ナル、旅行に行く(完)
10月25日、コミカライズ9話がブックライブ様にて先行配信です。
ぜひとも、よろしくお願いいたします…!
(先月は更新をお休みさせて頂きましたが、8話ではリンが登場しておりますっ)
さらに、コミカライズ1巻(BKコミックスf様より)も発売中。
先月発売の紙のほうは、書店特典があるそうです。
まだ残っているところもあるようですので、ぜひ。
詳しくは、公式xや漫画家様のxにて。
都に戻ると報告に忙殺された。
基本はシロウやシンジュ、関係者に対しての報告である。
個人ないし今回のために編成された臨時組織との連携を図るためのものだが、あまりにも大事であるため、朝議で今回の旨を伝える必要があるという。
これまでシロウを矢面に立たせて水面下や一歩下がった場所で動き回っていたナルを知るものはおらず、一時的に大役を任された小娘を見下す者は多い。
ナルは質問には全て答えたし、最善と思うことをしたのだが、それでも虫の居所が悪い輩は大勢いるのだ。
官吏でもない他国の女が、でしゃばるな。
そういった声にならない声が針となってチクチク刺してくるような心地が続く。
諸々の事後処理の引き継ぎや最終確認を終え、完全に解放されたのは都に戻って半月以上が過ぎた頃だった。
ナルのことを、面白く思わない者がいる――。
その気持ちはとてもわかる。
誰だって己の居場所は守りたい。職域を侵される恐怖は前世でも嫌というほど感じたものだ。
だから、ナルはナルに反発する者に対して、さほど気にしない。
ナルが気に入らないという理由で仕事を放棄するならば別だが、彼らは露骨に嫌な顔をしつつも仕事はしていたのだ。
(それにしても、シロウがめちゃくちゃ笑顔だったわね)
玉座にいるシロウが、いつもより微笑んでいたことが気になった。
しかも彼女が見つめていたのは、ナルに対して批判的な態度を取る官吏に対してなのだ。
果たしてあの笑顔が一体何を意味するのか、考えるとちょっと怖い。
◆
ナルが神殿を訪れたのは、それら諸々の報告が終わってからだ。
護衛の佐梨を連れて神殿に到着すると、すぐに神官長のターレイがナルたちを出迎える。
今日来訪することは伝えてあったので、準備をしてくれていたのだろう。
佐梨は――彼に限らず他の護衛たちも、控え室で待機となる。
ナルはこれまで通り、護衛とは離れて、一人でターレイに着いていく。
ターレイは今王宮が慌ただしいことを知っているだろうに蝗害諸々のことについては一切話さず、定型的な挨拶のほかは、差し障りのない日常会話を投げてくる。
そうして神官長室にたどり着き、ターレイがドアをノックする。
入室を許可を得ると、ターレイは優雅にお辞儀をしてナルだけを神官長室に通した。
執務机にフェイロンがいた。
久しぶりに会うせいか、なんだか安心する。
シンジュの元が帰る場所ならば、フェイロンの元は実家のような温かさがあるのだ。
「色々と大変だったようだな。だが、さすが私の弟子だ。よくやった」
フェイロンは美貌を惜しげも無く微笑ませる。
手放しで褒めてくれるフェイロンに涙腺が緩みそうになるが、ぐっと堪えた。
そして、ソラゴエ地方で起きたことや、発電機を一時的に利用したことなどを報告する。
頷きながら聞き終えると、彼は何か思案するような表情で腕を組んだ。
発電機に関しては必要だったということで、フェイロンが預かる案件となった。
彼はそのことよりも、ナルが以前思った不安と同じことを口にした。
「蝗害に、植物病か。……人類を滅ぼそうとしているようだな」
「対策は王宮のほうで行っています。今回はある程度、他国との連携も取れるかと」
「そうだね」
フェイロンは、だが、と続ける。
「もし、このまま人の手に負えない厄災が続いたら、人類は、いや、世界は滅びてしまうかもしれない」
ぎょっとした。
まさか、さらに何か大きな厄災が起きるというのか。
可能性はゼロではない。
