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3巻発売記念『仰せのままに』【ジザリ短編】

コミカライズ3巻が、LINE漫画様にて先行配信しております。

また、本日にコミカライズ18話が更新されます。

(先行話読みはお休みのようです)



 紐は三つあった。

 一つ目は、父が首をつったもの。

 二つ目は、母が首をつったもの。

 三つ目は、父と母がお互いの手が離れないよう、手首を固く結んだもの。


 幼いながらも、ジザリは自分だけが置いて行かれたのだと理解した――。



「条件さえ当てはまれば、あなたの後ろ盾になりたいという方がいらっしゃいます」

 十五歳。

 育った居心地の悪い孤児院から出て、町で働き始めた頃のこと。

 見知らぬ老人が声をかけてきた。

 彼曰く、『選ばれれば』貴族らが受けるレベルの教養を与えられるという。

 本来、家が没落しなければジザリが得るはずだったモノ。


 ジザリはすぐに頷いた。

 老人に案内されたのは、貴族の屋敷――ではなく、広々とした公園だった。同じ年頃の者からまだ若い少年まで様々で、まだ年若い男という点以外に共通点はなさそうだ。


 公園には、ジザリを連れてきた老人の他にも案内役らしい者がいる。

 他には誰の姿もないことに引っ掛かった。ジザリはザッと辺りを見回し、ふと、公園を見渡すことのできる建物の窓からこちらを見下ろす女がいることに気づく。

 その少し後ろには、壮年の男がいた。


 しばらくして、数人を残して解散となる。

 ジザリはその数人に選ばれた。

 建物から見下ろしていた壮年の男がやってきて、自らを「きみらの後ろ盾」だと名乗った。ジザリは選ばれたのだ。


 その男の屋敷に招かれて、数日を過ごす。

 一人減った。二人減った。

 そうしてジザリを含めて二人まで減り、教養を受けるための学院へ通うことになる。

 貴族の子弟ならば教養を身に着けるために、家庭教師を呼ぶ。

 だが、使用人を育てるための学校というものがあり、そこへは「王妃に仕える上流貴族の夫人」から「代々貴族に仕える使用人の家系」まで多様な人材が学びに通っていた。

 前者は通いで、後者は全寮制の寮へ入るのが通例だ。

 ジザリも例外ではなく全寮制の寮へ入り、様々な知識や技術を得た。


「ジザリ、俺聞いたんだ」


 ジザリと共に十五歳から過ごしてきた、コーリアン。

 彼が真剣な顔でその話をしたのは、卒業を目前に控えた頃だった。


「俺らが学院を卒業したら、メルボラス侯爵のところへ行かされるらしい」


 メルボラス侯爵。

 特に悪い噂も聞かないが、ジザリはよく知らない人物だ。


「何か問題なのか」

「俺らの後ろ盾の、セノスト伯が忠誠を捧げてる人だよ」

「それは知っている。だったら、尚更おかしなことじゃない。セノスト伯が主も同然のメルボラス侯爵へ、育てた使用人を渡す。モーレスロウ王国では、優れた人材を贈るのも普通のことだろう」

「だからだよ。おかしくないんだ!」


 ジザリは眉をひそめる。

 コーリアンは何を言いたいのか。


「問題は、メルボラス侯爵夫人だ。俺もこの前偶然聞くまで知らなかったんだけど、夫人は見目のいい男を侍らせるのが趣味なんだ」


 そこまで聞いて、コーリアンの言いたいことを察した。

 セノスト伯がジザリたちを教養ある使用人へ育てたのは、対外的に問題なく、メルボラス侯爵へ「贈り物」をするため。

 その贈り物とは、夫人好みの愛妾――。

 コーリアンは手に持っていた「騎士道物語」の本を投げ捨てた。

 セノスト伯がよく送ってくれる本で、騎士が夫人にすべてを捧げ尽くすことの美しさを物語にしたものだ。


 床に転がった本を、ジザリは呆然と眺めた。


 大勢の少年が集められた日、建物から見下ろしていた女は誰だ?

