大陸ユーリシア③
5月23日、コミカライズ15話がピッコマ様にて先行配信です。
他のサイト様では、14話が配信となります。
15話では、なんとあの美形王子が……美形王子が!(大事なことry)
漫画家先生の美しいビジュアルをぜひ見て頂きたいですっ
15話関係ないですが、コミックスのカバーを捲ったところにある漫画家先生描き下ろし四コマもぜひ見て頂きたいっ!(紙、電子書籍共に発売中です~)
昨年の慌ただしさが嘘のようにゆっくりとした正月を過ごす。
頭のどこかでは、今なお、住処を追われた人々が大変な思いをしているのだと考えながらも、今年ももりもり動くために必要な休暇だと割り切る。
風花国に越してきて以後、正月にはお雑煮を作ることにしていた。
やはり日本人たるもの味噌よね、などと考えながら。
家族だけでなく、共に暮らしているジザリ、カシア、コウも共に食卓を囲む。
ジザリは毎年恐縮した様子を見せるが、酒を飲んでいるうちにふわふわとした笑みを見せるようになるので、嫌ではないのだろう。
そうしてゆったりとした日々が過ぎた、仕事始め。
一気に忙しくなるシンジュを妻として支えながら――といっても彼は自分のことは自分でしてしまうのだが、ナルは自分の役目を果たしていく。
事務仕事としてグレイシア商会の報告書を確認すると、遅れながらも新年の挨拶を兼ねて、子どもたちの学び舎、研究施設の様子を見て回る。
年が明けてすぐということもあり、皆、顔色は悪くない。
風花国は日本の文化と近しいこともあり、正月はとにかく休むという風習があるのだ。
モーレスロウ王国では新年はめでたいものの、年の区切りという認識が強かった。
最後にナルは、神殿へ向かう。
徒歩ではやや遠いため、馬車を使う。二人用の馬車の向かい側には護衛として新しく雇った少年がいる。
昨年の植物病の一件後、一部の貴族からの嫌がらせを考慮して、常に側に置くことのできる護衛を雇うことになったのだ。
新しい護衛の名前は、クロノス。
モーレスロウ王国民と柳花国民の混血で、今年十四歳になったという少年だ。
黒い髪に金色の瞳が神秘的で、とても愛らしい顔立ちをしている。
柳花国で暮らしていた彼は、風花国の体制が変わったことを受けてやってきた移民の一人だ。
腕が立つため武官に出世したところを、シロウが目をつけてナルの護衛に雇用したのである。
「仕事にはもう慣れた?」
「はい。ナルファレア様のおかげです」
にっこり微笑むクロノスは、とにかく愛らしい。
まだ彼が戦闘に身を置く姿を見たことがないが、その細い体躯で本当に戦えるのだろうかと思うほどだ。
他愛ない話をしているうちに神殿に着くと、先触れを出していたため、ターレイが出迎えでくれた。
いつものように護衛であるクロノスを控え室に残し、ナルはターレイと二人で神殿の奧へ足を踏み入れる。
「すでにご存じのことと思いますが、神官長は本日、王宮へ出向いていらっしゃいます」
「ええ、聞いてるわ。師匠が不在のときにごめんなさいね」
「そんな、いつでもいらしてくださって構いません」
ターレイはいつものようにうっとりにっこりと微笑んでくれるものの、部外者のナルが神官長不在の際に神殿へ出入りするのは外聞が悪い。
それでもやってきたのは、とある目的のためだった。
◆
「おーい、てんまー」
声をかけると、地面に寝転がって本を読んでいた男が勢いよく身体を起こした。
長いピンク色の髪の隙間から目をぱちくりさせている。
(わぁ、だらしない)
髪は伸び放題で、ひげももさもさ。
服は着替えているようだが、見た目がなんだか不衛生だ。
天馬はナルを見ると、喜びで表情を輝かせた。
「おおっ、久しぶりじゃん」
「一年ぶりかしら」
彼の側に座る。
近くには小さなトレーがあって、その上に本が五冊ほど積んであった。
天馬の生活は孤独だ。
食事は囚人のように指定の位置に置かれるだけで、誰かと顔を合わせることがない。
会話も禁じている。
天馬自身が必要な品は紙に書いて食器と共に回収され、精査のち、可能な範囲で支給される――そういう仕組みだ。
ナルが会いにこない限り、天馬は誰とも会話できない。
ここでのルールは一つだけ。
食事を終えた食器は二日以内に必ず元の配膳台に戻すこと。
それがない場合、天馬自身に何かが起きたとされ、ナルに連絡がくる仕組みになっている。
尚、わざと食器を置かなかった場合は契約違反として天馬は神殿から追い出される。
すなわち、彼にとっての死を意味していた。
当然彼が今日まで行ってきた研究もすべて、無かったことになる。
「用があるんだろ。ほら、言えよ」
天馬が子どものように瞳を輝かせて問う。
ナルは苦笑した。
なぜこんな人が、大それた犯罪を起こしたのか。
地位や身分、そして他人の悪意や欲望に歪まされた結果のことなのだろうけれど。