だからといって、世界が滅びるというのは極論だろう。
そう思うのに、ナルは怖気立つ。
フェイロンはそんなナルに気づいたようで、我に返るように優美な笑みを浮かべた。
「まぁ、先のことはわからないな。今回は、神殿も協力を申し出ている。しばらくは辛い時期が続くかもしれないが、皆で乗り越えよう」
「は、はい」
「それにしても、ナルは本当に成長したね」
突然しみじみと言われて、ナルは首を傾げる。
「そうでしょうか。もしそうだとしたら、知識を武器にすると教えてくれた師匠のおかげです」
「そう言って貰えると嬉しいね。まだまだナルの人生は長い。ナル自身の人生を、謳歌するんだよ」
フェイロンの言葉に違和感を覚えた。
特別おかしな台詞ではないが、聞きようにようってはもう会えないかのようだ。
だがそれを尋ねる前に、フェイロンが立ち上がる。
「報告感謝するよ。こちらとしても細部までは把握しきれていなかったからね」
「ざっくりとでも、把握していることに驚いたんですが」
「神殿の関係者は、あちこちにいる。ナルが思っているより大きな組織だよ、神殿は。……しかし、まさか第三皇子殿下が居合わせていたとは」
「師匠がレイヴェンナー家の当主の座を譲ったんですよね。第三皇子とはお知り合いなんですか?」
フェイロンは特効薬を研究していたし、京志郎は科学にも精通しているようだった。
もしかしたら親しいのかもしれない。
しかしフェイロンは「いや、まったく」と肩をすくめた。
「関わりはない。というか、第三皇子殿下は、ほとんど人前に姿を現さなかった。本来の執務からも遠ざけられていたから、国政にも関われていなかったはずだ」
「……え。実力や人柄が不明なのに、レイヴェンナー家の当主の座を譲ったんですか」
「大丈夫、レイヴェンナー家には優秀な補佐がいるからね。第三皇子殿下がソラゴエ地方まで足を延ばせたのは、彼のサポートあってのものだろう」
「そうでしたか」
レイヴェンナー家に嫁いだ身だが、ナルはまだまだレイヴェンナー家について知らない。
風花国に越したことで、今後も知る機会はどんどん減っていくだろう。
どうやらナルは、自分で思っている以上にレイヴェンナーの名前にこだわりがあるらしい。
シルヴェナドの名からレイヴェンナーに変わったとき、ナルの人生は間違いなく輝き始めたのだ。
神殿を後にすると、研究所や学校が無事に運営されていることを確認してから、自宅に帰った。
◆
その日は、シンジュが帰宅した。
交代で自宅に戻って休憩する時間を作っているという。
疲労困憊でふらふら、目の下にも隈がたっぷり――そんな姿を想像したが、予想に反してシンジュはいつもと変わらない見た目をしていた。
服装にも乱れ一つない。
しかし疲労は相当なもののようで、帰宅するなり風呂と食事を取り、ベッドに倒れこむ。
ソラゴエ地方から戻って以降、お互いに忙しい日々を過ごしてきた。
王宮や自宅で顔を合わせることはあってもすぐにそれぞれ仕事に追い立てられていたので、自宅で二人きりになるのは戻ってから初めてのことだ。
シンジュはモーレスロウ王国にいた頃から変わらず多忙なので、いつかストレスで爆発してしまわないかと心配になってしまう。
ナルは、うつ伏せでぐったりしているシンジュに跨って、肩や腰を揉む。
「もっと疲労の塊みたいな見た目で帰ってくるかと思いました」
「仕事の効率を考えて、定期的に休憩や仮眠は取っている。それに、己の疲労を悟られるような見目を晒すのは三流のすることだ。部下が気遣って報告できなくなるようなことは避けなければならない」
「完璧な上司ですね! できる旦那様、素敵です」
うっとり囁くと、シンジュがフッと笑った声がした。
「ナル」
「はい?」
シンジュが、ベッドを押して身をひるがえす。
仰向きになった彼の胸に飛び込むかたちで、ナルは抱きかかえられていた。
シンジュの胸に顔を押し付ける格好になり、もぞもぞと彼の顔を見上げる。
