大陸ユーリシア②
2月28日。ピッコマ様にて、コミカライズ12話先行配信となります。
web版を読んでくださった方も、そうでない方もぜひ!
(他配信サイト様では、11話が配信されると思われます)
リンはもこもこの外套を、アレクはスマートさを重視した上着を羽織っていた。
王位交代以後、風花国は目まぐるしく時代が動いている。
鎖国していたところに異国の文化が流れ込むさまは、まさに文明開化と呼んでも差し支えないだろう。
だからこそ、外部から来たナルたちは可能な限り国民たちとの摩擦を減らすために、風花国の文化で着飾ろうとする。
つまり、いつもは着物で過ごすよう心がけているのだ。
だが、今日は違った。
「わぁ、久しぶりね!」
ナルの開口一番に、リンが嬉しそうに微笑んだ。
アレクが首を傾げて言う。
「何が久しぶり? 先週会ったと思うけど」
「服装。モーレスロウ王国にいたころは当たり前だったけど、最近は和装……じゃなくて、風花国の服装ばかりだったから。改めて見ると、よく似合ってるわね」
「そういうこと」
アレクは、ああ、と小さく頷いて顔を反らした。
だがその顔はまんざらでもなく、にまにまと口の端がつり上がっている。
二人を客間へ案内するようカシアに伝える。
屋敷の玄関口から二人が姿を消すと、残ったのはナルとフェイロンの二人になった。
「師匠もどうぞ」
「いや、要件はすぐに終わるから。少しだけ時間をいいか、ナル」
ナルは真剣な面持ちで頷いた。
どうやら、リンとアレクの二人とフェイロンは、一緒に来たわけではないようだ。
ナルは玄関近くの小部屋――来客の侍従が待機するための場所――へ、フェイロンを案内する。
カシアが来たときわかるように、使用中の札を掛けた。やや悩んでから、立ち入り禁止の札もかけておく。
わざわざフェイロンがやってくるなんて、余程のことがあったに違いないのだから。
テーブルを挟んで座ると、フェイロンが出し抜けに言った。
「ここへは、愛弟子を持つ師として来たんだ」
「それは――」
近々、師匠としての感情で動くことのできない何かが起こる、ということか。
そういったことを尋ねようとしたが、フェイロンが遮った。
「今なお、神殿は風花国において絶大な力がある。その神殿から正式な要請となれば、国王であっても容易く拒否できない」
つまり、近々神殿からナルへ何らかの要請がくるということだ。
そしてそれは、神官長フェイロンや国王シロウでさえ拒否できない内容となっている。
――愛弟子を持つ師としてきた。
フェイロンは先だって、その情報をナルのもとへ持ち込んでくれたのだろう。
こちらで対応策を打てるように。
ナルは背筋をスッと伸ばして、真っ直ぐフェイロンを見た。
「それで、お話とはなんでしょうか」
フェイロンは静かに目を閉じ、瞑想するかのように呼吸を置いてから、瞼をあげた。
つとナルを見据え、形のよい唇を動かす。
「来年から、儀式を年に四度行うことになる」
「儀式、というと、神殿が年に二度行っているアレですか」
「そうだ。この世界とあちらを繋ぎ、ほつれた次元の歪みを正す儀式だ」
モーレスロウ王国王都、レイヴェンナー家。
フェイロンが百物語と称して儀式を行ったとき、ナルは元いた世界へ意識だけが戻ったような、不思議な体験をした。
あのときも、陰陽日がどうの、と聞いた覚えがある。
「この世界とあちらを繋ぎ、えっと……歪みを正す儀式、ですか。後半部分は、初めて聞きました」
元来、風花国では年に二度、儀式を行う。
その日を【陰陽日】と呼ぶ。
儀式は王宮の大広間で行われ、見守り役として儀式に呼ばれた官吏を除いた国民全員が、休息日として自宅で過ごすのだ。
改めてフェイロンはそれらを説明した。
「休息日は、国民に危険がないようにという配慮からだ」
「一体何が危険なんですか?」
ナルのように意識があちらへ飛んでしまうのだろうか。
想像を巡らせるナルに、フェイロンが尋ねる。
「陰陽日に、ナルは街を出歩いたことがある?」
「いいえ。家にいます」
都のどこもかしこも閑散としているため、出歩いても仕方が無いのだ。
フェイロンは頷く。
「儀式の際、大広間にいる者以外の国民は眠りについている」
「…………眠り?」
「そうだ。示し合わせたように、睡魔に襲われて意識を手放すのだそうだ」
「え。全員ですか?」
「個人差があるためすべてではないし、異国の者は含まれない。だが、風花国の者は他国へ渡っても、陰陽日の影響を受けると言われている」
(なにそれ、怖っ)
不思議と、そんな非現実的なことが起こるのだろうかという疑問は抱かなかった。
ナル自身、意識が元の世界へ飛んだのを経験したせいだろうか。
何よりフェイロンや神殿が、奇妙な力を持っていることは間違いないという、謎の確信があった。
(っていうか、それって危なくない?)
