2-16、三度目の人生を謳歌する(第二章完結)
カラスという名前の鷲の置き場を、微妙にこだわってしまう。
窓側がいいだろうから、と窓の傍に置いて、餌や水をやる場所を手前に配置する。
よし、と頷いたとき、ノックがして、返事を返す前にシンジュが入ってきた。
「旦那様! 殿下は」
「帰った」
シンジュの眉間には、久しぶりに見る深い皴が出来ている。
どうやら、シンジュにとってはあまり宜しくない話だったようだ。
シンジュは、ナルのほうへ歩み寄ろうとして。
巨大な鳥籠を、凝視した。
中には、目玉をぎょろっとさせた括り鷲が、じーっとシンジュを見ている。
「あ、こちら、殿下からの戴き物です」
「自然に返せ」
「駄目ですよ、ちゃんとお世話しますから。……あ、そういえば、コータロジなんですけど」
「獣は捨てろ」
(やっぱり、生き物が苦手なのかなぁ)
ナルは、先日師匠の家に行ったとき、紅茶タイムにコータロジを置いて貰えないかと聞いたのだ。驚くほど軽く『構わないよ』という返事が返ってきた。
当然ながら、コータロジの世話は、こちらですることになるが。
「……師匠が、引き取ってくれるそうです。世話をしに通うつもりなんですが、今度、旦那様もご一緒にどうですか?」
ぴく、と。
シンジュが動きを止めた。
そのまま固まってしまったシンジュに、ナルは不安になって、傍へ駆け寄る。
「旦那様?」
「お前は、フェイロンを……どう思っている?」
「はい?」
「好き、か?」
「はい! 師匠は私にとって、特別な方ですから!」
自慢げに答えると、シンジュはジト目をナルに向ける。
「……ここへ来る途中、ベティエールがジザリと話しているのを見た。お前のことを、ナルと呼んでいたぞ。フェイロンもそうだ。少し……いや、かなり、油断し過ぎだ」
「油断、ですか」
「お前は可愛いのだから、あまり愛想を振りまくと、誤解される……だろう。フェイロンに対する好きに恋愛感情がないのは知っているが、男と親しくし過ぎるのは、感心せんな」
「申し訳ございません、以後気を付けます。ですが、旦那様。私を可愛いと言ってくださるのは、旦那様だけですよ? 私、どう見ても十人並みの容姿ですし、秀でたところも何もないですから」
「皆、思っていても立場上口に出来ないだけだ」
そんなことはない、と断言できるけれど、言ったところでシンジュは信じないだろう。
前世でも、姉御肌だと言われて、年下の男性がよく慕ってくれたが、そこに恋愛感情はなかった。彼らいわく、異性としては見れないタイプなのだそうだ。
シンジュがナルのほうへ歩み寄ってきたが、カラスがばさっと羽を動かして警戒したため、シンジュが足を止める。
ナルからシンジュのほうへ向かうと、手首を掴まれて、そのままベッドに押し倒された。
ベッドが弛んだ弾みで、ベッドに置きっぱなしだった、カシアからの贈り物が倒れてしまう。
「あ、あ、あの、いきなりどうしたんですかっ」
「……したいが、駄目か」
(うっ)
こういうとき、子犬みたいな目をするのは反則だと、常々思う。
無性に抱きしめたくなるのは、母性本能だろうか。
「駄目なわけないですよ。旦那様は、何も我慢しなくていいって、言ったじゃないですか」
「……ナル。お前は本当に、私に甘いな。嫌なときは嫌と言ってもいいんだぞ」
「今のところ、そんなことありませんよ。むしろ、その、嬉しいですし」
言っていて恥ずかしくなってきた。
真っ直ぐにナルを見つめるシンジュの視線が揺るぎないことからも、愛されているのだと実感する。
微笑むシンジュの顔が近づいてきて、唇と唇が触れた。
壊れ物を扱うような優しさに、どうしようもなく胸が熱くなる。
手をシンジュの背中に回したとき、シンジュの顔が微かに離れて、角度を変えた口づけを何度かして――。
「――なんだ、これは」
ふと。
シンジュが、視線をあげた。
釣られてみると、カシアがくれた紙袋が倒れて、何かが転がり出ていた。
シンジュがそれを手に取る。