(もし天馬が、権力のない者に転生してたらこうはならなかったかもしれないのに)
「研究の方は、進んでる?」
「まぁ、ぼちぼち。そうだ、ちょい気になることがあってさ」
天馬が立ち上がり、トレーごと本を持つ。
着いてくるように言って、彼が暮らすアパートの一室へ案内される。
どうやら隣の部屋を寝食用に、さらに隣を書物置き場にしているらしい。
ナルが案内されたのは仕事部屋と思しき一室だ。
支給された本や天馬自身の書き付けがあちこちに置かれ、木を組み合わせて作られた簡素な本棚には彼自身の作品が並んでいる。
天馬が隣の部屋から椅子を持ってきたので、促されて大人しく座る。
彼は自分用の椅子に座った。
「今、神殿が過去に発行した本を読み漁ってるんだ。日本語が入ってるやつな」
「ああ、転生者をここへ呼び込むためのものだっけ」
「そ。大体が、まぁ、普通の物語なんだ。この世界に転生してから沢山本を読みまくったけど、よくある話ばっかりでなぁ。向こうで言うところの昔話や神話の類い、それから恋愛ロマンスが基本だな。神殿らしいといえばらしい話ばっかりでつまんない」
ナルはモーレスロウ王国で生まれたため、モーレスロウ王国の本を中心に読んできた。
ジャンルは怪奇や伝記、ミステリーなどが中心だが、基本的にはシルヴェナド伯爵家崩壊のために必要な知識を得ることが最優先だったため、娯楽系の小説にはそこまで詳しくない。
シンジュと結婚してから読むようになったが、それでもまだ知識が浅かった。
「でさ。そのなかで、異質な本を見つけたんだ」
天馬が机に積み上げていた本のタワーから一つを取る。
「これだ」
分厚その本の表紙には、『受け継ぐ者』というタイトルが書いてある。
「どんな本なの?」
「冒険譚。属に言うファンタジーでな。この世界には魔法があって、様々な種族が暮らしている。エルフやドワーフ、ドラゴンまで出てくるんだ」
ナルは聞き覚えのある内容に眉をひそめた。
まさかそれは、シンジュの好きなあの小説ではないか。
(でもファンタジー小説ではあるあるの設定だし)
「その話の何が異質なの?」
「この本が発行されるまで、この世界にファンタジーの概念がなかったんだ。ちなみに、ガリバー旅行記や不思議の国のアリスのような話もなかった」
「ふぅん。……ん、じゃあ、いきなりガチガチのファンタジー作品が発売されたってこと?」
「そういうこと。あちらでは、先の作品の他にもオズの魔法使いとか数多の児童文学を経て、トールキンの作品が世に出たっていう歴史があんだろ? でもこの本は、そういった仮定をすっ飛ばしてるんだ」
トールキンといえば、指輪を捨てにいく話で有名な作家である。
ナルも夢中になって読んだ時代があったのでよく覚えていた。
ふむふむ、と考える。
天馬の言いたいことがわかってきた。
「つまりこの本を書いた人物は、転生者だって言いたいのね」
「そういうこと。それを前提に、この本を読み直すとあちこち気になる箇所が出てくる。ナルはこれ、読んだことあるか?」
「ううん、読んでない。読んでみるわ『受け継ぐ者』ね。……ちなみに、ユーリシア大陸を探しにいく話だったりして」
天馬が軽く笑う。
「なんだ、知ってんじゃん」
「ってことは最後のユーリシア大陸そんなものはなかった、って箇所に日本語で『ユーリシア大陸は存在する』ってルビが振ってあるんでしょ」
ドヤ顔で言うと、天馬はぷっと噴き出した。
「なんだよその演出。日本語は最初と最後に入れてあるけど、ラストは違うぞ」
「えっ、そうなの!? 私が知ってるユーリシア大陸を探す話だと、そうなんだけど」
おかしそうに笑いながら天馬が本をぱらぱらと捲った。
「まぁ、読んでみろって。神殿発行に限らずなんだけど、風花国の本はモーレスロウ王国語に翻訳される際、文化や言語の関係で変更されることがあるからそのせいかもな。で、出来れば読んだら感想を聞かせてほしい」
「わかったわ」
「……俺の話は以上だ。で、何の用で来たんだよ」
「聞きたいことがあるの」
「だから、何を聞きたいんだ」
「陰陽日について。それから、柳花国について。風花国の国王だった天馬なら、詳しいでしょう?」
天馬は、遠くを見るような目をした。
あぁ、と頷いた声は擦れている。
「知ってる限りのことは話してやる。何を考えてんのか知らねぇけど、柳花国には関わるな」
「どうして」
沈黙が降りた。
天馬は言いにくそうに唇を噛んだあと、肩をすくめる。
「あの国には、本物の神がいる。人の常識が通じねぇ国なんだ」
閲覧ありがとうございました。
ユーリシア③、もっと早く更新予定でしたが私情によりいつも通り一か月後となってしまいました。
次は少し早めに更新したいと思います。
柳花国編は、オマケ程度に思ってくださいませ(がっつり続編ですが)。