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第二幕 第一章【12】 謎のカタカナ

 王城へ、終了した、という簡潔な手紙が届き、ナルはジーンとともに帰宅した。

 物々しい警備を想像していたが、道路沿いから見える屋敷は変わりない。

 馬車が玄関につくと、変わらず執事のジザリが出迎えてくれる。


 不変過ぎる日常に緊張を帯びたまま屋敷に入ってすぐ、日常の光景は消え去った。

 刑事ドラマでみたような、同じ服を着た鑑識らしき者が屋敷をくまなく捜査しているのだ。


 屋敷の捜査人を見て驚くナルに、ジザリが言う。


「ご当主様のご命令です」

「師匠の?」


 ほっとすると同時に訝る。


「ご当主様のお部屋にご案内するよう、申し付かっております」


 ジザリは丁寧に頭をさげると、ナルを師匠の所へ案内した。

 部屋の場所は知ってるけれど、あえてジザリが先頭を歩き、案内役を務めた。


(屋敷に、何かあるのかな)


 新たに毒が発見された、とか。

 難しい顔になるナルだが、師匠の部屋に入るなり、仏頂面になってしまう。


 すぐにジザリが退室したので、部屋にいるのは、師匠とジーンとナルだ。


(やばい、そろそろ片付けないと)


 足の踏み場が、ほとんどない。

 とん、とん、と空いている床を選ぶように歩いて、執務机にいる師匠の傍まで行く。


「師匠、戻りました」

「おかえり、ナル。どうだった?」

「どうだった、はこっちのセリフですよ。ピッタはどうなりました? あ、こちらは順調です」


 師匠は悲しいような申し訳ないような表情をして、口をひらく。


「すまない、ピッタの捕獲は失敗した」

「逃げられたんですか!」

「いや、殺害された」


 さらりと述べた師匠は、ため息をつく。


「捕らえたあと、ピッタは暴れもせずに罪を認めた。……気のせいでなければ、ピッタ自身、歯向かうつもりはなかったようだ。だが、突然苦しみだして、泡をふき、喉を掻きむしるようにして死亡。ピッタの背中に矢が刺さっていた」

「……毒、ですか」

「おそらく」


 そう言ってため息をついた師匠の前に、ジーンが歩いてくる。

 床に散乱する研究道具の数々を足でブルドーザーのように退けながら。


(わぁ、大胆……ジーンさん、最近容赦ないなぁ)


 慌てる師匠を見据えて、ジーンが言う。


「身辺の捜査はどうなってます?」


 師匠は諦めに似た笑みを、ふ、と浮かべたあと。

 執務机の引き出しから、書類を取り出した。


「こちらで一通り調べてある。これが調査結果だ」


 ジーンは書類に目を通し始める。

 ナルはその隣で、師匠へ身体を乗り出す。


「屋敷を捜査されてますけど、何かあったんですか?」

「ピッタが死亡したからな。念のため、屋敷全体を調べ直させている。使用人も全員無事だ」


 ほっと安堵の息をつく。

 カシアたちが無事ならば、それでいい。


「それで、あの。ベティはどうしたんですか?」

「何も知らせず、ほかの使用人と共に待機して貰っている。……残念なのは、ピッタが死亡したことで、彼が所持していただろう『毒』が入手できなくなったことだ」

「それって、犯人である確証がなくなったってことですか?」

「自白はとってある。だが、風花国との繋がりは切れた。此度の一件は、ピッタが単独で行ったことになるだろう」


 そう言って、師匠は深いため息をつく。

 ナルは苦笑した。


「レイヴェンナー家にとっては、よい結果じゃないですか。下手に風花国との繋がりを見つけるより、個人の逆恨みで処理したほうがいいでしょうし」

「まぁな」


「……すみません。私ちょっと気になるので、ピッタが暮らしていた部屋に行ってきます」


 そう言ったのはジーンだ。

 書類を机に置くと、ブルドーザー歩きで部屋を出て行く。


「あっ、待って! 師匠、私も行ってきます!」

「ああ。……彼になら任せても大丈夫だろうけど。一応、専属の騎士たちも連れて行くといい」






 ナルはジーンの案内で、ピッタが暮らしていたという集合住宅の一部屋に入った。一般民が暮らす家屋のなかでも、下層の住処だ。カビや雨露の匂いが、ツンと鼻にくる。

 ピッタの死後に一度捜査が入っているため、近隣の住人は、「また来た」といった表情で、それぞれの家に身を潜める。

 怯えた目を向けられて、身分差の壁を見た気がした。


 ピッタの部屋は、鍵が壊されていて、簡単になかへ入ることができた。

 報告書いわく、壊したのは師匠の部下らしい。乗り込んだ際に破壊したそうだ。


「簡素な部屋だな」


 アレクの感想に、ナルも頷く。

 八畳ほどの部屋には、必要最低限度のものしかない。

 ベッド、小卓、衣装棚。雑多な荷物を突っ込んだ木箱、だ。

 生活感がほとんどない部屋に、ナルは少しだけ寂しいものを感じた、けれど。


「何をいう。完璧な配置ではないか」

「そうなの? 芸術的な意味で?」


 リンの感慨深い言葉に首を傾げて、聞く。

 リンは「いや」と小さく答えて説明をはじめた。


「小卓に置いてあるコップ、瓶、それから衣装棚やベッドにも、少しずつ雑貨や生活用品が置いてある。部屋のどこにいても、どれかに必ず手が届く」


 リンは感心したように、これやこれだ、と小卓にあるペンや寝具に立てかけてある傘を指さした。


「コップ一つでも、ペン一つでも、使い方によっては即席の武器になるのだ。この部屋の主は、それをよく理解していると思う」

(武器⁉)


