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2-11、襲撃



 師匠の家屋、その裏庭から五分ほど森のなかを歩くと、自然に生えた柿畑がある。近くには桃の木もあって、さらには柘榴の木も生えている。


 だが残念ながら、どの木の実も然程甘いわけではないし、手入れをしていないため、小粒なのだ。


 それでも、空腹を満たすには問題ない。

 ナルは、柿畑が想像していたままの姿で残っていることに、ほっとした。


(よかった、ここは食べ荒らされてない……師匠に)


 ぷち、ぷち、と柿を四個ほど()いで、カゴに入れる。

 その間、リンは、ひよこのように、ナルの後ろをついてきた。


「ナル」

「んー?」

「囲まれてる」

「ふふ、沢山あるでしょ、柿の木」

「敵に囲まれている」

「……え?」


 ふと、周りを見ると。

 柿の木に混ざって、黒い衣類を(まと)った男たちが十人ほど、ナルたちを囲って立っていた。


(ええええっ)


 囲むといっても、それなりの距離があるため、ナルが気づかなくても仕方がない。

 とはいえ、気づいてしまったからには、その異様さに驚かずにはいられなかった。


(……なんか、やばい雰囲気)


 どう見ても、黒衣の男たちは、森に迷い込んだ一般民ではない。


(なんで囲まれてるの? あ、道に迷ったから、道を聞きたいとか、そういう……)


 そんな予想は、彼らが各々取り出した剣を見た瞬間、消え去った。

 さりげなく、リンがナルの傍へ寄り、黒衣の闖入者(ちんにゅうしゃ)から庇うように立つ。


 ナルは、リンの背後で、静かに深呼吸をした。


(とにかく、落ち着かなきゃ)


 狙われる覚えなんて、ありすぎてわからない。

 おそらく、父の関係者の仕業だろうけれど、シンジュを愛しく思う女性貴族が刺客を放ったという線も考えられる。

 あれだけ格好いい旦那様の妻になったのだから、嫉妬されて当然だろう。


 じりじりと、黒衣の男たちが動く。


(まずい! かなり、やばいっ)


 ナルは、リンから離れないようにしつつ、逃げ道を探した。

 そのとき。


「ナル。私の後ろにいて。目の届く範囲にいてくれないと、守れないからな」


 リンが、振り返らずにそう言った。


 ばさり。

 白いマントを脱いだリンに、ナルは目を見張る。

(え)


 白いマントの下には、武器が仕込んであった。

 それも――大量に。


 鞘に入った刃物がほとんどだが、液体が入った瓶、小さな弓と矢、そのほかナルが知らない武器だろうものまで身体に巻き付けている。


 リンはそこから、ダガーナイフを二本取り出し、両手に持った。


 それが合図のように、黒衣の男たちが動いた。


 リンは数人を相手に一人で立ち回り、一撃で急所を捕らえ、二手目でとどめを刺す。

 最初にとびかかってきた三人が、地に沈むのは一瞬だった。


 ナルが恐怖で固まっている間に、それらは終わっていた。


 リンには余裕がある。

 切りつけた際、飛び散った返り血さえ、避けるほどに。


「ナル。私はこれで、殺人者になるのかな」

「……ならない。刑法第二十五条、殺人における刑罰についての、例外について、に書いてある」


 相手が明らかに殺人の意図をもつ「複数」もしくは「何らかの利益のために雇われた刺客」である場合、この限りではない。

 貴族社会ゆえに定めてある法の一つで、相手から仕掛けてきた場合、殺意をもって対峙したとしても、正当防衛に類するという法である。


「そう。それならこれまで通り、私は、戦うだけでいいね」


 リンが構える前に、黒ずくめの男が二人、時間差で三人、とびかかっていく。


 リンが繰り出すのは、正確に急所をえぐる、「人殺しの剣」。

 なのに。

 それはまるで、剣舞のように美しい。


 力の差は歴然としていた。

 十人の刺客など、なんの意味もない。


 急所をえぐられ、悶えているところにさらに急所をつく。その二回、もしくは最初の一撃のみで、敵はこと切れる。


 唖然と見ていたナルは、ふと、リンが振り返ったことで我に返った。


「ナル、無事?」

「う、うん。……大丈夫」

「よかった」


 リンは、そう言ってにっこりと笑う。

 持っていたダガーナイフを鞘にしまい、腰に巻き付けたベルトに戻すと、脱いだ白マントを再び羽織った。


 その頃になってナルは、黒衣の男たちがすべて、地面へ倒れているのを知る。

 周囲にはもう、誰もいない。


「あ、リンは? 怪我ない⁉」

「わっ」


 慌てて白マントを脱がせるが、衣類には破れたどころか、返り血もついていない。まるで、何もなかったかのようだ。


「怪我はないよ、ありがとう」

「お礼をいうのは、私だけど。……そのマント、武器を隠すためのものだったの。……こんなに沢山の、武器を」

「誰も私を守ってくれないから、自分の身は自分で守らないとね」


 手を血に染めたあとだというのに、リンの様子に戸惑いの類は一切ない。

 慣れているのだ、狙われることに。


(そんなもの、慣れることじゃないでしょうに)