 今思えば、あの日集められた少年たちは皆、整った顔立ちをしていたような……。


 コーリアンは続けた。

 以前にもセノスト伯が何度か、贈り物として使用人を贈ったことがあること。

 その使用人は数年で失踪し、平民ゆえに本格的な捜査がなされなかったこと。

 自分たちも、使い捨ての愛妾にされるために育てられているということ。


 ――その日の夜、ジザリは眠れなかった。


 自分は、何のために教養を欲したのか。

 何のために生きているのか。


 どうすることもできず、数日が過ぎた。

 学院の卒業も近づいた頃、事件が起きた。


 刑部省がメルボラス侯爵を摘発したのだ。

 セノスト伯を始め同派閥の者も同様に刑部省によって捕縛された。


 僅か一夜で起きた出来事だった。

 ジザリとコーリアンはどうすることもできず、ただ刑部省の取り調べに応じるしかできない。解放されて学院に戻ったが、後ろ盾を失った今、学費及び卒業費用が支払えない。


 それでも、教養は得た。

 卒業しなくとも、商家の使用人としてならば雇って貰えるだろう。

 様々なことが起こったことで、コーリアンは悲嘆にくれていた。だが、ジザリは今あるなかで生きていければいいと考える。


 どうせ自分には価値がない。

 親にすら見捨てられた身なのだから。


 ◆


「ジザリ・ヘスワードだね。ヘスワード男爵家の長男の」


 その男がやってきたのは、学院を辞める手続きを始めようとしたときだった。


「もしよければ、私がきみの後見人になろう。どうだろう、きみにとってもいい話だと思うのだが。……望むのならば、きみの友人を卒業させてあげることもできる」



 頷く他なかった。

 ジザリは新たな後見人の元、学院を卒業。

 その後、その後見人に紹介された伯爵家で使用人見習いとして実務経験を積む。


 そうして――後見人は、ジザリをレイヴェンナー家に推薦した。

 使用人として末端に置いてほしいと。


 レイヴェンナー家の家主といえば、刑部省の長官であるシンジュ・レイヴェンナーだ。

 そのときになってジザリは、この後見人の目的を察した。

 

 ジザリは、いざ面接の場で考える。

 そんなにうまくいくはずがない、と。

 モーレスロウ王国は、貴族の国。地位ある者の所有物は、あらゆる物が最高品質でなければならない。

 人材とて例外ではなく、使用人も即戦力が求められる。


 ジザリはきっと雇用して貰えないだろう。

 そうしてまた、後見人に捨てられ、一人になるのだ。


 ――シンジュは、ジザリを執事として雇用した。


 後見人の思惑を察したのか。

 ジザリを通して、後見人を嵌めるつもりだろうか。

 ならば無意味だ。

 後見人は、ジザリになんの愛着もない。

『レイヴェンナー家へ働くための推薦に足る人物』という道具でしかない自分には、価値がないのだから。


 そんな折。

 二人目の後見人が断頭台に消えた。

 もうジザリには、後ろ盾がない。

 

「ジザリ」


 後見人の処刑後。

 初めて帰宅したシンジュを出迎えた際、名前をよばれた。

 屋敷の一切合切は、レイヴェンナー家顧問のブッシュが行っており、ジザリの関わって良い範囲には限りがあった。

 シンジュにとって、ジザリはその程度だ。

 こうして名前を呼ばれたのも初めてだった。


 執事というのは、ただの名前だけの役割に過ぎない。

 替えがきくどころか、後見人を釣る道具にすらなれない落ちこぼれ。


 シンジュは、真っ直ぐにジザリを見据えている。

 視線の強さに、ぞわりとした。


 まるで、ジザリではなく別の何かを――いや、おぞましい者でも見ているかのような、嫌悪感すら瞳に浮かべている。


「……なんでしょう、旦那様」


 絞り出した返事。

 シンジュの口が動く。


「所詮、道具はどこまでも道具だ」


 冷水を浴びた気がした。

 背を向けて離れていくシンジュを、見つめるしかできない。


 ジサリは程々に『頭が良くて』『顔が良くて』『末端貴族の血筋』。

 これまでの後見人たちは、ジサリのそのような所に引かれたらしい。


 それが、価値。道具であるための。

 道具としてあり続けるための。


 では、ジサリにとっての価値とはなんだ。

 後見人が処刑されて尚、解雇しない理由とは?


