13、乗っ取り大作戦≪前編≫
商売をするには、諸々の条件がある。
まずは、商工会流通館で、商売人登録をする必要があった。
必要事項の記載をし、認められれば、商売許可証と商人証明通行手形が与えられる。
商売人が複数人集まった集団――会長、副会長、その他の組員で形成されている場合が多いが――の場合は、集団扱いとなり、「商会登録」となる。
ブブルウ商会も、複数の組員からなる商会で、この商会登録をしている正式な商会だ。
異国で仕入れた果実を販売しており、高価なものから安価なものまであるため、民衆にも人気のある商会だった。
だがそれは、あくまでも表の顔に過ぎない。
果実だけでも十分な売り上げがあるにも関わらず。
法律で禁じられている希少動物を密売し、多額の利益を出しているという。
シンジュの執務室には、二人の信用できる部下がいた。
隣にいる補佐役のジーンは、別として。
ブブルウ商会が、馬鹿のように大っぴらな密売を始めたことに対して、目の前の二人は真っ向から意見が対立していた。
ブブルウ商会について話があるというので部屋にいれたが、こちらとてやらねばならない仕事は山積みなのだ。意見をまとめてから、報告にきてもらいたい。
「踏み込むべきです」
「駄目じゃ、損失が大きすぎる。あの商会が行っている外交を考えると安易に手はださんほうがいい」
「やつらが勝手にしていることでしょう。国使ではありません。彼らの個人外交など、あってないようなものではありませんか」
「だから体力馬鹿と言われるんだ。こちらはそうでも、向こうの国からすれば、やつら商会は我が国の代表も同然。対応には慎重にならんと、今後の――」
「うっさいヒゲ! ああっ、もう、いいでしょうそんなのどうでも! 悪は滅する、何か間違ってます⁉」
「お前の口の利き方が間違っとるわ、若造があ!」
若くて背の高いほうが、摘発や捜査を行う捜査員を統括する、機動隊長のザース。
白いヒゲをふんだんに蓄えた初老の男が、内勤の中枢を担っている総務部長のウィラーノだ。
どちらも正義感が強く、不正を許さないという信念は変わらない。
だが、現場を駆け回るザースと、内勤であらゆる国政を念頭に置いて動くウィラーノでは、考え方に差がでるのは当然だ。
はぁ、とウィラーノが深いため息をついた。
「大体、ああいう違法商会は、退路をたってから叩かねばならん。先のシルヴェナド伯爵拘束とは違うんじゃ」
「え、あれ以上のヤマなんですかこれ」
「違うわっ。犯罪そのものの証拠があっても、刑に処すには限度がある。違法取引は重罪だが、罰金で済むケースも多いんじゃよ。今回は、証拠があったとて、逮捕投獄できるのは、精々トップ三人くらいじゃ」
「ブブルウ商会って、三十人はいますよね⁉ トップって、会長、副会長、あと一人くらいじゃないですか」
「そやつら主犯格も、数年で釈放じゃ」
「なんですかそれ。法律間違ってません⁉ ボケてません⁉」
「貴様の頭は空っぽか!!」
シンジュは手元の書類を片し終えると、とん、と書類押さえに使っている重しで、机をたたいた。
途端に、静寂がおりる。
二人の部下は、黙ってシンジュに頭をさげた。
「ブブルウ商会の摘発は、三日後だ」
ぱっとザースが笑顔になり、ウィラーノが渋い顔をした。
「ザース、一人も逃がすな。一つでも多くの物的証拠を手に入れろ」
「はい!」
「ウィラーノ。罪状が確定したのち、余罪追及として取調べに回す。他国との交易、特に不正に行われたであろう取引については、徹底的に問い詰めろ」
「! はっ、必ず!」
二人が慌ただしく部屋を出て行くと、シンジュはため息を落とした。
「あのお二方、これから確実に泊まりですよ。忙しくなりますねぇ」