この件が大っぴらになれば、心無い者が出てくる可能性がある。
(陰陽日は、泥棒とか入り放題ってことよね。それはまずいわ)
鎖国していた風花国は、順次制限付きで他国の者を受け入れているのだ。
陰陽日の影響を受けない異国の者による犯罪が増えるところを想像して、ナルは厳しい顔をした。
「強制的に眠らされる……ってことですよね、人体に害はないんですか?」
「陰陽日のあとは、多くの者が身体がだるいと訴える」
「えっ、寝すぎとかじゃなくて」
「詳しくは私もわからない。だが、過去の神官長の記録に、『陰陽日に行われる世界の修復は、国民の精力のようなものを使っているのではないか』という推測があった。これに関して、私もまったくの的外れではないように思う」
なにそれ、いくらなんでも非現実的すぎる。
そんな言葉も浮かんだが、ぐぬぬと言葉を飲み込んだ。
ふざけた話だと一笑に付すのは簡単だ。
だがそれは、都合の悪い現実から目を背けることと同義であることを、ナルは知っていた。
「陰陽日は、国民にとって負担となっている。この点は間違いない」
「負担になっているにも関わらず、来年から年に四度へ変更するということですね」
国民のことを考えれば陰陽日は少ないほうがいい。だが、フェイロンはそれを増やそうという。
意図は、明白だった。
――陰陽日というのは、この世界の歪みを修復する日。
(本来の目的である、世界の歪みの修復というのが、うまくいってないんだわ)
ナルはふと、顔を上げた。
「あのう、私、歪みっていうのがよくわからないんですけど。その、世界の歪み? が大きくなったら、どうなるんですか?」
「世界が滅びる」
フェイロンはさらりと言った。いつもの冗談のように聞こえなくもない。
しかしフェイロンの表情は真剣で、肌を焼くような威圧感から、嘘ではないのだと察した。
「陰陽日に世界の歪みを修復し、この世界を常に新しい状態にする――それが、神殿の最も大きな役割だ。もしそれを怠れば、世界が滅ぶと言われている」
「……世界が滅ぶ、って、どんなふうに」
「わからない。突然消滅するのかもしれないし、じわじわと……災害や天変地異が起こるのかもしれない」
ナルが真っ先に思い浮かべたのは、蝗害と植物病のことだ。
ぞわりと全身が泡立って、自分の両腕を抱いた。
「師匠は、その、『世界の歪み』を最近の儀式では修復し切れていないと感じてるんですね。だから、回数を増やすことにした」
「そうだ。とはいえ、神殿の一存では決められないことだから、年明け早々国王へ儀式に関して変更を提案する。国王は立場上、これを受け入れざるを得ない」
ふむふむ、と頷く。
そこでふと、ナルは首を傾げた。
「それで、なぜそれを私に知らせてくださったんですか?」
フェイロンは苦笑した。
空気が緩むことはなく、むしろ、より張り詰めたものになる。
「シロウが許可した後になるが、儀式の件で柳花国へ使節団を送らなければならない」
「え、そうなんですか」
風花国と柳花国が、元は花国という一つの国だったことは聞いている。
恐らく、その辺りの事情が関係しているのだろう。
「つまり、私も使節団に参加するんですね」
「そうなるだろう。使節団員の選出は、役職の者以外は神託によって選ばれるからな」
「神託……私、選ばれるでしょうか」
「神は、ナルを大層お気に入りのようだからな」
映画館のような場で体験したことをぼんやりと思い出していると、フェイロンは笑みを消して真剣な顔をした。
「だから、できれば使節団選出の前に……ナルには、風花国を離れてほしい」
「私に、使節団に加わるなってことですか」
「師としては行かせたくない」
ここで、最初の話に繋がるのか。
フェイロン自ら、ナルへ会いに来た理由だ。
「シンジュと二人で、引っ越してはどうだろう。田舎で悠々自適な隠居暮らしをするんだ。シンジュは、そういった生活を望んでいた気がするが」
「そうですね」
フェイロンはナルの表情を見て、泣きそうに顔を歪めた。
だがそれも一瞬のことで、すぐに凶器のような美貌に笑みを浮かべる。
「選ぶのはナルだ」
「知らせてくださってありがとうございます」
ナルは深く頭を下げた。
フェイロンが帰宅するのを見送ってから、リンとアレクが待っているだろう客間へ向かう。
その足取りは重かった。
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