指ほどの大きさをした、ばね式のクリップだった。丸い形をしており、挟む部分だけ、柔らかい素材で出来ている。
「……これは、洗濯ばさみか」
「可愛いですね、クリップみたいに小さくて。ちゃんと、はさめるんでしょうか」
――はさむもの、とか
ふと。
以前に、カシアに言った言葉が、脳裏をよぎった。
(あれって、なんの話だっけ)
首を傾げたとき。
クリップにくっついているタグに、卑猥な絵のようなものが見えた、気がした。
だがすぐに、タグは回転して見えなくなってしまう。
もう一度確認しようと、タグに手を伸ばすと。
シンジュが、ナルの手の届かないところへ持ち上げて、まじまじとタグを見つめた。
「旦那様?」
「これをどうしたんだ」
「カシアがくれたんです」
「ほう。他にもあるのか」
シンジュが袋から何気なく取り出したモノは、あまりにもあまりな代物だったので、さすがのナルも、それが何に使うものか理解できた。
咄嗟に、ばっと紙袋を奪う。
なぜかすぐに、奪い返された。
「旦那様⁉」
「気にするな」
「何をですか⁉ ちょ、これはカシアに返して……」
「使用人の心遣いを無駄にするのか」
「それとこれとは別です! つ、使いませんからね!」
ふいに。
シンジュが、憮然とした。
「先程は、我慢しなくていいと言っていたはずだが」
「う。……それは、そうですが。でも、これは少し、レベルが高いので」
「なるほど。もっと慣れてから、か。そうだな。私も無理をさせて、ナルを壊してしまいたくはない」
慣れてから?
無理をさせて?
壊して?
どれも聞き捨てならない言葉だったが、紙袋を床に置いて、ナルを抱きしめてくるシンジュのぬくもりを感じた途端。
何もかもが、どうでもよくなってきた。
シンジュの手が、ナルの全身に触れていく。
優しく、力強く――。
「あ、あの、お風呂がまだですっ」
「あとでいい。結局、あれ以後、お前に触れてないんだ。どれだけ耐えたと思っている」
徐々に身体が熱をおび、ドレスがはぎとられた。
このまま最後まで致すのだろうと思っていたが、突然、シンジュが離れた。
シンジュは、ナルの手を見ている。
先ほど掴まれたのと、逆の手だ。
カラスの爪で怪我をした部分に、包帯を巻いていた。
「……どうしたんだ」
「さっき、怪我をしちゃって」
「どこでだ」
「ちょっと、カラスと格闘を」
「…………カラスと?」
シンジュは束の間思考に沈んだが、すぐに考えるのを止めたようだ。
「医者に見せよう」
「そんなに深くないので、平気です。消毒もしましたし」
「そうか。ならば全力でいくが、あまりにも痛かったら言え」
「はい……全力?」
なにが、という質問はしなかった。
返事はわかりきっているし、熱のこもった瞳に見つめられて、身体が痺れたように動かなかったせいもある。
予想外の結婚を迎えてから、早四か月と少し。
殺されそうになったり、うんこを踏んだり、使用人たちと仲良くなったり、殺人犯にされかけたりと、慌ただしい日々を過ごしている。
ナルにとって、シンジュとの結婚生活は、三度目の人生に等しいものだ。
前世でも。
シルヴェナド家の令嬢だったころでも。
こんなに慌ただしい日々は、経験したことがない。
悲しくて辛いときもあるが、それ以上に、嬉しくて楽しい発見がある今の日々が、こよなく大切だ。
だから、これからも。
――ナルは、三度目の人生を、全力で謳歌する。
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今回で、第二章完結です。
明日からは第三章に突入します。
そして、第三章にて、まるっとお話が完結となります。
ここまで閲覧お付き合いくださった方、本当にありがとうございます。
貴重なお時間をくださって、感謝致しますm(__)m
第三章は、新婚旅行、日本語の本、戦いを煽った黒幕、などのお話となっております。
ハッピーエンドですので、ご安心ください。
引き続き、どうぞ宜しくお願い致します。