「こちらは万年泊まり込みだ」
「私は毎晩帰宅してますけど、長官が帰宅するのは、休日だけですもんね」
「暇なら仕事を回してやろう」
「いえいえ、ほどよく仕事をしてそれに見合った給金を貰う。これでいいんです、私は」
ジーンは、手早く紅茶をいれて、シンジュの前においた。
ジーン自身も、補佐机で紅茶を飲み始める。
「まぁでも、このタイミングで密売するなんて、完全に喧嘩売ってますからね。放置したら、ほかの商会から舐められますし。動くしかないでしょうねぇ」
「……そう考えるのが、妥当だろう」
「おや、裏があるとお考えで?」
シンジュはあえて答えずに、紅茶に口をつけた。
(……まずい)
紅茶など飲めればいいと思っていたが、最近、随分と味に差があることに気づいた。
ナルが淹れる紅茶は、とてもうまい。
湯を注ぐ手つきも丁寧で、つい見入ってしまうほどだ。
「ですが、三日後に動くとなれば、長官、今週の休暇は帰宅できませんね」
「仕事だ、仕方あるまい」
「奥方に、何か贈り物をされてはどうです? 最近、随分と仲がよろしいようですし」
「……くだらん」
「カナウサギってご存じですか? 今、若い娘の間で流行ってるんですよ。持ってると願いが叶うとかいう、小さなぬいぐるみなんですが」
「休憩は終わりだ」
ジーンが、肩をすくめて「はい」と返事をした。
シルヴェナド家関連の忙しいときに、不正商会の摘発までせねばならなくなるなど、ひたすらため息がでる。
これ以上、面倒な仕事を増やしてくれるな。
シンジュは胸中でため息をついて、ジーンが下げるカップを眺めた。
(……そうか。今週は、あいつの紅茶が飲めんのか)
ふと、ジーンが言った「贈り物」という言葉が過った。
がらではない自覚はある。
だが、たまには、そういうのもいいかもしれない。
***
ブブルウ商会が貸し切りで滞在している宿屋を、刑部省の捜査員が取り囲んでいた。
仲間の見張りが、この三日間張りついて動向を調べており、持ち込まれた不正取引の品が宿屋にあることは確認済み。
ザースは周りの部下に目配せをすると、自ら先陣を切って宿屋に飛び込んでいった。
そのあとを、部下たちが続く。
「え、ええー。ザース様、先頭でしたよ⁉ こういうとき、部下を先に行かせるものじゃないんですか⁉」
先程から「現場は嫌だ帰りたい」と呟き続けていたジーンが言った。
ザースの行動が解せないらしい。
「ああいう男だからこそ、人望があるんだろう」
シンジュもまた、護衛の部下二人を引き連れて、宿屋へ入った。
長官を示す深紅の月が描かれた腕章をつけ、同色の羽織をまとっている。
宿屋は、予想に反して、大混乱というわけではなかった。
一階の酒場では、ブブルウ商会の組員たちが何が起きているのかわからない様子で、おろおろとしている。
ザースの部下らが、そういった者たちを一か所に集めて、見張りをつけた。
(手際がいいな)
さすが精鋭部隊だ、とシンジュは感心した。
商人の摘発に、刑部省長官が出向くことは異例である。
見せしめの効力を強化するためシンジュがいるに過ぎず、今回、余程のことがない限り、出番はないだろう。
わずかもしないうちに。
二階へ続く階段から、ザースほか三人の捜査員が降りてきた。
彼らは、丸々と太った男を二人、拘束している。
「これが、ブブルウ商会会長クシャル。こっちが、副会長のショールです。地下に、規制対象の動物を確認」
ザースがよどみなく、シンジュに報告する。
哀れな商会会長と副会長は、何が起きたかわからない様子で、挙動不審になっていた。
「不正所持不正売買につきましては、現在リストを作成中。完成次第提出致します。主犯格とみて間違いはないかと」