 いつクビになるのか。

 また失うのか。

 また一人になるのか。


 ……シンジュの一言で、ジザリの運命は決まる。

 価値の有無が確定するのだ。


 それならいっその事――両親の元へ。



★★★



「んー! 美味しい」


 菓子を頬張るナルは、清々しいほど美味しそうに食べる。

 現在、料理を担当しているのはジザリたち使用人だ。屋敷で働く使用人の人数も減り、仕事が少なくなったためである。


 まさか昔は、風花国へ来ることになるとは思わなかった。

 モーレスロウ王国とは価値観や法律、生活の基本的なルールすら異なるここで、これほど充実した生活を送ることができるとは。

 

「もうプロね。ベティと遜色ないじゃないの」

「恐縮でございます。ですが、自分はまだ未熟でございます」

「そう? 味って、個性でるわよね。どっちも好き」


 ぺろりと小皿のクッキーを平らげたナルに、心の中で微笑む。


 彼女は強い人だ。

 シルヴェナド家という悪鬼の巣窟に生まれながら、決して折れなかった。


 自分ならば決して彼女のように生きることはできない。


 与えられるものを甘受して。 

 実家が犯している罪になど、ほんの少しも気づかないふりをして。

 出自すらすべて、自分の才能だと奢って。

 もしかしたら、己たちこそ正義であるとすら思い飲んで。

 

 ただ、楽なほうへと流されて、生きて行くだろう。

 

 しかしナルは、決して信念を曲げない。

 だからこそ、彼女の『魂』は美しく輝いているのだ――。


 そんなことを考えて、視線を下げる。

 ナルがジザリに手を差し伸べてくれた日、気づいたことがある。


 ナルは決して、ジザリを捨てない。

 ジザリ自ら、離れていかない限り。


「ねぇ、ジザリって結婚……とか、考えてる?」

「いいえ」


 きっぱりと答えた。

 ナルはじっとこちらを見てくる。


「……もし、ジザリのことを心から愛する人がいたらどう?」

「自分の進みたい道を選ぶと決めました。愛して頂くことは光栄ですが、気持ちに応えたくございません」


 応えるつもりは無い、ではなく、応えたくない。

 その明確な差に、ナルは目を瞬いた。


「……そう。ちなみに、進みたい道って?」

「旦那様と奥様にお仕えすることでございます」

「でも、結婚しててもできるでしょう?」

「ご命令とあらば、致しましょう」


 真剣にそう答えると、ナルが慌てて手を振った。


「違っ、強制じゃないから! ……あ、えっと、あ、そうだ。例の旅行なんだけど」


 気まずくなったのか、ナルが露骨に話題を変える。

 再来週に迫った旅行についての話だ。

 シンジュが仕事で行けなくなったため、護衛を連れてナルだけで行くという。そこにカシアも連れていく、ということだ。


「旦那様は変わらずいらっしゃるから、大変かもしれないけど……ジザリ、大丈夫?」

「勿論でございます」


 シンジュが苦手だった頃があるため、気遣ってくれているのだ。

 正直に言えば、今はシンジュに対して別の気持ちがある。


 彼は壁だ。

 決して越えられない、圧倒的な存在。

 畏怖であり憧れでもある――。


 ナルを見ると、ほっとしたように微笑んでいた。

 ふと、彼女が思い出したように言う。


「ねぇ、ジザリも物語関係の本って読むわよね。おすすめ教えてよ」

「騎士道物語系の話をよく読みます」

「へぇ、今度読んで見るわ」


 自分には、戦闘の才能がない。

 官吏になれるだけの異国の教養もない。


 それでも、手を差し伸べてくれた貴女に、できることをしたい。


 なぜならば、自分は道具なのだから。

 己で付加価値をつけ、道を切り開けるような、世界に一つしかない道具になるのだ。


 ――道具はどこまでも道具。


 今ならば、シンジュのあのときの言葉が、彼なりの励ましであったとわかる。


 道具だからこそ、道を間違えるな。

 己を知り、研鑽し、進めと。

  

 ジザリはもう迷わない。


「うぅん、少し寝てくる。ジザリもしっかり休憩を取ってね」


 笑顔で手を振って部屋を出ていくナルに、頭を下げた。


「奥様の、仰せのままに」

 


コミカライズ3巻発売記念、ジザリ短編でした。

ジザリの過去を、(どこかに設定書いた気がするのですがよく覚えておらず)記憶を頼りに書きました。

実は彼、元没落貴族です。

シンジュの元へ来るまで、色々なことがありました。

短編ですが、多少時系列前後しつつもここまで繋がっているため、他も読んで頂けるとより楽しんで頂けるかと思います(たぶん)。


本編はプロット整え直し次第再開しますね。

まだかかりそうですが、なるべく早いうちに…!


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