違和感 前編
死刑が確定した転生令嬢コミカライズ4巻まで発売中です。
4巻の書き下ろし4コマもとても素敵なのでぜひ見てほしい。
26年4月24日、24話がピッコマ様で先行配信開始。
他サイト様では23話が配信と思われます…!(たぶん)
24話では男前な旦那様と可愛いナル、そしてそして、かっこいい料理長を見ることができます。
「ナルが……?」
神殿に戻ってきたフェイロンは、ターレイからナルが来ている旨を聞いて驚いた。
来訪するという話は聞いていたが、今日はほぼ一日、神殿にいたらしい。
「天馬に会ったあと、本について知りたいとおっしゃったので、選任の者を案内したんです。それから地下で原本を読まれて……」
フェイロンの表情が厳しくなる。
それに気づいたターレイが言葉を切った。
「問題がありましたか」
「いや。『受け継ぐ者』という本だな」
ターレイが驚いた顔をする。
「はい、よくおわかりになりましたね」
神殿発行の本のなかでも、特殊な本だ。
もっともそのことを知ったのは神官長になってからである。
フェイロンの実家であるレイヴェンナー家に嫁いだ母は、元々風花国の巫女だった。
どういう経緯で両親が出会ったのかは知らない。
しかし巫女である母が、『受け継ぐ者』は特別だとレイヴェンナー家の実家にも置いてあったため、この本についてはフェイロンもよく知っている。
モーレスロウ王国語に翻訳されたものについてはシンジュが気に入り、母が贈ったのも見た。
シンジュ経由でナルに伝わったか。
(……いや、今回調べる方向に動いたのは、天馬が理由と考えるべきか)
「あの本は、何か特別なんですか?」
「特別といえば特別だが……ああ、気にするな。問題ない」
不安そうなターレイに微笑んでみせる。
「ナルならば、いずれたどり着くと思っていた。この時期に、ということは、それもまた柱女神の導きだろう」
神殿が信仰するのは、創世の女神だ。
いつだったかナルと訪れたモーレスロウ王国王宮の天井にも、創世の絵が描かれていたのを思い出す。
創世神である柱女神は、この大陸の唯一神だ。
いかなる国、いかなる言語、いかなる民であっても、信望するのは柱女神である。
その他の神を信仰することは、『神の子』らが許さない。
誰もが知る当たり前の神話。
国によって少しずつ異なりはするが、この世界を創ったのが柱女神であることに変わりは無い。
ターレイを下がらせたあと、フェイロンは軽く息をついた。
椅子に座り、深く背もたれに身を預ける。
正直にいえば、神殿の神官長になると決めてモーレスロウ王国を出たときは、これほどまでに重要な立場だとは思いもしなかった。
ただ、神官長になるべき直系の血筋としての役割でもあるし、ナルの助けになればと――何より、ルルフェウスの戦いで犯した罪を償う機会が欲しかった。
だから神官長になると決め、レイヴェンナー家当主の座も譲った。
しかし。
正式に神官長に就任してから、自分のものではない記憶が流れ込んでくるようになった。
柱女神がこの世界を創った。
柱女神は自分や世界を支えるために、五人の子を創った。
五人目に創られた神の子は、理を司る女神である。
この世に現れる転生者を正しく導く役割を持つ彼女は、人と恋に落ち、神であることを止めた。
神でなくなった五番目の神の子は、人となって天寿を全うする。
それが、フェイロンや母の先祖となる人物だ。
柱女神から与えられた役割を放棄した結果、彼女の子孫がその任を負うことになる。
フェイロンに不思議な力があるのも、神の子の血が流れているからだ。
人の気配がした。
ぎょっと振り返ると、締めたはずのドアが開いている。
ここにいるはずのない、見覚えのある人物がいた。
「久しいな」
「……リーロン」
つい殿下、とつけようとして止めた。
彼はもう王子ではない。
「ここは、神殿の神官長室だ。誰でも出入りできる場所じゃないんだが」
「だから忍んできた」
リーロンは悪びれる様子もなく肩をすくめ、室内の椅子に座る。
簡単に言うが、神殿には神兵も駐在しているため警備が厳しい。
それを簡単にすり抜けてここまでくるとは。
(ジーンなら可能だと思っていたが、まさかリーロンもここまでとは)
元々戦闘センスに長けた彼は、ナルを守るためにより力をつけた。
どうもナルを守ろうとする者たちは皆、見えないところでありえないほど努力するタイプばかりらしい。
リーロンしかり、ジーンしかり、アレクサンダーしかり。
フェイロンは仕方なく頷き、リーロンへ促す。
「それで、何の用だ」
「わかっているだろう。私も柳花国へ行く」
(そうだろうと思った)
今日、正式に柳花国へ使者を向かわせることを、正式に官吏らへ発表した。
シロウ同席の元、決定事項として。
誰が行くのかという人員や護衛についてもすでに決めており、反対や異論は認めない旨も伝えている。
そのメンバーには、当然ナルがいる。
だが、リーロンとアレクサンダーの名前はない。
「駄目だ。ナルの護衛にはジーンと、新しく雇ったクロノスを連れて行くことにした」
「ジーンではなくサトミだ」
「……ああ、そうだった」
呼びにくいのでつい昔のまま呼んでいたが、リーロンにとって不快だったらしい。
いつもふわふわとした彼からは想像もできない、真剣かつ不愉快な表情になる。
「とにかく、きみは駄目だ」
「なぜ」
「柳花国が、神が統治する国だからだ」
「神などいない」
「いる。何にせよ、同行させるわけにはいかない……どうした?」
リーロンが勢いよく壁を振り向いた。
視線を辿るが何もないし、誰の気配もない。
「……わかった」
リーロンが立ち上がる。
彼は壁を見つめたまま、しばらく立ち尽くしていたが、やがて、フェイロンを振り返った。
その顔からは、苛立ちや不快感、さらには迷いといったものまでが消えている。
真摯な目が、フェイロンを射貫いた。
「リーロン?」
「いきなりすまなかった。私は帰る」
彼は言うなり、さっさと部屋を出て行った。
その後とくに騒ぎもなく、時間だけが過ぎていく。
納得したのならばそれでいいが、リーロンは一体なぜ突然、納得したのだろう。
そろそろ眠ろうかと立ち上がったとき、何気なくリーロンが見つめた壁を見て――ハッ、と気づく。
壁の遙か向こうには、神域がある。
ナルが神託を受けた場所だ。
すぐさまフェイロンは駆け出し、神域へ向かう。
だが、心配したようなことはなかった。
神域にリーロンはいなかったし、誰かが入った形跡もない。
それなのに、胸騒ぎがした。
何か決定的なことを見落としているような、そんな感覚。
(いや、考えすぎだ。神経質になっているんだろう)
そう自分に言い聞かせ、部屋に戻った。
ベッドに潜り込み、目を閉じる。
それでも不安は消えてくれず、結局、仮眠だけ取ると、再び机に向かったのだった。
閲覧ありがとうございます。
かなり間が空きましたが、本編の続きです。