「余罪を追及しろ」
「は!」
ザースが顎で示すと、捜査員らが罪人二人を引っ張った。
その頃になってやっと現状を理解しはじめたらしい商会会長クシャルが、慌てたように叫んだ。
「ち、違う。わしは何もしていない! やれと言われたんだ」
「……ほう、誰に」
答えたのは、シンジュだ。
返事がきたことに「しめた!」と思ったクシャルは、シンジュのほうを見た瞬間、ひっと言葉を失った。
それほどまでに、シンジュの視線や表情が冷徹なのだ。
――この男には、どんな嘘も通用しない。
そう察したからこそ、クシャルは半ばパニックのように言葉を続けた。
「そ、そいつらに、だ」
そいつら、とクシャルが示したのは、酒場の隅に集められた、商会の組員たちだ。
「わ、わしは、そいつらに、会長を演じさせられていた! わかってくれ、わしは、ただのコマなんだっ」
「同じことを、言わせるな」
シンジュの声に、クシャルが慄いた。
「誰だ、と言ったんだ。そいつの、名前を言え」
「な、なまえ……え、えっと……お、おい、お前ら、名前はなんだっ」
「フィーゴです!」
叫ぶように答えたのは、副会長のショールだ。
クシャルは、首が落ちてしまうかと思うほど、こくこくと何度も頷いた。
「そ、そう。フィーゴが、わしらに罪を擦り付けたんだっ」
「俺らは無実だっ、なぁあんた偉いんだろ⁉ 俺らが無実だって、わかってくれるよな⁉」
シンジュは、ザースへ視線をむける。
ふと。
ザースの隣で背筋を伸ばして立っていた機動隊副官が、にやりと笑った。
副官は、こほんと咳ばらいをしてから、口をひらく。
「現在わかっている範囲ですが、一昨日と昨夜、この二人、花街で豪遊しています。結構な額ですね。その際、『わしらは絶対捕まらんのだよ』と発言し、大変気前のいい金払いだったとか」
「なっ、そ、それはっ」
「表向きの商売で得た利益は、真っ当に管理しておりますね。こちらを管理しているのが、フィーゴという者です。彼の個人資産をあらゆる手段を使って調べましたが、収入に関しては正直少ないですね。働きに見合っていない給金かと。不正金の類は、一切見当たりませんでした」
「どっかにカネを隠してあるんだっ」
「あなた方の豪遊した費用と、今回王都で売買した違法品の売り上げが、ほぼ同じです。残りの地下にある商品を売れば、次に仕入れる資金には充分でしょう」
「ぐ、ぐうぜん、で」
「すでに複数の、取引相手と思われる者たちから事情聴取をしておりますが、『違法ではないのか』と商会会長に聞いたところ『合法ですよ、大丈夫。大丈夫』と言って、売りつけられたとの証言がとれています」
「ちがうっ、売りつけてないっ。向こうから譲ってほしいと言ってきたんだ!」
「……もういい、連れていけ」
ザースが頭を抱えて、副官に言った。
副官は、清々しいほどの笑顔で「はいっ!」と返事をすると、手の空いている部下たちに指示をして、半狂乱状態のクシャルとショールを連れて行った。
――パチパチパチ
拍手をしながら、宿屋へ入ってきた青年がいた。
長い金髪を後ろでひとつに纏めた彼は、彼の親衛隊に守られて、笑みを浮かべている。
ザースが青年を見て、ぎょっとした。
「どうして、ここに……!」
ザースの驚きぶりに、笑みを深めてみせたのは。
モーレスロウ王国第一王子バロックス、その人だった。
閲覧、ブクマ、誤字脱字報告、評価、感想、その他たくさん、ありがとうございます!!
今回は、主人公不在でした。(後編では登場しますよ!)
次の更新は、これまで同様、明日の18時前後となります。
若干、堅苦しいお話になってきていますが、次々回から日常に戻る予定です。
これからもどうか、よろしくお願い致しますm(__)m