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4、初夜明けの、朝食


 朝起きると、隣で誰かが眠っていた。

 ナルは寝ぼけたまま、無意識に手を伸ばして、わしゃわしゃと相手の頭を撫でた。


「……こーたろー」


 大好きだったコータロー。

 実家で飼っていた大型犬だが、ナルが小学校を卒業するころに寿命で死んでしまった。

 これは、夢だろう。あの可愛いコータローはもういないのだ。

 夢でもいい。

 ナルにとって、あのふわふわとした柔らかい身体に包まれている時間は、本当に至福だったのだから。


(んー、せっかくコータローの夢を見てるんだから、もっと触りたい)


「こーたろ、かわいい」


 顔を胸に抱き寄せて、ぎゅうと抱きしめた。

 そのとき。

 頬をつぶされる感覚がした。

 押し返される感覚も。


「い、いたたたたっ」

「……馴れ馴れしく触るな」


 朝起きて真っ先に、ナルはシンジュを飼い犬と間違えて。

 シンジュはナルに、アイアンクローをかました。



 *



 今日は、カシアの休暇日だ。

 あらかじめ聞いていたので、ナルは今日、カシアが起こしにこないことを知っていた。


(いやもう、ほんと、こういう日に限っていないんだよねぇ)


 アイアンクローで目覚めたナルは、寝室のドアの向こうから。

「旦那様、朝食のご準備が整っております」

 という使用人の声で、男性の大きな手から解放された。


 あと数分早く、使用人が声をかけてくれていたら、アイアンクローを食らわずに済んだのに。というか、今日は朝が遅い。

 いつもならば、カシアがとっくに起こしにきている時刻だ。


 そんな不満を覚えながら、寝室の奥にある自室(割と広い)でドレスに着替えた。


「あれ?」


 寝室に戻ると、すでに着替え終えたシンジュがソファに座って読書に勤しんでいた。長い足を組む姿は、やはりというか、できる上司といった格好良さがある。


「そんなに気になるんですか、続き。読書家なんですね」


 心底感心して言うと、呆れたような視線が向く。


「お前を待っていた」

「え?……あ、初夜明けですもんね。別々に出て行ったら、不審がられるかぁ」

「そういうことだ。余計な詮索をされるのは好まない。行くぞ」


 一歩が大きいシンジュのあとを、良妻を演じてついていく。まったく歩く速さを合わせてくれないシンジュの一歩が大きくて、途中からは小走りだ。


(この人、仲の良い夫婦を演じるつもりあるのかな)


 軽く睨むと、まるで心を読んだかのようにシンジュが肩越しに振り返った。笑って誤魔化すと、さらに睨まれる。


 揃って食堂へ行くと、すでに朝食が用意してあった。

 用意された朝食を見て、ナルは心のなかで絶叫する。


(いやあああああっ)


「……夫婦の時間を楽しみたい。全員さがれ」

(ほらあああっ、怒られるやつだ――っ)


 シンジュが席についたあと、ナルも、ぎこちなく椅子に座る。

 シンジュの目の前には、朝から豪華な食事が十五品目以上並べてあるけれど、ナルの目の前にある朝食は、三皿だけだ。


 誰がどう見ても、この違いに気づかないわけがない。

 実際に、シンジュは朝食をざっと眺めたあと、露骨にため息をついた。


「お前は」

(きた――っ)

「今日、空いているか」

「これは、違うんです……え?」

「というか、空けておけ。食事を終えたら、庭へ行く」

「庭、ですか」

「ああ。今日はお前と過ごして、使用人に仲の良さをアピールする予定だが、がっつり使用人の目に触れるところは気が休まらん。庭に、ほどよい木陰をつくる木々がある。そこで読書をする予定だ。決して邪魔をするな」

「わ、わかりました」


 つまり、大人しく傍で待機していろ、ということなのだろう。

 それならば、ナルも本を持ち出して、外で読書をすればいい。せっかくだから、お菓子とお茶も持っていこう。


(って、朝食について、聞かれないな。あ、もうすでに報告があがってるのかも)


 執事のジザリが、シンジュに、ナルの屋敷での様子を報告していてもおかしくはない。

 そう思うと、なんだか急に安心して、お腹がすいてきた。


 林檎酒で喉を潤してから、大きめにちぎったパンを口に押し込んだとき。


「なぜ、これほど品数に違いがあるんだ?」

「ブボォ」

「……飛ばすな」

 ごほごほ、と咳を繰り返して、右手で口を押さえた。


 今のは明らかに、ナルが食べようとしたタイミングで切り出した。

 軽く睨みつけると、はっ、と鼻で笑われる。


(意地悪な人。でも、こう、上司に、「お前ってやつはまったく『コツン☆』」ってやられているような気分に、ならなくもない!)


