第二幕 第二章 【プロローグ】
ナルを見送ってから、数日が過ぎた。
そろそろ行動せねばならないのだが、シンジュはある違和感に悩まされている。
(おかしい)
ナルが療養に出たことは、さり気なく広めておいたので貴族らへ情報は入っているはずだ。それでも、暗殺者と契約して刺客を差し向ける貴族があとを絶たない。
王都からいなくなったナルへ、わざわざ暗殺を仕掛けるなどカネの無駄遣いだ。いくら金銭感覚の麻痺している貴族とはいえ、王都外にいる王族へ刺客を放つとなると、プロの暗殺者を雇うカネはかなりの額になるはず。
成功報酬型が多いとはいえ、手付金だけでも莫大なカネが必要だろう。
貴族の教育は、騎士や高官以外の者たちは自主性なので、必ず学校で学ばなければならないわけではないが、ここまで無駄遣いをする貴族が多いとは想定外だ。
雇用主に関しての情報は、余程のことがない限りこちらへは入ってこない。
これまでは計画を潰せればよかったが、今はプロの暗殺者の矜持というものが心底鬱陶しく感じられた。
守秘義務だか、口を割らないことがプロたる所以だか、知らないが、面倒なやつらだ。
シンジュはため息をついて、手元の書類を新しい補佐へ渡した。
無口な男で、黙々と仕事をこなすタイプだ。ジーンに言われてるのか、決まった時間に茶を煎れて差し出してくる。
当然だが、ナルの茶のほうがうまい。
ちなみに、ジーンの茶よりうまい。
融通の利かない辺りが、やや面倒だが、最初はこんなものだろう。部下を育てるのも上司の役目だ。
「少し席を外す」
「はい」
シンジュは刑部省長官室を出ると、庭を通って王族の住まう一角へ足をすすめる。
途中で、ふと、話し声が聞こえてきて、何気なく視線を向けた。
壁の向こうで、ゆったりまったりとした休憩が行われているようだ。
わいわいとした話し声のほかに、コップのぶつかる音や椅子を引く音などが聞こえる。
(昼休憩か……腹が空かん)
今は、本来の仕事にプラスしてナルへの暗殺計画を潰しまくっているが、突然依頼が増えたことが納得できない。
何か理由があるはずだ。
秘密裏に、何者かが動いている可能性もあるのだから。
嫌な汗がじんわりと滲んできた。
あまりよろしくない想像を振り払うように、視線を正面に向けた。
王族の暮らす建物の近くに、塔のような離宮がある。
(そういえば、離宮に幽閉された殿下の件はどうなっている?)
半年ほど前に、ちょっとした騒ぎを起こした第三王子は現在、父王の命令で離宮に幽閉されている。
罪もないのに幽閉するなどありえないのだが、あれだけの騒ぎを起こしておいて罪がないというのも変な話だ。
結果として、屋敷が一つまるまる吹っ飛んだのだから。
馬鹿のくせに天才という矛盾王子には、このままあの離宮で幽閉されていて貰いたいものだ。
「――でなぁ、すっげぇ可愛いの。うちの孫娘が!」
(……ん?)
ひと際大きな声に、思わず壁を見つめる。
「もういいってその話」
「いいじゃねぇか、何度でも聞けよ」
「はは、孫を欲しがっていたからなお前は」
兵部省副官と、治部省長官の声が聞こえた……ような。
「噂は当てにならないな。あのシルヴェナド家の娘って、十人並みの顔だって聞いたぞ? なのに、男たちを手玉にとる悪女だって」
「ナルはんなことしねぇよ! すっげぇ可愛いんだって。とにかく、可愛いの!」
「はぁ……わかった。もうこの数日聞き飽きたから、止めてくれたまえ。お前は話し始めるとそればかりだ。久しぶりに顔を見せたと思ったら、孫自慢ばかりか」
「孫自慢のために来てんだから、聞いてくれてもいいじゃねぇかよー」
「聞いている。まぁ、その孫のために身なりを整えて毅然とした態度をとれるのならば、よしとしよう。とはいえ、お前があまり自慢しまくるゆえ、貴族らには麗しい美男三人を手玉に取る悪女として、益々批判が強まってい――」
「もう、天使! って感じなんだ~。ぎゅうって抱き心地もよくて、小さいからかいい匂いがしてなぁ。いいなぁ、孫。可愛い、孫。俺、孫の不名誉にならないために、自堕落な生活は辞めるって決めたんだ!」
「あ、あぁ。いいと思うけど……お前、リーベの言葉聞いてたか? 貴族らが――」
「つか、追いかけていいかな? 俺も一緒に療養に行ってもいいかな⁉ 今からでも間に合うと思うんだが……はっ、先回りして驚かせるってのはどうだ?」
「ガチでドン引くと思う。いやだからさ、リーベの――」
「もういい。教えてやるだけ無駄だ。思い込んだら同じことばかりなのは、昔から変わらんだろう。まったく、面倒な男だ。さぁ、休憩は終わりだ。とっとと帰りたまえ。うちの休憩室を占領するな」
「ええー」
「えー」
「うるさい、こんなときだけ意見を揃えるな」
(ああ、そうか。ここはちょうど、治部省の休憩室があるところか)
シンジュは、軽い眩暈を感じて頭を押さえる。
女の嫉妬は怖い。それは嫌というほど知っている。
だからこそ、ナルを表立って紹介したくはなかったのに、王子命令で開かれたあのお披露目の夜会の際、フェイロンが乱入して、馬鹿王子が騎士になって――ナルは、羨望どころか嫉妬と憎しみの的になっているのだ。
そこに、かつて王城の花と呼ばれ、仕事にしか興味関心がなかったジェンマが、蘇生したような凛々しい姿で孫自慢をしまくれば、火に油を注ぐようなもの。
ジェンマのことは、尊敬している。
だが、ナルが迷惑を被るとなれば、話は別だ。
(おかげで、私の計画が遅れてしまったのだから、責任はとってもらおう)
くっくっ、と笑いながら、シンジュは刑部省へ戻った。
最近はふらふらと暇らしいから、以前のジェンマが望んだように、部屋から出れないほどの仕事を与えてやろう。
その間に、例の件を進めてやる。
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(諸事情で昼間の更新になりました、18時前後に更新予定です。不定期ですが)