「ええ、私もそう思います」

 ジーンが頷く。


(ああ、私には理解できない世界の話だ)


 早々に、理解を諦めた。

 アレクは頷きながら部屋を見回して、懸命にインプットしているようだ。

 理解を放棄したナルと違って、真面目な性格がよくわかる。


「やはり、報告書と現場は違いますねぇ。雑貨の配置まで、書類の見取り図には記載されていませんでした」

「それは、レイヴェンナー家が手を抜いたってこと?」


 アレクが問うと、ジーンが苦笑した。


「まさか。経験ある者にしかわからない配置になっているだけです。やはりピッタは、プロですねぇ。背後には誰がいるんでしょう」


 風花国の者が関与しているのは確実だが、誰が、となると、一切の情報がないのだ。


 明後日には療養に出なければならない。

 旅立つ前に、今のうちに出来る限り情報を集めておきたいのだが。


 ナルは、室内を歩きながら見回した。


(私的に、別におかしなところはないんだけど。そもそもプロの殺し屋? が、証拠なんか残さないと思うのよ……ん? んんん?)


 木箱を漁っていたジーンが、紙束を取り出してざっと目を通したあと、床に紙束を置いた。

 子どもが描いたような拙い絵が見えて、何気なく手に取る。


 ナルは、息を呑んだ。


 途中まで書いて辞めた絵が三枚で、他の紙は、新品だ。

 厨房に持ち込んでいた絵は完成していたと聞いているので、ここにはない。


 まるで、子どもが描いた絵を装うために練習した、と言わんばかりの絵に、ナルは口の端をつり上げる。

 子どもが、ベッドですやすやと眠っている絵を小卓に置いて、ペンを手に取る。


「どうした、ナル。何か見つけたのか?」


 こんなときだというのに、嬉しそうなリンの声がする。

 無邪気な声音に、やや緊張していた力が抜けた。


「ここに、ピッタからのメッセージがあるの」


 ナルの言葉に、ジーンとアレクがすぐに駆けつけてくる。

 ジーンに視線で促されて、説明を始める。


 絵の布団部分に、不規則に曲がった線がくねくねかくかくと描かれており、ひと目見ただけでは、ただの模様に見えるだろう。


 これは、カタカナの羅列だ。

 文字だとわからないように可能な限り文字同士をくっつけて書いてある。


 そのくっつきを断ち切るように線を引けば、すぐにカタカナを読むことが出来た。


「アネヲタスケテ、マクラノナカミル、クロマクハホカニイル」

――姉を助けて、枕の中見る、黒幕は他にいる。


 ナルが翻訳して読むと同時に、ジーンが枕を確認した。

 枕を、破って中身の布を取り出せば、一枚の紙が出てくる。


「これは、通行許可証です。柳花国から、風花国へ渡る際のものですよ。……わぁ、初めてみました。かなり貴重ではないかと思います」

「姉を助けて、ってことは、姉を人質に取られたってことかな。この半年でピッタの動きにばらつきがでてきたのも、お姉さんが関係あるのかも」


 ナルの呟きに、ジーンが頷く。


「黒幕は他にいる、っていうのも気になるところですね。現在我々が予想している相手、ではなく他に、という意味でピッタが残したのだとしたら、かなり慎重に見定める必要があります」

「ええ。今でも目星ついてないんだもの、他って言われても困るからね」


 ため息交じりのナルの言葉に、ジーンが苦笑した。

 わからないことだらけだが、新しい収穫は得た。


 ざっと部屋を確認してから、絵をもって屋敷へ戻る。

 もう日が大分と暮れていて、ジーンは真っ直ぐに師匠のところへ報告に行った。


 ナルは部屋まで騎士二人に送ってもらったあと、カシアが煎れてくれた紅茶を嗜みながら、考える。


(まず、どうしてピッタがカタカナを書けたのか、っていう最大の謎があるのよねぇ)


 見たときは、ピッタも日本で育った記憶があるのかと思ったけれど、それにしては、なんというか、随分と癖のあるカタカナだった。日本語を練習している外人さんのような。


 例の日本語入りの本たちは風花国から来ているというし、もしかしたら、ピッタは誰かに「カタカナ」を教わったのかもしれない。


 ふぅむ、と考え込んでいる間に、シンジュの帰宅が知らされる。

 迎えに出て、師匠とジーンを交えて改めて話し合いをした。


 今日のピッタの件、そして明後日に「療養」に出る話もしておく。

 夕食は、話し合いに参加した皆で食べた。


 ナルだけ、特別メニューの「どんぶり」だ。


 そのあとは、各自部屋に戻って、それぞれ過ごした。



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