2-9、未来の騎士
アレクサンダーを伴って、ナルは中心街へ降りた。
途中、久しぶりにフィーゴが露店に出ていたので、ぶんぶんと手を振って存在をアピールしておいた。気づいたフィーゴが微笑んで手をあげてくれる。
多忙の身であるフィーゴは、すぐに仕事へ戻って行った。
今では、彼は元ブブルウ商会のリーダーだ。
彼を慕う組員たちへ、色々と指示を出している。
「今の眼鏡のやつ、知り合い?」
「昔馴染み。こうして街にきたとき、たまーに顔を合わせて、そのたびに声をかけてたら、仲良くなった」
「……きみは、庶民的だね」
さりげなく馬鹿にされた、と軽くねめつけると、アレクサンダーは肩をすくめてみせた。
「褒めてるんだよ。僕は、貴族じゃないからね。あまり貴族にいいイメージないんだ」
「『あの方』も貴族でしょ」
「まぁ……っていうか、なんで『あの方』って呼ぶの? フェイロン様って名前で呼ぶなって、シンジュから言われてるとか」
「…………アレクが名前で呼ばないから、なんか駄目なのかと思って」
「そんな細かいこと気にしてると、あっという間に禿げるよ」
アレクサンダーは屋敷の使用人という立場だ。
とはいえ、こうやって軽口を叩かれるのは、嫌いではない。
(親しかった部活の先輩と過ごしてるみたいだなぁ)
昨日の険悪なムードが嘘のように、こうして会話できることが嬉しい。
ふと、アレクサンダーは空を見上げた。
「少し日が照ってきたね。……傘をさす? 一応持ってきてるけど」
「うそ、どこに持ってるの?」
アレクサンダーは、腰に巻いた帯に括り付けた、筒状の入れ物を取り出した。中から、短めの日傘が出てくる。
「一応、護衛だし。奥様が日焼けで真っ赤になったら、責任重大だからね」
「……これくらいなら、大丈夫だと思うけど。あんた、その腰のベルトには何が入ってるの?」
アレクサンダーの腰には、銃創のような形をした帯が巻いてある。
そこに、様々な形や大きさのホルダーがぶら下げてあった。
アレクサンダーは、奇妙なものでも見るように、ナルを見る。
「こんなもの、従者なら当たり前だよ」
「……ええー。はじめてみた」
「これまでは、沢山の護衛がいたんじゃない? マンツーだったり、あるじに対して使用人の数が少ない状態での外出になると、こんなもんだよ」
そう言われれば、確かにそうだ。
実家にいた頃は、独りで出掛けるばかりだったし、両親と出掛けたときは大勢の護衛がいた。
そんなことを話しているうちに、師匠の家が見えてきた。
「目的は、あそこなんだけど」
「あの家? ……ふぅん」
アレクサンダーは呟くと、何を思ったのか、ふいに黙り込んだ。
もしかしたら、師匠の気配に気づいたのだろうか。
(警備長ってことは、武術にも秀でてるってことだよね……たぶん)
ナルも、師匠から「他者の気配を感じること」から「自分の気配を消すこと」まで教えられたことを考えると、その師匠に仕えていたアレクサンダーは、かなりの腕前なのではないだろうか。
師匠の家の前にくると、昨日と変わらない風景があった。
自然に帰った庭を軽く睨みつけたとき。
「……昨日も思ったんだけど。やつは、いいの?」
「ん?」
「ずっと、きみをつけてるやつがいる」
「えっ」
ナルは咄嗟に振り返ろうとしたところを、アレクサンダーに「動かないで」と止められる。
「左後ろ、背の高い木の辺りだよ。ゆっくり振り返ってみて」
言われるままに、そっとそちらを見る。
じ――っ。
と、こちらを見る、背の高い人物がいる。
花柄の頭巾を頭から被っており、白いマントで身をくるんでいるので、怪しいということしかわからないけれど。
ふいに、白マントの相手は、ナルが自分を見ていることに気づいたようで。
慌てて、木の後ろに隠れた。
「……どうしよう、アレク。あの人、木からはみ出てる」
「なぜ、あの細い木の後ろに隠れられると思ったんだろうね」
ナルをつけているという怪しい人物に、少しの憐れみの視線を送ったとき。
「ナルか?」
庭の奥から、師匠の声がして。
昨日と同じ衣類の師匠が、歩いてきた。
ひゅっ、と。
隣で、アレクサンダーが息を呑む。
自然と、ナルの緊張も高まった。
アレクサンダーが、口をひらいた――けれど。
師匠が、そんなアレクサンダーに向かって、軽く手を上げて言葉を制した。師匠の視線は、先ほどの木の裏に隠れた怪しげな白マントのほうへ向いている。
ひらひらと師匠が、白マントへ手を振った。気づいた白マントが、仕草で首を傾げるのがわかる。おいで、と師匠は手招きした。
「師匠知り合いですか?」
「昨日、ナルの行き先を教えてくれたのは、彼なんだ」
驚くナルは、もう一度、白マントを見た。
彼、ということは男なのだろう。
その人物は、諦めたようにこちらへ向かって歩いてきた。
傍までくると、花柄の頭巾をとる。
二十代半ばほどの青年だった。
濃い金髪をした、見目麗しい姿をしているが、いかんせん、汗で髪が顔のあちこちに張りついている。
師匠ほどではないが、彼もまた、中性的な美貌を誇っていた。
青年は、ナルへ視線を向けた。
空色の瞳が、ナルをみる。
「あっ、えっと。昨日は、助けてくれてありがとう。今、師匠から聞いたの」
慌ててお礼を言うと、相手はぶすっとした顔で視線をそらした。
(……ええー。まず、誰このひと)
こんなイケメン、過去に会っていたら忘れるはずないだろうに。
どれだけ記憶を探っても、ナルの過去に彼の姿はなかった。
リビングに入ると、師匠が「くつろいでくれ」と言って、彼の定位置の椅子へ座った。
くつろぐも何も、椅子は二脚しかないので、ナルは隣の作業部屋から、椅子を運んでくる。
アレクサンダーが手伝ってくれたので、すぐに運び終えた。
「今、飲み物をいれてくるけど。紅茶で大丈夫?」
「いつもので頼むよ」
答えたのは、師匠だけだ。
白マントは、マントも脱がずにちょこんと椅子に座っているし、アレクサンダーは、どこか居心地悪そうに「手伝う」といってナルについてきた。
調理場へ行くと、アレクサンダーが盛大なため息をついた。
「どうしたの?」
「どうしたじゃないからね! なんで、きみ、あの方の居場所を、知って……それより、僕どうしたらいい。何を言えばいい⁉」
「全部言っちゃったら?」
「は? 全部って何を」
ナルは、紅茶の準備を進めながら、きっぱりと言った。
「思ってたことを、全部。どれだけ悪く言ってもいいから」
「そ、そんなこと言えるわけ、っていうか、あの方を悪いだなんて、思ってないからっ」
「アレク、あなたは、今は私の護衛。つまり、私の従者も等しいの。……あんたの主である私が許す。思ってること、あの人にぶちまけなさい。感情的になっても構わない。何かあれば、全部私が責任を取るから」
アレクサンダーが、ぎゅっと口を結んだ。
「……僕は」
「何もしないと、変わらない。あんたは出来るやつなんだから、このままでいるのは勿体ない。……さっさと、かたをつけてきなさい」
水を沸騰させながら、ナルは、ふと笑う。
「前に進みましょ。私が、新しい居場所をあげる」
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