「ふ、ふふ。それはなんだか、いい」

「気持ち悪い顔をしているぞ」

「旦那様が、あまりにも理想的なので」

「世辞はいい。それより、理由を答えろ」

「品数は、こちらへきた初日に、少なくして貰ったんです。食べきれませんし、材料費も勿体ないですから」

「……その日の昼は、どうした」

「朝の残りを温め直していただきました。賛成しかねる様子でしたけど、私が我儘を言って、そのようにしてもらったんです」

「なるほど。ではこれまでは、その品目で毎日過ごしてきたと」

「はい」

「今日も同じように、料理が出てきたと」

「は、はい。……そうです」


 シンジュはまた、ため息をついた。


(あれ? このため息って、もしかして)

「使用人を、責めないでくださいね?」


 何気なく言うと、シンジュは持ち前の冷やかな視線をナルに向けた。


「責めはしない。解雇だ」

「えっ」

「安心しろ、全員ではない」

「あ、安心できませんよっ」


 シンジュのため息は、ナルに呆れているのではなく、使用人に対してのものかもしれない。そう感じたナルの予想は、当たっていたようだ。


 実際、ナルもまた、朝食を見た瞬間に、心の中で絶叫した。


 普段の食事ならば、ナルが望むままに用意するよう計らうのが使用人だ。だが今日は、屋敷の主であるシンジュが戻っている。


 いくらナルの望みであっても、こうも品数に差をつけて用意されれば、シンジュのほうが食べにくいだろう。

 屋敷の主に気を遣わせるなど、あってはならない。

 てっきり、シンジュに合わせて以前と同じ食事が用意されているとばかり思っていたのに、なぜ。


「庭の花に」

「はい?」


 シンジュが、唐突に話しかけてきた。

 食事をしながらの会話なので、唐突も何もないのだが、ナルは驚いていつもより大きな声で答えてしまった。

 シンジュは眉をひそめて、行儀が悪いと呟いた。


「すみません。それで、庭がなんでしょう?」

「庭の花に、興味があるのか」

「よくご存じですね。はい、旦那様のお屋敷の庭園にあるお花たち、あれ、食べられますよね」


 見た目は、色とりどりの季節の花だ。

 だが、その中には雑草と呼ばれる類のものも、丁寧に植えてある。かと思えば、珍しい南方の植物も同じ花壇に並んでいるのだ。


 それら花の共通点は、食用になること。


 共通点に気づいたとき、ナルは居てもたっても居られずに、庭へ降りてそれぞれの花びらを一枚ずつ食べて回ったのだ。


「どれも味はあんまりないんですね」

「食べたのか」

「一枚ずつです、暴食はしてませんよ」

「……あれは、緊急時の非常食として植えてある。国庫が足りなくなる場合を想定しているが、現実問題としてはありえない。いわば、私の自己満足だ」

「非常食は大切ですよ。いつどんな災害が起こるかわかりませんから」


 地震大国日本で二十八年生きてきたナルは、非常時に備えて行動する大切さをよく理解している。

 ここモーレスロウ王国の王都は地震が起きない地域だが、冬場にぐっと気温がさがる傾向にあった。南西では夏場に日照りが続き、作物が育たない時期もある。


「備えあれば憂いなし、っていいますし」

「知らんな」


 シンジュが食べ終わるタイミングを見計らってナルも食べ終えると、そのまま図書室へ向かった。

 途中でナルは廊下を引き返して、使用人に、バスケットに紅茶とお菓子を用意してもらうように頼んでから、改めて図書室へ向かう。


 目ぼしい本をいくつか選んで図書室を出ると、使用人が用意したバスケットを渡してくれた。

 それを持って、シンジュとともに庭へ向かった。




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