 今のモーレスロウ王国は、平和だ。

 格差こそあるが、路頭に迷う者はほとんどいない。

 殺人ひとつが、重罪になる世である。


 そんな世界で、リンは一体、どんな――。

 ナルは、首をふる。


 つい昨日、アレクサンダーの内側に踏み込み過ぎたばかりなのだ。

(考えるのはやめよう。今は、やることをやらないと)



「すぐに、師匠のところに戻ろう。知らせないと」



 *



 師匠の家からの帰路は、馬車に乗っての帰宅になった。


 事件を官憲に知らせたところ、官憲の集団に加えて、刑部省直属の軍である機動精鋭部隊がやってきて、ナルの護衛についたのだ。

 なんでも、昼過ぎにはナルの護衛に着く命令が下っていたが、入れ違うようにナルが屋敷から出掛けたため、護衛対象であるナルの居場所を掴めないでいたらしい。



 刑部省より、護衛を派遣される。

 しかも、機動精鋭部隊を。

 

 シンジュは決して私事では動かない人間だ。

 つまり、刑部省長官として考えて、ナルにこれだけの護衛が必要であると判断したのだろう。


 馬車のなかには、ナルのほかに、アレクサンダー、そして機動精鋭部隊を指揮するザースという長身の男がいる。

 ザースは普段、機動隊すべてを指揮する隊長らしいが、今回においては、精鋭をひきつれて、ナルの護衛任務にあたるということだ。


「……あの」

「ん、なんすか?」


 ザースは、にっかりと笑って答えた。

 真夏の海でサーフィンをしてそうな青年だ。


「リンは、一人で帰らせて大丈夫なんでしょうか。もしかしたら、あの男たちが狙ったのって、私じゃなくて、リンかもしれませんし」


 リンが持ち歩いていた武器を思い出して、不安になったナルに。

 ザースは、手をぱたぱたと振って、笑ってみせた。


「大丈夫ですよ。狙われたのは、奥方で間違いありませんし。むしろ、あの坊ちゃんが一緒だと色々と大変なんで、帰ってもらえて有難いっすから」

「あなたの事情はともかく、危険じゃないの⁉」

「強敵に狙われている奥方といるほうが、危険っすよ」


 ナルは息をつめる。

 ふと、馬車のなかで立ち上がって、窓から外をみた。


「ちょ、奥方っ」

「どこへ向かってるの。まさか、屋敷に戻るわけじゃないわよねっ」

「違いますって! さすがに屋敷に戻るのは奥方が全拒否されるだろうから、別の場所へ行くように、長官から言われてますんで」


 ほっと、ナルは椅子へ戻る。

 このまま屋敷へ戻って、さっきみたいな集団がせめてきたところを想像してしまった。


「じゃあ、どこへ向かってるの?」


「ハウニエル卿の別邸っす。しばらく、別邸を貸してくださるそうなんで、警備もばっちり、そちらに手配してますよ」


 ナルは、息をのむ。

(ハウニエル卿の別邸……ハウニエル公爵は、たしか、バロックス殿下の母君のご実家……)


 つまり、別邸の提供を申し出たのは、バロックスということだ。

 無作為に、善意で別邸を貸すわけがない。


 バロックスにはバロックスの、思惑があるはずだ。

 思考に沈むナルの傍で、アレクサンダーがザースへ聞く。


「旦那様が、そうせよと命じられたのか」

「そうっすよ。まぁ、ちょっと渋ってましたけど。ハウニエル公爵の別邸ともなれば、屋敷の造りも安全ですし。長官も、今日はそちらにお帰りになるので、詳しくは直接聞いてください」


 ナルは、静かに息を吐いた。


 いろいろな人間の思惑が錯綜している気がする。

 考えるのも面倒だけれど、生き残って平穏を得るためには、考えなければ。


 ふと、自分の考えに笑った。


 死刑を待つだけの身だったのに。

 ナルは、随分と変わったものだ。








閲覧、ブクマ、感想、評価、その他諸々ありがとうございますm(__)m


本日、無事更新することが出来ました(よかった!)。

前回辺りから、シリアスターンです。

あと数話で第二章完結予定なのですが、入りきるかな。。


次も、明日18時前後に更新予定です。

宜しくお願い致しますm(__)m

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