへたどり着けるのかもしれないけれど、あいにく、ナルはこの世界とやらに興味がない。
それでも一応、聞くだけ聞いてみた。
「ちなみに、どこで聞いたの?」
「俳師から聞きました」
「突然の中国語!」
思わず声にだして突っ込んでから、我に返る。
ジーンは、ほんの少しだけ優しい笑みを浮かべた。
「育ての親なんです。夢物語をよく話してくれたんですが、そこによく、ニホンという言葉が出てきたような気がします」
「それ、道中詳しく聞かせて貰えない?」
それくらいならば、知ろうと努力してもいい。
などと、ナルは誰に対してかわからないが、鼻で笑ってやる。
ジーンは頷いたあと、すぅ、と表情を無感情のものに変えた。
彼の「仕事の顔」に、少しだけ息を呑む。
「昨夜の件ですが」
「うん」
「調べさせたところ、温泉街に近い都市に『王族が来ている』という情報を故意に流した者がいるようです」
つと、ジーンの表情が冷酷なものへとかわる。
自然と空気がぴりっと張りつめて、ナルも表情を引き締めた。
「誰かが煽ってるのね。つまり、今後も狙われる可能性がある」
「その通りです。いくつか疑問点があるんですが……最たるものとして、あなたが宿泊していることを知った者が故意に情報に流したにしては、『名指しではない』ことが腑に落ちません。あなた個人の名を出したほうが怒りを煽れるのに、それをしていない」
「おかしいわね。宿泊情報を掴んでるなら、私個人だって特定できてるはずでしょ」
ベルガン地方の温泉街へ到着したのは夕刻、そして早朝に出立した。温泉街の誰かが偶然「王族」が泊まっていると知り、情報を流すことは不可能だ。
そんな短時間に、都市部へ噂を広め、しかも多数の者が暗殺者諸々を雇って暗殺者が実行に移す時間などない。
つまり、情報を流した者は数日前にはナルの行動を把握もしくは予想していたことになる。
「先手を打って人々を先導し、暗殺者を雇っているのなら、今後のルートを変更したほうがいいかもしれませんね」
「そうね。でも、どうして私が狙われてるのかな」
今朝の時点では、ナルないし王族を恨むベルガン地方の者ならば、動機として充分だった。だが、それを知っていて焚きつけた者がいるとなれば、話は変わってくる。
ジーンは厳しい表情のまま、首を横に振った。
「今は憶測しかできません。最悪のケースとしては……」
戸惑うように言葉を途切れさせたジーンへ、視線で促す。
ジーンは頷いて続けた。
「あなたや王族への恨みで襲わせたのではなく、目的は別のところにある場合です」
「……想像がつくけれど、続きどうぞ」
「ベルガン領の者たちを煽った者は、あなたの行動を阻止しようとしている、という可能性です」
ナルは、そっと息を吐いた。
ナルは今、ルルフェウスの戦いで大罪を犯した者を調べており、その者へ会うことが目的だ。制裁を食らわせたいが、お説教できるほど偉くも何もないため、まずは、確固たる証拠集めだった。
そのための、旅。
となれば、当然、悪事を暴かれて困る相手もいる。
「……なんで笑うんですか、そこで」
そんなつもりはなかったけれど、どうやらジーンにはナルが笑っているように見えたらしい。
ナルは、あえて笑みを深くしてみせた。
「もしそうだとしたら、向こうから尻尾を出してくれてるってことじゃない。ベティを狙っていたヤツと、ルルフェウスの戦いで毒を使った者となんらかの関係があったのなら、ピッタがシンジュ様の屋敷内で得た情報を敵に流している可能性がある。ピッタがどこまで知っていたかは知らないけれど、私の行動や目的は、敵に知られているかもしれない」
なぜベティエールが狙われていたのか。
なぜ、そのターゲットがナルに変わったのか。
わからないことは多いけれど、少しずつ、「求めているもの」に近づいている気がした。
「ベティは無事なのかな」
「すでに故郷を離れて、王都へ帰ったと報告を受けていますよ」
「え、早すぎない?」
「何か吹っ切れた様子だったとか」
「……そう。毒は大丈夫かしら」
「そこまではなんとも」
ナルは、自分の左手をみる。
握り締めると感覚は戻っていて、使う分には支障がない。早期発見と、確立されていない方法でとはいえ、治療を行ったことが功を奏したのだろう。
ナルの体力にしては、自然治癒よりも治りが早いとジーンが言っていた。
「――ところで、シロウですけど」
「ん?」
思考に耽っていたナルは、ジーンの気を取り直した声に、顔をあげた。
緊張感は消えて、気だるげなジーンがそこにいる。
「あなたのことを、自分の大切な人だと話しているそうですよ。ここの者に」
「大切な人? 一応、主従契約してるから――一時的にだけど――間違いはないんじゃない?」
「本人も、何か突っ込まれたらそう答えるつもりでしょうけどね。ですが、匂わせすぎです。この待遇からして、おかしいと思わないんですか」
「思いまくりだけど、シロウに任せてあるから大丈夫でしょう」
あっけらかんと言ったナルに対して、ジーンが深いため息をつく。
「あのねぇ、なんでそこまで信用できるんです。少しは疑ってください。シロウは確かに長官の姪ですが、ベティエール殿やあなたを狙った者がモーレスロウ王国内にいた可能性を考えると、彼とて全くの白とは言い難いんですから」
「彼って……彼女、だからね? とにかく、大丈夫。シロウは、信用できるもの」
「根拠はないんでしょ?」
「うん」
ジーンは、またため息をつく。
主従になったときはナルに従順だった彼だが、この所こうしてナルの言動に意見を述べるようになった。
いい傾向だ。
ナルがやることすべてが正しいわけではないのは当然なので、ジーンが意見をくれるのは有難い。
ため息をつかれるのは正直鬱屈とするが、理由があるのだろう。
「……あなたは一人でなんでもやりたがりますが、仕事や作戦を他者に割り振るのはとても上手いですから。あなたがシロウを信じるに足る相手だと決めたのでしたら、間違いないでしょう」
意外な称賛に、ナルはにんまりと笑った。
「……なんですかその表情」
「さすがジーンさん、私をよくわかってるなぁと思っ――」
突然ジーンが立ち上がった。
机を回り込んでナルの腕を引き、自分の背に庇う。
素早い動きに目を回していると、バァンと窓がひらいた。
ドアではなく、だ。
そして、仄暗い外から、ぬっと紺色の漢服をまとった足が入ってきて、引っ張られるように胴体が、全身が、部屋のなかへ入ってくる。
中年女性だった。
見覚えは、ない。
纏う漢服は上流階級のもので、紺色の生地の裾に透かしの花が描かれている。上衣は鮮やかな白色で、やはり袖口に、透かしの花の絵が散りばめてあった。
やや化粧が濃いが、それを抜きにしても美しい女だ。
つと細めた目が、どことなく狐を彷彿とさせる。視線は僅かのブレもなく、ナルに向いていた。
「ごきげんよう、ナル様」
「どちら様です?」
ジーンやシロウから聞いた、シンジュの元婚約者の話を思い出す。突然窓から侵入してきたことといい、警戒するのは当然だった。
女性を睨みつけるナルに、女性はばさりと桃色の扇を開いて口元を隠した。
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