「シンジュ様?」
「……お前は私の自慢の妻だ」
驚いてまじまじとシンジュを見つめると、視線が交わり、にっこりと微笑まれる。
「あの、私の聞き間違いかもしれません。もう一度お願いします」
「自慢の妻だと言った」
「えへへ、嬉しいですけどなんだか照れますね」
まさか、シンジュがこんなふうに真っ直ぐ褒めてくれるなんて驚いた。
それでも嬉しいものは嬉しいので照れまくっていると、ぐりぐりと頭を撫でられる。
ふと、シンジュのほうが大丈夫だろうかと考える。
官吏のなかには、ナルに敵愾心を抱くものがいるかもしれない。
ナルとシンジュが夫婦だということは周知なので、しわ寄せが来ている可能性は大きい。
(……シンジュ様なら、上手くやるわよね)
彼はプライドが高い男だから、仕事面ではナルに心配されたくないだろう。
そんなふうに悶々と考えていると。
「落ち着いたら、小国まで足を伸ばそう。約束した旅行として」
「小国! いいんですか?」
モーレスロウ王国や花国は大国だが、大陸には他にも数多の小国がある。
異国なので旅行するには危険だが、近場にある交流がある国ならば、準備さえ怠ることがなければ問題ないだろう。
「異国は怖いか?」
「シンジュ様と一緒なら怖くありませんよ」
「世辞はいらん。モーレスロウ王国から護衛を引き連れて花国へやってきたお前には、愚問だったな」
一人でも問題ないだろうお前なら、とシンジュの目が語っている。
言い訳が色々浮かんだが、結局ナルはムッと頬を膨らませた。
「……旅行は別です。娯楽じゃないですか。楽しいことをするなら、シンジュ様も一緒がいいです」
ソラゴエ地方の旅行は楽しかったが、シンジュがいたらどうだっただろう、と考えることがあった。
例えば、旅館を見たとき。ご馳走を食べたとき。
シンジュは思案するような表情ののち、そうかと頷いた。
「それならば、今の件が落ち着き次第、手配をしよう」
「はい、楽しみですね!」
「ああ」
落ち着くのがいつ頃になるのかわからないが、きっと数年のうちに実現するだろう。
ナルは想像する。
シンジュと二人で旅行するところを。
そして、子どもが成長し、三人で旅行するところを。
(――幸せ)
「ナル」
「はい、なんですか?」
「ソラゴエ地方はどうだ。楽しめたか?」
二人で布団をかぶり、並んで横になる。
ナルは順を追って、旅行での出来事を話した。
◆
(寝たのか)
シンジュは、ナルの声が途切れたことに気付いて目を瞬いた。
楽しい時間を過ごせたようで、何よりだ。
出来ることならば、モーレスロウ王国の元第三王子と出会った辺りのことも聞きたかったが、仕方が無い。
シンジュはそっと、ナルの髪を梳く。
「よく頑張った。……本当に」
モーレスロウ王国の元第三王子が居合わせ、彼が植物病の危険を訴えたという。
即決即断が必要な場面だった。
元第三王子とかねてより知己だったというナルでなければ、彼を信じて行動を起こすことは不可能だ。
あの場にナルが居合わせたことは、僥倖である。
もし彼女がいなければ、被害は計り知れないほど膨らんでいただろう。
シロウはそう言う。
シンジュも否定はしない。
――しかし。
(……あまりにも、偶然が重なりすぎている気がするな)
果たして、僥倖という一言で済ませてもよいものか。
そんなことを考えて、クッと笑う。
(考え過ぎたな。疲れているようだ)
シンジュは息を深く吐き出して、目を閉じる。
愛おしい妻の香りとぬくもりを感じながら、静かに眠りについた。
閲覧ありがとうございました。
本編終了後のお話「ナル、旅行に行く」完結です。
ここまでついてきてくださった方々、心から感謝いたします。
もしよろしければ、評価のほう頂けましたら励みになります…!
今後も引き続き、更新していく予定です。
その後をメインに更新したいと考えているのですが、番外編やifもあるかも(未定で申し訳なく…)。
何卒、よろしくお願いいたします…!